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戦うお嬢様!  作者: 和音
60/184

60 イメージアップ?

 私の夢である世直し、悪人成敗は順調に進んでいる。助けてくれてるアシリカやソージュ、デドル。シルビアやトルスらも協力してくれる。

 それによって救われた人もわずかだがいるのも、嬉しい事である。

 だが、一方で私の断罪回避はまったくと言っていいほど、何の対策も取れていない。運命というなら、受け入れるが、そのせいで、私の大事な人たちに迷惑を掛けるのは忍びない。両親やお兄様たち、屋敷の者もどんな害が及ぶか想像するだけで憂鬱になる。

 まだ、学院にも入学前で、ヒロインも見ていない。レオ以外の攻略対象者も会った事が無い。そんな状況で出来る事は少ないが、たまに不安に感じるのも事実である。

 そこで、私はある考えが頭に浮かんだのだ。

 そもそも、我儘ナタリアの悪評もあり、誰にも庇われるどころか、裏切りもあり最終的に断罪される。そして、いまだ私の我儘ナタリアの悪評は根強く残っている。

 まずは、その悪評を少しづつでも消していきたい。小さな事からコツコツと始めていくのだ。

 その為にすべきことは何があるだろうか。まさか、世直しの事を皆に教える訳にはいかない。あれは、こっそりとやるのが私の美学なのだ。ま、それ以前に、お父様やお母様に知られたら、屋敷から出してもらえなくなりそうだしね。

 ならば、何から始めようかな。

 そこで、思い出したのが去年の雪合戦。屋敷の使用人から、いつの間にかエルカディア中に、その楽しさが広まっていた。

 つまり、人の口伝ての噂ほど、強力なものはないのだ。これは使える。

 ならば、やる事は一つ。屋敷の中で私はいい人作戦を実行すればいいのだ。屋敷から出る必要もなく、一石二鳥である。それに、最近では、屋敷の者に限って言えば、私への風当たりもマシになってきている気がするしね。

 さて、何をしようか。皆が喜んで、私の評価が上がる事。何か手伝うか。掃除とか、洗濯とか。……いや、駄目だ。それでは皆の仕事を奪ってしまう。それ以前にさせてもらえるとも思えない。

 そうだっ! 皆のお悩み相談とかはどうかな。困っている事とかも聞いて、解決してあげる。うん、いつもの世直しにも通じるし、いいんじゃないか。 


「よし、善は急げよねっ!」


 突然叫んで立ち上がった私をアシリカとソージュがうんざりした目で見ている。


「また、何かおかしな事をお考えですか?」


 失礼な。いつも私が、変な事ばかり考えているみたいじゃないの。


「こういう時のお嬢サマ、大抵、変デス」


 二人とも、ちょっと酷くない? あなた達に将来の為でもあるのに。

 しかし、そんな事でめげてもいられない。私のイメージアップ作戦の為だ。まずは、この二人から聞いてみようかな。


「ねえ、二人は悩み事とかあるかしら? 何でもいいのよ」


 私の言葉にアシリカとソージュは顔を見合わせる。


「ほら、仕事で困っている事とか、人間関係の悩みとかない?」


「まあ、敢えて申し上げるならば……」


 何かあるのか。毎日側にいて、気づかなかったのは申し訳ないな。ほら、話してみなさい。私が解決してあげるからさ。


「お嬢様の奇行ですかね」


 ほう、お嬢様の奇行ですか。……って、私?


