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戦うお嬢様!  作者: 和音
45/184

45 エスコートで勝負です

 貴族の娘としての責務の一つとして社交の場での交流というものがある。すでに、一応婚約している私としては、その主たる目的は他家の令嬢や子息との人脈作りである。

 しかし、私は社交の場が苦手である。堅苦しいし、変な腹の探り合いとかも疲れる。デビュタント直後には随分苦労したよ。例の我儘ナタリアの噂にも足を引っ張られているしさ。お気楽な毎日を過ごしているわけじゃないのだ。

 ミズールへの旅に出ていたせいで、すっかりその社交の場から遠ざかっていた私の元に招待状が届いた。差し出し人は王太后様。しかも、直筆での招待状である。

 王宮で開かれる王太后様のお誕生日の催しへの招待であった。両親と私で出席するように書かれていた。

 他からの招待ならともかく、王太后様からのご招待である。断るわけにもいかない。ミズールから帰ってきてからまだ王宮にも行っていない事だし、久々に王太后様にお会いするのも楽しみだ。

 そんな訳で、お父様、お母様と一緒に馬車に揺られ、王宮へと向かう道中である。


「リア、常に落ち着いて、周りに注意を払うのよ。興味を引かれたものに熱中し過ぎたり、後先考えない行動は決して取ってはなりませんよ」


 朝からこれをお母様から聞くのは何度目だろう。馬車に乗ってからも二度目である。

 おそらく、国王陛下に謁見した時の痛々しい記憶が残っているのだろう。


「お母様、ご心配には及びませんわ。サンバルト家の令嬢として、恥ずかしくない振る舞いをしますから」


 この返事も何度目だろうか。


「心配だわ」


 どうやら私はお母様から、貴族の令嬢としては、信頼が無いようだ。……無理も無い気もするが。


「はは、グレース。心配は分かるが、親ならどっしり構えていよう」


 お父様が、お母様の気を晴らそうと、笑いかける。


「リアもお母様の言った事を忘れてはいけないよ」


 お父様が話を纏めた丁度その時、馬車が止まる。止まったのは、会場となる大広間がある建物。一体、王宮にはどれだけ建物があるんだ? 桁違いの広さだね。

 私たちが馬車から下りると、一足先に王宮へと来ていたアシリカたち侍女が出迎えてくれた。

 お父様を先頭にして、私とお母様、そして後ろに侍女たちが続く。

 玉座の間もすごかったが、この大広間もすごいな。何人の人間が入れるんだ、というくらいの広さと、いくらお金掛かけてるんだ、というくらいの豪華さである。

 ほんと、王宮では、何度も驚かされるね。さすがは、国の中心だけあるね。

 すでに、多くの招待客が来ている様で、熱気に包まれている。今まで参加した中では、一番多くの人がいる気がする。

 私が大広間へ足を踏み入れると同時に、注目を浴びる。それまで、ざわついていた会場が一瞬、静まり返る。

 注目される理由も見当が付く。三公爵家の一角であるサンバルト家の当主夫妻と王太子の婚約者となったその一人娘。今の王国で一番勢いのある家と言っても過言ではないだろう。

 それともう一つ。今日の主役は王太后様だが、もう一方の主役は私らしい。王太后様の強いご要望もあり、いろいろとイベントを用意してくれているらしい。

 視線が気になる。歩きづらいな。私は見世物じゃないわよ。こうなりゃ、無心でいるしかないわね。前だけを真っすぐ見て進もう。

 私たちが奥へと進むに従って、再びざわめきが辺りを覆いつくしていった。会場の奥へと辿り着いた頃には、すっかり精神力が削られた気分だよ。すでに、帰りたいと思っている私がいる。


「国王陛下、王太后様のお成りにございます」


 何人かのお父様のお知り合いと挨拶を交わしていると、ひと際大きな声が聞こえた。その声を聞いて、皆一斉に、頭を下げる。もちろん、私もそれに倣う。

 静まり返った広間へと、国王陛下を先頭にして、王太后様、王妃様が入ってこられる。その後ろには、レオら王子も続いている。


「今日は、私の誕生日を祝う為に集まってくれて、嬉しく思います」


 王太后様の声が響く。


「それと……。ナタリア、こちらへ」


 突然、私の名前が呼ばれる。一つ目のイベントか。うう、また一斉に注目されるのか。王太后様のお気持ちは嬉しいが、勘弁願いたい。

 早く、とばかりに手招きをされる王太后様の元へ行く。レオと並んで立たされる。


「皆さんもすでにご存じと思いますが、改めて紹介します。孫の王太子と婚約したサンバルト家のナタリア嬢よ」


 会場に、おおっ、というどよめきが興る。おめでとうございます、やら、めでたいと言った声も飛び交っている。

 私はまた、無心の境地へと向かう。このままじゃ、近いうちに悟りを開けそうだね。


「丁度いい機会ですので、今日は陛下よりナタリアに紋章の授与をして頂きます」


 会場はさらに大きなどよめきに包まれる。

 紋章。それぞれの家を表すものだ。サンバルト家にも、もちろんある。しかし、その紋章の中には国王や王妃などの特定の身分を表すものがある。そして、王太子妃の身分を表すものもあるのだ。

