36 再会
クレタの街を出た一行の旅は順調に進んでいた。単独行動の禁止はいいが、余計な寄り道も警戒され、宿泊以外にどこかに寄る事もなく進んだおかげか、予定より一日早く、ついにミズールの街へと辿り着いた。
ミズールは、港街という事もあり、多くの商家がある。そのほとんどが、交易を商っているらしい。街は活気があり、道中で見た街よりも多くの人で溢れかえっていた。
ついに、ミズールまで来たか。遠かった。
なんだか、理由もなくわくわくしながら、馬車からミズールの街並みを眺める。
天空石があるかは分からないが、この街の活気ある雰囲気を見ていると、見つかりそうな気もするね。それくらい、商店にも、異国の物であろう珍しいものが並んでいた。
でも、どこに行けば天空石の事が聞けるのだろうか?
よく考えたら、ミズールに行く事ばっかり考えていて、着いたらどうするか、まったく考えていなかったな。また、皆に呆れられる前に考えなきゃいけないな。取り合えず、異国との交易の品を置いてある商店ででも、聞けばいいかな。
それよりまずは、エディーよね。彼を祖父の元まで届けないとね。場所の確認の為に馬車を止めて、尋ねてみる。
「エディー、あなたのおじい様のお家はどこなの?」
私の質問に、エディーは気まずそうな顔となる。
「いや、それだけどさ。実は、場所がよく分からないんだ……」
何ですって? それで、よく来ようと思ったわね。
かれこれ五年ぶりに会うという祖父の家を覚えていないらしい。前回に来たのが六歳の時に両親に連れられてとの事だから、当然といえば当然だが、無鉄砲にも程があるわね。
「お嬢サマに似てマス」
ソージュ、それは、ちょっとだけ私も思ったけど、口にしたら駄目だよ。
「どうしようかしらね……」
そこそこの規模であるミズールで、エディーの祖父を探すのは骨が折れそうだ。
「お嬢様、でしたら、先にあっしの友人の所に行きますかい? あっしの友人は、そこそこ顔が広いですから。中でも冒険家の知り合いは多いはずです。なにせ、船乗りとして、彼らを乗せますからな」
デドルが、御者台から顔を覗かせ話しかけてきた。
そうね。他に方法も無さそうだし、そうしようかな。
「じゃあ、まずは、デドルのお友達の所に行きましょう」
先にデドルの友人に会いに行くことになり、馬車は港へと向かい走り出した。
港に近づくにつれ、開けられた窓から入ってくるベタついた潮風が肌に当たる。大きなレンガ作りの倉庫の屋根には、白い大きな鳥が止まっている。
エルカディアでは、味わうことのない雰囲気と光景に、目を見張るばかりの私である。アシリカたちも、エルカディアから出たことが無いので、海を見る事を楽しみにしている。馬車は、期待が溢れている中、一軒の建物の前で止まった。
あれ? まだ海は見えてないよ。当然、港も船も辺りには見当たらない。
「まずは、ここで奴がどこにいるか聞いてみますんで」
着いたのは、海運業者の事務所。どんな所か興味が湧き、デドルに着いていく。
なるほど。デドルの友人は船乗りだ。海に出ている可能性もある。そこで、まずは、彼の所属している海運業者の所に来た訳か。
デドルの友人が今、航海中か陸にいるのか尋ねると、予想外の返事が返ってきた。
「申し訳ありません。マインズさんは先月亡くなられました……」
受付のお姉さんが、目を伏せがちにして告げた。
「な、亡くなった?」
デドルは、カウンターに身を乗り出して唖然とした顔になる。
「はい」
お姉さんの返答に信じられないという様に首を振る。
「デドル……」
なんと言葉を掛けていいか分からない。いつもニコニコしているデドルが、ここまで呆然となるのだ。きっと、私が思う以上に仲が良かったのだろう。そんな友人を久々に訪ねた結果がこれでは、あまりに残酷過ぎる。
「奴は何故……」
絞り出す様にデドルが尋ねる。
「事故、です。すみませんが、それ以上に詳しい事は、私にも……」
「そう……ですか……」
カウンターから、一歩下がり、しばらく虚ろな表情とデドルはなる。
「すみませんな、お嬢様。他の物にエディーの祖父の事を尋ねましょう」
そう言って、デドルは笑顔を見せる。だが、その笑顔は無理やり顔に張り付けたみたいで、痛々しい。
「エディーの前に、やる事が出来たわ。お花を手向けに行きましょう。あなたの大事な友人にね」
すぐに悲しみが癒える訳では無いが、せめてお別れをきちんとさせてやりたい。
「……ありがとうございます」
深々と頭を下げるデドルの背中を二度程叩く。
「お花はデドルが選んで。庭師なんだから、とびっきりのお花を見繕ってね」
受付のお姉さんに、マインズさんが、事故に遭ったという場所を教えてもらい、そこに向かう。途中、立ち寄った花屋で花を選ぶデドルは真剣な顔であった。
