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戦うお嬢様!  作者: 和音
52/184

52 訳アリ

 メリッサさんと出会ってから二週間。

 お仕事に向かわれるお父様とお兄様をお母様と一緒にお見送りである。


「お兄様、頑張ってくださいね」


「ああ。ありがとう。行ってくるよ」


 ふふふ。お兄様。頑張るのは仕事だけじゃなくてよ。私も頑張るからね。あれから暇を見つけては、メリッサさんの勤めているお店に通っている。お陰で、すっかりと打ち解ける事が出来ていた。

 私の計画は、まずはメリッサさんと親しくなる事。もう少し親しくなれば、素性を明かして、屋敷に招待しよう。きっと、彼女ならお父様もお母様も気に入るはずだ。身分の差を考えれば、難しい所もあるが、いざとなればそこは、王太后様を頼ろう。何せ、ご自身も平民から王妃となられた方だ。力を貸してくれると思う。

 ただ一つ気になるのは、私の手芸の腕が一向に上達しない。だからこそ、メリッサさんに気に掛けられて、親しくなった最大の要因でもあるのだけど。


「……私も行ってくるよ?」


 ここ最近、熱心にお兄様のお見送りばかりしているせいか、お父様が複雑そうな顔で私を見てくる。

 こりゃ、たまにはお父様にもサービスしないとな。親孝行だね。


「お父様、行ってらっしゃいませ。お帰りを心待ちにしていますわ」


 出来るだけ別れが寂しそうな表情を浮かべる。


「あ、ああ。そうだな。今日は早く帰ってこようかな。うん、リアが言うなら、そうしよう。では、行ってくるよ」


 ぱっと顔が明るくなり、お父様は意気揚々と出掛けられる。これで、今日一日、元気にお仕事をしてくれるかな。

 さあ、私も恋のキューピッドを頑張りますかね。



 

 お見送りを終え、やる気も十分に、メリッサさんの働く店の前まで来ていた。

 ところが、である。


「すまないねぇ。今日はもう店じまいでね……」


 店主であるおばさんが、申し訳なさそうに謝る。初めてここに来た時に見たあの人の良さそうな年配の女性である。

 何でも、王都郊外に住むおばさんの父親がぎっくり腰となり、すぐに駆け付けなくてはならなくなったらしい。夕方にはメリッサさんも帰らなくてはいけないようで、今日は昼で店を閉めるとの事だった。おばさんの隣でメリッサさんも申し訳なさそうな顔をしている。


「それは、大変ですね……」


 アシリカが心配そうに相槌をうつ。

 

「ごめんね。明後日には、またいつも通り開けるから、また来ておくれ」


「はい」


 下手ではあるが、少し手芸も楽しかった私は残念である。でも、事情が事情だけに仕方ないよね。今日は大人しく帰るしかないか。


「ねえ、ナタリアちゃん」


 落胆する私を見かねたのか、メリッサさんが話しかけてきてくれた。


「もし、良かったらうちに来ない? いつもみたいに、教えてあげるけど」


 思いもかけないメリッサさんの提案である。自宅に招待されるとは、もっと仲良くなるまたとないチャンスだ。


「いいのですか?」


 期待の籠った目でメリッサさんを見つめる。


「ええ、もちろん。せっかく来てくれたのだし」


「お願いします!」


 ならばと、店主のおばさんが詫びとばかりに、材料をくれた。これは、嬉しい。最近、ここに通う為に出費が嵩んでいたから、助かります。


「じゃあ、行きましょうか」


 メリッサさんに付いて、彼女の自宅へと向かう。

 お兄様も行った事があるのかしら? もし、無かったら悪いわね。私の方が先に彼女の家にお邪魔することになっちゃってさ。

 私が心の中でお兄様に謝っているうちに、店から少し離れた住宅街にあるメリッサさんの家へと着く。


「さぁ、どうぞ」


 私たち三人を招き入れてくれた。


「お邪魔します」


 家の中はメリッサさんの性格を表すように綺麗に整頓されている。すっきりとしているが、どこか上品さも感じる。彼女は仕草の一つひとつもどこか上品なので、この落ち着いた部屋の雰囲気も納得である。

 手芸のお店に勤めているからか、棚には刺繍されたタペストリーやぬいぐるみなどが並んでいる。中でも、小さな子供ほどの大きさのウサギのぬいぐるみが目を引く。首から笛をぶら下げているのが可愛らしい。


