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戦うお嬢様!  作者: 和音
55/184

55 有名なのも辛いですわ

 メリッサさんのお父様の冤罪を晴らして一ヶ月。すっかり外は冬景色となっていた。

 見つけた書置きは、エリックお兄様の元にすぐに届けられた。もちろん、送り主は不明扱いである。それを見たエリックお兄様の動きは素早かった。元々優秀な方なのもあるが、やはりメリッサさんの父親の冤罪を晴らすのだ。気合いも十分だったようだ。私たちが去った後に、ジボット子爵邸に駆けつけて、虚ろな目で庭に座り込んでいたバーナードらを逮捕したらしい。

 エリックお兄様の大手柄である。だが、お兄様にしたら、そんな事よりメリッサさんと婚約出来た事の方がよほど嬉しかったに違いない。汚名を着せられたメリッサさんのお父様の名誉は回復、ファウド男爵家も長男で彼女の弟のルーベルト君を当主として再興される運びとなった。

 しかし、話はそれだけで終わらなかった。なんと、無実の罪を着せられた家の悲劇の貴族令嬢と、そんな彼女を救い結ばれる公爵家の御曹司との純愛の物語としてまことしやかに語られるようになったのだ。人々は、辛い思いで父の無念を晴らそうとする令嬢に涙し、正義と愛を貫く青年に酔いしれたのだ。

 ちなみに、そこに見た目は悪役ちっくな顔をしているが、勧善懲悪に勤しむ令嬢はまったく出てこない。まあ、私の存在の口止めを徹底しているせいであるが、正直なところ、多少複雑な思いはある。

 お陰で、お母様はすっかりメリッサさんを気に入り、お父様もずいぶんと婚約に喜んでいるので、良しとしようか。

 ファウド男爵家の再興と共に小さいながらも屋敷を用意されて、移り住んだメリッサさんだが、エリックお兄様が休日の日はほとんどのようにサンバルト家の屋敷に招かれていた。

 休日の今日も、私たち家族と一緒に過ごしている。


「私のことを本当のお母様と思っていいですからね」


 お茶をしながら、お母様がメリッサさんに微笑む。


「ありがとうございます。とても有難いお言葉にございます」


 メリッサさんが幸せいっぱいの笑顔を見せる。そんな彼女を横からエリックお兄様が優しい目で見ていた。


「私も、お義姉様が出来て嬉しいですわ」


「私もナタリア様みたいな妹が出来て嬉しいです。弟だけだったですから」


 最初は私の猫を被った様な令嬢ぶりに戸惑っていたメリッサさんだが、今ではすっかり慣れてくれたみたいだ。

 まだ幼いルーベルト君だけは、私とメリッサさんのやり取りを不思議そうに見ている。何も言わないのは、彼が優秀だからだろう。ファウド家の当主といえども、まだ幼い彼をサンバルト家は全面的に支えているらしい。お父様もその優秀さを感心していたと聞いたな。


「それにしても、兄上。巷での話は本当ですか? メリッサ義姉上の父君の冤罪の証拠を次々と明らかにし、ジボット家を追い込んだあの噂は?」


 興味津々といった様子でイグナスお兄様が身を乗り出して尋ねる。


「私も聞いてみたいな。普段温厚なお前からは想像出来んのでな」


 お父様まで、愉快そうにエリックお兄様に話をせがむ。


「いや、それですがね、私にもよく分かないのです」


 エリックお兄様は困り顔となる。


「執務中に、事の顛末が記された紙が投げ込まれ、事実を把握しました。すぐに、ジボット子爵家に向かったのですが、何故か心ここにあらずといったバーナードと、気を失った彼の部下がいるだけでして……」


「まあ、不思議な話ね」


 お母様が首を傾げる。


「確かに。どういう事ですかね……。義姉上も心当たりはないのですか?」


 イグナスお兄様も不思議そうにメリッサさんに尋ねる。


「え? ええ、まったく……」


 素直なメリッサさんに嘘を付かすのは心苦しいが、仕方ない。


「天運ですわよ、きっと。エリックお兄様とお義姉様の純愛が通じたのですわ」


「まあ、それは素敵な話ね」


 私の口から出た咄嗟の言葉がお母様の琴線に触れたようだ。目を輝かせている。


「愛、ねえ……」


 イグナスお兄様は首を捻っている。次はイグナスお兄様が純愛を見つける番ですわよ。


「うーむ……」


 お父様は難しい顔をして唸っている。あまり、深く考えなくてよろしくてよ。

 幸せで溢れていながらも、時に私を困らせるサンバルト家の団らんであった。

 



 エリックお兄様の婚約以降、どこに行ってもその二人の事が話題の上がる。純愛物語はゴシップや人の不幸話とともに人の興味が尽きないようだ。日が経つにつれ、攫われたメリッサさんを華麗に救い出したとか、冤罪を解決する為に自ら危険を顧みずに潜入捜査をしたとかいう尾ひれまで付いて、まさにエリックお兄様はヒーロー状態だ。更には、二人をモデルにした本まで出回っているらしい。

