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戦うお嬢様!  作者: 和音
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4 チャンス、か?

 私が王太子をぶちのめしてから、二ヶ月が経った。

 その所業を聞いたお父様は、またもや口をあんぐりと開けて絶句し、お母様は、よろめくだけでは済まず、倒れてしまった。

 お兄様たちには、ドン引きされ、アシリカにはやり過ぎだと、一時間に及ぶお説教をくらった。

 屋敷では散々だったが、逆に王宮では、感謝されていた。中でも王太后様は、最近勉学にも剣や魔術の稽古にも身が入っていない王太子には、いい薬だと、随分と喜ばれ、益々気に入られてしまった様である。

 婚約話は流れる事なく、未だに王宮通いは続いていた。しかも、お茶会だけでは済まず、何故か王太子との剣の稽古も恒例となってしまった。

 王太后様とお茶に加え、王太子と剣の稽古。

 一体、私は何をしている? どこに向かっているのだろうか?

 まぁ、王太子の剣術の師範に稽古をつけてもらえるのは、私にとって嬉しい誤算ではあった。しかも、筋がいいと高評価を頂いている。その時のレオナルドの悔しそうな顔は見ものだった。思わず悪役令嬢ばりの勝ち誇った笑みを浮かべてしまったよ。

 そして、また今日も、不敵な笑みを浮かべてレオナルドを見下ろした後、王太后様とのお茶の時間である。

 ここ最近は、剣の稽古がしたくて、二週間に一回は王宮へと伺っていたから、すっかり王太后様とも、打ち解ける事が出来ていた。


「王太后様。お待たせ致しました」


 剣の稽古の間に着ている稽古着から、ふわりとしたドレスに着替え、戻ってきた。今では稽古着持参である。


「稽古着姿のナタリアも凛々しくていいですが、やはりドレス姿も可愛らしくて素敵ですね」


 着替え終わった私に王太后様がにっこりと微笑む。


「そんなに褒められるとは恐縮にございます」


 私は先ほどまでとは打って変わり、令嬢らしく、優雅に頭を下げた。

 ちなみに、レオナルドは未だ、中庭の隅で素振りを続けている。まだ、一度も私に勝つ事が出来ないのが、相当悔しいらしい。


「ですが、貴女には、感謝しています。あの子は最近どうも何をするにも、やる気が無かったので……」


 目線をレオナルドに向け、王太后様が安堵の表情を浮かべる。


「王太子の座に就いたものの、あの子には何の後ろ盾もありません。その立場は弱いものです」


 レオナルドの生母はすでに亡くなっていた。普通なら、母親の生家が後ろ盾となり、王太子を盛り立てる。だが、彼の母の生家である候爵家は不幸が続き、現在の当主は僅か七歳の彼の従弟である。所領でも災害が立て続けに起こり、とても王太子を支える事など出来ない。

 

「残念ながら、私にもあの子を支える力はありません。公然の秘密ですが、私も元は商家の出。多少裕福ではありましたが、平民です。たまたま出会った先代国王に見初められ、貴族の養女となって嫁いだ身ですから」


 初耳だ。この世界に転生してまだ日が浅いからな。でも、私が接しやすいのも、そのせいなのかな。だって、私だって中身は庶民だからね。


「分かりましたか? 何故、貴女との婚約を進めようとしているかが」


 レオナルドから私の顔へと目線を戻した王太后様のその目は真剣である。


「……はい。何となくは」


 私との婚約。つまりは、公爵家に後ろ盾になって欲しいという事か。うちの家なら確かに、後ろ盾としては、十分な存在となるだろう。


「あの子の母親はとても、心の美しい、素敵な人でした。皆が、平民出の私をどこかで見下す中、彼女だけは、私を母として敬ってくれました。そんな彼女が亡くなる間際に頼まれたのです。レオナルドの事を頼むと……。だからこそ、私はあの子が立派な王となるまでは、命に代えても守らなければならないのです」


