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戦うお嬢様!  作者: 和音
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5 キレイだけの世界じゃない

 私から手渡された地図を手にアシリカは、路地を進んで行った。私も横に並んで付いていく。

 工房街だけあって、工作機械や道具類が並べられた軒先が並んでいた。建物の開いている窓からは、何やら作業をしている風景も見える。

 鉄を打ち付ける音や、木を切る音、そして、人の話す声。雑多な音が混じり合い、活気を感じる。


「もうすぐですね。この先を曲がった所に、弟様のご自宅があるようです」


 そうアシリカに告げられた時だった。


「いい加減にしろっ! 反抗的な態度ばかり取りやがってっ!」


 大きな怒鳴り声と共に、扉を蹴破る様にして、子供の胸倉を掴んだ男が私たちの目の前に飛び出してきた。子供の服は薄汚れ、栗色の短い髪もぼさぼさである。体は痩せ細っていて、胸ぐらを掴む男に軽々と持ち上げられていた。

 さっと、アシリカが私を庇う様に前に立つ。

 一体、何の騒ぎ? 大の大人が、子供に対してする事じゃないわよね。


「だって、嘘、吐いた。ご飯三回食べさせてくれるって言ってたのに、一回しか食べさせてくれない」


 あまりの華奢な体と短髪に男の子かと思ったが、声からすると、女の子みたいだ。


「はぁ? 生意気言ってんじゃねえよ。てめえみたいな宿なしを拾ってやって、一日一回でも食わせてやってんだ。偉そうな口、聞くんじゃねえ!」


 男はさらに、怒りを増した様で、顔を真っ赤にして、子供に怒鳴りつけている。


「二度と生意気な口が利けないようにしてやるっ」


 男は大きく手を振りかぶった。


「お待ちなさいっ!」


 私は鋭く言い放つ。


「お嬢様!」


 私の突然の参戦に驚きと、やっぱりという思いが交錯した顔でアシリカが振り返る。


「あなた、その子はまだ子供よ。何をするつもりですの? 話を聞いてたら、あなたの方が悪い様に思うけど」


「何だ、お前は? 身なりからして、どっかのお貴族様か? 関わらないでくれ。これは、雇い主と雇われたモンとの問題だ」


 面倒臭そうに、男は私を睨み付けた。


「雇い主ですって? 満足に約束も果たせない人は雇い主ではないわ。早い所、その手を離しなさい」


 私も負けじと男を睨み返す。


「うん。約束破るなら、もう辞める」


 黙って、私と男のやり取りを見ていた子供が呟いた。そうそう、こんなブラックな職場はすぐ辞めた方がいいわよ。


「はぁ? 下らん事言って――」


 そう言いかけた男の顔面に、突然子供が掌底を食らわせる。男はふらつき、顔面を両手で押さえた。その為に、子供は落下する。しかし、器用に、すとんと地面に両足で着地した。

 何、その攻撃力。どちらかというと大きな体の男がふらつく程って。その華奢な体のどこにそんな力があるのよ?


