表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
戦うお嬢様!  作者: 和音
43/184

43 必要なものは……

 エルカディアに帰ってきて、三日。トンクスの街を出てからは、早かった。特に変わった事も起きず、平和な道中が続き、十日の後には、無事に帰り着いた。

 少し懐かしく感じる屋敷では、お父様とお母様が待ちわびていたとばかりに、私を出迎えてくれた。

 どうやら、ミズールでの騒動がエルカディアにも伝わり、特にお母様が心配をされていたようだ。無事に帰ってきた私を抱きしめ、安堵していた。お父様とお兄様たちも、ミズールでの出来事を気にされていたようで、私の姿を見て、ほっとしていた。特にお父様はご自分の部下の不始末の為、お母様から責められたようで、謝り続けていた。

 もちろん、何かあったのも気づかなかったと、答えておいたが、お父様の複雑そうなお顔は何だったんだろうか。鈍感な子だとでも思われたのかな。

 三日が経った今では、すっかり元通りの生活に戻り、旅に出ていたのが、信じられないくらい平穏な生活となっていた。

 だが、私にはやるべき事がある。それは、鉄扇である。キュービックさんのお陰で、天空石を手に入れたのだ。早いところ、グスマンさんに頼み鉄扇を作ってもらいたい。

 その為に必要な物。お金だ。もう同じ過ちは繰り返さない。いや、絶対とは言い切れないないけどさ。

 天空石という材料はあるが、それ以外にも使う材料はあるだろうし、加工の為の手間賃だっている。鉄扇を手にする為にはお金が必要なのだ。

 前回の鉄扇の時やクレタの食堂では、失敗したが、今回は抜かりはない。帰りの道中で、考えていたのだからね。

 その為にも今、とある場所に来ているのだが、どうも様子がおかしい。


「いやあ、お嬢。久しぶりだな」


 目の前に座るトルスである。


「本当。お元気そうで何よりですね。ナタリア様の事、よく皆で話しているのですよ」


 その隣に座るローラさん。

 ここは孤児院。ローラさんをここで雇ってもらえるように頼んだのは私だから、二人がここにいる事自体は、おかしな事ではない。


「あのさあ……」


 おかしいのは、二人の距離感、というか、雰囲気というか……。


「な、何でしょうか?」


 さっと、トルスが私から目を逸らす。


「いや、何でしょうかって言われてもねぇ……」


「不審な点でもありマスカ?」


「いや、不審というかさあ……」


 えっとさ、トルス。アンタ、私に敬語なんか使わないじゃない。それに、ぎこちないよ、そのしゃべり方。ソージュみたいになっている。


「じゃあ、何だよ?」


 急にふてぶてしさが戻ったな。


「ねえ、アンタまさか、部下に手を出してないでしょうね?」


 私の言葉にトルスがビクリと体を震わす。

 沈黙の中、じろりとトルスを睨む私の側に孤児院の小さな子が、やってきた。


「あっ。ナタリアさま。会いたかったです」


 まあ、可愛いわね。


「あのね、トルス院長とローラお姉ちゃん、仲良しなんだよ。こないだも手を繋いでお買い物に行ってたものねぇ」


 ほう。手を繋いでね。


「そうなんだ。仲がいいのは、いい事よね。あなたもお友達と仲良く遊ぶのよ」


 その子の頭を撫でながら、トルスを睨む。トルスは顔を真っ赤にしている。


「はーい」


 元気な返事をして、その子は子供たちの輪へと戻っていく。


「ち、違うんだ、お嬢。聞いてくれ」


「あら。何が違うと? あの子が嘘を吐いているとでも言うのかしら?」


 こんなトルスを見るのも面白いな。何か、ネチネチと責めたくなってくるね。


「ナタリア様、申し訳ございません。あの、トルスさんは悪くありません。私がいけないのです。ナタリア様のお気遣いで、ここで働かせて頂いているのに……」


 ローラさんが涙目になり、謝る。


「冗談よ。ローラさんは気にする事ないわ。むしろ、あなたには幸せになって欲しいと思っているしさ。ほら、顔を上げてよ」


 ローラさんの反応にちょっと慌てる。


「お許し頂けるのですか?」


「いや、許すも何も、二人の自由よ。私がとやかく言う権利なんて無いわよ。でもねぇ……」


 再び、じろりとトルスを睨む。


「な、何だよ?」


「こいつでいいの? ローラさんなら、もっといい人がいる気がするんだけどさ」


 可愛らしいし、素直で頭もいいもんね。


「いいえ。トルスさんはとても優しい方です。それに、頼もしいですし……」


 顔を赤らめて、ちらりと横目でローラさんはトルスを見る。いやいや、目の前でのろけられたら、こっちが恥ずかしくなってくるね。


「ローラさんがそう言うならいいけどさ。ねえ、トルス。アンタ、捨てられないように大切にするのよ」


「余計なお世話だっ! 寄付金届けに来ただけだろ。さっさとお帰り願いたいね」


 あらあら、照れてるのかしらね。


「それが、寄付をする人に言う言葉かしらね。今日はね、もう一つ話があるのよ」


 そう、こちらが本命だ。


「はあ? 嫌な予感しかしないんだけどよ」


 露骨に嫌そうな顔をするトルス。


「大した事じゃないわよ。私をここで働かせてよ」


「働くだと? ここで?」


 トルスは口をあんぐり開けて目を丸くする。

 資金獲得の為に働く。毎日は無理だが、何もしないよりはずっといい。もちろん、お母様の許可は取っている。親のいない子の為にも、少しでも力になりたいとお願いしたのだ。初めはいい顔をしなかったが、自分が受けた親からの愛情を少しでも分けてあげたい、と力説したら、感動していたな。ま、お母様は、この行動を慈善活動、私は経済活動と認識の違いはあるだろうけど。


「うん。ちょっと、お金が必要でさ。だから、ここで働かせて」


「あのよ。それが寄付する人が言う事か?」


 呆れ顔で、トルスがため息を吐く。


「それで、侍女二人をわざわざ外で待たせているのか。あの二人も大変だな」


 トルスは気の毒そうに、庭で子供たちの相手をしているアシリカとソージュを見る。

 だって、絶対反対されそうだもん。ある意味、お母様より高い壁だからね。


「トルスさん。私からもお願いです。ナタリア様には、返しきれないご恩があります。そんなナタリア様のお願いを無碍には出来ません」


「ありがとう、ローラさん!」


 ご恩だなんて、大した事してないのに、そんな風に言ってくれるなんて嬉しい。


「仕方ねえな」


 おい、ローラさんからのお願いなら、あっさりオーケーなのか。


「じゃあよ、試しに今日夕方まで、留守番を任せていいか?」


 なんでも、トルスは騎士団まで新たに見つかった孤児の引き取り、ローラさんは、新調した子供たちの服を受け取りに行かなければならないとの事である。その間の留守番である。


