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戦うお嬢様!  作者: 和音
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46 仕事場・修羅場

 季節は夏真っ盛りも過ぎた頃。

 すでに、天空石を手に入れて、ミズールから帰ってきて一月近く経つというのに鉄扇を手にする事が出来ていない。

 王太后様の誕生日パーティー以来、社交の場にも、またちょくちょく出る様になったせいもあり、なかなかに忙しい。

 ようやく一日予定の無い日が出来た為、秘密の門を通り抜け、グスマンさんの工房へと向かう。

 孤児院をクビになった私に収入は無い。そこでグスマンさん。彼はは顔が広い。もしかしたら、私が働ける所を紹介してくれるかもしれない。

 そうよ。あんな恋に現を抜かしているトルスなんかより、頼りになるはずだわ。


「あの、お嬢様。その持たれている物は?」


 アシリカが私の抱えている袋を見て尋ねてきた。


「ふふ。ちょっとね」


 これは、鉄扇を依頼するのに、天空石と同じく必要なものである。


「それより、さすがにグスマン様に仕事を紹介してもらうのはご迷惑では?」


 今度はちゃんと事前にアシリカたちには説明してある。今はこの袋より、グスマンさんへのバイトの紹介をお願いする事の方が気になるようだ。


「大丈夫よ。別にグスマンさんに迷惑を掛けるつもりもないし」


 それともう一つグスマンさんに頼みたい事があるのだ。月賦で支払いが出来ないだろうか。今の鉄扇はもう曲がっていて使えないし、一刻も早く天空石の鉄扇を使いたい。ならば、毎月少しづつ支払って行く事が可能かも確認したかったのだ。

 すっかり通り慣れた工房街を抜け、グスマンさんの工房へと辿り着く。


「え、う、嘘だろ……」


 持ってきた天空石を見せると、そう言ったきり黙り込んでしまう。


「あの、グスマンさん?」


 私の問いかけにゆっくりと、私、アシリカ、ソージュの順に顔を見ていく。

 やはり天空石はそんなにも珍しいものなのか。見つけだしたキュービックさんはすごいね。


「まさか、本当に天空石を手に入れるとはな……」


 ひとしきり驚きを見せた後、天空石をまじまじと眺めながらグスマンさんが呟く。


「で、鉄扇を作れって訳か。いや、しかし、国宝級の鉄扇になるな、こりゃ」


 未だ天空石の驚愕が冷めやらぬといった感じで私を見る。


「ええ。お願いしたいのですが……」


「問題があるのか?」


 私は正直にお金がない事、自分で働いて支払いたい事、そして、働き先の紹介のお願いをグスマンさんに告げる。もちろん、月賦の相談も忘れない。


「嬢ちゃんの頼みだから、断るつもりはねえよ。天空石を使えるなんてワシにとっても遣り甲斐のある仕事だ。姉さんから頼まれたってのもあるが、ワシ自身も嬢ちゃんの事は気に入っているしよ……」


 だがな、とグスマンさんは困り顔で続ける。


「働くってのは、無理があるんじゃねえか?」


 最後はアシリカの顔を見てグスマンさんは言った。


「あの、私からもお願い致します。確かにグスマン様のおっしゃっている事、ごもっともにございます。公爵家の令嬢がすべき振舞いではないかもしれません。ですがお嬢様は、頑固なまでにご自分の信念に基づいて行動されてきました。そしてそれが、何故か人を救うのです。今回もきっと何かお考えがあっての事。お嬢様の望みをどうか……」


「お嬢サマ、おかしな事、いっぱいシマス。デスが、間違った事、しまセン。私利私欲無く、正しいデス」


 アシリカとソージュが頭を下げる。

 なんか、涙が出そうだよ。こんな私をそんなにも評価してくれてたなんて。今後はもう少し二人の忠告も聞こう。あまり困らせる様な事をしないでおこう。うん、決意したよ。


「はぁ。主が主なら侍女も侍女だ。お似合いの主従だな、まったく」


 グスマンさんは頭を掻きながら苦笑する。


「分かったよ。働き口も紹介しよう。それと、鉄扇の方も先に作っといてやるよ。必要なんだろ? 代金は急がんでもいいしよ」


「あ、ありがとうございます!」


 やったぁ! これで、ついに天空石の鉄扇が手に入る。いやあ、長い道のりだったよ。もう、皆に感謝だね。


「どうせなら、要望とかあるかい?」


 要望か。実はどうしても、頼みたい事が一つあるのだ。


「あの、これを扇面に刺繍して欲しいのです」


 私は抱えていた袋から額縁を取り出す。そう、この前、国王陛下から頂いた白ユリの紋章が描かれたものである。


「お、おい、こいつは……」


 天空石を見た時と同じくらいグスマンさんが驚いている。


「お、お嬢様、それをいつの間に……」


「客間にポンと置いていたから、持ってきたのだけど」


 これがないと、デザインを指定できないしね。見本は必要でしょ。


「ポンと置いていたのではありません! 飾られていたものです! 国王陛下から頂いた王太子妃としての証にございますよ。気軽に持ち出していいものではございません!」 


 アシリカが血相を変えている。


「また、お嬢サマ、おかしな事しまシタ」


 ソージュは呆れ顔である。

 どうやら、私は決意して早々、二人を困らせているようだった。

 



