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戦うお嬢様!  作者: 和音
39/184

39 無双

 今、目の前にいる男が値踏みするかの様に私を見ている。

 アシリカとソージュは後ろで、店の使用人として控えている。


「で、新たな商材を扱いたい、と?」


「はい。今は小麦の卸しのみですが、このミズールに入る異国からの物品を扱いたいのです」


 私はにっこりと微笑む。

 目の前にいる男はディーゴ。キュービックさんに頼み、会う事が出来た。

 デドルと話した翌日、執政官の所への突撃を主張した私を全員が反対した。可哀そうな子を見る目をして……。その眼差しに怒りを覚えた私が次に提案した策を現在実行中である。

 名付けて、相手の懐に飛び込もう作戦である。この策も渋い顔をされたが、ちまちまと探るのは、私の性に合わない。


「なるほど。分かった。いや、しかし、お嬢さんがエルカディアの商家の方とは、驚いたね」


「キュービックさんの所でミズール一番の商家であるディーゴさんにお会いする事が出来たなんて幸運でした。きっと、父のパドルスも喜びます」


 私は、以前懲らしめたパドルスの娘として、ディーゴに取引を持ち掛けていた。ごめんね、勝手に名前借りちゃって。


「まあ、うちも商売だからね。今後もいいお付き合いをしたいとは思っているよ」


 きっとディーゴは頭の中で損得勘定を計算しているのだろう。私は、彼にとってかなりの好条件を最初に示していた。


「そうですね。うちの店も年々規模が大きくなってきています。今後はさらに扱う品数も増えていくと思いますので、よろしくお願いします」


「いやいや、こちらこそお願いするよ。お互い、儲けましょう!」


 計算が終わったみたいだ。ディーゴは頬を緩ませて、頷いている。どうやら利がありとの計算結果のようね。初めは、小娘相手に訝し気に不審を抱いていたみたいだが、かなりの大口の取引に上機嫌の様である。


「それにしても、さすがは王都と言った所だね。取引の規模も大きい」


「まだまだです。父はもっと店を大きくするつもりです。ただ……」


 そこで、私は視線を落とす。


「ん? 何か問題でも?」


「いえ、実は、エルカディアは確かに大きい街ですが、貴族の街でもあります。なにせ、王都ですから。それゆえ、貴族の方ともお付き合いが大変です」


 少し困った顔でディーゴを見つめる。


「確かに言われてみれば、そうかもしれんな」


「ええ。貴族の方への貢ぎ物が欠かせません。それは、店を大きくする為にも必要な事ですし。ただ、目の肥えた高位の方への贈り物は選ぶのも一苦労でして……」


「なるほど……」


「何かいいものはありませんかね? もし良かったら、ディーゴさんも紹介させて頂きますし……」


「わ、私を? エルカディアの貴族の方に?」


 ディーゴは、勢いよく身を乗り出す。餌に食いついたかな。


「はい。ディーゴさんも、エルカディアの貴族の方と顔見知りとなれば、何かと役に立つ事もあるかと」


 うーん、と唸り声を出し、腕を組んでディーゴは思案顔となる。またしても、頭の中で、損得勘定を弾いているのだろう。


「どこの貴族と面識がおありで?」


「高位のお家でしたら、ノートル公爵家、フッガー伯爵家などですね。こちらのご領主様であるサンバルト公爵家のご令嬢もよく存じ上げていますね」


 嘘は言ってないよね。


「ほう、それは……」


 ディーゴは目を細める。


「何か貴族の方が喜ぶような品をご存じありませんか?」


「これは、ここだけの話という事で、頼むよ」


「もちろんです」


 顔がにやけそうになるのを必死で抑えて、真剣な表情で頷く。


「ご禁制品。つまり、密かに異国から取り寄せた珍しい物を手に入れる事が出来る。それをお渡ししよう。きっと、貴族の方も満足するはずだ」


 よしっ。食いついたね。


「禁制品? でも、もし万が一、役所に見つかりでもしたら……」


 不安そうな顔を見せ、逡巡する仕草をしてみせる。


「いや、大丈夫だよ。万が一にもバレる心配はない」


 自身あり気に、ディーゴは胸を張る。


「それは……」


 この場で、目の前のディーゴを張り倒したい気持ちを必死に抑えつつ、首を傾げる。


「なにせ、私には、ミズール執政官のモーリス様が付いている。何も心配する事はないよ」


「執政官様が?」


「ああ。アンタも商人の娘。しかも、貴族のお偉方に袖の下を渡しているのだろうから、分かるだろう。そういう事だよ」


 やはり、密輸にも一枚噛んでいたのね。とんでもない腐敗っぷりだね。お父様も見る目がないわね。そんな奴に執政官を任すなんてさ。


「分かりました。でしたら、安心ですね。そうだわ。せっかくの機会です。手土産も用意していますし、是非、執政官様に会わせてくださいな」


 私は、アシリカの抱えている小箱を指し示す。このまま、一気にモーリスの所まで乗り込んでやる。


「ははっ。準備がいいな。ま、構わんよ。なにせ、手土産の類がお好きな方だからね」


 おどけたようにディーゴは、体をのけぞらせた。


「まあ。それは良かったわ。きっと喜んでいただけますね」

 