「てめえっ」


 顔を手で抑えながら、男は子供に詰め寄る。その男の膝に対して、その子は廻し蹴りを放つ。


「ぐわっ」


 顔を苦痛に歪め、男は尻もちを付く。


「お見事っ!」


 私は思わず、拍手を送る。いや、ほんと、すごいよ。


「くそっ。舐めやがって」


 男は立ち上がりなら、ズボンのポケットから、ナイフを取り出す。

 ありゃ。これは、ちょっとまずいかな。


「アシリカ」


 私の声に頷くと、アシリカは、魔術で手の平の上に火の玉を作り出す。それは、瞬く間にサッカーボール程の大きさとなる。


「お止めなさい。それ以上の事をしようとするなら、容赦しませんよ」


 おっ。アシリカも気合入ってるな。声に迫力あるよ。


「くっ」


 アシリカの魔術に、男は押し黙る。確かに、あれが直撃したら、大怪我は間違いないだろう。

 いーなー。私も魔術がもうちょっと、使えたらなぁ。


「おい、また騒ぎを起こしたのか?」


 野太い声がする。見ると、真っ白な髭を生やした老人が、立っていた。


「グ、グスマン……さん」


 男の顔が、さっと青ざめる。さっきまでの威勢も急に萎ませる。

 あれ? そう言えば、グスマンって名前……。


「見逃してやる。さっさと、戻れ」


 鋭い目つきで、男に告げた。男は何も言わずに、逃げる様にして、元いた家の中へと駆けこんでいった。


「娘さん方、すまんかったな。聞かんでも大体は分かる」


 先程までとは違い、柔和な顔となって、頭を下げた。警戒を解いたアシリカも魔術を解く。


「いえ、私たちは別に。それより……」


 私はその老人の前に立つと、ドレスの裾を摘まんで、挨拶をする。


「先ほどの男が言ってましたが、グスマン様でいらっしゃいますか?」


 そう、王太后から聞いていた、弟の名前はグスマンだった。


「そうだが」


「王太……、あなた様の姉上様からのお手紙を預かって参りました」


「姉さんから……」


 表情を変える事なく、私の顔をじっと見る。


「お腹、減った……」


 その時、さっきの子供のお腹がぐうっとなるのと同時にへたり込んだ。


「あいつは、子供を騙すように連れて来ては、無理やり働かせる奴でな。最近はやってなかったのに、またやりやがったのか。お前、名前は?」


 グスマン様が、子供に話しかける。


「ソージュ」


「たいしたもんは無いが、何か食わせてやる」


 くるりと、グスマン様は体の向きを変えると歩き始めた。


「娘さん方も、一緒に来るがいい。せっかく、姉から手紙を届けてくれたんだ。お茶くらい出してやるよ」


 私とアシリカは顔を見合わせてから、グスマン様に付いていった。




 グスマン様の家は驚く程、質素だった。一階には仕事場である工房があり、二階は居住スペースとなっていた。結婚もせず、ずっと一人暮らしだという。

 グスマン様は、親が商売を畳んだ後、鍛冶職人となっていたそうである。その腕と人を纏める力から、いつの間にか、この工房街の顔役の一人となったそうであった。そんな事を食事の準備をしながら、話してくれた。

 私たちは、二階の居間に通され、目の前では、ソージュが出された食事を次から次へと平らげていた。その食欲に私もアシリカも目を丸くする。

 食事の準備が一段落したグスマン様に私は預かっていた手紙を差し出す。


「これが、お預かりした手紙です」


「わざわざすまんな」


 渡された手紙を開き、一読した後、グスマン様は私をじっと見る。


「グスマン様?」


 一体、何かしら? 私の顔、珍しいのかな。


「様付けは止めてくれんか。ワシは、ただのグスマンだ。ただの職人だ。それに姉の事は、人に知られたくない」


 なるほど。王太后様とご姉弟というのは、秘密なのか。徹底してるね。


「分かりました。グスマンさん」


 素直に私は従う。隣に座るアシリカも黙って頷いている。


「それにしても、嬢ちゃんは、随分気に入られたみたいだな。さっきの啖呵切ってる時も感心したが、年の割に肝っ玉座ってるみたいだしな」


 にやっとしたその柔和な笑みは、やはり、王太后様によく似ている。

 あ。それと、年に関しては、見た目通りじゃないです。話しても、理解してくれないと思うけどね。


「いやな、この手紙に何が書かれていたと思う?」


 私は首を傾げた。やはり、弟を気遣う内容だろうか。それとも、自身の近況を綴ったものだろうか。


「嬢ちゃんの事だよ。嬢ちゃんには、何か秘めた目的があるようだから、力を貸してやれって」


 バレてる。そんな事、匂わした事も無いのに、見破られてる。恐らく、内容までは知らないだろうが、私が野望に向かって進んでいるのを見透かされていた。


「おほほほほほほ」


 取り繕う様に、苦笑いをして誤魔化す。隣のアシリカからは、怪訝な目で見られているのが分かるが、取り合えずは放っておく。


「あの人は、昔から人の心を見抜く人でな。そのせいで苦労もしたと思うが、同時に、あんな結婚出来たのも、そのお陰だ」


 王太后様、一体何者?

 まぁ、バレたらバレたで仕方ない。世直し計画までは気づかれていないだろうしね。さすがにそこまで分かってたら、エスパーだよ。


「確かに、私には叶えたい事があります。私が私らしく生きる為にも、自分の手で運命を切り開く為にも……」


 開き直って、私もじっとグスマンさんの目を見つめ返す。


「わはっはっはっは」


 しばらく見つめ合った後、グスマンさんは大きく笑い声を上げた。


「いや、姉さんが気に入ったのも分かる。ワシも気にいった。ワシで出来る事なら何でも言ってくれ」


「ありがとうございます」


 私は頭を下げた。

 心強いグスマンさんの言葉と王太后様の配慮に感謝する。


「ごちそうさま」


 黙々と食事に集中していたソージュが食べ終わったようだ。


「おう。腹、膨れたか?」


 皿にあった料理が綺麗に無くなったのを見て、グスマンさんは満足気に頷いた。


「うん」


「じゃ、孤児院にでも連れて行ってやろう。あそこなら、そんな酷い目にもあわんだろうしな」


 グスマンさんが、顔に少し陰りを見せて辛そうに見える。


「ちょっと、お待ちになって。孤児院とは……?」


 この子の親は? 確かに身なりからして貧しいそうだけど、それでも……。


「お嬢様。この子は孤児です。先ほどは、はっきりと申しませんでしたが、このエルカディアには貧民街もあります。そこには、何らかの理由で親のいない孤児も多くおります」


 戸惑う私に、アシリカが説明する。


「その娘さんの言う通りだ。この子もそんな孤児の一人だ」


 私はこの街の、いや、この世界の負の一面を垣間見る気持ちであった。華やかな乙女ゲームの世界ではない、リアルの世界である事を強く感じる。

 そして、転生前も、転生後も私がどんなに恵まれていたかも強く思う。転生前、もし両親を亡くした私を祖母が引き取ってくれなかったら。転生先が、貧しかったり、この子の様な孤児だったら……。


