40 罰
「お姉さま、お待たせいたしましたわ!」
シルビアが部屋へと入ってきた。彼女のすぐ後ろには、武装した兵が続いている。
えーと、これはどういう事?
「ミズール副執政官のイムルと申します。ナタリアお嬢様、この度の不祥事、誠に申し訳ございません」
私の前に来た男性が、跪く。彼の後に続いていた兵もその後ろで頭を下げている。
「お嬢様、デドルさんと相談して、シルビア様に副執政官の方にこちらに向かうようにお願いしておりました」
ちょっと、アシリカ、何その話。聞いてないよ。でも、私も成敗するまでしか考えてなかったな。
「副執政官の立場でありながら、執政官の不正に気付きませんでした。これにつきましては、私自身も後に罰を受けますが、まずは、不届き者たちを捕える事をお許しください」
イムルと名乗った副執政官が合図を出すと、控えていた兵たちが、モーリスらを縛り上げた。ディーゴとトルネージは青い顔となり、力なく項垂れて、されるがままに縄で縛られてている。
「俺は執政官だぞっ! 何故、こんな無礼を受けねばならんっ!」
一方のモーリスは、この期に及んでも傲慢な態度で、周囲を囲む兵を怒鳴りつけている。地位や権力に対する執着心がすごいのだろうな。
そんなモーリスを唇を噛みしめたまま、デドルが睨み付けている。納得出来ない部分もあるのだろう。ましてや、モーリスがこれでは、なおさらだよね。
「モーリス。父に成り代わり、申し付けます。ミズールの執政官の職を解きます」
私の言葉にモーリスは顔を真っ赤にして、私を睨みつける。
「これは、自分の行ってきた所業に対する報いよ。なのに無礼って、あなた馬鹿なの? あなたの行いでどれだけの人が悲しみや苦しみを味わったか分かってる?」
膝を着いているデドルの肩にそっと手を置く。
「あなたは、分からないでしょうね。分からないでもいいわ。でも……」
モーリス、ディーゴ、トルネージの三人をゆっくりと見回す。
「その分、あなたたちには、屈辱を与えてあげる」
私が浮かべた悪役モードの笑みに一瞬ではあるが、モーリスは目を見開く。ディーゴとトルネージは、ひっ、と声を上げ、ガタガタと体を震わしている。
「イムル」
私はイムルを近くに呼び寄せ、そっと彼に耳打ちする。伝えるのは、彼らの処遇。
「え? 本当にですか?」
イムルは驚きの顔で私を見ているが、それに対してこくりと頷く。
「か、かしこまりました……」
少し顔を青くして、イムルがぎこちなく頭を下げた。
「では、この者たちを連れていきなさい」
兵たちが、縄を打たれたモーリスたちを連れていく。私の前を通るモーリスは、悔し気にこちらを睨み付けている。ふふ。いつまで、そんな目をしていられるか、楽しみね。
「では、私も役所に戻ります。エルカディアの旦那様にも報告せねば、なりませんので」
お父様に報告か。でも、私が関わっている事を知られたくないな。余計な心配かけたくないし、今後屋敷から出にくくなるかもしれないからね。
「報告だけど、すべてあなたが解決した事にしてね。私はまったく関与していない、という事で」
「いえ、ですが、それですと私の功績になってしまいます。実際は……」
イムルが私の提案に躊躇する。
「いいのよ。今、ここに駆けつけてくれただけでも、十分な功績よ。報告書には、私の名前を一切出さないでね」
イムルの言葉を遮り、念押しする。報告書はアシリカにでもチェックしといてもらおう。
戸惑いつつも、頷いたイムルは一礼すると、部屋から出ていった。
「ごめんね、デドル」
いまだ、虚ろな表情のデドルに声を掛ける。
きっと、自らの手で仇を取りたかったに違いない。
「でもね、あんな奴らの為に手をあなたが手を汚す必要はないわ。そんな事、マインズさんも、ユーリアさんも望んでいないと思うわ。もちろん、私もよ」
デドルは無言のまま、微動だにしない。
「ユーリア? もしかして、あんた、マインズの言ってたユーリアの恋人か?」
