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戦うお嬢様!  作者: 和音
41/184

41 あなた達、誰ですか?

 ミズールを出て、帰路に着いている。キュービックさんから、もっとゆっくりと冒険譚を聞きたかったが、あまり長居する時間も無く、再会を約束して別れた。

 エディーを自宅に送り届ける為、少し遠回りしてのエルカディアへの帰り道である。天候にも恵まれて、順調な道のりが続いていた。ミズールを発って六日。すでにサンバルト領からは、出ている。今日中には、エディーの家がある街には着くらしい。

 私は、袋の中の天空石を眺める。ミズールを出てから毎日の日課となっている。


「よく飽きませんね……」


 アシリカが呆れの眼差しで私を見ているが、気にしない。いやあ、今なら、相変わらず窓から木をうっとりと眺めているシルビアの気持ちが分かる気がするよ。


「姉ちゃんのそのにやけ顔見たら思うんだけど、本当に貴族様なのか? いまだに信じられないや」


 失礼ね。何で私の表情の表現はうっとりじゃなくて、にやけ顔なのよ。


「私の気品が分からないなんてまだまだ子供ね」


「気品? 定食屋がお似合いの姉ちゃんが気品?」


 鼻を鳴らして、エディーが笑う。


「私はね、庶民派の気品を持っているのよ」


 自分でも良く分からない気品だが、何か言い返さないと負けた気になる。でも、エディーとのこんなやり取りも今日で最後と思うと、少し寂しく感じるわね。


「あっ! 見えた」


 エディーは私への反論の代わりに、前方を指差した。

 見ると、街が見える。山の裾野にある小さな街である。地図で確認したが、この街から、南に向かってエルフロント王国最大の山脈が伸びている。


「あれが、エディーの住んでいる街?」


「ああ。トンクスって名の街だよ。オレの家はそこで宿屋をしているんだ」


 へー。エディーの家って宿屋さんなのか。せっかくだから、泊まっていこうかな。時間的にも、もうすぐ夕暮れ時だしね。

 太陽がオレンジ色になり始めた頃、街へと入る。エディーは、御者台のデドルの横に座り、道案内をしている。

 街と言っても規模は小さく、畑も多く見られる。村を少し大きくした様なのどかな所である。

 町の中心街と呼べるのか、店舗が立ち並ぶ一画で、馬車が止まった。


「着いたぞっ!」


 エディーが、御者台から顔を出す。

 見ると、こじんまりとしている宿屋のすぐ前である。


「まずは、ご両親に会わないとね。エディー、ちゃんと叱ってもらうのよ」


「あっ!」


 すっかり忘れてたのかしら、自分が家出同然で飛び出してきてた事。途端に中に入るのを躊躇している。


「大丈夫よ。一緒に謝ってあげるからさ」


「本当か? 頼むぞ……」


 急に弱気なエディーに皆で苦笑しながら、彼の自宅でもある宿へと入っていく。

 中は、平民向けの宿屋と言ったところで、全体的に簡素な作りである。しかし、綺麗に掃除されていて、嫌な印象は受けない。奥にこじんまりとしたカウンターがあるが、誰もいない。

 どうしようか、と思っている所に、バタバタと足音を立てて、一人の女性がやってきた。恰幅のいい女性である。


「エディー!」


 カウンターの前の私たちに気付いた女性が驚きの表情となる。


「か、母ちゃん……」


 バツが悪そうに、エディーの目が泳いでいる。この人が、エディーのお母さんなのね。


「本当に、この子はっ! どんだけ心配したと思ってるんだい!」


 再会の挨拶代わりに、強烈な拳骨をされている。痛そうねー。


「もしかして、アンタたちが、手紙をくれた人かい? 迷惑かけたね。本当にごめんなさいね。この子、昔から無鉄砲なところがあってね。後で父ちゃんからもお説教してもらうからね!」


「うう……」


 悲痛な顔となるエディー。

 ところで、どうしてみんな無鉄砲って所で、一斉に私の方を向くのよ?