 まさに、二人は時の人である。

 それに比べて、あの妹は……、とかも言われているのかなぁ? いやいや、私を認めてくれている人もいるはずだ。それに、目立ちたくて、世直しをやっている訳ではないのだ。人知れず、人々を救う。それでいいじゃないか。


「おいおい、お嬢。あの話どこまで本当なんだ?」


 孤児院に寄付金を届けに来た私に、トルスが聞いてきた。

 トルスまで、エリックお兄様の話に興味を持っているのか。彼はそんな事に興味を持つタイプと思っていなかったけどね。やっぱり、恋をすると、人の恋愛にまで興味を持つようになるのかしらね。


「どこまでって、話が盛られ過ぎて何が何だか分からないわよ」


 最近では、この件の事ばかり聞かれて少々うんざりしている。


「あれ、話を盛っているのか? そんな感じはしなかったけどなぁ」


 隣に座るローラさんに同意を求めるトルス。

 あれを盛っていないと感じるなんて、頭悪くなったのかしらね。元隠密であっても、恋はこんなにも人を変えてしまうのね。


「ええ。まあ、何と言いますか……。ナタリア様と言えばナタリア様かもしれませんが……」


 何やら歯の奥に何かが挟まったような反応のローラさんである。

 え? 私? エリックお兄様の話題には、少しも私の存在は出てこないけど。


「いやあ、あれはお嬢に間違いない。絶対だ」


 ニヤニヤするトルスである。


「ねえ、何の話よ? エリックお兄様の話ではないの?」


「ん? ああ、そっちか。そっちは、どうせお嬢が裏で動いていたんだろ? 首を突っ込まないわけない性格だしな」


 さりげなく馬鹿にされている気もするが、今はいい。そっちというのがお兄様の話なら、トルスの言っている話は何なのよ。


「ナタリア様はご存じないのですか? てっきり、お許しを出しているものだと思ってましたが……」


 私の戸惑いに気付いたローラさんが、首を傾げる。


「だから、何の話?」


「お嬢、知らかったのか。いやな、最近エルカディアに来た旅の芝居一座の舞台だけどな」


 芝居一座? 何か、思いっきり心当たりがあるな。


「あれ、どう見てもお嬢のことだろ? 鉄扇振り回している姫さんが悪人をやっつける劇だけどよ」


「あの、まさかスバイツさんという方の劇団では?」


 アシリカが、思わずといった感じでトルスに尋ねる。その顔は若干引きつっていた。


「やっぱり知り合いか。確かにそんな座長の名前だったな。どうせ、ミズールに行った時にでも知り合ったのかなと思ってよ。相変わらずやっている事は変わらねえんだな、お嬢は」


 楽しそうにトルスは笑う。

 おお! 私が主役! 私をモデルにして、スバイツさんは新作を書けたのか。スランプから抜け出せたのね。いやあ、私をモデルになんて、スバイツさんも見る目があるわね。

 正直言うと、ちょっと、世間で脚光を浴びているお兄様が羨ましいっていう思いもあったのよね。やっている事がバレるのはマズイが、少しは評価して欲しいとも思っていたんだよね。