黙って私たちのやりとりを聞いていたキュービックさんが驚きの声を上げる。
「いやな、マインズが言ってたんだよ。ユーリアが死んだ後、娘が愛した奴には幸せになって欲しいってよ。酒が入る度に話に出てきてたよ。不器用な生き方しか出来ない奴だが、絶対間違った事をしない奴だって」
項垂れていたデドルが顔を上げる
「だったら、ナタリアちゃん、いや、ナタリア様が言う通りだ。マインズもユーリアもアンタが、手を下す事を望んじゃいねえはずだ。マインズとは幼馴染、娘のユーリアは赤ん坊の頃から知っている俺が言うんだ。間違いねえ」
キュービックさんはデドルに駆け寄り、肩を抱く。
「ねえ、デドル。以前、私に女心を分かってないって、言ってたけど、あなたも一緒ね」
くすっと笑う私に釣られたのか、デドルが苦笑を浮かべる。
「……かもしれませんな。いやいや、女心ってのは、難しい……」
ちょっとだけ、いつものデドルに戻ってきてくれた気がする。
「許し難い気持ちがあるのは、分かるわ。でもその分、お父様からの正式な処分が下るまで、私が与えた罰があるわ。今、準備してもらっているから、後で見に行きましょう」
「罰……ですかい?」
デドルが、不思議そうに私を見上げる。
「ええ、そうよ」
私はにやっと笑って頷き返した。
役所の前の広場には、人だかりが出来ている。その中心にいるのは、モーリス、ディーゴ、トルネージの三人である。
彼らは、後ろ手に縛られ、太い木の棒にくくりつけられている。口には布を噛ませて、話せないようにしてある。首からは看板をぶらさけて、行った悪事が記されている。その最後には、罵ってください、との一文が添えられている。
ちゃんと、指示通りにしてるわね。彼らには、お父様からの処分が下るまで、さらし者になってもらう。もれなく罵声付きでね。
最初は、戸惑いと困惑に包まれていた周囲のに集まった人たちだが、一人、二人と彼らを非難する声が上がり始めると、瞬く間に、罵倒する者ばかりとなる。
これを見ると、彼らの評判が分かるわね。自分たちの権力や富に任せて、好き放題していたのだろう。浴びせられている声の中からも、それが感じられる。
初めは忌々し気に周囲を睨み付けていたモーリスだったが、次第に顔色を失い、目をきょろきょろとし、それもすぐに、虚ろなものとなる。
モーリスはプライドが高そうだから、効果てき面みたいね。今まで、自分が支配していると思っていた街の人にこれだけ罵倒されて、心が折れちゃったもたいね。でも、この後もまだ、上半身への落書きの刑とかも考えているのだけど、大丈夫かしらね。すでに、魚の目みたいになっているディーゴとトルネージには、無理かもしれないわね。
「これが、お嬢様の与えた罰、ですかい?」
ちょっと、引き気味のデドルである。
「ええ。そうよ」
市中引き回しの刑。いや、引き回してはいないか。だったら、追加しようかな。ついでに、落ちているゴミでも拾わせながら。
「あのさ、デドル……」
私はちらりと横目でデドルの様子を伺う。彼の今までの苦しみや悲しみは、これくらいでは癒えないのは、分かっている。
「お嬢様、ありがとうございます。奴らのあの、死んだような目。あれを見たら、気が晴れました」
穏やかな顔のデドルが白い歯を見せて笑顔になる。
「良かった。さ、明日マインズさんとユーリアさんのお墓に報告よ。それから、帰りましょうか。なんか、エルカディアが懐かしくなってきちゃったわ」
「いや、ですが、あっしは……」
再び、デドルが難しい顔となる。
「旦那様に、手紙で……」
ああ、そうだった。サンバルト家を辞めるって手紙を出していたわね。くだらない事、気にしてるのね。
「なら、私に仕えなさい。私の専属庭師ね。あ、それと、御者と門番もやってもらわないといけないわね。忙しいわよ」
「旦那様より人使いが荒そうですな……」
デドルが苦笑する。
「お嬢サマは、人使いが荒いと言うより、その無茶に付き合う方が大変デス」
ソージュ、さらりと、酷くない?