 まだ私は婚約中の身であり、王太子妃とはなっていないが、婚約段階でも紋章の授与の前例があり、今回私にも授与される事となったのだ。これも王太后様の強い希望らしい。


「ナタリア」


 国王陛下の前に跪き、頭を下げる。


「そなたに、王太子妃になる者としての証であるこの紋章を授ける」


 額縁に入れられた一枚の紙に描かれているのは、白ユリを形どった図柄。白ユリは王太子妃を象徴する花であるそうで、他家はおろか、他の者が使ってはならないらしい。その周囲を月桂樹の葉で装飾されている。これが、私の紋章らしい。

 デザインは悪くはない。だが、これが王太子妃の紋章だと思うと気が重くなってくる。


「ありがたく頂戴致します」


 かと言ってこの場で断れる訳もなく、受け取る。

 それを満足そうに眺めている王太后様と、涙を浮かべているお母様。私も泣きたいよ。お母様とは別の意味の涙だけもね。

 私としては、結納金替わりにお金が欲しいよ。それならば、借金問題も新しい鉄扇を作るのも、一気に片付くのにさ。そうだ。新しい鉄扇にこの紋章を入れようかしら。箔が付いていいかもしれない。他に使い道も無さそうだしね。

 周囲からの祝福に笑顔で応えながら、そんな事を考えていた。

 一つ目のイベントが終わり、歓談の時間となっていた。

 何故か私たち親子は、王族の方に囲まれている。そういや、レオの顔を見るの久々だな。相変わらず、むっすりと黙り込んだままだ。


「我が娘の為にここまでして頂け、感謝の極みにございます」


 お父様とお母様は王太后様に礼を述べる。私も合わせて頭を下ろす。


「感謝するのはこちらです。レオと婚約してくれたのですから」


 当の本人であるレオはそっぽ向いてますけど。


「我が甥殿は照れておられる様だ」


 国王陛下と並んで立っている男性が笑い声を立てている。誰だろう。見たことないな。レオを甥って呼んでいるから、叔父さんってことよね。


「ナタリアは初めてですね。私の下の息子です」


 この方、王弟殿下だったのか。詳しくは知らないけど、あまり表に出ないって聞いた事があるな。


「お初にお目にかかります。ナタリアと申します」


「初めまして。デールだ」


 国王陛下もそうだったが、温和な雰囲気がよく王太后様に似ている。デール殿下の方が、その柔和さをより強く受け継いでいるのか、穏やかな空気を纏っているみたいに感じる。


「いや、それにしても甥に結婚を先に越されてしまったよ」


 へー。独身なんだ。顔も整ってるし、優しそうなのにね。


「もう、あなたの結婚はとうに諦めましたよ」


 王太后様が一つため息を吐く。


「おや。母上は諦めてくださいましたか。でしたら、後は兄上にも諦めてもらわなくては。未だに、結婚を勧められますからね。もう四十目前だというのにね」


 デール殿下はまるで子供の様な無邪気な笑顔を見せる。


「ワシは、諦めんぞ。お前が赤子を抱く姿を見たいのだ」


 国王陛下も家族の前だからか、どことなく楽しそうである。


「兄上のそのご期待には応えられそうにありませんなぁ。いや、結婚だけではありませんな。本来なら、もっと弟として陛下をお助けしなければいけないのに、政治の才が無いばかりか、絵ばかり描いているのですから」


 へー。あまり表に出ない理由はそうだったのか。政治より芸術の道を進んでいるのね。何か、羨ましいね。優雅そうでさ。


「陛下は、いつもあなたの事を気にされているのですよ」


 王太后様がまたため息を吐く。


「ははっ。分かっていますよ、母上。兄上には感謝しております。この愚弟をいつも庇ってくださるのですから」


「ならば、結婚して陛下を喜ばせてください。家族を持つという事は良い事ですよ。心の支えになるものです。ねえ、サンバルト卿」


 王太后がお父様に話を振る。


「はっ。確かに家族を持つ事は幸せを感じられます。ですが、デール殿下も陛下の弟君として陛下のお心の支えになっておられます。そこは分かってくださいませ」


「サンバルト卿にそう言ってもらえるとは、光栄だな。兄上。政治は分かりませんが、何でも相談してください。あっ、結婚の話は無しでお願いしますね」


「まったくお前は。昔から調子がいい」


 おどけた様子のデール殿下に、国王陛下は苦笑する。

 王族と言えども、何か普通の家族みたいな雰囲気ね。国王陛下もリラックスした様子で、楽しそうだ。

 一方で気になるのは王妃様。ご自分の産んだ第二王子と一緒に、一歩下がっている様に感じる。挨拶以降、私もまだ、一度も会話を交わしていない。


「それより、ナタリア。そろそろ準備を始めては?」


 王太后様の言う準備とは、紋章授与に続いての、このパーティーの二つ目のイベントである。私が一度着替えて、再度、会場へと入る。その時に、レオにエスコートしてもらうという、私からしたらやりたくはない、お色直しイベントである。発案者が王太后様なので、何も言えないが……。王太后様にしたら、このパーティーを利用して私とレオの婚約を皆に印象付けたいのだろう。