「そこに座って」


 メリッサさんに勧められ、棚にを眺めていた私たちは、椅子に三人並んで腰掛ける。

 それにしても、一人暮らしなのかしら? 他に誰もいないみたいだけど。


「どうしたの? きょろきょろして?」


 お茶を入れてくれたメリッサさんが向かいに座る。


「あの、お家の方は? ご両親がおられるなら、挨拶しなくちゃと思って」


「ああ。そいういうこと。うちね、両親はもういないの。亡くなってるから……」


 これは、悪い事を聞いてしまった。


「ごめんなさい。私、余計な事を聞いてしまって……」  


 慌てて、頭を下げる。


「いいのよ。だって、ナタリアちゃんの挨拶しなきゃ、って普通だもの。私だって他の家に行ったら、同じ事するわ。謝ること無いわよ」


 やっぱり、素敵な人だ。私に変な気遣いさせることなく、さりげなくフォローしてくれる。これは、是非、お義姉様と呼びたい。いや、呼んでみせる。


「私、何があってもメリッサさんの味方ですから!」


「え?」


 私の突然の宣言にメリッサさんは目を丸くする。しばらくすると、くすくすと笑い始めた。


「ナタリアちゃんって、優しいのね。ありがとう」


 え? 優しい? おかしいの聞き間違いじゃないよね? 優しいなんて初めて言われたよ。思わず涙が出てくるわ。


「ただいまー! あれ、今日お仕事は?」


 おかえり……って、誰? 見ると小さな男の子。


「うん。今日はお昼までになってね。それよりルーベルト。お客様よ。ご挨拶は?」


「こんにちは、ルーベルトです」


 綺麗に頭を下げて挨拶する姿が可愛らしい。


「こんにちわ。ナタリアです。よろしくね」


 私に続いて、アシリカとソージュも挨拶をする。


「弟よ。年は随分離れているのだけどもね」


 ルーベルト君の頭を撫でるメリッサさんの目はとても優しい。

 聞けば、ルーベルト君はまだ九歳。二人の両親が亡くなってからは、メリッサさんが世話をしているらしい。


「でも、珍しいね。お姉ちゃんが、いつものお兄ちゃん以外の人を連れてくるなんて」


 不思議そうに、姉であるメリッサさんを見上げる。


「お兄ちゃん?」


 まさか、私がエリックお兄様より先じゃなかったのか。


「うん。エリックお兄ちゃん。とても優しい人なんだよ。その人、お姉ちゃんのこいびと、なんだって」


 恋人の意味をどこまで分かっているのか、無邪気な笑顔のルーベルト君である。


「こ、こら。ルーベルトったら、余計な事言って」


 顔を赤らめるメリッサさんをルーベルト君は、荷物を片付けてくると、言って奥の部屋へと行ってしまった。


「素敵な方とお付き合いされているのですね」


 丁度いい機会かもしれない。エリックお兄様の事を聞いてみよう。


「ええ、私にはもったいないくらいの方です。本当に私なんかがお側にいていいのかと思うくらい」


 恥ずかしそうにしながらも、答えてくれる。

 そんなことないよ。エリックお兄様は確かに優しいし、優秀な人だけれども、それにメリッサさんは負けていない人だと思う。


「もしかして、初めて会った時に言ってた私と同じ名前の妹を持つ方ですか?」


 ついでに、私の印象も聞きたいな。


「そうよ。その方の妹さんもナタリアちゃんと同じ名前なの。だから、あの時は少し驚いちゃって」


「そんな素敵な方の妹ですから、その妹さんも素敵な人なのでしょうね」


 両隣から冷たい視線を感じるが、気にしない。


「うーん。それがね……」


 少し困った顔になるメリッサさん。何かイヤな予感がする。


「その妹さん、あまり周りからよく思われていないみたいでね。我儘っていうか、何て言うか……」


 うう、やっぱりですか。そうよね、私の噂は健在だもんね。聞くのじゃなかったよ。


「でもね。彼が言うには、誤解を受けやすいだけだって。本当は素直で優しい子だって、言ってたわ。だから、私はその言葉を信じているの。それに、あんな優しい人の妹さんだもの。きっと同じ様に優しい子のはずだわ」

 

