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戦うお嬢様!  作者: 和音
50/184

50 パーティー後のパーティー

 サンバルト公爵家の屋敷の大広間には、多くの人で溢れている。女性はドレスを着飾り、男性はビシッと燕尾服を着こんでいる。

 そして、今日の主役は私。十四歳の誕生日を祝うパーティーである。次から次へとお祝いの言葉を掛けらるが、ほとんど記憶にない人ばかりである。向こうも社交辞令的な挨拶ばかりだけどさ。まだ開始一時間ほどしか経過してないけどもう疲れたよ。笑顔を作っているが、そろそろ崩れ落ちてしまいそうだ。シルビア以外に顔なじみの令嬢もいないしさ。そのシルビアも最初に挨拶してから見かけない。おそらくは、また庭で木でも眺めているのだろう。


「ナタリア様。本日はおめでとうございます」


 ノートル公爵家のミネルバさんだ。数少ない私に平然と接してくれる人だ。友好的かどうかは別にしてだけどさ。


「ミネルバ様。お越しいただきありがとうございます」


 にこやかに挨拶を返す。


「お目にかかるのはお久しぶりですわね。あまり社交の場に出られていないので?」


 ミネルバさんはにこやかな笑顔で話しかけてきているが、その目は笑っていない。彼女からしたら、王太子の婚約者なのだから、もっと積極的その務めを果たせ、とでも言いたいのだろう。


「ええ。王太子妃教育が忙しいもので……。本当は、もっと皆さまとお会いしたいと思っているのですが」


 王太子妃教育なんてしていない。始まるのはもう少し先になってかららしい。私が忙しかったのは、バイトをしていたからである。


「そ、そうでしたの」


 密かに王太子との婚約を夢見ていたミネルバさんの笑顔が一瞬、強張る。

 やっぱり、この人は面白い。。対抗心からか、突っかかってくる割には、素直すぎる所があり、すぐに言い包められて固まってしまう。そこが、見ていて楽しいと思ってしまう私はやはり性格が悪いのだろうか。


「ですので、ミネルバ様には他の方を紹介して欲しいと思っております」


「まあ、どうしてもとおっしゃるのなら考えてもいいですけど……。こう見えて私、王都のご令嬢方で知らない方はおりませんのよ」


 満更でもない様子で、ミネルバさんが自慢げに胸を張る。

 やっぱりこの人は、いい人なんだろうな。きっと、ツンデレな人なのだろう。早くデレてくれないかな。数少ない絡んでくれる人だしね。


「ご歓談中、申し訳ございません」


 すっと、私の隣にガイノスがやってくる。


「お嬢様。王太子殿下がお越しにございます。すぐに、お出迎えに」


 はぁ? レオが来た? 聞いてないよ。


「王太子殿下が?」


 ミネルバさんの顔が悔しそうに変わる。一瞬だけど。

 一方の私はきょとんとしたまま。何しに来たんだ、と顔に出ているに違いない。


「はい。すぐにお越しくださいませ。旦那様と奥様もすでにお出迎えに行かれておりますゆえ」


 ガイノスはミネルバさんに一礼して、私を睨む。やはり、表情が丸出しになっていたみたいだね。これはミネルバさんを見習わなくちゃね。


「分かりました。ミネルバ様。失礼させて頂きますわ」


 ミネルバさんに頭を下げて、ガイノスに続いて大広間から玄関へと向かう。

 玄関へと到着すると、すでにレオがお父様とお母様から挨拶を受けていた。


「遅れまして申し訳ございません」


 お父様の隣に立ち、頭を下げる。


「いや。突然の訪問だ。気にする必要はない。それより、誕生日の祝いだ」


 レオから小箱を渡される。


「わざわざのお気遣い、ありがとうございます」


「ああ」


 頷くレオの目は早く開けろと訴えている。

 貰っておいてなんだが、開けるのが怖い。今、ここで開けても大丈夫な代物だろうな。武器の類じゃないでしょうね。王太后様は、この男のプレゼント選びをちゃんと見張っておいてくれただろうか。


「……開けてよろしくて?」


 黙ってレオが頷く。私は恐るおそると小箱を開ける。

 中に入っていたのは、一本の小刀。

 こいつ、やりやがった。去年は、王太后様のお陰もあり、可愛らしいネックレスだったが、今年は武器にしたか。これが、女性へのプレゼントか?


「まあ!」


 ほら、見てみなさいよ。お母様が声を上げてしまってるじゃないの。顔もあんなにも……、あれ? 何か嬉しそう。どうして?