マインズさんが亡くなったのは、港にほど近い場所にある公園だった。小高い丘があり、港を見渡せる公園となっていた。その公園から続く階段から不運にも転落したらしい。
階段の中ほどにあるマインズさんが倒れていたという場所の花を供えて、黙とうする。誰か他の人が供えたのか、すでに花束が一つ置いてあった。
「酒好きでしたから、酔っていたのでしょうなぁ」
黙とうを終えて、デドルがしみじみと周囲を見回した。確かに、危険を感じる様な階段ではない。お酒に酔って踏み外したというくらいしか、考えられない場所である。
アシリカもソージュも、悲痛な顔となりデドルを見ている中、一人シルビアが、階段沿いに植えられている木を眺めている。
シルビア、ちょっとは空気を読みなさい。木が好きなのは分かるけど、こんな時にまで、それはないでしょ。
「ちょっと、シルビア」
注意をしようとする私の肩をデドルが掴み止めた。何で、とデドルの顔を見るが彼はゆっくりと首を横に振る。
「そう。それは酷いですわね……」
シルビアの声が聞こえた。
「シルビア?」
シルビアを見ると、いつものうっとりとした木を見る表情ではなく、木の幹に手を当て、悲し気な顔である。
「お姉さま、デドルさん。マインズさんが亡くなったのは、事故などではありませんわ」
は? 何言ってんの? 事故じゃないってどういう事? そもそも何でそんな事が分かるのよ? 事故から一ヶ月が過ぎてるっていうのにさ。
「まさか、あの噂は本当だったんですかい……」
シルビアを見て、目を丸くするデドルの呟きの意味も分からない。
「ねえ、ちょっと。どういう事? 詳しく説明しなさい」
まったく話の見えない私に、デドルが説明してくれる。
フッガー家には、代々不思議な能力を持った者が多いらしい。シルビアもそんな不思議な力を持った一人だという。彼女の能力は、草木や花などと話せるというから驚きである。にわかには信じがたい。魔術の一種かとも考えたが、そうでもないみたい。不思議な力がある分、魔力がまったくないらしいのだ。だからこそ、そんな力を狙う輩もいるらしく、フッガー家では不測の事態に備えて、自分の身を守る為に、護身術を徹底的に仕込まれるとの話であった。
でも、シルビアの能力って、狙われる程のものかしら? 確かにすごいと言えばすごいが、使い道が無いような気もする。
「話せるというわけではありませんわ。ただ、伝わってくるだけと言いますか……。それも常にという事もありませんしね」
それも理解し難い。伝わってくるって、何語なのかしら? どうでもいい事だけど気になる。
「今もそこの木から伝わってきたのです。マインズさんの最後が、どの様なものであったかが……」
目を伏せ、辛そうな顔にシルビアはなる。
「シルビア様。事故では無いと言われますと、マインズは……」
「ええ。階段の上から誰かに突き落とされた様ですわ」
シルビアがデドルの問いかけに頷く。
それは、犯罪じゃないか。しかも、人を殺めるという最も重い罪だ。
「奴は、人の恨みを買うような人間じゃあ、ありやせん。むしろ、曲がった事が嫌いな真っすぐな奴です」
デドルは亡き友人を思い出したのか、首を力なく横に振りながら呟く。
「一体、何があったって言うんだ……」
今まで見た事のないくらいの弱々しさで、デドルはその場にしゃがみ込んでしまった。無理もない。マインズさんはそれほど、デドルの中では大きな存在だったのだろう。それが、こんな結果になってしまったのだから。
「デドル。いつまで呆けてるの?」
「お嬢様。デドルさんはご友人の不本意な死を……」
「だからよ」
アシリカの言葉を遮る。
「今やるべき事が出来たじゃない。もちろん、私は会った事がないけど、デドルの友人の方に会いたかったわ。デドルの悲しむ姿を見るのも辛い。だからこそ、私たちの手で犯人を見つけるべきよ」
「お嬢様……」
デドルが私を見上げる。
「世話になったって言ってたでしょ。今デドルが出来る恩返しは、それじゃないのかしら?」
「お嬢様は、お強い。そして、あっしの想像を超えたお方ですな……」
いつもの柔和な顔になる。だが、いちもと違い、目からは力強い輝きを感じる。
「そうですな。恩返しはしなけりゃいけませんな」
「そうよ。もちろん、私も協力するわ。アシリカたちもでしょ?」
「はい。デドルさんのご友人のご無念を晴らすお手伝いをさせて頂きます」
アシリカとソージュが頷く。隣で、シルビアも頷いている。
「オレもっ。オレも手伝うぞっ!」
エディーも飛び上がって、手を上げる。
「役にたつのかしら?」
苦笑いで、エディーを見る。
「何だよ。きっと、ナタリア姉ちゃんよりは役に立つはずだぞ」
ふくれっ面になったエディーが、次の瞬間、その顔が固まる。
「エディー?」
どうしちゃったのかしら?