「そうですね。いくらお諫めしてもそこは直りそうにありませんね」
アシリカも、困った顔で頷かないでよ。
「はっはっは。そうですかい。こりゃ、大変になりそうですな」
言いたい放題ね。本当に、私が主って思っているのか不安ね。でも、いいか。また皆で笑えるのだから。
翌日、マインズさんとユーリアさんの墓の前。デドルは墓をじっと見つめたままである。何を二人に語りかけているのだろうか。
私たちは、それを少し離れた場所で待っている。
「ナタリアちゃ……様」
「キュービックさん。昨日も言いましたわ。今まで通りで構いませんわ。今は、私は町娘のナタリアですから」
昨日から、何度もキュービックさんに言っている言葉である。
「そうだよ、じいちゃん」
エディー、あんたは、もう少し私を敬うくらいで丁度いいくらいなのよ。私の方が年上なんだからね。
「俺からも礼を言わせてくれ。マインズとユーリアの敵を取ってくれて感謝する」
ぐっと、大きな手でエディーの頭を抑えつけがら、礼をする。
「当然の事をしたまでですわ」
私の信念に基づいての行動だ。でも、やはり感謝されるのは、嬉しい。
「その上、こいつを家まで送り返してもらえるとは、迷惑もかけるな」
いつまでも、エディーをミズールに置いておくわけにはいかないと、両親の元へと返される事になっていた。
「何でだよう。オレはじいちゃんの所で、冒険家になる修行をするんだからよ」
もちろん、エディーは不服である。昨日、帰宅するように言われてからずっと不機嫌なままだ。
「エディー。冒険家になるなら、まずは勉強だ。しっかり学校に通って、勉強するんだ。修行は学校を卒業してからだ」
そうなのだ。エディーは学校をさぼって家を飛び出してきている。私たち貴族は家庭教師が付くから、すっかり気づかなかったよ。
「じゃあ、学校を卒業したら、修行に来てもいい?」
「ああ。もちろんだ」
キュービックさんは、目を細め頷く。
「ナタリアちゃんよ。すまんがよろしく頼む」
「ええ。もちろんですわ」
「礼というか、これを貰ってくれ」
そう言って、キュービックさんは袋を差し出す。
「これは……?」
受け取った袋はずっしりと重い。何だろうか?
「あんたの欲しがってたもんだ。天空石だよ」
天空石!? 袋の中を覗くと、拳ほどの大きさの半透明の石が五つばかり入っている。
「昔、北の大陸で見つけたもんだ。偶然だがな。その時の依頼は天空石じゃなかったから、こっそり持っててな」
「いいのですか? これ、売れば、とてつもない金額になると……」
おそらくかなりの値段になるだろう。一財産どころの話ではないはずだ。
「別に構わんよ。天空石で鉄扇作るんだろう? どっかの宝物庫で眠る剣に使われるより、そっちの方が遥かに価値があるだろうからな」
キュービックさんは、にかっと笑い、ウインクする。
「でも……」
いやいや、こんな高価なものを貰ってもいいのだろうか。
「お姉さま、少しよろしくて?」
隣からシルビアが袋の中の天空石を覗き込む。
「この子たちもお姉さまに懐いたみたいですわ。ご一緒にいたいようですね」
本当に? シルビアの不思議能力はそんな事も分かるんだ。木だけじゃないんだね。
「奇遇だな。俺もそんな気がしてならねえな。ナタリアちゃんに渡す為に今まで売らずに持っていた気がするんだよ」
キュービックさんも不思議能力あるのかしら。それとも、冒険家の勘みたいなものなのかしらね。
「本当にいいの?」
「ああ。貰ってくれ。アンタなら、正しい事に使ってくれるはずだしな」
やったぁ! 天空石ゲットー! 探す暇も無くて、すっかり諦めていたのに。それにしても、北の大陸でも滅多に見つけられないって聞いてたけど、よくキュービックさんは見つけられたわね。すごいね。
「ありがとうございます! 立派な鉄扇にしてみせます!」
私は、天空石の入った袋をぎゅっと押抱く。
よし、これで、私の武器問題は解決したも同然だ。
墓に向いているデドルの背中を見て、改めて思う。権力に虐げられている者は想像以上に多い。その証拠に、見せしめにしたモーリスたちへの反応は厳しいものだった。
少しでも、そんな人を救いたい。私は、決意を新たにしていた。




