37 慣れていないので
その日は、キュービックさんの家に泊めて頂く事になった。なかなかに立派な家で、私たちが泊まっても部屋数に余裕があった。冒険家って、結構儲かるのかな。
私の想像していた冒険家と職業としての冒険家というのは、ちょっと違うものだった。冒険家の人たちは、依頼を受け、それを実行する。依頼の内容は、未開の地の探索から、先ほどキュービックさんが頼まれていた鉱脈探しなどまで幅広い。中には伝説級の秘宝探しなどもあるらしいが、滅多には無いみたい。
夢を求めて気の向くままに……、と想像していた私には、ちゅっと拍子抜けする実情であった。
キュービックさんは、デドルとマインズさんの思い出話に花を咲かせていた。二人の会話からは、マインズさんへの想いが伝わってくる。
「明日にでも、一緒に墓参りに行くか?」
「是非、行きたいですなぁ」
「マインズも娘さんと一緒の墓で寂しくはないだろう。そうでも考えないとやっていけんな……」
娘と一緒の墓? てことは、娘さんに先立たれていたのか。それも気の毒だな。
「そうですかい……」
デドルは目線を落とし、机の上を黙ってじっと見ている。
部屋は、しんみりとした空気に包まれる。
そんな中、一人不機嫌な者がいる。エディーである。どうも、祖父であるキュービックさんの冒険家引退に納得がいかないらしい。一人部屋の隅で難しい顔をしたままである。
「そういえば、商家の一行と言っていたが、ミズールには何か買い付けにか?」
マインズさんの話題でしんみりとなった雰囲気を変えようとしたのか、キュービックさんが、手にしていた器の酒を一気に飲み干してから、私の方を向いて尋ねた。
「いえ。ちょっと個人的に天空石が欲しいなっと思いまして……」
もちろん簡単に手に入るとは思っていない事だけど。
「天空石だと? そんなもん個人的に欲しがるようなモンじゃないぞ」
でしょうね。そうだ。キュービックさんは天空石があるという北の大陸へ行った事があるのかしら。もしあるのなら、どんな所か聞いてみたいわね。
「キュービックさんは北の大陸へは行った事があるのですか?」
「ああ。二回、いや、三回か。行ったな。あそこはとんでもない所だ」
キュービックさんが顔を顰めている首を振る。
そんなにも、酷い場所なのか。鉄扇の為にも是非とも天空石を手に入れる為にも行ってみたいのだけどな。
「具体的には、一体どんな……」
私が想像している様なファンタジーな世界が広がっているのかしら。
「お嬢様、まさか北の大陸に行くなどお考えではありませんよね」
興味津々で尋ねる私を見て、怖い顔でアシリカが確認してくる。
「ほほほほ。何言ってるのよ。アシリカは」
とりあえず、笑って誤魔化そう。行くにしても、今すぐという訳にもいかないしね。
「はっはっはっは。面白い娘さんだな。でも、天空石なんて手に入れてどうするつもりなんだ?」
「扇子を作ろうかと」
強力な鉄扇を、である。
「扇子?」
キュービックさんが目を丸くする。
「ええ、扇子です」
何もおかしな事言っているつもりはないけど。
「はっはっはっは。それもまた面白いな。伝説級の扇子でも作ろうってか」
「うちのお嬢様はちょっと、普通ではないんで」
大声で笑うキュービックさんの空になった器にデドルが苦笑しながら酒を注ぐ。
「デドル、人の事変わり者みたいに言わないでよ」
「お嬢サマがまともだったら、こんな所まで来ていマセン」
「確かにそうですわね」
ソージュとシルビアまで。アシリカも困った様な顔をしながら、笑わないでよ。
でも、ま、いっか。重苦しい空気が和らいだし、なにより、デドルの気が少しでも紛れてくれたら、少しくらい笑い者になっても構わないわね。
夜が明けて、私たちは早速マインズさんの死について調べ始めた。今日は女性陣だけである。デドルはキュービックさんとマインズさんの墓参りに行っている。
調べると言っても、出来る事は限られている。やったことは、マインズさんを知っていそうな同じ船乗りの人に、何か知っている事、気になる事がないか聞いて回るだけである。しかも、これといった情報もないまま、時間だけが過ぎていった。
夕方も過ぎ、辺りが暗くなり始めるまでミズールの街を歩き回ったが、成果と呼べるものは、何一つ得られていない。
本当にただの事故だったのではないかとシルビアを疑いたくなる程、その死に疑問を持つ者もいなかった。
「どうしますか? もう少し聞いて回りますか?」
歩き続けたせいか、疲れた様子のアシリカが聞いてくる。
やはり、簡単にはいかないな。一ヶ月も経っているし、事故として片付けられているせいもあるのだろうな。
考え込む私の目に、居酒屋が見える。