「ご守刀でございますか」


 お父様が小箱の中を覗き込む。


「ああ。そうだ」


 少し照れくさそうに返事をするレオがいる。

 えーと、状況がよく分かりません。ご守刀? 何それ? 誰か説明を。


「リア、良かったわね。こんなにも素敵な物も頂けるなんて、殿下に感謝しなくてはいけませんわね。でも、懐かしい。お母様も、お父様に頂いたのよ。側にいない時でも、このご守刀が自分の代わりに私を守ってくれるって」


 テンションが一気に上がったお母様である。

 え、そうなの? そんな意味合いがあるのか。知らなかったよ。見ると、鞘にも柄の部分にも豪華な装飾が施されている。実用的では無さそうね。使いにくそう。


「殿下。どうぞ中へとお入りください」


 どことなく複雑そうな表情でお父様が、レオを会場である大広間へと案内する。

 パーティーはレオの登場にどよめきが起こる。周囲から、勝手な会話がちらほらと聞こえてくる。


「まあ、よほど殿下はナタリア様の事が大切なのですね」

 

 若い女性の黄色い声。

 いや、どうせ王太后様に行くように言われたに違いないです。


「あのプレゼントはまさかご守刀? 殿下に守って頂けるなんて素敵ね」


 年配の女性の囁き。

 いや、レオより剣術の腕は私の方が上ですよ。


「お似合いのお二人だ。これでエルフロント王国も安泰だな」


 ナイスミドルな感じのおじ様。

 いや、その意見にはとても同意出来ません。


「まさか、殿下にお越しいただけるとは夢にも思っておりませんでした」


 少し落ち着いた後、お父様がレオに話しかける。


「突然の訪問すまない。サンバルト卿」


「とんでもございません。この上ない名誉にございます」


 お父様が頭を下げるのに合わせ、私とお母様も頭を下げる。


「それに、殿下には贈り物のお礼も申し上げなければなりませんわ」


 お母様が付け加える。

 まずい。鉄扇の事か。レオも何のことだ、と言わんばかりに首を傾げる。  


「この子ったら、殿下から頂いた物は自分以外には見せたくないなんて言っておりますのよ」


 何の話だ、とレオの視線が私に向く。


「お、お母様。止めてくださいな。あっ。レオ様、少し庭を歩きませんこと?」


 今すぐお母様からレオを引き離さなくてはならない。 


「構わないが……」


「では、参りましょう!」


 レオを引っ張る様にして、庭へと連れ出す。そんな私を微笑まし気に眺めているお母様を気にする余裕はない。この際、どのように思われようが、今更である。 


「リア、お前、まさか、武具などを買ったのを俺からの贈り物と偽っているのではないだろうな?」


 疑いの眼差しのレオである。意外と鋭いわね。


「な、何の事にございましょうか?」


 おほほほ、と笑って誤魔化す。


「まあ、分からんでもない。貴族の令嬢が武具を欲しがるのもではないからな。そんな変わり者はリアだけだろうな」


 さりげなく、嫌味を言うわね。王太后様の誕生日パーティーでの事を根に持っているのかしら。結局、腕にすごい青あざを作っちゃったからなぁ。あれは、痛そうだった。


「あら。もしかしたら、他の殿方から頂いたものかもしれませんわよ?」


 そんな事あり得ないけど。社交の場で、他の男性からは、怯えの眼差しと息を飲む声しか貰ってないけどね。


「ふん。そんなもの好きがいるのか」


 レオを鼻で笑い飛ばす。

 この態度、ムカつくわね。


「もしかしたら、どこかにおられるかもしれませんわよ?」


「もし、そんなヤツがいたら……」


 レオが立ち止まる。


「勝負する」


「勝負?」


 何の勝負かしら? すっかり、勝負好きになったのかしらね。将来の国王としては、好戦的なのはあまりよくないと思うよ。


「……いや、ふと思っただけだ。気にするな」


 再びレオが歩き始める。私も後に続いて歩みを進める。

 それ以降、レオはむっつりと黙り込み、沈黙に包まれる。元々、レオは無口な方だし、気まずくはないがムズムズしてくる雰囲気だな。落ち着かないね。一体、何なんだ?

 その空気を打破すべく、庭で木を眺めているかもしれないシルビアを必死で探す私だった。




 無事、私の誕生日パーティーも終え、自室でくつろいでいた。華やかな昼間の宴が嘘の様に静まり返った夜の屋敷である。

 あの後、結局シルビアにも会えなかったが、再びいつもの様にぽつりぽつりと話しだしたレオと再び大広間に戻り、パーティーは続いた。最後には、いつか、私を倒すと宣言して帰っていった。私をラスボスか何かと思っているのだろうか。

 昼間の事を思い返しながら、窓際のソファーに腰掛けている。窓のガラスに自分の顔が映っている。


「十四……か」


 ため息と共に小さく呟く。

 この一年でも随分と私の周りは変化したと思う。当たり前の事であるが、時は確実に進んでいる。

 去年の誕生日にアシリカとソージュの二人に私の世直しをしたいという夢を打ち明けた。そこから、多くの出会いがあり、いくつかの悪事を裁いた。デドルやシルビアも協力してくれるようになり、トルスも何だかんだ言いながらも力を貸してくれる。

 屋敷の者も最近では、以前に比べ普通に接してくれるようになった。特に雪合戦以来、顕著である。屋敷内では、我儘ナタリアは消え去りつつある。屋敷の外では相変わらずだけど。