 アシリカからお説教を貰った後、グスマンさんに連れられて工房街にある、職人さんの自宅兼工房の前に立っていた。

 グスマンさんに素性は隠しておく様に言われ、商家の娘といういつもの設定できたのだが……。


「お前は何度言ったら、分かるんだっ!」


「親父に言われた通りにしただろ」


「それのどこが、言われた通りだ? それにな、言われた事だけじゃねえっ! 少しは自分でも考えろ!」


 グスマンさんの知り合いの彫金師なのだが、息子が跡を継ぐべく修行中の身であるらしい。その二人の口論の真っただ中なのである。扉の向こう側から激しく言い争う声が聞こえてきている。


「気にするな。いつもの事だ。ちょっと、待っていてくれ。おい、ワシだ。入るぞ」


 気にするなと言われても気になるよ。慣れた様子でグスマンさんは、唖然としている私たちを置いて中へと入っていく。

 グスマンさんが中へ入ると同時に口論は止み、何やら話し声が聞こえてくる。

 私たち三人は顔を見合わせる。何となく不安だ。


「おう、話は纏まった。嬢ちゃんら、入ってきな」


 しばらく待っていると、扉が開き、グスマンさんが顔を覗かせた。

 中へ入ると、グスマンさんの家と同じ様な造りで、一階が工房になっているようだ。見た事の無い工具が所狭しと並んでいた。前もって聞いていた話では、ここは金や銀を使った装飾品を作る工房らしい。

 その奥に男の人が二人。口髭を蓄えた気難しそうな初老の男性。この人が、グスマンさんの知り合いの職人さんだろう。そして、顔の丸い輪郭がそっくだが、髭を生やしていない人が年齢的に見ても息子さんの方だろう。


「ルディックだ。よろしく頼む。こいつは息子のモーランだ」


 息子さんのモーランさんも頭を軽く下げる。


「初めまして。ナタリアと申します。こっちの二人はアシリカとソージュです」


「なあ、グスマン。確かに家事を出来る人間を紹介してくれと頼んだが、三人も連れてきたのか?」


 挨拶する私たちを見て、元々険しい顔の眉間の皺をさらに深くする。ちょっと、怖い。こりゃ、ヘマは出来ないな。気をつけよう。


「いいじゃねえか。ついでに普段掃除出来ない所の掃除でもしてもらえ」


「まあ、構わねえけどよ。おい、モーラン。後は頼んだ」


 ルディックさんは、そう言うと、作業へと戻っていってしまった。


「すまないね。親父は普段からあんなのだから気にしないでくれ。グスマンさんもありがとうございます」


 モーランさんは、申し訳なさそうに謝りながら頭を下げる。


「心配するな。慣れっこだ。じゃあ、後はよろしくな。嬢ちゃん、頑張れよ」


 ポンと私の肩を叩いて、グスマンさんは出て行ってしまった。

 え? もう行っちゃうの? ここ、かなり不安なんですけど。


「じゃあ、もう聞いてるかもしれないけど、君たちの仕事を説明するよ」


 モーランさんは、私の不安を気に留める様子もなく話を進める。

 今までは、息子であるモーランさんの奥さんが一緒に来て、週に二、三回掃除や食事を作りに来ていたらしいが、お産で今は実家に戻っているそうである。モーランさんの奥さんがいない間、掃除や食事の準備をして欲しいというのが、私の仕事である。


「まあ。お子さんが? おめでとうございます」


 私のお祝いの言葉にモーランさんの顔がでれっと崩れる。


「いやあ、実は昨日生まれてね。女の子だったんだ。大きくなったら、君たちより綺麗な子になるかもなぁ」


 父親になって二日目にして、すっかり親馬鹿になっているようである。


「おいっ! いつまで掛かってるんだっ! さっさと仕事に戻らねえかっ!」


 奥からルディックさんの怒鳴り声が聞こえてくる。

 ビクッと驚く私たちだが、慣れているのかモーランさんは気に留めていない。


「もうすぐ品評会なんだ。品評会の前の親父は神経質でね。気にしなくていい」


「品評会?」


「ああ。銀細工の品評会があるんだ。このエルカディアはもちろん国中から腕に覚えのある職人がそれぞれ自分の作品を出品する。金賞を取る事は、彫金師にとっちゃ最高の栄誉なんだ」


 へー。そうなんだ。あまり詳しくないけど、そんな大会があるのね。


「あれでも、親父は何回も金賞を取ってるんだ。その分、口煩いけどな」


 モーランさんは、にやっと笑い仕事へと戻っていった。

 ルディックさんは腕のいい職人さんなのか。あの頑固な感じは、まさに名工って感じよね。怖そうだけど。

 でも、頑張らないとね。せっかくグスマンさんに紹介してもらった仕事だ。一生懸命働いて、鉄扇をこの手に入れるのだ。



 

