33 器の小さい男ですこと
公演の中止と芝居小屋の閉鎖命令。
しんと静まり返る。
「くそっ。嫌がらせかっ!」
静寂を破り声を荒げて、手にした紙をマルバさんは破り捨てる。
そうよね。どう考えても、ケインズの嫌がらせよね。バレッタさんの怪我で公演出来ないと思っていたのものが、見事出来た訳だから、腹を立てたのね。器の小さい男だこと。
「でも、どうします?」
スバイツさんが不安げにマルバさんに尋ねる。
「どうもこうも、正式な命令みたいだ。あいつが、いくら屑でも、国からこの街を任されている以上は無碍にも出来ん……」
マルバさんは唇を噛みしめる。悔しさと怒りが全身から感じられる。
「とりあえず、準備は進めておいてくれ。俺が話を付けてくる」
意を決した様な顔となったマルバさんは、スバイツさんの肩をぽんと叩く。
「お待ちになってください」
芝居小屋を出ようとするマルバさんをデドルが呼び止めた。
「おそらく抗議した所で何も変わらんでしょうな」
「……」
マルバさんも予想している事なのか、黙り込む。
「ならば、いっその事、勝手にやってみてはどうですかい」
「勝手に?」
マルバさんの声が裏返る。
「ええ。向こうの言いなりも気に入りやせんしな」
デドルは、涼し気な顔である。
「……そうだな。こっちも興業屋の意地がある。やってやろうじゃねえか」
マルバさんは、笑っても怖い顔だね。むしろ、独特の凄みがあるよ。
「大丈夫でしょうか……」
不安そうなままのスバイツさん。
「心配ありませんて。向こうが強硬手段に出たら、それはその時……」
デドルが、私の顔を見て、にやっと笑う。
面白い。その案、乗った。
「そうですわ。芝居を楽しみにしている人もいるんですもの。やらない訳にはいかないわね」
私も、デドルに笑みを返す。
文句を言いに来るなら来ればいい。その時は、私が相手になってあげるわ。
「座長、やりましょう!」
フィルルさんも、立ち上がる。
「座長、私らにも意地ってもんがあるだろ」
バレッタさんも威勢よく声を上げる。
「……分かりました。僕も腹をくくりますよ。ならば、準備にかかりますかっ」
おう、と皆の声が揃う。
さあ、ケインズはどう出るかしらね。
「あなたのような小娘が、幸せになれると思っているの? 笑わせないでちょうだい」
芝居も中盤に差し掛かっている。私の迫真の悪役ぶりの絶好調だ。もちろん、演技だよ。
「私は……」
フィルルさんの台詞を遮るように、乱暴に扉を開ける音が、芝居小屋に響いた。
「中止だ、中止だ」
大声を上げながら、数人の男どもが芝居小屋へと入ってきた。
「客は見逃してやる。早いところここから出て行け!」
入ってきた男たりは、次々と客を追い出していく。客席は混乱に包まれて、皆逃げるように芝居小屋の外へと出ていく。スバイツさんが、客席の混乱を収めようと必死で何か叫んでいるが、お客さんたちの騒めきと男たちの怒鳴り声にかき消されている。
すべてのお客さんが芝居小屋からいなくなった時、ケインズが姿を現わした。
「おいおい。俺は芝居の中止と芝居小屋の閉鎖を命令したはずだぞ」
ポケットに手を突っ込み、ケインズは小屋を見渡す。
「正当な理由も無い命令を聞くわけにはいかん」
マルバさんが、ケインズの前に立ち塞がる。
「理由? そんなもの必要か? 俺が駄目だと言ったら駄目なんだよ」
マルバさんを見下した目で、ケインズは見ている。
「何せ、俺は国からこのアトルスを任されているんだ。その俺の命令を聞かんという事は王国に逆らっている事と同じだぞ」
こいつ、言っている事が滅茶苦茶ね。任されているという自覚があるなら、それに伴なった責務も自覚して欲しいもんだわ。
「なら、ワシを捕まえるか? 一体、どんな罪状で裁くのか知らんがな」
マルバさんは一歩前へ出る。
「そんな面倒な事はしないさ。もっと、手っ取り早い方法がある」
そう言うと、ケインズは、近くにあった客席をけり飛ばした。
「おい。二度とここが使えないくらい滅茶滅茶にしてやれ」