「ミズールの父からもエディーが着いたって手紙が来てね。アンタたちが、連れてきてくれた事も書いてたわ」


 キュービックさんの娘さんになるのよね。どうりで、肝っ玉が据わってそうだわ。


「せっかくだし、泊まっていっておくれよ」


「よろしいですか? 私たちもこの街で一泊する予定でしたので、是非、お世話になります」


 にっこりと微笑んで、会釈する。何か、ご当地特産の美味しいものがあるのかな。


「もちろんよ。ただね、ちょっと昨日から、さる貴族の方がお泊りでね。お礼も兼ねて一番いい部屋を用意したいのだけど、その貴族様が使われていてね」


 へー。貴族が泊まっているのか。でも、観光地でもない所にわざわざ何しにきてるのかしらね。それ以上に、私の顔を知っている人だったら、まずいわね。


「あの、ちなみに、どちらの家の方でしょうか?」


 アシリカも私と同じ心配をしたのか、エディーのお母さんに尋ねる。


「それがね、サンバルト公爵家のご令嬢だって。初めは私もびっくりしたよ」


 サンバルト公爵家のご令嬢か――え? えっと、どういう事? 私? いや、私はここにいるよ。姉妹もいないしさ。ま、まさか、お父様の隠し子!? お父様ってモテそうだし。いやいや、そんな事はないはずだ。お母様一筋の人だし、あり得ないよね。

 て、事は、偽物? 私の名前を騙っているの?

 ちょっと、エディー。疑いの眼差しで私を見ないでよ。私、嘘ついてないよ。私の方が本物だからね。


「いやいや、構いません。あっしらは、寝床があれば十分ですんで」


 混乱する私に変わり、デドルが応える。デドル、ご飯も必要よ。混乱してても、そこは忘れていないわよ、私。


「そうですか。でも、申し訳ないですね。この子の恩人だっていうのに……」


 申し訳なさそうに、頭を下げるエディーのお母さんに部屋へと案内される。

 部屋に通され、ほっと一息……、という訳にもいかない。


「やっぱ、姉ちゃん、定食屋の服が似合い過ぎてたもんなぁ」


 何故か一緒に部屋へと来ているエディーが冷たい目で私を見ている。


「だ、か、ら、私が本物だってば!」


「ああ、分かってるよ。ちょっと、からかっただけじゃないか」


 本当に信じてる? その目、気になるわ。さっさとお説教してきてもらいなさい。


「お嬢様、呑気にしている場合ではありません」


 アシリカは真剣な表情だ。


「そうよね。なにせ、私の偽物が出たのだものね」


 私も有名になったのかしらね。これが、有名税ってヤツかしらね。


「もちろんそれも問題ですが、お嬢様がお忍びでご旅行をされているのが、知られてしまっている可能性があるという事の方が問題です」


 確かに、言われてみればそんな気もするな。でも、そこまで気にする事?


「お嬢様は、サンバルト家のご令嬢としてだけではなく、王太子殿下のご婚約者でもあります。それが、馬車一台での非公式なご旅行。不測の事態も想定せざるを得ません」


 それ、ちょっと大袈裟じゃない? もう、アシリカったら真面目過ぎるよ。それに、今のこの面子、ある意味最強よ。大抵の事には対処できるでしょ。


「お嬢様、アシリカの言う通りですな。不測の事態だけでなく、勝手気ままな旅をしている、と騒ぐ輩が出ないとも限りやせん。些細な事でも一を十にして利用するのも貴族の習わし。お嬢様の婚約にいい顔をしてない者もおりますゆえ」


 デドルまで、難しい顔をして。気楽に構えていては駄目な事なのかしらね。だけど、婚約の話が流れるのは、決して私個人的には悪い話じゃないわ。むしろ、歓迎なのだけどもね。


「あっしは、情報の出所を探ってきます。明日の昼過ぎには戻りますので……」


 デドルはそう言うと、部屋からすっと出ていってしまった。その台詞、何だか、忍びって感じね。って、元隠密だから、元忍びなのか。


「貴族って、怖いですわね……」


 いや、シルビア。あなたも貴族、それも伯爵家の娘なのよ。


「お嬢様、荷物を取って参ります。大人しくして待っていてくださいよ」


 アシリカは子供に言い聞かせる様な言葉を残して、ソージュと共に出て行き、私は部屋に残される。

 やる事は特に無い。暇である。そんな時、人は余計な事を思いつくものである。私が思いついたのは、ナタリアを名乗る偽物を見てみたい、だった。


「ねえ、エディー。ちょっとだけさ、偽物見に行かない?」


 シルビアに聞こえない様にこっそりと、エディーに話しかける。


「え? いいのか? アシリカ姉ちゃんに大人しくしてろって……」


「大人しく見に行けばいいでしょ」


 何を今更いい子ぶっているのよ。

 

「怒れられてもオレは知らないからな」


 そんな事言って、本当は乗り気なんじゃないの?