 当時の事を思い出したのか、王太后様の目元が潤んでいる。私の後ろに控えているアシリカからも鼻をすする音が聞こえてくる。もらい泣きしてる様だ。

 辛い。この状況は辛い。気持ちは十分理解出来るが、それはつまり、私の破滅への道でもある。出来れば、この婚約はしたくないのだ。

 私は何も言えずに、ただ俯いてしまった。


「貴女には申し訳ないという気持ちもあります。私の都合だけで、婚約させてしまおうとしているのですから」


 うーん。ゲームの中では知らなかったが、婚約には、こんなにも重い理由があったのか。


「噂では、貴女はとんでもない我儘だと聞いてました。でも、実際に会ってみると真逆でした。真っすぐで、どこか心に信念を秘めている気がします」


 いや、買い被り過ぎです。秘めているのは、憧れの目的を達成したいという、王太后様に知られたら、恥ずかしい想いです。


「お嬢様は、世間で言われている様な方ではありません。私も平民ですが、そんな私が持つ夢を立派だとおしゃってくださったのです。お嬢様は、心根の優しいお方でございます」


 突然、アシリカまで参戦してきた。その言葉は嬉しいけど、今はやめて。私を持ち上げないで。


「で、出過ぎた真似でした。申し訳ございません」


 はっとしたアシリカが、頭を下げる。


「いえ、構いませんよ。貴女の言っている事は、よく分かりますよ」


 王太后様はアシリカに優しく微笑んだ。


「侍女からも、ここまで慕われているのも立派です。私は後ろ盾とか別にしても、貴女にあの子の后となって欲しいと、今は思っているのです。すぐにとは、言いません。ですが、なるべく早く正式な婚約を結んで欲しいと願っています」


 顔を上げて見る王太后様の顔からは、力強い思いが伝わってくる。


「はい……」


 私は小さな声で、そう返事した。ここまで言われて、無碍にしたり、曖昧な返事をする訳にはいかなかった。


「期待していますよ」


 王太后様はいつもの優しい温和な顔に戻る。

 私は考える。

 何とか、このお茶会を利用してレオナルドに嫌われようとしたが、どういうわけか剣術仲間みたいになってしまった。しかも、王太后様には気に入られているみたいである。

 婚約は既定路線でもあるので、いずれ、王太子の婚約者となる事は間違いない。王太后様の意向もあり、話は進んでいくだろう。それは、私にとってデメリットしかない。断罪コースに乗ってしまうという事だ。婚約したとしても、破滅を避けられる可能性はあるかもしれないが、ゲームのシナリオ通り婚約者となるリスクは大きい。

 どこで間違えた? 八方塞がりではないか。こんな逆境続きでは、私の野望を叶える暇がないな。

 待てよ。逆境はチャンスだと、聞いた事がある。これを何とかチャンスに変える事が出来ないだろうか。

 それに、私は決意したじゃないか。シナリオに翻弄されようと、私らしく生きると。


「王太后様」


「何ですか?」


「私の父も母も少々過保護でして、屋敷とこの王宮に伺う以外に滅多に外出させてもらえません。どこか、普通の貴族に嫁ぐのなら、こんな事を考えませんが、将来国を統べる方の元に嫁ぐのなら、市井の暮らしも見ておくべきだと思うのです。ですが、自由に屋敷の外に出る事が許されません。王太后のお力で何とかならないでしょうか」


 そう、今の私は自由に外出出来ない。そりゃ、公爵家の令嬢だから、当たり前と言えば、当たり前なのだが。だが、それでは、私の野望がちっとも前に進まない。


「なるほど。確かに、王妃となる人間が、平民の暮らしを直接見ておくのは、良い事かもしれませんね」


 王太后様の顔がぱっと明るくなる。その嬉しそうな表情に少し罪悪感も感じるが、そこは悪役令嬢だからと、開き直る事にする。

 王太后様は少し考えてから、口を開く。


「流石に一人だけでとは、無理ですが、今日の帰りに平民街に行けるようにしましょう」


 王太后様の提案はこうだった。王太后様のご両親はすでに他界しているらしいが、生家には弟がいるらしい。そこへ私に手紙を届けて欲しいとの事である。

 これならば、王宮からの帰り際に公爵家の護衛が付いたまま、平民の暮らす地域へと堂々と行けるという訳だ。

 完全な自由ではないが、雰囲気を掴むだけでも、今の私には有意義である。悪い提案ではない。


「お気遣い、ありがとうございます」


「ただし、決して一人になってはなりませんよ」


 頭を下げる私に、王太后様は念を押す。


「はい。もちろんにございます」


 初めて貴族街と王宮以外の場所を見れる事になった私は期待に胸を膨らませ、満面の笑みで頷いていた。




 早速、その日のお茶会の帰りに王太后様からの手紙を預かり、私は意気揚々と平民街へと向かう馬車に揺られていた。

 エルフロント王国の都であるこのエルカディアは二百年に渡り繁栄してきた国最大の都市らしい。王宮を中心にして、貴族街、その外側に平民の暮らす街が広がっている。すでに、屋敷でこれは本で調査済みである。