 ルディックさんの工房に来るのは、三回目となっていた。二、三日に一回行けば十分らしいので、勉強や魔術や礼儀作法のレッスンの合間に来れて私にとっては、都合が良い職場である。


「だから、何度言えば分かるんだっ!」


 しかし、環境には未だ慣れない。いや、環境というか、ルディックさんの怒鳴り声に、かな。


「最近では、このやり方が主流になってきてるんだよ。親父のやり方がすべてじゃないだろ?」


 モーランさんも言い返すから、口論が続くのだ。お互い引けない部分もあるのだろうが、毎日これを繰り返して、疲れないのかな。この仕事場は修羅場だね。

 もう数えきれないくらいこの光景を見ているが、慣れない。だが、終わるタイミングは分かってきていた。いつもは、どちらかが、もういい、の言葉と共に黙り込んで終わるのだが、何故か今回は違った。


「そんなので、しっかりとした父親になれるのか? 生まれてきた子もこんなのが父親で気の毒だな」


「な、何だとっ!」


 いつもは、どこか冷静な部分を残しているモーランさんの顔色が変わる。


「ふんっ。お前みたいなのが子育てなど出来るのか? 生意気言っている暇があるなら、満足のいくモノ一つでも作ってみろ」

 

 作業をしている手元から目を離さず、ルディックさんは話している。


「親父っ! この際だから、言わしてもらうがな。俺は俺だ。もう十年もこの仕事をしてるんだ。俺にだってやり方ってもんがあるんだ!」


 モーランさんは立ち上がり、父親であるルディックさんを睨み付けた。


「十年やっても品評会に出品すら出来ない半人前に自分のやり方もクソもあるか」


「くっ」


 顔を真っ赤にして、モーランさんは、首から下げていた手拭いを床に叩きつける。


「やってられるかっ!」


 大声で叫んだかと思うと、外へ飛び出して行ってしまった。

 ここまでの諍いは初めてだ。アシリカもどうしていいか分からずオロオロとしている。ソージュは掃除の手を止めずに黙々と作業しているけど。


「あ、あの。いいのですか? 追いかけなくても……」


 恐る恐るルディックさんに声を掛ける。まだ一度もまともに話した事が無い。


「……少し休憩だ。お茶を入れてくれ」


 ルディックさんは、持っていた金型を机に戻し、肩をポンポンと叩いている。


「分かりました……」


 アシリカの入れたお茶を持ち、ルディックさんへと差し出す。


「どうぞ」


「ん」


 私はルディックさんの作業台を見る。作っているのは櫛だろうか。繊細な細工が施されており、とても美しい。これが品評会に出品する作品なのだろうか。


「優しい感じがしますね」


 確かにそれは美しく見事な櫛なのだが、その美しさよりも、私にはその櫛から何とも言えない優しさが感じられた。


「……ナタリア、だっけな」


「はい」


 私の名前覚えていたんだ。ちょっと意外である。


「どうしてそう思った?」


 どうしてもと言われてもなぁ。


「確かに細かい装飾は綺麗です。でもそれ以上に、その一つひとつに思いを込められているというか……」


 うまく説明できないよ。こっちは素人だよ。


「そうか。お前、うちの馬鹿息子よりよっぽどなかなか見る目があるかもな。あいつは技術ばかりだ。肝心な事をまるで分かっちゃいねえ」


 そう言うと、お茶を飲み干し、コップを私に返してくる。

 よく分からないが、素人の返答に納得してくれたようである。


「あの……。モーランさん、放っておいていいのですか?」


 コップを受け取りながら、尋ねる。

 だが、ルディックさんは私の問いに答える事なく、再び作業に取り掛かってしまった。



 

 夕方。私とアシリカは買い物だ。明日、明後日来ない分の食料の買い出しだ。ちなみにソージュは残って掃除の続きである。

 あれから、モーランさんは帰ってくる事なく、ルディックさんもひたすら仕事を続けていた。モーランさんが明日もちゃんと工房に来るのか心配である。


「親子で職人っていうのも難しいものね」


「そうですね」


 アシリカと二人で歩きながらの帰り道。そんな私にモーランさんの姿が見えた。何やら、男の人と話し込んでいる。友達かな。

 そうだ。ここで見かけたのだから、ルディックさんと仲直りするように頼んでみよう。親子なんだから、お互いに意地を張っているだけの所もあるだろうしね。

 私が声を掛けようと近づくと、男と二人して、すぐそこにあった建物の中へと入っていってしまった。


「あー。もう!」


 仕方ない。何の建物か知らないが、あそこにモーランさんがいるのだ。ちょっと呼んでもらおう。

 建物に向かって歩き始めた私の前に突然、人がどこからともなく現れる。


「あそこは駄目にございます」


 デドルだ。もう、びっくりするじゃない。

 やっぱり、陰から私を見ていたのね。ここはさすがと褒めておくべきなのかな。


「どうしてよ?」


「あそこは非合法の賭場です。行ったとしても入れてもらえないでしょうな」


 賭場? 非合法? そんな所にモーランさんが入っていったの?

 私は不安な思いを胸にモーランさんの入っていった建物を見ていた。 

 

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