「あそこで今日は最後にしましょう」
明らかに、場末の居酒屋の雰囲気であるその店に私が入る事をよしとしないアシリカをなだめつつ、中へと入る。
店内は、とても広いがアシリカが反対するのも無理のない程の雑然としたもので、中には荒っぽい事ならおまかせと言わんばかりのお客さんで溢れかえっている。
「満席ですね……」
アシリカは私の側を決して離れまいとぴったりと寄り添いながら、客席を見渡す。
酒を煽るようにして飲んでいる者ばかりで、とても話を聞ける状況ではないね。ソージュも、店内に充満する酒と煙草の匂いに顔を顰めているし、撤収しようかしら。
出ようか、と考え始めた私は、シルビアがいない事に気付く。
「シルビアは?」
「え? さっきまで、そこにおられましたのに」
三人で、シルビアの姿を探すが、多くの客でごった返しているせいか、見つけられない。もう、勝手にどこほっつき歩いているのかしら。
「おっ。可愛らしいなぁ。ちょっと、おじさんの相手をしてくれよぉ」
酔った客に声をかけられるのを、適当にやり過ごしながら探すのが鬱陶しい。初めは笑顔で対応していたものが、だんだんと眉間に皺が寄ってきているのが、自分でも分かる。
「お姉さまっ!」
眉間の皺が、くっきりと刻まれる頃、能天気なシルビアの声が聞こえた。
声のした方を向くと、椅子に座り、にこやかな笑顔で手を振るシルビアの姿が見えた。テーブルを挟んで前には二人の男がいる。
何やってるのよ。ナンパでもされたの?
「こちらの方たち、トルネージ海運の船乗りさんですの」
近づいた私に、シルビアがご機嫌に酔っている男性二人を紹介してくれた。
いや、そんな事、どうでもいいよ。
「いやぁ、シルビアちゃんもべっぴんさんだけど、お友達も綺麗だねえ」
鼻の下を伸ばすとは、こういう顔をいうのか。その目はアシリカを見ている。
「でも、こんな所に妹を連れてきているのか?」
そう言って男が見ているのは、私とソージュ。私、シルビアと同じ年ですけど。その子、大人っぽく見えるけど、十三歳ですよ。
「お姉さま、この二人、マインズさんと同じ海運業者に所属していますわ」
そっと、私に近づき耳元で囁く。
ほう。なるほど。なら、マインズさんの事も詳しく知っているはずよね。
私たちも、そのテーブルに付く。もっとも、彼らにとって私とソージュはおまけというより、邪魔みたいだけど。
「でも、船乗りの方って、逞しいですのね」
グラスに酒を注ぎながら、シルビアは色っぽい目を向けている。末恐ろしい十三歳だな。アシリカとソージュもドン引きしているよ。男どもは顔がふやけているけどね。
「ははっ。逞しいだけじゃあねえ。俺たちゃ、金もあるしな」
自慢話ですか。酔った男はこれだから嫌だね。
「そんなに、船乗りの方って儲かりますの?」
シルビアが色っぽく小首を傾げる。
「いやいや、俺たちは特別だ」
男はずいと体をシルビアに近づけ、声を落とす。
「世の中、禁止されている物を欲しがる連中は多くいる。例えば国外の物。この国では手に入らない物なんかだ。そんなブツを密かに……」
「おい」
もう一人の男が、調子よくシルビアに話していた男を止める。こっちは、まだ少しは理性が残っているみたいね。
でもあそこまで話したら、大体分かっちゃうよね。要するに、禁制品の密輸って事か。碌でもないな。
「何でい。ちょっとくらいはいいじゃねえか」
止められた男は不服そうに、止めた男を睨んでいる。
「馬鹿野郎。マインズの事もあったんだ。気を付けろ」
「……分かったよ」
小声で話しているつもりかもしれないけど、聞こえているわよ。
なるほど。マインズさんの所属していた海運業者は密輸に手を染めていたのか。可能性の話だけど、それをマインズさんは知ったのかもしれない。曲がった事が嫌いって人だったみたいだから、それに反対、もしくは暴こうとして……。
「今日はそろそろ帰りますわ」
シルビアが席を立つ。こそこそと話していた男たちは、不服そうな顔をする。そんな男の一人、自慢話男にシルビアは何やら耳打ちをする。すると、にやっと顔が崩れ、大きくシルビアに頷き返した。
一体、何を言ったのだろう、と思いつつ、店を出る。外の空気が新鮮に感じた。
「お嬢様、やはりマインズさんは……」
アシリカも私と同じ考えを抱いたようだ。
「明日、確認できますわ」
シルビアがにっこりと微笑む。
「どういう事?」
「明日、あの男性に会います。さっき、珍しい物が欲しいとお願いしましたの」
恐ろしい子。わずか十三歳で男を手玉に取っているわね。
しかし、明日、あの調子だけはいい自慢話男に会えるのか。ここは多少強引にでも、いろいろ聞き出してみようかしらね。何やらいろいろ知っていそうだし。