「もう、困りますわねえ。有名ってのも辛いですわぁ」


 口ではそう言っているが、顔から溢れる笑みは消せているだろうか。


「お嬢サマ、顔、にやけてマス」


 ソージュがジト目で見ている。消せてなかったか。


「お嬢様、喜んでいる場合ではありません。万が一、お嬢様のなさっている事が世間に知られたら、どうされるおつもりにございますか?」


 にやけていると指摘された顔をぺりぺち叩いている私にアシリカが、真剣な表情で詰め寄ってくる。


「いや、その心配は無いと思うぜ。お嬢がしている事を知っている人間ならすぐに分かると思うけど、大半の人間はただの荒唐無稽な作り話としか見てないさ」


 荒唐無稽? そんな無茶ばかりしているつもりはないですけど。


「ですが……」


 もう、アシリカは真面目だな。そんな渋い顔をしないでよ。きっと、アシリカやソージュも出ているんじゃない? 主役の私を支えるお供役でさ。


「そうだ! 今から見に行きましょう!」


 スバイツさんがどんな風に私を恰好良く描いてくれているのか、この目で見たい。うん、これは是非とも行かなければならないね。

 勢いよく立ち上がった私は、にやける顔を気にする事も忘れていた。




 エルカディアの郊外にある広場に一座は舞台を構えていた。馬車の御者をしていたデドルも見たいと言うので、四人で即席の芝居小屋の前に立っていた。

 のぼりが何本も建てられていて、芝居のタイトルが書かれている。その書かれたタイトルは、『鉄扇の舞姫』である。期待が膨らむタイトルだね。

 いやあ、もう照れちゃうな。芝居を正視出来るか心配だよ。


「久しぶりに皆に会いたいわね」


 ミズールに向かう途中で会ったから、半年ぶりか。


「そうですね。皆さん、お元気でしょうか」


 アシリカも芝居の内容はともかく、久々に芝居一座の人に会えるのは楽しみのようだ。

 楽屋にいるのかな、と芝居小屋の裏手に廻る。


「あっ。フィルルさん!」


 見つけたのは、一座の看板娘のフィルルさんだ。やっぱり、彼女が私の役を演じるのかしらね。


「え? ナタリア様?」


 驚きの表情も可愛らしい。


「久しぶりね。元気してた?」


「はい! 王都に来たので、ナタリア様にもお会いしたかったのですが、流石に旅の一座でしかない私たちがサンバルト家の門を叩くわけにもいかず……」


 そんなこと気にしなくていいのに。


「そうだわ。皆に教えなくちゃ。ナタリア様、狭い所ですが、お入りください」


 楽屋として使われている舞台の裏手に通されると、久々に見る一座の人たちに大歓迎を受けた。半年ぶりの再会だ。


「ナタリア様に出会えたお陰ですよ。こうして、新作を公演出来るようになれたのも」


 スバイツさんも満面の笑みで出迎えてくれる。どうやら、私たちが出立した日の夜に一晩で今回の話をかき上げたらしい。ずっと、スランプで新作が書けないって言ってたもんね。私の活躍にインスピレーション受けたのか。思いも寄らない形で別の人助けもしていたわけね。


「ナタリア様、今回は私がナタリア様に当たるお姫様役をやらさせて頂いているのです」


 バレッタさんだ。へー、今回はバレッタさんが主演なんだ。フィルルさんは可愛い系、バレッタさんは美人系。そうか、私は美人系なのか。いや、多少はそう思っていたけど、これで確信出来たな。


「是非とも、芝居をご覧になていってください。自信作ですから」


 スバイツさんの自信作か。これは、楽しみだね。


「ありがとう。見させて頂くわ」


 私の活躍がどの様に描かれているのかしら。早く見たいわ。どうせだったら、シルビアも誘えば良かったわね。気に入ったら、誘ってもう一度見にこようかしら。


「さあ、もうそろそろ開演時間です。お席に案内しますよ」


 スバイツさんに客席、それも見やすい一番いい席に案内されて、開演を待つ。


「ねえ、ねえ。二人もモデルになっているんじゃない?」


 アシリカとソージュに話しかける。


「それを考えるとちょっと、気恥ずかしいですね」

 

 アシリカが照れくさそうに苦笑している。


「体、ムズムズしそうデス」


 ソージュが頬を掻きながら、チラチラと舞台の緞帳を見ている。


「あっしも出ているのでしょうかねぇ?」


 ほう、デドルは出たいのか。意外と目立ちたいタイプなのかな。


「まあ、主役は“鉄扇の舞姫”であるお嬢様ですから。まだ、私たちは脇役なので耐えれそうです」

  

 鉄扇の舞姫か。いい響きだわ。私の二つ名にぴったりじゃない。スバイツさんのセンスは中々ね。扇子だけに。

 ……こんなくだらない冗談を思いつく程、私は舞い上がっているのか。

 私たち四人が期待に胸を膨らませながら、話していると、いよいよ開幕の時間となった。

 そして、開演から一時間を過ぎた。芝居は佳境に入ってきている。

 アシリカとソージュはさっきから気まずそうに下を向いたままである。


「あっしは?」


 デドルの小さな呟きが聞こえる。

 ああ。そう言えばデドルらしき人、いないね。楽しみにしていたらしいデドルには気の毒だが、私の心の中はそれどころではない。


「この鉄扇の舞姫よりあくどいなんて許せません。覚悟なさい!」


 バレッタさん演じるお姫様が悪役に向かって啖呵を切っている。


「姫様、お待ちを! 一人で突っ込んではなりません!」


 おそらくアシリカをモデルとした人物だろう。フィルルさんが演じている。

 鉄扇の舞姫。彼女は、正義を愛する姫君だが、一直線で向こう見ず。その上、思い込みも激しい。いつも見当違いな行動をするが、どこか憎めないお姫様。

 そんなお姫様を守る侍女。常に間違う主をフォローし、明晰な頭脳で悪人を追い詰める。それが、フィルルさんの役どころ。もう一人の侍女役はソージュだろう。冷静で格闘術に優れ、お姫様の自業自得な危機を何度も救う。

 ここまで見てきて、どう見ても危なっかしい主君を守り助けるフィルルさんが主演だよね。ソージュがモデルの侍女が二番手。お姫様はどう見ても三番手。あのタイトルは何なんだよ? 詐欺にあった気分なのは私だけだろうか。

 そうですか。スバイツさんの目にはこんな風に映っていたんだなぁ。

 虚ろな目になり芝居を眺めている私の顔が能面みたいになっているのが、自分でも分かる。

 そんな私の想いを知る事なく、芝居は進む。

 あっ。またお姫様、ドジ踏んでるよ。これのモデルが私ですか。ふーん。そうですか。

 舞い上がっていた自分を思い出し、そして目の前のお姫様の行動を見て、恥ずかしさがこみ上げてくる私だった。


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