 悪役令嬢改め、悪徳商人の笑みを浮かべて二人で笑い声を立てていた。





 ディーゴに伴われ、やってきたのは執政官の邸宅。公邸らしく、高い塀に囲まれた立派なものである。

 デドルに加え、キュービックさんもこっそりと私たちの後を付けているはずだ。エディーはお留守番だけど、シルビアはどうしたのかしら。作戦会議の後、見てないな。彼女の事だから、どっかで木でも眺めているのかしらね。


「さ、こっちだよ」


 慣れた様子でディーゴは邸宅の門を潜る。門前の警備の者も頭を下げて顔パスでディーゴを通している。

 建物の中へと案内され、奥へと進んでいく。大きな扉のある部屋の前に着くと、ディーゴが軽くノックをする。


「入れ」


 部屋から低い声が響いてきた。


「ディーゴにございます」


 部屋へと入り、満面の笑みを浮かべるディーゴが恭しく頭を下げる。

 広い庭に面しており、太陽の光が差し込んでいる割には、どこか陰湿な感じのする部屋である。原因はこいつだ。この部屋の主であるモーリスから、暗く陰険な雰囲気を醸し出しているせいだ。


「どうしたのだ?」


 ディーゴの隣に立つ私を冷たい目で眺めている。キュービックさんの家で会っているが、覚えてないようで、こいつは誰だ、といった様子である。


「はい。こちらは、エルカディアの商人、パドルス殿の娘でございます。今回、うちの店と取引する事になったのですが、是非、モーリス様にご挨拶をしたいと」


 そう言うと、ディーゴは、ちらりとこちらを見て、目で私を促す。


「初めまして。パドルス商会でございます。執政官様にお目通りが叶い、光栄でございます」


「そうか。で?」


 あまり興味がないみたいである。でも、モーリスの視線は、後ろに控えているアシリカの持つ小箱を向いている。確かに、手土産が好きそうね。いや、袖の下が好きと言った方が正しいのかな。

 だったら、この素敵なプレゼントを贈ろうかしら、と思った時である。


「モーリス様!」


 扉が勢いよく開け放たれ、浅黒い体格のいい男が入ってきた。


「トルネージか。いなくなった船乗りでも見つかったのか?」


 こいつが、トルネージ海運の主か。いかにも、海の男って感じだね。それより、いなくなった船乗りって、自慢話男の事かしら。


「いえ、それはまだ……。一昨日の夜、酒場で飲んでいたまでは分かっているんですがね。それ以降がさっぱりでして」


 やっぱり、アイツの事か。彼なら、証人として、預かっているからご心配なく。


「今は、モーリス様から頼まれた、ガキを連れてきたのですが……」


「ああ、そっちか」


 トルネージが手下に合図をすると、一人の子供が部屋へと連れて来られた。


「何すんだよっ! こんな事したら、オレのじいちゃんが黙ってないぞ!」


 ありゃ、エディーじゃない。どういう事?