 シルビアには、手を洗ってくると伝え、部屋を抜け出す。エディーの案内で、宿で一番の部屋へと向かう。扉は閉められているので、中の様子は見えないが、何やら楽しそうな声が聞こえてきている。


「中に入れないかしらね……」


 是非とも、私の名を騙るニセリアの顔を見てみたいものだ。


「ちょっと、何してんだい?」


 扉の前に立つ私とエディーの背後から掛けられた声にびくりと体を震わす。振り向いた先にはエディーの母親。そして男性が二人。


「母ちゃん。それに父ちゃん……」


「エディー、心配したんだぞ。あ、いや、話はまた後だ」


 この人がエディーのお父さんか。じゃあ、もう一人は誰だろう?


「お嬢さんまで巻き込んで何しようとしてるんだい? ほんと、すまないねぇ」


 エディーのお母さんがまたもや申し訳なさそうにしている。いや、今回は、私が言い出した事だから、ちょっとエディーに申し訳ない気がする。エディーも恨めしそうな目を私に向けている。ごめんね、エディー。この場は、罪を被っといて。


「あっ。もし良かったら、一緒にナタリア様に会ってみるかい? 丁度、町長さんも来ててね」


「いいのですか?」


 ああ、もう一人は町長さんか。挨拶に来たってところでしょうね。


「ああ、構わないわよ。こんな機会なかなかないからね」


 エディーのお母さん、何かお祭りみたいに捉えているのかしら。でも、都合がいいわ。ニセリアを見れるわね。


「ナタリア様。失礼致します」


 エディーのお父さんが、声を掛けた後、扉を開ける。

 さあ、いよいよご対面だ。


「ナタリア様。お会い出来て光栄にございます」


 町長さんが、恭しくお辞儀をして挨拶の言葉を述べている。額に汗をかき、随分と緊張しているみたいだ。挨拶を頷き返しているニセリア。私と同じくらいに年齢だ。でも、顔はまったく似ていない。どちらかというと平凡な顔立ちである。悪役には見えない。両脇に、女の子が二人。アシリカとソージュって事になるのかな。

 えーと、あなた達、誰ですか?

 年齢もそれぞれと同じくらいだ。でも、三人に共通して言える事は、年齢以外似ている所が無いって事だね。


「――という訳で、是非とも、ナタリア様には、その山に居ついた熊を何とかして欲しいのです」


 町長はどうやら挨拶だけではなく、お願い事も一緒に頼むつもりで来たらしい。何でも、近くの山に、突然大きな熊が住み着いたらしいのだ。お陰で、山へ立ち入れなくて困っているらしい。

 いや、熊退治って、この人、何考えているのかしら? 私はマタギでもなければ便利屋さんでもないのよ。頼まれているのは、ニセリアの方だけど。


「え? 熊?」


 ほら、ニセリアの方もきょとんとしてるじゃない。これは、無理もないわよ。


「ナタリア様は、アトルスで街の問題を片付けたと話題です。是非とも、我々も助けて頂きたく」


 そこか! 噂の発信源分かったよ。確かにあの時は強く口止めしてなかったな。それに、街の人が大勢いたしね。


「そうですか……。まあ、考えましょうかね……」


 頭を床に擦り着けんばかりに頼む町長にニセリアが、顔を引きつらせている。

 エディーの両親は期待の籠った目でニセリアを見つめている。部屋には、断るという選択が出来ない空気が漂っていた。


「なら、オレが山に案内します!」


 突然、隣のエディーが立ち上がる。


「エ、エディー、お前、何言って……」


「な、姉ちゃんも行くよな!」


 父親の言葉を遮り、エディーは私を見る。

 面白い。その話、乗った!


「ええ、もちろん。私の祖父は猟師でしたので、多少の心得もありますし」


「本当かい!?」


 町長が、心強そうに私を見る。


「お任せくださいな。ナタリア様をきっちりご案内しますわ」


 私は町長に頷き返してから、ニセリアを見る。ニセリアは、熊? え、熊? と小さく呟きながら、困惑している。


「ナタリア様、よろしくお願いしますね!」


 私は勢い良く、満面の笑みを浮かべる。それに、顔を引きつらせながらコクコクと頷くニセリア。両脇の二人も、顔を青褪めさせている。

 こうして、翌朝一番に、山へと熊退治に出掛ける事が決まった。当然、ニセリア一行を先頭に立たせてである。


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