49 込められた想い
ルディックさんの工房に通い早一ヶ月。仕事にすっかりと慣れたが、今日でこの仕事も終わりである。ようやく出産を終えたモーランさんの奥さんが実家から帰ってくる。来週からは以前の様に週に何度か手伝いに通える様になるらしい。つまりは、私の役目も終わり、という事である。
少し寂しくもあるが、モーランさんの話では、可愛いお孫さんも一緒にこの工房に連れてくるという事なので、ルディックさんは喜ぶだろう。
そのモーランさんとルディックさんだが、あの一件以来特に変わった変化は無い様に見える。初めて二人を見た時とあまり変わらない。ただ、ルディックさんの言葉をモーランさんは、真剣な眼差しでじっと聞く様になっていた。モーランさんによると、十回に一回くらいの割合で褒めてくれるようになったらしい。少し照れくさそうに、それでいて嬉しそうに私に教えてくれた。
少しづつ、この二人も変わってきているのね。何か、私も嬉しくなってくる。
ちなみに、品評会へは、モーランさんの作品が出された。結果は、あえなく落選。しかし、モーランさんはその結果に納得の様子である。来年こそは、と逆にやる気を漲らせていた。そんなモーランさんを満足そうにこっそり眺めていたルディックさんがいたのは、黙っておこう。
私にとって、もう一つ嬉しい知らせがあった。それは、鉄扇の完成である。
最後の仕事が終わり、グスマンさんの工房に来たのだが、まだ実物を見れていない。
「これの代金は俺が払う」
私を紹介してくれたグスマンさんに礼を言いたいと一緒に付いてきたルディックさんである。鉄扇の代金を自分が払うと言い張っているのだ。
「いえ。そういう訳には……」
幾らかまだ聞いていないが、お給金まで貰った上に、鉄扇の製作費まで出してもらうわけにはいかない。
「ナタリアには、世話になった。気にする必要はない」
「親父、ナタリア様って何回言えば分かるんだよ? この人はだな――」
同じく、一緒に付いて来ているモーランさん。
「ナタリアをナタリアと呼んで何が悪い?」
この一月近く繰り返されている親子の会話である。
「モーランさん。今は町娘のナタリアです。変なお気遣いは無用ですわ」
「いや、しかしですね……」
私とモーランさんのこの会話もセットで繰り返されている。
「お嬢サマ、すっかり町娘の姿、普通になってマス……」
「そうね。最近では、たまに見るパーティーの時のドレス姿に違和感を感じる時がありますね……」
侍女二人の会話。二人には気苦労を掛けているみたいでもある。もちろん、申し訳ないと思っている。反省は……、たまにしているよ。
「と、いう訳でだ。代金は俺が払う。グスマン。幾らだ?」
どういう訳かは分からないが、強引な纏め方だな。
「うーん。ま、掛かった金額は、金貨一枚ってとこだが……」
どうしたらいい、といった顔でグスマンさんが私を見る。
金貨一枚か。ルディックさんからの給金が銀貨六枚。これもかなり色を付けてくれていると思う。だって、アシリカ、ソージュにも同じだけくれたもんな。手持ちと合わせて、銀貨六枚、銅貨七枚、鉄貨五枚。足りない。後は月賦払いか。あ、借金も返さないとね。また仕事探しをしなければならないね。
「いいえ。これは私自身で決めた事です。この鉄扇は自分の力で手にいれると」
きっぱりと、ルディックさんの申し入れを断る。
「うちのお嬢様は頑固な所がありますから」
「いや、頑固さはうちの親父も負けてないよ」
それぞれの息子と侍女に散々な言われようね、ルディックさんと私は。
「いいや。とにかく、オレが払う」
「いいえ。そういう訳にはいきません」
またもや振り出しに戻る、である。
「まあまあ、二人とも落ち着け」
グスマンさんが、呆れ顔になり私とルディックさんの会話に割って入る。
「じゃあよ。こうしないか? 代金を割るってのは? 俺とルディックと嬢ちゃんの三人で割ろう。どうだ?」
うーん。それもおかしいような気がするけど。そもそも何でグスマンさんまで入ってきているのよ。
「まあ、聞いてくれ、嬢ちゃんよ。本来なら、嬢ちゃんとは俺やルディックなんかは出会うどころか、こうやって話せるような身分じゃねえ」