「たまに、私たちの想像の遥か斜め上の行動を取られる時があります。それが無くなると、大変助かるのですが……」


 ソージュもアシリカの隣で頷いている。


「……そんなに私っておかしな事しているかしら?」


 心当たりは無いのだけれども。


「何をされるおつもりか分かりませんが、恐らく今考えられておられる事もそうかと……」


 何ですって。私のイメージアップ作戦が奇行? そんな事は絶対に無い。将来を見据えた計画なのに。


「ちなみに何をされるおつもりですか?」


 明らかに警戒の眼差しでアシリカが尋ねてきた。


「イメージアップ作戦」


 私は二人から顔を背けて答える。


「は?」


「私のイメージアップ作戦よ。ほら、私の評判って良くないでしょ。だから、まずは、屋敷の中で私の印象を良くする為に皆のお悩み相談に乗ろうと思ったのよ」


 目の付け所は、悪くない計画のはずだ。


「た、確かにお嬢様は世間の評判と実際のお嬢様ではかなりかけ離れたものではございます」


 少々、困惑気味なったアシリカである。

 ありがとう。言いにくそうにしながらも、随分オブラートに包んだ表現をしてくれて。 


「ですが、世の中とはそんなものではございませんか? やっかみなども入っているに違いありません。噂など気にされずともよろしいではありませんか?」


 いやいや、先の事を考えるとそうも言ってられないのよ。


「いいえ。そういう訳にはいかないわ。作戦は実行します!」


 そう言うと、私は部屋を勢いよく飛び出す。突然だった私にアシリカとソージュは追いかけてこられないようだ。


「お嬢様っ!」


 アシリカの声が聞こえるが、廊下を駆け抜けていく。二人には悪いが、屋敷から出る訳じゃないし、あの二人がいたら他の使用人が話しにくい事もあるかもしれないしね。

 さて、誰のお悩みを解決してあげようか。取り合えずは、最初に出会った人からにしよう。

 廊下を進んでいくと、一人のメイドの姿が見える。まだ若い子だ。確か去年の秋くらいからサンバルト家で働き始めたメイドだったはずだ。

 働き始めて半年程。仕事には慣れてきただろうが、その分、何か困った事もあるかもしれない。一人目の相談者には丁度いいかもしれない。


「ちょっと、いいかしら?」


 廊下に飾られている調度品を一つひとつ磨いているそのメイドに話しかける。


「こ、これはお嬢様」


 慌てて頭を下げる。


「そんなに畏まる必要ないわよ。どう、頑張っている?」


 フレンドリーに接しなくちゃいけないね。顔も優しい笑顔に成れているかな。


「は、はい……」


 頭を下げたまま答える。

 うーん。これじゃ、話しにくいな。


「まずは顔を上げてちょうだい」


 私の言葉に恐る恐るといった感じでその子は頭を上げる。目が上下左右に激しく動いているが、何か探し物だろうか。


「ね、何か困っている事ない?」


 もし、何か探し物なら、一緒に探してあげよう。


「えっ? 困っている事、ですか?」


「そう。何か探しているのじゃなくて?」


 私を頼っていいのよ。


「い、いえ。別に……」


 えー。そうなの? 私の見当違いなのかな。


「じゃあ、何か他に困っている事や悩みがあるなら相談に乗るわよ」


 私の出来る限りの優しい笑顔で、問いかける。


「お気遣いありがとうございます。ですが、特にこれといって……」


 そのまま俯いてしまう。

 うーん。この子は悩みも困った事もないのか。ま、それはそれでいい事よね。


「そう。ならいいわ。もし、何か困った事があれば、いつでも私を頼ってね」


「は、はい……。ありがとうございます」


 頭を下げているそのメイドの肩が小刻みに震えている気がする。泣いているのかしらね。そうか、泣くほど嬉しいのか。いやあ、私の評判が上がるのも時間の問題かもね。

 この子は大丈夫だから、他の困っている人を探しにいこう。

 屋敷の中をアシリカやソージュに見つからないように気をつけながら、困っている人、悩みを抱えている人を探すが、なかなか見つからない。出会う人、すべてに声を掛けていくが、皆、最初の子と同じく悩みも困った事も無いみたいだ。

 それはそれで、喜ばしいが、困ったな。皆の悩みを解決すると言っていた私が困るとは予想外の結果だ。これでは、作戦が失敗ではないか。

 悩みが無い人ばかりとは、サンバルト家っていい所だったんだ。そこは、お父様やお母様のお陰なのかな。

 少しお父様とお母様に感心していると、アシリカの声が聞こえてきた。


「お嬢様を見かけませんでしたか?」


 どうやら、私を探しているようだ。でも、まだ見つかる訳にはいかない。なにせ、まだ何一つ成果を上げていないからね。このまま見つかったら、きっとすぐにお説教タイムに突入してしまう。

 すぐに、私はアシリカの声とは反対に忍び足で逃げる。

 どこかに一旦、身を隠せる場所でもないかしら? デドルの所はきっとすぐにバレるだろうから、他の見つかりそうにない場所。

 廊下を小走りに進む私の目に厨房が見えた。人気は無い。昼食を終え、夕食の準備までの休憩時間だろう。

 とりあえず、ここで身を潜めるか。何か、イメージアップ作戦をしているより、かくれんぼをしている気がしてきたが、気にしないでおこう。


「どうしようかしらね……」


 静かな厨房で呟く。

 やはり、評判を上げるのは難しいな。


「そうだっ!」


 どうも、悩みを抱える屋敷の者は少ないみたいだから、計画変更だ。仕事で疲れている皆にお菓子を配ろう。それも、私の手作りだ。ここは厨房。材料も道具も揃っているしね。

 そうね、簡単に出来そうな焼菓子でも作ろう。確か、小麦粉から作るのよね。他に何が入ってたかな? 甘いから、砂糖ね。それに、バターと卵も使う様な気がする。まあ、取り合えず必要そうなものを集めよう。