「もちろん。任せなさい!」


 胸をポンと叩いて、満面の笑みで頷いた。




 不安だ、心配だとぶつぶつ言いながらも出掛けるトルスを見送った後、子供たちに私は、計算を教えている。


「じゃあ、次の問題です。鉄貨五枚のパンがあります。財布には、鉄貨2枚です。さて、いくら足りないでしょうか?」


 私が問題を出して、子供たちに答えてもらう形式だ。


「はいっ。鉄貨三枚です!」


 一番前に座る男の子が元気よく手を上げ、答える。


「正解! 良く出来たわね。偉いわ」 


 私は、褒めて伸ばす方針だ。きっと、私も褒められて伸びる子のはずだからね。


「じゃあ、次は少し難しいわよ。銅貨七枚のおもちゃがあります。財布には、銅貨3枚と鉄貨六枚入ってます。さて、いくら足りないでしょうか?」


「はーい。銅貨三枚、鉄貨四枚です!」


 次は、後ろに座る女の子が答える。


「おお。正解! みんなすごいわね。じゃあ、続いての問題を……」


「お嬢様、少々お待ちください」


 ノリノリの授業をアシリカが止める。


「何? 今、みんなで勉強してるのよ」


「分かっております。ただ、少し気になる点がございまして。ソージュ。お嬢様の代わりをしばらくお願いします」


「ハイ」


 アシリカに引きずられるようにして、壁際に移され、私の代わりにソージュが、子供たちに教え始めた。


「ちょっと、アシリカ。何で邪魔するのよ? これは私の仕事よ」


「なるほど……。仕事、ですか?」


 ますい。今のは失言だ。


「奥様に孤児院の手伝いをしたいとおっしゃっていた時からおかしいとは思っていましたが……」


 疑惑に満ちた目を私にアシリカは向ける。


「な、何がよ?」


「先ほどから出されている問題ですが、お金の計算ばかりです。まさかとは思いますが、お嬢様はトルスさんから、お金を貰って子供たちを見ているのでは?」


 しまったぁ! お金の事ばかり考えていたら、無意識のうちにそんな問題ばかり出していたのか。

 アシリカの目は疑惑の籠ったものから、鋭く突きさすような目に変わってきている。


「ううっ」


「やはりそうですか。公爵家のご令嬢が慈善でならともかく、お金を貰って孤児院を手伝うなどお立場を考えられませ」


 いや、アシリカの言う事はもっともなんだけどね。それは、分かっているのよ。


「で、でも、どうしてもお金が必要で……」


「大方、鉄扇の為でございますよね?」


 さすが、アシリカ。そこまで見抜いているのね。


「もし、旦那様や奥様に知られたくなければ、また私が立て替えますのに」


「これ以上、借金するのも悪いよ。前の分もまだまったく返せてないのにさ」


 伏目がちにアシリカを見る。


「そんな事、気になさらずとも……」


 困り顔でアシリカはため息を吐く。


「だってさ、自分の力で手に入れたいのだもの」


「……令嬢らしくはありませんが、お嬢様らしいお考えですね」


 アシリカの表情が緩む。


「承知致しました。ただし、旦那様たちにはくれぐれも察せられませんように」


「ほんと? アシリカ、ありがとう」


 これで、心置きなく働けるね。理解をしてくれるアシリカには感謝だね。やっぱり、彼女たちに黙っているのは無理があるし、それ以上に心苦しいしね。


「じゃあ、トルスたちが帰ってくるまで頑張りますか」


 あっ、そうだ。トルスとローラさんの事、アシリカたちにも教えてあげよう。


「あのさ、トルスとローラさん、付き合っているみたいよ」


「それは、私もここに来た時からなんとなく感じていましたが、お似合いではござ

いませんか」


 アシリカも気づいてたんだ。あの二人、分かりやすかったもんな。


「いい事、思いついたわ! 二人が付き合う記念に何かしましょう。ほら、大きな紙に皆で、お幸せに、とか書いてさ」


 思わず大きな声となった私に、子供たちの視線が集まる。


「トルスさんは嫌がるかと……」


 アシリカは苦笑する。