 夢を叶える事は順調だが、一方で断罪コースの回避は何一つうまくいってはいない。むしろ、婚約をしてしまい、進んでいると言ってもいいだろう。

 十七歳の断罪は近づいてきているのだ。運命をこの手で切り開くと決意したものの、やはりたまには不安になる。誕生日などの節目は特にだ。鬱々とした気分になってしまう。

 いまだ、入学もしていない段階であれこれと思い悩んでも仕方の無い事とは、分かっていても、つい考え込んでしまう。

 気分を変えようと、一人で寝るには、大きすぎるベッドへダイブする。柔らかいベッドは私を受け止め、心地よく揺れる。


「お嬢様」


 ベッドでうつ伏せになっている私にアシリカの声が聞こえる。


「ん?」


 体を起こすと、ベッドの脇に立つアシリカとソージュがいた。


「お嬢様、これ、私たちからの誕生日プレゼントです」


 差し出されたのは、輪っかにされた紐に小さく色とりどりのガラス玉が通されている。


「これは?」


 何に使うものだろう。ブレスレットにも見えるが、違う様な気がする。


「鉄扇の飾りつけにございます。要の部分に付ければ可愛らしいかと」


 確かに、輪っかからは一本の紐が伸びていて、結び付けられる様になっている。

 鉄扇へのアクセサリーか。これは、可愛い。


「ありがとうっ! 早速付けるね!」


 鉄扇を取り出し、紐を要に結び付ける。

 うん。いい。鉄扇がより一層魅力的になった気がする。

 喜ぶ私を、アシリカとソージュも嬉しそうに眺めている。さっきまでの沈んだ気持ちが嘘の様に消えている。


「さあ、今日はお疲れでしょう。そろそろ寝衣に着替えてお休みになられませ」


 いやいや、こんなにも嬉しい気持ちなのに、寝るなんてもったいないな。

 そうだ! 昼間のパーティーに続いて、もう一つイベントを思いついたわ。


「ねえ、二人ももう仕事終わりよね?」


「お嬢様のお着換えが済めば……」


 そうか。終わりか。


「そう。良かった。じゃあ、私の着替えが終わったら、二人も着替えてから、もう一度この部屋に来てちょうだい」


 専属侍女であるアシリカとソージュの部屋はすぐ隣、扉一枚隔てた所である。廊下を通らずに来られるから問題ないだろう。


「あの、おっしゃっている事が、分かりませんが。着替えた後にご用がおありでしたら、ここでお待ち致しますよ?」


「それじゃ、意味ないでしょ。その恰好で寝るつもり?」


 メイド服のままでは、寝られないでしょ。


「あの、ますます意味が……」


 困惑顔のアシリカである。


「あのね、今日は一緒に寝るの! このベッドでね。これだけ大きけりゃ、三人が一緒に寝ても広いくらいでしょ」


 そう、私が思いついたのは、パジャマパ―ティーだ。


「さすがにそれはなりません。私たちは侍女にございます。それが、主の隣で眠るなど、許される事ではございません」


「いいのよ。二人は姉妹みたいなもんだしさ。ね、お願い」


「そう言っていただけるのは、非常に嬉しい事ですが……」


 やはり、生真面目なアシリカは渋る。まあ、彼女に言っている事は正しい。いや、まともと言ってもいいのは分かる。


「今日だけだから。ね、もう一つ誕生日プレゼントをあげると思ってさ。お願い」


 ベッドの上で土下座せんばかりの私にアシリカは大きくため息を吐いてから頷いてくれた。



 私を真ん中にして、両側にアシリカとソージュが横たわっている。

 ひとしきり、ベッドの上でお菓子を摘まみ、普段よりも遅くまで三人で話した後である。普段とは違う雰囲気の中でも話したのは、他愛もない事ばかり。でも、私には楽しくて、大切な時間だった。


「へへへ。同じベッドどころか、一緒に部屋で寝るのも初めてよね」


「そうですね」


 ミズールに行った時も、私は必ず一人部屋だったしな。

  

「これからも、毎年誕生日には、一緒に寝てもらおうかしら。誕生日プレゼントとしてね」


「ふふ、何だか今日のお嬢様は随分と幼く感じますね」


 隣からアシリカの笑い声が聞こえてくる。


「そうかしら?」


「ハイ。私より年下みたいデス」


 ソージュも同意見のようだ。


「あーあ。これ以上、年を取らなければいいのになぁ」


「まだ十四歳ではありませんか」


 アシリカの笑い声がまたもや聞こえてくる。


「そうだけどもね……」


 私が年を取りたくない理由。それは、この先に待ち受ける運命が来てほしくないからだ。このまま今の生活が続いてくれるのならば、どんなに幸せか。


「何かご不安がおありですか?」


 考え込む私にアシリカがこちらを向いたのが分かる。

 でも、私には何も答えられない。


「何もご心配する必要はございませんよ」


 ぎゅっと、私の手がアシリカに握られる。続けて反対の手もソージュに握り締められる。


「私もソージュもおります。デドルさんもいます。皆、お嬢様の味方にございます。いかなる時でもお側におりますから」


「……そうだね」


 どうなるかは分からない。

 だが、今の私なら、皆が側に居てくれる私なら、運命にも打ち勝てる気がした。


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