「孤児院に連れて行く必要はありませんわ」


 私の言葉に、その場にいる三人の視線が一斉に集まる。


「私が、ソージュを引き取りましょう」


「お嬢様……」


 アシリカは、私の言葉を予想していたのか、ため息を吐く。


「連れて帰ってどうする?」


 グスマンさんは、少し楽し気な様子で尋ねた。


「侍女に、専属侍女にします。私には、今、アシリカしか専属侍女はいません。もう一人増やしたとて、問題ありませんから」


 私は、グスマンさんにそう言うと、ソージュの方を向く。


「ね、どう? 私と一緒に来ないかしら? 仕事は、このアシリカと同じ、私の侍女。もちろん、お給金も出るわ」


「侍女、なんて私に出来る?」


「もちろん最初は大変でしょうね。でも、アシリカがきっちり教えてくれるわ」


 ねっ、と私はアシリカを見る。


「でも、私も侍女になって、まだ半年も経ってませんよ」


「大丈夫よ。アシリカはもう立派な侍女でしょ」


 アシリカの肩をぽんと叩く。


「かしこまりました。うまく乗せられた気もしますが、お嬢様のお頼みなら、断れません」


 諦めにも見える表情を浮かべて、アシリカは頷いた。


「で、どうする?」


 再び、私はソージュを見る。


「ご飯……、何回?」


 少し考えた後、無表情のままソージュが尋ねてくる。


「え? ご飯? えっと、三回よ。そうね、おやつも付けるわ」


 食事が大事なんだね。


「おやつも……」


 初めてソージュの顔に、変化が見える。期待に目が輝き始めている。


「や、夜食も付けようか?」


 餌付けしている気分になってきた。


「やる。私、お嬢サマの侍女、やる」


 おお、夜食が決め手か。屋敷に帰ったら、シェフに伝えとかないと。


「そ、そう。歓迎するわ!」


 こうして、私は思いがけずも、二人目の専属侍女を迎え入れた。





 ソージュが屋敷に来て、一週間。

 見るからにみすぼらしいソージュを連れて帰ってきて、驚かれたが、そこはゴリ押しである。予想外だったのが、体を洗い、綺麗になった彼女は、とても可愛らしかったのだ。栗色のおかっぱ頭は、幼い顔つきの彼女によく似あっていたし、目もくりくりとしていて、理想の妹といった感じである。あまりの変わり様にアシリカはもちろん、他の屋敷の者も驚いていた。

 お父様とお母様に紹介する時も、孤児だったとは思えない見かけであり、礼儀こそ、なっていなかったが、許しを貰えた。まぁ、王太后様からの推薦と、勝手に言ったのが、大きかったと思うけどね。王太后様、ごめんなさい。勝手に名前使っちゃいました。

 礼儀作法はまだまだだが、アシリカの教えをよく吸収し、着実に成長はしているみたいである。言葉遣いも少しづつ、変わってきていた。まだ、ぶっきら棒さは抜けていないけど。

 しかし、私は、それ以上に、彼女の戦闘力を買っている。あの路地裏で見た、男を何の武器も使わずに、ダメージを与えた格闘のセンスと実力。

 世直し計画に、是非とも必要な戦力である。それもあり、私は彼女を侍女へとスカウトしたのだ。

 性格も素直だし、見た目も可愛らしいし、あの時平民街へと行ったのは、大きな収穫だった。

 一方で、この世界のリアルの一部も見た。

 ゲームの中では、孤児など居なかったし、子供から搾取する様な者も出てくる事はなかった。王子と恋する綺麗な世界が広がっていた。

 だが、転生前と同じように、ここにも、人間の営みがあり、そして醜い面もあるのだ。

 私はどこかで浮かれていたし、悪役令嬢としての結末に悲観してもいた。その中で自分のやりたい事、憧れていたご隠居みたいになりたいと思っていた。

 しかし、それも甘かったのだ。どこかで、ゲームの世界と思っていたのだ。

 それは間違っていた。私は生きている。アシリカもソージュも、生きている。

 すべて、現実なのだ。


「ソージュ、違うわよ。お湯はもっと、ゆっくりと」


「んー、こう?」


 アシリカがソージュにお茶の入れ方の特訓をしているのが、目に入る。慣れない手つきで、ソージュがお湯を注いでいた。

 私は微笑ましくその様子を眺める。

 私は何故、かの憧れのご隠居が、老人の身でありながら、人々を救う旅に出たのかを考える。ほんの少しだが、気持ちが分かる気がした。

 自分の立場なら、わずかでも救える人がいるかもしれない。ソージュの様に虐げられている人や、理不尽な扱いを受けている人を。

 私は改めて、自分のやるべき事を考えていた。


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