「へい」
ケインズの声に、押し入ってきた男たちが応える。
言っている事だけじゃなく、やろうとしている事も滅茶苦茶だわね。これ以上は黙って見ていられないわ。
「お待ちなさい!」
舞台の上からケインズらを見下ろす。
「何だ、お前は? 一座のモンか。もう話す事はねえよ」
面倒臭そうに、ケインズが私を見る。
「小さい男ですこと。この街を任されてる? 私から見たら、チンケなお山の大将ですわ」
馬鹿にしたように、笑う口元を手で隠す。
「お嬢様、これを……」
デドルがいつの間にか側に来て、私へ鉄扇を差し出す。
あら。気が利くじゃない。
「自分のやるべき事を理解していないだけではなく、人々の楽しみさえ奪おうとする。本当に愚かな人ね」
受け取った鉄扇をケインズに向ける。
「悪役より悪いなんて許せませんわ。お覚悟、よろしくて?」
凍てつく視線をケインズに送る。
「言いたい放題言いやがって。痛い目に遭いたいみたいだな」
ケインズは手下に顎で合図を出す。
「アシリカ、ソージュ。お仕置きしてあげなさい!」
「はいっ!」
「ハイ!」
「お姉さま、私は?」
ああ。シルビアね。そう言えば、ジョアンナさんの時に見たけど、シルビアも手刀一撃で相手をやっつけてたわね。聞きそびれたけど、どういう事? 私以外の貴族令嬢で、実戦に備えている人がいたんだ。
「そうね。マルバさんと一座の人を安全な所へ」
巻き込む訳にはいかないもんね。
「わかりましたわ」
にっこりと妖艶な笑みを浮かべると、颯爽と舞台から飛び降る。戸惑う一座の人とマルバさんを小屋の端へと誘導していく。
アシリカとソージュの方を見ると、一方的な状況だった。
アシリカの起こした氷のつぶてに逃げまどい、逃げ遅れた者は、次々とその餌食となっていた。矢の様に降り注ぐ氷から、逃れられた者もソージュの掌底と蹴りに倒されていく。
目の前で手下が次々と倒されていくのを、ケインズは信じられないといった表情で見ていた。
「お、お前ら。自分で何したか分かっているのか?」
ついに、手下を一人残らず倒されたケインズが、震えた声で叫ぶ。
「もちろんですわ」
倒すべき相手のいなくなったアシリカとソージュは私の両脇へと帰ってくる。
「お、王都へ連絡してやる。お前ら、お尋ね者になるぞ。は、ははっ」
最後まで、器の小さい男だわ。
「それは、構いませんが、あなたはどなたの前で、そんな事を言っているか、分かっていますか?」
「はあぁ? ただの旅芸人が何言ってやがる。もっとも、今からはお尋ね者だ」
アシリカの問いかけに、歪んだ笑いを見せる。
「口が過ぎます。この方は、サンバルト公爵家ご令嬢、ナタリア・サンバルト様にございます」
「サ、サンバルト……、だと?」
ケインズは驚愕の顔となり、その声は掠れている。
「ええ。私がナタリア・サンバルトよ。王都へ、私をお尋ね者として報告してみては? 面白いわね。王太子の婚約者がお尋ね者って……」
くすくすと笑い声を私が立ていると、ケインズは、膝から崩れ落ちてガタガタと震え出した。
「ケインズ……」
笑いを引っ込め、舞台上から冷たく言い放つ。
体を一段と大きく震わせ、青ざめた顔をケインズはゆっくりと私に向ける。
「国からこのアトルスを任されていると言ってますが、何か勘違いしているみたいですわ。あなたが任されているのは、この街の人たちを守り、安心して暮らせるようにする事です。決して自分の気分次第で好きにしていいという事ではりませんわよ」
さっきまでの役柄を引きづっているのか、自分でも驚く程の威圧感溢れる雰囲気を醸し出している気がする。
ケインズは口をパクパクとさせ、声も出せないみたいである。
「本来なら、この場であなたを裁くべきですが、私も今はお忍びの身。今回は、目を瞑ります」
明らかに、ほっとした様子がケインズから見て取れる。
「……ただし、次はありませんわ。マルバさん。もし、彼がまた街の人々を苦しめるような事があれば、知らせてくださいな。よろしいですか?」