不服そうな私にグスマンさんが語りかける。
「でもよ、今こうして気楽に話せてる。身分など感じさせずにな」
よく考えればどうしてだろう。グスマンさんは王太后様の弟さんだから、出会えたけど、ここまで気安く話せるようになるとは、確かに思わなかったな。
「俺やルディックだけじゃねえ。アシリカやソージュだってそうだ。本来なら主とその侍女だが、アンタたちの関係はそれよりも、もっと深い」
そうね。二人には迷惑ばかり掛けているけど、姉妹みたいに思っているもの。アシリカとソージュを見ると、二人はそっと頷き返してくれる。
「それはな、皆嬢ちゃんに惚れこんでいるからだよ。嬢ちゃんの力になりたい、嬢ちゃんの為になりたい。きっと他にもいるはずだ、そんあ奴がよ。嬢ちゃんの周りには、そんな奴が集まってきてるんだ」
こんな私の為に? もしそうなら、とてもありがたい事であるけど。
「そうかもしれませんね。僕もナタリア様の力になりたい、恩を返したいって思います。でも、ナタリア様といえば、我儘で有名。本当に、あのナタリア様かと最初は信じられませんでした……」
モーランさんが頷くが、後半は苦笑いを浮かべながら話す。
あー、その噂いまだ健在なんだ。人の噂も七十五日って、あれ嘘よね。それとも我儘ナタリアの噂は、強力な呪いか何かなのかしら。
「噂なんて当てにならんもんさ。嬢ちゃんは嬢ちゃんだ。そんな嬢ちゃんの為に、俺やルディックが手助けしたいって思っても不思議じゃないだろう?」
「うーん……」
うまく言い包められている様な気もするが……。
グスマンさんは立ち上がると、工房の置くの棚から小箱を持ってくる。
「開けな」
机の上にその小箱を置き、私の方へと寄せてくれた。
これは、まさか……。
私はドキドキしながら、そっとその小箱の蓋を開ける。
中には鉄扇。自ら光を放っている様な綺麗な銀色である。装飾は施されてはいなが、逆にそれが、素材そのものの美しさを強調している様である。
「綺麗……」
思わず口から感嘆の声が出る。
「手にしてもいいですか?」
もちろんとばかりにグスマンさんが頷く。
そっと小箱から鉄扇を取り出す。重量感は感じられないのに、その存在感は強く感じられる。
「開けてみな」
グスマンさんに勧められるまま、鉄扇を開く。
薄い水色の布地に白ユリと月桂樹の文様。私の紋章だ。リクエスト通りである。
「その刺繍な。アシリカとソージュにしてもらったんだ」
え? これ、アシリカとソージュが? 全然気づかなかった。毎日、侍女に仕事に、私の仕事の付き添い。いつの間に作ってくれていたのだろうか。
「ありがとう。アシリカ、ソージュ」
礼を言う私に、にっこりと微笑み返してくれる。
「嬢ちゃん。それはな、皆の想いが籠っているんだ。それと、嬢ちゃんへの期待もな。きっと天空石をくれた冒険家も同じ想いのはずだ」
そうか。これには皆の想いが込められているのか。そうだね。この鉄扇に触れていると幸せな思いがするわね。
「な、だから代金は三等分。納得してくれるか?」
「はい。ありがとうございます」
私は立ち上がると、皆に頭を下げる。ここまで言ってもらえたら、断れないな。素直に、気持ちを受け取ろう。
天空石をくれたキュービックさん。作ってくれたグスマンさん。刺繍をしてくれたアシリカとソージュ。代金を払ってくれるというルディックさん。皆に感謝の気持ちを込めて礼の言う。私は幸せ者だね。本当にありがたい。
さて、纏まったに思えたこの問題だが、この後再び揉める事になる。金貨一枚。綺麗に三等分出来ないのだ。割り切れない分を誰が払うか、またしても場が紛糾した。最終的には、製作にも、三等分にも加わっていないモーランさんが払う事で決着した。
子供が出来たばかりで、入り用が多いはずなのに、申し訳ないです……。
屋敷に戻ってからも、自室で鉄扇を手に取り、うっとりと眺め続けている。この光沢、いつまで見ていても飽きないわね。ほんと、素敵だわ。
あー、早く使いたい。どこかに、悪人がいないかしらね。いや、悪事を働く人間は少ない方がいいのは分かっているのだけどもね。