「だから、やるのよ」


 悪戯っ子の笑みを浮かべるのは私だ。お祝いがてらの悪戯だ。


「面白そう」


「トルス先生の照れた顔が見たい」


 年齢が上の子供たちは、私の意図を理解しているのか次々と賛成の声が上がる。一方、年の低い子供たちは、よく分かっていない様だが、周りの楽しそうな雰囲気に乗せられ、賑やかになる。


「そうよねー。皆も賛成よね。じゃあ、早速準備としますか!」


 私の合図を切っ掛けにして、皆で準備を始める。

 部屋の飾りつけをする子、プレゼントの花を摘んでくる子、着々と準備が進んでいく。


「大きな紙が欲しいわね。ちょっと探してくるね」


 院長室にでもあるかな。私は一人、院長室へと向かい、紙を探す事にする。

 しかし、院長室をいくら探しても手頃な紙は見当たらない。 


「無いわねぇ」


 呟いた私の目に煙草のような紙に包まれた細い筒状の物が見えた。


「あれは……」


 そうだ。あれは、トルスと出た会った時、煙幕を作り出したものじゃないかな。あれ、欲しいと思ったのよね。でも、不用心ね。こんな棚にポンと置きっぱなしにして。しかも、こんなにたくさん……。前に見た煙草型以外の物もあるのね。

 これだけあるのだから、一個くらい貰っても……、いや、駄目だ。さすがに、勝手に他人の物に手を出すなんて、人として終わってる。でも、欲しいなぁ……。

 私は周囲を見渡す。誰もいない。


「ちょっと見るだけだからさ」


 少し見るくらいなら、問題ないよね。

 何と呼ぶかは分からないが、棚から一つ手に取る。どんな仕組みかは分からないが、これを使えたら、便利よね。

 悪人に囲まれ、ピンチとなる。追い詰めたとばかりに、口元を歪めて厭らしい笑みを浮かべる悪人たち。だが、私はそんな状況にも動じず、涼しい顔だ。今にも飛びかかってきそうな、悪人どもにニヤリとする。


「そこで、これをえいと、地面に投げつける!」


 あっ。本当に投げちゃった。

 ポンという音と共に、白煙が立ち込める。瞬く間に部屋の中が真っ白になる。

 慌てて、白煙の元を探そうと視界の中を下手に動いたのが、間違いだった。棚に当たったらしく、何かが落ちる音がする。その落ちた音が聞こえた次の瞬間、ポンポンと先ほどと同じ音が立て続け部屋に鳴り響く。それと同時に白煙が増していく。

 うわー。こりゃ、まずい! どうしよう、どうしよう。


「と、とにかく窓を……」


 真っ白な煙の中を勘を頼りに窓へと何とか辿り着き、勢いよく開け放つ。それでも部屋の中は白煙で充満したままである。


「お、お嬢様っ!?」


 白い世界で彷徨っている私の耳にアシリカの声が聞こえてくる。


「アーシーリーカー」


「お嬢様っ! どうなされましたっ!? ご無事にございますかっ!」


 その白い世界に私の情けない声とアシリカの緊迫した声が響いていた。




「お騒がせして、申し訳ありません」


 トルスが、孤児院の周りに集まった人に頭を下げる。その後ろで、私とアシリカ、ソージュも一緒に頭を下げている。


「気にしなくていいさ。大した事じゃなかったみたいだからな」

 

 孤児院から白煙が吹き出し、火事かと思って駆けつけた人々である。


「本当にすみませんでした」


 もう一度頭を下げるトルスに続いて、私たちも頭を下げる。

 横からは、すごい目で私を睨むアシリカの目が怖い。これは、帰ってからの説教が長さそうだ。

 集まっていた人たちも孤児院の無事が分かり、ほっとした様子で各々引き上げていく。


「嬢ちゃんよぉ……」


 疲れ切った目をしたトルス。


「あ、あの、ごめん……」


 今回は、私が悪い。言い逃れできない失態である。


「まあ、あんな所にあれを置いていた俺も悪いが……」


 いや、勝手に触ったのは、私だ。


「とりあえず、嬢ちゃん、クビな」


 ……私は、孤児院を初日でクビになった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