 お兄様ぁ。今すぐ抱き着きたいわ。そうよね。あの噂には、お兄様も心苦しいものがあるでしょうね。


「本当にいい方ですね」


 涙が出そうだよ。


「ええ」


 メリッサさんも頷く。


「じゃ、じゃあ、結婚とかも……」


 これが一番聞きたい。

 アシリカとソージュも身を乗り出して、じっとメリッサさんを見つめている。


「それは……」


 メリッサさんの表情が曇る。

 やはり、身分の違いを気にしているのかしら。それに、まだ小さい弟の事も気になるだろう。

 だが、心配はいらない。もし、お父様やお母様が身分で難色を示すなら、私はグレる勢いで反抗しよう。ルーベルト君だって、うちで責任を持って育てる。

 よし、今しかない。ここで素性を明かそう。そして、結婚に向かって一直線だ。


「あの、メリッサさん。実はですね……」


 私が事実を話そうと仕掛けたその時、扉を叩く音が聞こえた。


「ナタリアちゃん、ごめんね。誰か来たみたい」


 メリッサさんは立ち上がり、扉の小窓から外を覗く。


「デモンズさん?」


 どうしたのだろう? 随分と驚きの声を表情だけど。

 慌てた様子で、扉を開ける。


「お久しぶりにございます。メリッサ様」


 一歩中に入ってきた男の人は、片膝を床に着いてメリッサさんに頭を垂れる。


「随分お探ししました。まずは、そのお元気そうな姿を拝見出来て何よりでございます」


 四十台半ばくらいのその男性は、目に涙を溜めて、感慨深そうにメリッサさんを見上げている。


「デモンズさんも元気そうで……」


 対するメリッサさんも涙を浮かべ、頷いている。

 どういうことだ? まずは、メリッサさんへの敬称。様付である。そして、あのデモンズさんという男性の取っている態度。あれは、主君や目上の者への礼の仕方である。


「おや。ご来客中でございましたか」


 デモンズさんが私たちに気付く。おずおずと頭を下げる私に、さっと頭を下げ返してくれる。


「ええ。私が今働いているお店のお客さんです」


「働いている……。メリッサ様が……」


 デモンズさんが唇を噛みしめている。


「それより、立ってくださいな。もうそのような態度を取る必要はありませんよ」


 メリッサさんがデモンズさんの肩に手を置き、立つように促している。


「いえ、そういう訳には……。それよりも、大事なお話があります」


 もう一度、デモンズさんがさっと頭を下げる。


「大事な話?」


「はい。ファウドの家の大切な話でございます。出来れば……」


 デモンズさんが、ちらりと私たちの方に視線を向ける。

 私たちが居たら話せない話がある、ということか。


「あ、あの私たち失礼します」


 ここは空気を読んで、引き上げよう。


「え? でも……」


 私とデモンズさんの顔を交互に見ながら、メリッサさんが戸惑っている。


「いえ。見れば、久々にお会いする方のようですし。その代わり、また、お邪魔してもいいですか?」


「それは、もちろん。ごめんね。せっかく来てもらったのに……」


 申し訳なさそうにメリッサさんが謝る。その横でデモンズさんも頭を下げている。


「いえ。お気になさらずに。また来ますね」


 そう言い残して、軽く一礼してから、家を出る。

 メリッサさんの家を出て少し歩いて立ち止まる。振り返り、彼女の家をじっと見つめる。


「ねえ、アシリカ。どう思う?」


「様と付ける呼び方。来られた方の礼。どちらも平民へのものではありませんね……」


 アシリカも私と同じように感じたみたいだ。

 どうやら、訳アリみたいね。なるほど。だから、お兄様は結婚を進められないのか。普通の平民なら、あの優秀なエリックお兄様のことだ。私が思いつかない方法で解決してしまうに違いない。でも、それが出来ない。つまり、それ以外の何か複雑な事情があると見て、間違いないでしょうね。


「ファウドの家、って言ってたわね」


「はい。ですが、ファウド家という貴族は聞いた事がございませんね」


 そうね。まあ、貴族と言っても、ピンからキリまで数多くあるから知らない家があっても、不思議ではないけど。

 今は平民として生きているメリッサさんだが、元は貴族、またはそれに連なる人と考えるのはおかしくないはずだ。彼女の持つ雰囲気、振舞いも納得できる。


「どうされますか?」


 アシリカが心配そうに尋ねてくる。


「どうする? 決まってるじゃない」


 聞かれるまでもない。


「どんな問題があろうと関係ないわ。絶対に、あの二人には幸せになってもらうのだから」


 例えどんな困難な状況でも諦めない。二人を幸せな結婚に導いてみせるよ。

 何故なら……。

 私は、恋のキューピッドですから。


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