 その平民街も細かく分かれているらしい。裕福な平民の暮らす街区、一般的な暮らしをしている者が住む街区、商店街や職人が暮らす工房街、さらには宿場街などから形成されている街である事をアシリカから聞いた。

 都だけあって、街中はよく整備されており、治安も決して悪くはないらしい。

 馬車の中で、アシリカから教えてもらう。彼女は口を濁したが、どうやら貧民街も存在している様だ。


「お嬢様、随分と熱心にお尋ねになってますが、何か良からぬ事でも……」


 アシリカが訝し気に私を見ている。


「そんな事ないわよ。王太后様にも申し上げたでしょ。将来の為よ」


 アシリカの疑いの眼差しは消えていない。彼女は最近厳しいな。まぁ、目の前で王太子をぶちのめしたのが、原因だろう。それだけ、私と打ち解けてくれたという事で良しとしとこう。

 それに、良からぬ事など考えていないし。むしろ、世の為人の為になる事を考えているよ。でも、よく考えたアシリカに私の野望をまだ話してないな。聞かされたら腰を抜かしてしまいそうだ。

 馬車は裕福な平民たちの家が並ぶエリアを抜け、風景がこじんまりとした家が窮屈そうに並ぶ区画へと差し掛かっていた。

 閑静な住宅街から次第に活気が溢れてきたような気がする。

 それに従って、私のテンションも上がってくる。

 私が街へ出たがった理由は二つある。

 まずは、一般の暮らしがどんなものか見てみたかった事。アシリカから話は聞く事があるが、百聞は一見に如かずという言葉もあるしね。

 そして、もう一つは人材確保。何の人材って、私の世直し計画のお供を見繕う事である。屋敷では、恐らく無理だろうから。

 一度ですべてが叶えられるとは思わないが、まずは大きな一歩といったところだね。

 そうこうしている間に、馬車は職人の集まる工房街へと入った。

 王太后様の弟はこの街区で、職人をしているとの事だった。王太后様が当時まだ王子だった先代国王に嫁いだ時、家族は営んでいた商売を畳み、以降はひっそりと暮らしていたらしい。要らぬ疑いを掛けられたりして、王太后様に迷惑を掛けない様にとの配慮からだそうだ。王太后様のお優しい性格に加え、その事もあり未だ庶民からの人気は絶大なものがあった。


「お嬢様、この先は狭く、馬車で進む事は無理にございます」


 御者から、報告が来た。

 渡された地図によると、弟の家は路地を入った所にある様だが、その路地は狭く馬車は入って行けそうにない。


「私が、参りましょうか?」


 私を馬車から降ろすまいと、先手を打ってアシリカが尋ねてきた。


「いいえ。私が行くわ。だって、王太后様には、私が頼まれたのだから」


 そうはさせまいと、にこやかに私が正論で反論した。


「ですが……」


 私の正論にアシリカは言葉が詰まる。彼女の言い分も納得出来る。公爵家の令嬢が、歩く雰囲気では無いのが、私にも分かる。

 職人達の息遣いが聞こえてきそうな独特の佇まいである。それは決して穏やかなものでは無かった。


「付いてくるのもアシリカだけでいいわ。他の者はここで待つように」


 私は馬車から降りながら、指示を出した。


「護衛の者も置いていくのですか?」


 アシリカが眉間に皺を寄せ、抗議の声を出した。


「大丈夫よ。こんな昼間から危険がある訳ないでしょ。それに、何か起こっても、アシリカの魔術で何とかなるでしょ」


 馬車を出た私は御者から受け取った地図を睨みながら、答えた。こんな場所で護衛を五人も六人も引き連れて歩く方が目立つじゃないか。それに、アシリカ一人の方が、私も気ままに出来るという、彼女が聞いたら怒りそうな計算もある。


「さっ。行くわよ」


 私は颯爽と歩きだす。


「お嬢様っ! お待ちくださいっ」


 慌ててアシリカが私を追いかけてくる。

 この世界に転生して、初めての町中である。ぐるりと周囲を見渡す。すべてが新鮮に感じる。

 ところで、どう行くのだろう? もう一度、地図を眺める。


「……アシリカ、行き方、分からない」


 地図を見ても、まったく分からない。

 転生しても、私の方向音痴は治らなかったらしい。

 立ち止まった私に追いついたアシリカはため息と共に、地図を受け取ってくれた。



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