「じいちゃん……?」
じいちゃん? 失礼ね。見間違えにも程があるわよ。私は、まだ十三歳だし、女よ。
「エディーか?」
私の背後から、野太い声が聞こえる。
振り向いた視線の先には、白髪で、顔に深い皺が刻まれているものの、がっちりとした体つきの男性が立っていた。
「いやいや、孫がご迷惑をお掛けした。この通りだ。申し訳ない」
エディーのおじい様、キュービックさんが、頭を下げる。
「別に迷惑なんか掛けてねえよ」
そう言うエディーの頭を大きな手で、抑えつけ、一緒に頭を下げさす。
「いいえ、お気になさらずに」
ここは、キュービックさんの自宅。
階段で会って、そのまま、エディーを届けがてら、家へと伺っていた。
「キュービックさんもマインズさんのお知り合いでしたの?」
そう。あそこで会ったのも偶然という訳ではない。キュービックさんは、週に一度、あそこに花を供えに来ていたらしいのだ。
「ああ。彼にはよくしてもらった。普通なら行ってくれないような場所にも、文句一つ言わずに船を出してくれたからなぁ」
寂しげにキュービックさんは目を細めた。
「でもな、未だに信じられんのだ。マインズが、酔って階段から落ちたなど」
首を振り、大きなため息を吐く。
「信じられないとは?」
この人も何か疑問を抱いているのだろうか?
「いやな、実はあの日、マインズが亡くなった日なんだが、奴と一緒に飲む約束をしててな。あいつの性格を考えたら、先に一人飲むなんて考えられんのだ。しかも階段からふらついて落ちる程の酒をな」
「ですが、事故と断定されたのですな」
デドルが、口を挟む。
「ああ。役場の連中が調べた結果だ。酔った上での転落事故と処理された」
明らかに納得のいっていない表情で、キュービックさんが答える。
役場の人間が調べたって事は、サンバルト家の者が調べたって事よね。疑いたくないけど、ちゃんと調べたのかしら? 面倒だとか、考えていないでしょうね。
「そうですかい……」
デドルはそう言うと、何やら考えながら黙り込んでしまった。
「あの、実はですね。私たちも、事故じゃない様な気がしているのです」
「何かあるのか?」
キュービックさんは眉間に皺を寄せて、険しい顔になる。
「いえ、特に何か証拠があるわけではないのですが……」
まさか、シルビアの不思議な力で、と言っても信じてくれないだろう。
「まあ、勘ですかね……」
「勘、か……」
無理があるかな。勘って、シルビアの不思議な力と同じくらい他の人から見たら信憑性がないよね。
「そうだな。勘は大事だ。俺も、冒険家として、勘で助かった事もあるからな」
すごいな、冒険家。野生の勘ってやつかしらね。
「ちょいと、ごめんよ」
突然、家の中に向かって呼びかける大きな声が聞こえてきた。
「キュービックさん、いるかい?」
そう言いながら入ってきたのは、色白で、痩せ細った男。
「ディーゴか。あの話なら、断ったはずだぞ」
入ってきた男を見て、うんざりといった感じで、キュービックさんが舌打ちする。
「まあまあ、そう言わずに。おや、お客さんかい?」
ずかずかと入ってきたディーゴさんが私たちに気付いた。
「ああ。孫が来ててな」
「ああ、娘さんの所の。そうかい、そうかい。そのお孫さんにも、いい物を買う為にもさ、もう一度考えてはくれんか?」
早く帰ってほしそううなキュービックさんを気にする様子もなく、ディーゴさんは話し続ける。
「今、エルカディアは宝石の原石不足だ。鉱山を見つけてきてくれたら、大儲けなんだ。だから、頼むよ。引退するなんて言わずに、探索に出ておくれよ」
ああ、原石は不足してるって話だったね。またその話を耳にするとは思ってもみなかったな。しかも、こんな遠いところでさ。
「しつこいな。断るって言ってんだ。それより今は忙しい。とっとと帰ってくれ」
苛立ちを隠そうともしないキュービックさんに動じる素振りもなく、また来るから、という言葉を残し、ディーゴさんは去っていった。
「すまんな。原石の鉱脈を探してくれって、依頼が来たんだが、俺はもう引退をするつもりでな。それなのに、しつこい奴だ」
「じいちゃん、引退するの? 冒険家をか?」
エディーが悲壮な顔となり、キュービックさんを見ていた。