「は、はい」
唖然と私とケインズのやり取りを見ていたマルバさんが頷く。
「もし、またこの様な事がありましたら、駆けつけますわ。その時は……」
もう一度、ケインズに視線を合わせる。
「手土産代わりに、その首を頂いて帰りますから」
これくらい脅しておけば、大丈夫かな? それにしても、すっかり役柄に染まっちゃっているわね。
「ひっ」
短く息を飲み込み、再び顔を青くして、何度もケインズは頷く。
よし。これで一件落着ね。
足腰を震わせ立てないケインズを手下たちの担がせて小屋から出す。今回の出来事は他言無用である事をアシリカが言っていたみたいだが、ケインズだけでなく手下までさらに顔を青ざめさせて頷いていたな。一体、何を言ったのだろうか。
「さて。これで無事、解決ね」
「ナタリア様。ありがとうございます」
マルバさんが、にっこりと笑う私の前に来て、頭を下げる。一座の人たちも、同じ様に一礼する。
「いえ、いいのよ。だって、私もお芝居見たいしね」
「お嬢様。見るよりも芝居に出たいのでは?」
アシリカが苦笑いで私を見ている。
うん。正直言ってそれもある。
「あの、すみませんでした。サンバルト公爵家のご令嬢と知らなかったとはいえ、舞台に立たせてしまって……」
フィルルさんが謝るが、それに私は首を横に振る。
「今は町娘のナタリアよ。気にしないで。それに、お芝居出来て、とても楽しかったしさ」
「なるほど。初めての演技とは思えなかったが、そういう事か。いや、町娘のふりをしているのが、自然と演技の練習になっていたのですか」
納得したように、何度もバレッタさんが頷く。
「演技は令嬢らしく振る舞っている時の方デス」
ソージュ、余計な事言わない。間違っちゃいないけど。アシリカ、デドル、笑わない。ほら、他の人も笑ってるじゃない。
「さあ、さっきは途中だったし、もう一回やりましょうか」
場の雰囲気を変える為にも、ひと際大きな声で呼びかける。
「そうですな。お客さんをもう一回集めてきます」
マルバさんがお客さんを再び呼び戻し、仕切り直しの公演となる。もちろん、私の演技もより一層熱がこもる。
万感の思いで、幕が下りるのを舞台袖から眺めていると、胸に熱いものがこみ上げてくるね。
いろいろあった一日も終わり、翌日の朝を迎える。
バレッタさんの足も良くなり、舞台に立てそうという訳で、私もお役御免のようだ。という訳で、私たちもアトルスを立つ事となる。
「本当にありがとうございました。これで、ケインズの奴も大人しくなるでしょうな」
マルバさんや一座の人たちの見送りを受けていた。
「またいつか、一緒に舞台に立ってみたいです」
フィルルさん、その時はまた私、悪役なのかしら?
「いや、お世話になりました。何か、ナタリア様を見て、創作意欲が刺激されました。新作が書けそうですよ」
私を見て? よく分からないけど、スランプを脱出できたらいいね、スバイツさん。
「では、行きますか」
デドルが御者台から見送りに一礼する。
「では、皆さん。お元気で。これからもお芝居頑張ってくださいね」
別れは惜しいが、いつまでも一緒に居られない。
動き出した馬車から手を振り、別れを告げる。馬車から皆が見えなくなるまで、手を振った後、私は抱いていた疑問をシルビアに聞いてみる事にした。
「ねえ、シルビア。あなた、格闘系の特技があるの?」
「特技というわけではありませんが、フッガー家の家訓として、自分の身は自分で守れ、というものがありまして。皆、幼い頃から護身術は学んでいますわ」
すごいな。フッガー家って不思議な家だね。とても、貴族の発想とは思えないわね。
「それより、お姉さま。お芝居、楽しかったですわね。思わず、役者になりたいって思ってしまいましたわ」
うーん。シルビアが女優にか。
何か、フッガー家なら、簡単に許してもらえそうって思っちゃうね。
少し羨ましさを込めて、色っぽく話すシルビアを私は眺めていた。