「あー、でも、ドキドキしましたわ。昔、本で読んだ探偵小説みたいでしたわね。あれが、聞き込みというやつなのですね」
いや、聞き込みとはちょっと違う気がするけど。どんな小説だったのだろうか。あれは聞き込みというより、色仕掛けといった方が正しいような気がしていたが、満足そうなシルビアには黙っている事にした。
翌日の昼前。シルビアが昨夜自慢話男との待ち合わせ時間である。場所は、マインズさんの無くなった丘の上の公園。
今日は、事情を話したデドルも一緒に、影からシルビアを見守っている。
そこへ、いそいそと昨日のあの男がやってきた。酒が入っていない分、顔ににやけ具合はまだマシである。大きな袋を抱えての登場である。あの中に密輸品が入っているのだろう。
「待たせたね」
シルビアの顔を見た男の顔が一瞬にしてお酒を飲んでいないにも関わらず、ふやけたものに変わる。すごいな、シルビアは。あれも能力といえば能力よね。男にしか効かないけど。
「ほら、これ」
男は袋の中から何やら毛皮のような物を取り出す。
「これは?」
受け取ったシルビアは、小首を傾げて男に尋ねる。
「それは、遥か南の大陸にある国からのものだよ。なんでも珍しい動物の毛皮らしい。もちろん、禁制品。貴族でも手に入れにくい物だぞ」
男は、自慢げに胸を張る。
「ありがとうございます。……では、もういいですわよ。お姉さま」
よし、密輸品の証拠もゲットしたし、後は話を聞くだけだな。自慢話男、申し訳ないが、楽しい時間はここまでだ。
「な、な、何だ」
突然現れた私たちに、きょろきょろとしながら、不安そうな顔となる。
「あなたに聞きたい事がありまして」
「だから、何なんだよう、お前らは!」
うろたえながらも、私を睨みつける。
「ソージュ」
「ハイ」
ソージュが男の腹目がけて、掌底を放つ。
「うぐっ」
男は、その場に短いうめき声をあげて、うずくまった。
私は鉄扇を取り出すと、ぺちぺちと男の頬を軽く打つ。
「ちょっと、あなたに聞きたい事があるのだけど、答えてくれるかしら?」
ここは、強引ででも聞き出すつもりだ。この男、小物そうだし、脅すだけで効果がありそうよね。ならば、悪役令嬢としての素質を発揮すればいいのよね。
「お、お前ら、こんな事してただで済むと思っているのか? トルネージ海運は、この街一番の商家と繋がっているんだぞ」
この人、本当におバカさんね。自分から仲間を明かすなんて。
「そ、それにな、バックには大物も付いているんだ」
へー。さらに黒幕もいるんだ。何も聞かなくても教えてくれるなんて、楽でいいわね。でも、一番聞きたいのは、マインズさんの事。
「先に謝っておくわ。私、拷問とかって、慣れてなくて。手加減できないかもしれないから」
慣れていないと言うより、した事は無い。
私は、曲がった鉄扇を男に目の目にやる。
「ほら、これもこんなにも曲がってしまってね。だから、なるべく素直に答えてくれると、嬉しいわ」
ひっ、と男が涙目で息を飲み込む。
私は、絶賛された悪役ぶりを発揮させる。
「じゃあ、質問するわね。答えるか答えないかは、あなたの自由だから」
結果、男は聞かれた事にすべて答えてくれた。体をガタガタと震わせながら。
やはり、マインズさんは、トルネージ海運の密輸に気が付き、その不正を暴こうとしたみたいだ。その結末が、彼の死。誰も口には出さないが、口封じに殺されたというのは、仲間内では暗黙の了解らしい。
ちなみに、黒幕が誰であるかは、この自慢話男も知らないようだ。それも無理はないか。ちょっと、脅されて次から次に話すこの男は、下っ端の人間なのだろう。
「この男、どうされますか?」
冷たい目で男を見るアシリカ。
「全部知っている事は話しただろう。許してくれよ」
「そうね……」
「お嬢様、あっしが預かりましょう。証人にもなりますし、下手に騒がれても困りますからな」
じっと黙って話を聞いていたデドルが、男の手首を後ろでに縄で縛った。
「じゃあ、お願いね」
デドルの自慢話男を一任する。
あっ、そうだ。街一番の商人の名前を聞いてないな。調べればすぐに分かるけど、ここで聞いた方が早いわね。
「ねえ、街一番の商人って誰の事?」
「は? ディーゴさんに決まってるだろ」
ディーゴさんって、キュービックさんに原石探しの依頼に来た、あのひょろっこい奴か。宝石だけじゃなくて、密輸にまで手を染めるなんて、本当にがめつい奴だね。
でも、黒幕って誰だろうか。それが、分かるまでは、うかつに動けないよね。
私は、デドルに引きずられる様にして連れて行かれる自慢話男を見ながら、考えていた。