「あの、これは……?」


 隣でディーゴも戸惑っている。

 一人で留守番している所を攫われたのか。


「キュービックの孫だ。こいつをダシに使って奴に探索に出させるのだ。多少は強引にでもせねば、奴は動くまい」


 強引過ぎるな。本当に最低な奴だよ。誘拐と脅迫ですか。悪事に対して、ここまで貪欲だと、逆に感心するくらいだわ。


「あ、あれ? 姉ちゃんたち……?」


 エディーが私の存在に気付く。そんなエディーの反応に、モーリスが眉間に皺を寄せ、怪訝な目となる。


「モーリス様。少し邪魔が入りましたが、お近づきの印に、こちらを……」


 アシリカに合図し、小箱をディーゴを通じてモーリスに渡す。

 眉間に皺を寄せたまま、モーリスは小箱を開ける。


「こ、これはっ」


 小箱の中身、気に入ってくれたかしら? 中に入っているのは、自慢話男が持ってきた密輸品の毛皮。


「その贈り物のお礼によろしいかしら。マインズさんの件をお伺いしたいのですが。それと、もう一つ。昔の話になりますが、人身売買についても是非、伺いたいですわ」


「お前、私を騙したのか? とんでもない娘だな!」


 ディーゴが顔を真っ赤にして怒りを露わにしている。あなたに、そんな事言われたくないけどね。


「……どこでそれを知ったのだ? 貴様、何者だ?」


 モーリスが立ち上がり、私を睨みつける。この反応、確実にマインズさんの命を奪った事も、過去の人身売買に関わった事も間違いないわね。


「私?」


 鉄扇を取り出し、口元を隠して、くすりと笑う。


「ご領主からこの地を任されているにも関わらず、密輸に手を染め、それだけでは飽き足らずにその事実を知った正しき者の命も奪う。そんな悪事を許せない者よ」


「トルネージ、こいつらを始末だ」


 モーリスの言葉に反応して、トルネージの配下の者が剣を手にして、部屋に駆けこんできた。

 あらあら、執政官の公邸にしては、ずいぶんと物騒な方が大勢いるのね。


「こちらの問いの答えはこれですか。まあ構いませんわ。何であれ、今まであなたたちが行ってきた数々の悪事、見過ごすわけにはいきません」


 鉄扇をモーリスに向ける。


「悪役より悪いなんて許せませんわ。お覚悟、よろしくて?」


 凍てつく視線をモーリスに送る。


「こいつを黙らせろっ!」


 モーリスが叫んだ。


「アシリカ、ソージュ。お仕置きしてあげなさい!」


「はいっ!」


「ハイ!」


 アシリカとソージュが、戦闘態勢に入ろうとしたと同時に、爆音が部屋に鳴り響き、白煙に包まれる。それと共に、庭に面した窓が次々と粉々に砕け散っていった。


「お嬢様、あっしをお忘れではないでしょうな」


 白煙の中から、デドルが現れる。


「エディー!」


 デドルの隣に長剣を持ち、鬼の形相となっているキュービックさんもいる。


「忘れてないわよ。メインは譲るわ。エディーは任せて。アシリカ、ソージュ」


 アシリカの氷の礫が、エディーを捕えている男目がけて飛んでいく。ソージュも付近の男に蹴りを浴びせていく。


「姉ちゃん!」


 自由になったエディーが私の所に駆け寄る。


「大丈夫だった?」


「だ、大丈夫に決まってるだろ。オレはじいちゃんの孫だぞっ」


 目じりに涙を浮かべてはいるが、怪我はなさそうだ。

 次は、モーリスたちね、と振り向いた私は、驚愕する事になる。目に入ってきた光景。まさに、無双と呼ぶに相応しい。デドルとキュービックさんの無双である。

 短剣を片手で持つデドルと長剣を振り回すキュービックさん。鮮やかと呼べる程に次から次へと敵を切り伏せていた。しかも、微妙に急所を外しているらしく、命までは奪わないが、確実に戦闘不能にしていっている。

 私だけでなく、アシリカとソージュも唖然とその様子を眺めている。エディーはキュービックさんの活躍に目を輝かせている。

 気づいた時には、モーリス、ディーゴ、トルネージの三人は、部屋の片隅へと追いやられていた。ディーゴとトルネージは顔を青くして、呆然としているが、モーリスは、見下ろすデドルとキュービックさんを忌々し気に睨み付けている。 

 

「聞きたい。マインズを殺したのか?」


 デドルは無表情である。


「そうだ。奴は密輸の秘密を知ったようで、あちこちで嗅ぎまわっていた。だから始末した」


 さも当然といった感じでモーリスが答える。その顔からは罪悪感は感じられない。


「昔、人身売買がこのミズールであった。内部情報を漏らしていたのはお前か?」


 淡々と尋ねるデドルの声は冷え切っている。


「ああ、そんな事もあったな。あれは儲かった。どこのどいつか知らんが、邪魔さえなければ、今頃俺はもっと力を持てていたのにな。一人の女がそいつを手引きしたらしいが、死んだみたいだったな。ふん、俺の邪魔をした報いだ」


 モーリスは、口元を醜く歪めて笑う。

 デドルの眉が僅かに、動いた。次の瞬間、短剣を振りかぶる。


「デドルッ!」


 私の叫び声にデドルの手が止まる。


「あなたが、手を下す価値もないわ」


 デドルにそっと近づき、首を振る。デドルは唇を噛みしめ、膝を着く。


「貴様ら、覚悟しろよ。この騒ぎは、今頃、役所にも伝わっているはずだ。もう時期、役所から兵がくるだろう。貴様らは、サンバルト家に逆らった反逆者だ」


 なるほど。まだ逆転の芽があると思っているのか。だから、まだこんな態度を取れているのね。


「反逆者? 反逆者はあなたの方じゃないのかしら」


 にっこりと笑みを浮かべた後、鉄扇でモーリスの横っ面を殴りつけた。


「き、貴様、俺を誰か分かっているのか? この街の執政官だぞ! 貴様みたいな小娘なぞ、簡単に始末出来るのだぞ!」


 口から血を流し、モーリスは激高する。


「無礼者っ! あなたこそ、どなたにそんな口を聞いているかお分かりかっ!」


 眉を吊り上げたアシリカがモーリスを睨み付けた。


「この方は、サンバルト公爵家ご令嬢、ナタリア・サンバルト様です。主家のご息女に向かって、その振舞い、許されるとお思いか!」


 アシリカの言葉に、一瞬呆然となったモーリスは、体をガタガタと震わしだした。


「ま、まさか、そんな……、う、嘘だ」


「いいえ、事実よ。私がナタリア・サンバルト。あなたに私を簡単に始末することが出来るかしら」


 先ほどの衝撃で、すっかり折れ曲がってしまった鉄扇をベルトに無理やり挟み込む。


「あ。それと、私、宝石なんか欲しがってないからね」


 そう言った私の言葉に、モーリスは、両手を床に付いて項垂れたまま黙り込んだまま、虚ろな目をしていた。


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