 どこに何があるかよく分からなかったが、使う材料を集めていく。バターや砂糖は持ち運びが楽だったが、小麦は一人で抱きかかえるのがやっとの大きな袋に入っていて、作業台に持ってくるのも苦労した。


「一通り揃ったかな」


 作業台に並んだ材料を見て、頷く。明らかに使わなさそうな物も並んでいるが、備えあれば憂い無しだ。準備は万端だね。

 

「うーん?」


 何から始めればいいのかな? まずは、小麦とバターを混ぜるのだったかしら?

 取り出したボールに小麦を入れる。どれくらい必要か分からないが、一杯あった方がいいよね。これで、バターと混ぜるのかな。ま、やってみよう。

 バターに手を伸ばした私の手が、小瓶に当たる。


「あっ!」


 慌てて、小瓶を掴もうとするが、私の手は空を切る。作業台の端で小瓶はそのまま倒れ、勢いで蓋が取れてしまった。中身の液体が床に流れ落ちていく。


「しまったぁ!」


 私の叫び声空しく、床一面に何やら中身の液体が広がる。

 掃除しないと。中身は何か分からないけど、勿体ない事をしてしまった。ごめんなさい。


「お嬢様の声、シタ」


 ソージュの声だ。

 まずい。思わず出してしまった声で気づかれたみたいだ。どうしよう。

 小麦粉を入れたボールを抱え、顔を隠す。いや、こんな物で隠れる訳ないじゃない。どこか隠れる場所がないか辺りを見渡すが、その様な所は厨房にあるはずもない。


「お嬢様っ!」


 おろおろとしている間にアシリカの叫び声と同時に見つかってしまった。


「お探ししましたよ、まったく。いきなり部屋から飛び出す、きゃあっ!」


 アシリカの言葉が途中から叫び声に変わったかと思うと、勢いよく転んだ。それに続いて、ソージュも同じ様に転んでしまう。

 えっ、何? どうしたの?


「な、何ですか、この床は!?」


「ぬるぬるデス」


 とにかく、助けないと。


「二人とも、大丈夫? どうし、きゃああっ!」


 二人に近づいた私の足元がぬるりとして、バランスを崩す。そして、持ったままの小麦粉の入ったボールの中身も宙を舞う。舞った粉は私たち三人に降り注ぐ。

 そう言えば、ここは、さっき瓶の中身をぶちまけた所だ。あの中身は何なのよ?

 気づいた時には、私たち三人は頭から真っ白になっていた。


「あ、あの……」


 これはまずい。


「なんの騒ぎだ?」


 厨房の騒がしさに気付いた料理人たちがやって来た。


「お、お嬢……様?」


 呆然と床に座り込む私たちに気付き、唖然となる。そりゃ、そうなるよね。頭から小麦粉を被っている公爵家の令嬢とその侍女二人。


「どうしたのだ?」


 あっ。ガイノスまで来ちゃったよ。ああ、もう嫌な未来しか見えないよ。


「お嬢様……」


 さすがのガイノスも言葉を失っているね。


「えっと、そのね……」


 何か言わなくちゃいけないけど、何を言えばいいのだろうか。


「お嬢様、屋敷の者に悩みか困った事がないか、聞いて回っておられるそうでございますが、私の悩みを聞いてもらえますかね?」


 ガイノスが私の前にしゃがみ込む。 


「いえね、私が仕えている公爵家のご令嬢なのですがね、令嬢らしからぬ行動ばかりなさる方でしてね。お元気なのは良いのですが、少々度が過ぎると申しますか、思いも寄らない事をしでかす方でして……」


 うう、侍女からも奇行癖があると言われましたが、そんなに変ですか?


「どうしたらよいでしょうか?」


 ガイノスからのお悩み相談。

 それに対する回答を、私は持ち合わせてはいなかった。ごめんなさいという言葉以外、思いつかない。

 何と言っていいのか、分からず黙り込む。

 ただ、どうやら私のイメージアップ作戦が失敗したのは、間違いない事だけは分かっていた。


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