「お嬢様。いつまで鉄扇をご覧になっているのですか? それよりも、来週のお嬢様の誕生日パーティーのドレスの試着をしてくださいませ」
アシリカが呆れ顔で話しかけてくる。両腕には、色とりどりのドレスがぶら下がっている。後ろのソージュも同じくドレスを抱えて立っている。
そうだ。忘れていたけど、来週は私の十四歳の誕生日。当然、屋敷において、盛大なパーティーが催される。去年までのデビュタント前と違い、今年はかなり大掛かりなパーティーにすると、お母様が張り切っていたもんね。
正直、面倒臭いな。社交の場は相変わらず苦手だしなぁ。
「さあ。面倒など思わずに、試着なさってください」
アシリカには、どうやら心の中を見透かされているようだ。
仕方ない。鉄扇を手に入れる為に苦労も掛けたし、扇面への刺繍もしてくれたのだもの。彼女たちの言う事も聞かないとね。
そこから、着せ替え人形となる私。いつの間にかお母様も現れ、参加している。
「これも素敵ねぇ。迷うわ。アシリカ、次のドレスはどんな柄かしら?」
お母様は、楽しそうに次から次へと私にドレスを着せていく。よくもまあ、こんなにも買い揃えたもんだね。思わず幾らくらいのお金が掛かっているのか、聞きたくなるよ。
そんな調子で続いた試着会が終わる頃には、ぐったりと疲れ切っていた。
「次はこのドレスに合う装飾品が必要ね」
お母様が最終的に選んだドレスを満足そうに見つめながら、楽しそうに笑う。
「あら?」
お母様が机の上の鉄扇に目を止める。
「こんな扇子、持っていたかしら?」
お母様が鉄扇を手に取り、眺める。
「えーと、お母様、それはですね……」
まずい。仕舞っておけば良かった。余計な詮索されても困るしな。
「見た事のない素材ね」
不思議そうに、首を傾げる。
「でも、素敵ね。シンプルだけど、存在感が素晴らしいわ。そうだわ。これを今度のパーティーで使いましょう」
目が肥えているお母様のお墨付きを得られたのは、嬉しいが、あまりこれを人目に晒すのは、駄目な様な気がする。何せ、天空石を使った国宝級の鉄扇になるのだからね。見る人が見れば、バレてしまうかもしれない。
「それは、ちょっと……」
「どうして? これ、とても素敵よ。選んだドレスにも似合うと思うわよ」
躊躇する私に、お母様が振り向く。
それ、鉄扇よ。武器ですよ。
「アシリカとソージュもいいと思わない?」
話を振られたアシリカとソージュが、顔を引きつらせて固まっている。
何か、何かいい言い訳をしなければ……。
「お、お母様。実はそれ、レオ様、王太子殿下から頂いた物でして……。ですからその、あまり人前に出したくないというか、見せたくないというか……」
咄嗟に出た言い訳。
「まあ!」
お母様は、手を口元に添えて満面の笑みを浮かべる。
「もうリアったら、意外と独占欲が強いのね。殿下からの贈り物を自分だけで、人に見せたくないなんて……。可愛らしいわ」
都合よく理解してくれていうようである。とてもイヤな解釈の仕方だけれども。
「でも、気持ちは分かるわ。大好きな方から頂いた物を自分以外に見せたくない。そうよね。これは、リアだけの大切な扇子なのよね」
お母様はそっと机に鉄扇を戻す。
大好きって……。何故か、屈辱に感じるな。誤解を解きたいが、そういう訳にもいかない。ここは、黙ってこの屈辱に耐えるしかないのね。
「は、はい……」
力なく項垂れて、小さく返事を返した。
「分かったわ。何か別の装飾品を揃えましょう。どんな物がいいかしらね。それとお返しも考えないとね。前も言ったでしょ。何か頂いたらすぐに言いなさいって」
また、装飾品選びに付き合わされそうであるが、これも仕方あるまい。でも、お返しは困るな。何せレオからしたら、何のお返しか分からないのだからさ。
「でも、リアは本当に殿下の事が好きなのねぇ」
微笑まし気に私を見るお母様。
うう。そんな目で見ないで欲しい。
次に王宮に行くのは、いつだっただろうか。この屈辱を剣術の稽古で、レオにぶつけてやると決意した私であった。