 控室に下がり、アシリカとソージュに手伝ってもらいながら、着替える。


「お嬢様、もっと、にこやかなお顔を……」


 アシリカが、私を着替えさせながら困り顔となっていた。ソージュも頷いている。


「えー。今は誰もいないから、いいじゃない」


 鏡に映る私の顔は、疲れ切っていた。それでなくとも、久々のパーティーという事で、神経を擦り減らしているのだ。その上、散々注目を浴びたというのに、まだ注目されようとしているのだ。あれ、けっこう緊張するんだよ。中には、イヤな視線も混じってるしね。女特有の妬みの視線。私がそっちを見ると、さっと目を逸らすけどね。

 私が、うんざりとしている中、着替えは終わる。さっきまでは、ピンクの可愛らしさを強調した装いであったものが、一転して黒を基調としたシックなものとなる。

 ちょっと、大胆過ぎないかしら? 肩から腕も全部出ている露出度高めのドレスである。お母様曰く、大人の女性をイメージして選んだらしい。まだ、体が大人の女性とは言い難いのに、大丈夫だろうか。こんな時、シルビアが羨ましいね。そういえば、シルビア見かけないな。招待されているはずだけど。どっかでまた木でも眺めているのだろうな。のんびり出来て羨ましい。木には興味ないけど。


「準備は出来たか?」


 扉の向こうから声が聞こえる。エスコートに備え、レオが私を迎えにやってきたみたいだ。


「はい。お待たせ致しました」


 私が返事すると同時に、扉を開き、レオは無遠慮に中へと入ってきた。


「ほう」


 私の姿を見て、レオが一言。

 意外といけるのかしら。そうね、今年の秋には十四歳。最近、自分でも大人の女性の魅力がちょっとは出てきたと思うもの。


「レオ様、皆さまお待ちです。行きますよ」


 私を見て、呆けているのかしら。いや、美しいって罪ね。

 でも、ごめんなさい。残念ながら、レオ。あなたは、私の中で避けたい男性筆頭だからね。何があってもそれは変わらないから。婚約しちゃったけど。


「ん。そうだな。行くとするか」


 レオは私の隣に来ると、すっと腕を差し出す。私は右手をそっとその腕に置く。

 そのまま、二人並んで進んでいく。いや、これは、照れるな。相手が、レオとはいえ、恥ずかしい。このまま、大勢に見られると思うと、顔が赤くなりそうだよ。


「普段見ない姿だから、今、初めて気づいたが……」


 大広間へと続く扉の前まで来て、ふいにレオが口を開いた。そして、私をちらりと見る。


「一段と鍛えた様だな。特にその腕。随分と筋肉が付いたじゃないか。体も一回り大きくなった気もするな」


 おい。何だ、そりゃ。私の二の腕がゴツイという事か? いや、それ以上に太ったとでも言いたいのか? そんな事は無いはずだ。食べてるが、その分、動いてもいるぞ。


「聞くとことによると、武者修行の旅にも行っていたらしいな。ずるいぞ、一人だけで」


 横から、私を見るレオの目はライバルを見る目だね。とても、婚約者どころか、女を見る目ではない。そして、ミズール行きを武者修行と思い込んでいたのか。どこまで、私を豪を追い求めている者と思っているのだ。

 私は顔が引きつるのを必死に抑える。その分、怒りがこみ上げてくる。

 こいつ、私の魅力じゃなくて、鍛え具合に興味があったのか。私も女だ。これはあまりにも失礼だろ。そもそも、ドレスアップした女性に掛ける言葉じゃない。

 レオの腕を掴む右手に力が入る。


「おい、少し痛い。手は添えるだけでいいのだぞ」


 レオが顔を顰める。


「それは知っております。これは、勝負ですわ」


「勝負?」


 何を言っているとばかりに、レオは訝し気な視線に変わる。


「はい。私の握力にレオ様がどれだけ耐えられるか。まさか、もう根を上げられるとでも?」


 乙女に、体重は禁句だ。それを身をもって分からしてやろう。


「いいだろう。私も毎日の精進を怠ってはいない。決して痛いなど、おくびにも出さん」


 レオ様は前を向き、表情を取り繕う。


「では、勝負開始ですわ」


 私のその言葉と同時に、扉が開かれた。

 会場にいる多くの人が、私たちに注目する。二人でぎこちない笑みを浮かべながらも大広間を進んでいく。


「まあ、お似合いです事」


「初々しいお二人ですわ。ご覧になって。お二人ともあんなに顔を赤らめて……」


 周囲から声が聞こえてくる。皆、都合よく誤解してくれているが、事実は違う。

 私の顔が赤いのは、怒りである。そして、レオが赤いのは、渾身の力を籠める私の右手に必死に耐えているからである。 

 こうして、私とレオは、多くの人に見守られる中、人知れずあまりにもくだらな過ぎる勝負をしていた。


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