30 壊れちゃった
偽宝石騒動も無事解決した後の事だった。
私は鉄扇を拭き上げ、開こうとした時だった。
「あれ?」
何か、固いな。開けられない。
「ん?」
よく見てみると、真っすぐだったはずの骨組みが、明らかに反っている。この前、棍棒を受け止めたし、今まで受けてきた衝撃のせいかな。何にしても、これはまずいな。反対に力を加えれば直るかしら。
一点に体重を掛け、てこの原理で反りを直そうとした私が馬鹿だった。
変な方向に力が掛かったのか、数本、間の骨の歪みが酷くなってしまう。そこからは、焦りであまり覚えていない。気づいた時には、扇子とは呼び難い鉄の棒の束が私の手に握り締められていた。
「アーシーリーカー!」
涙目で叫ぶ。
唯一の私の武器が壊れちゃったよ。まだ、借金も返せていないのに。
「どうなされましたっ!?」
突然の私の絶叫にアシリカが血相を変えて、飛んできた。
「壊れちゃった……」
鉄扇を見せる。
「何事かと思ったではありませんか」
呆れ顔で、アシリカは肩を落とす。
「私には一大事よ!」
私のあまりの必死さに、アシリカは若干引きつつも鉄扇を受け取りまじまじと見てくれる。
「これは……酷いですね。どうやったらこんな事に……」
ほんと、自分でも分からない。いや、私のせいだけどさ。
「グスマン様に見て頂いては?」
私の落ち込みようを気にしてか、慰めるようにアシリカが提案してくれた。
「そうね。それが一番よね」
初めからそうしていれば良かったよ。
鉄扇が壊れたとあれば、一大事。早速行かなければならないわね。
「いやあ、これは、流石にちょっとなあ」
私が持ってきた鉄扇を見て、グスマンさんが困惑している。
「無理そうですか?」
「ああ。残念ながらな。無理だな」
ああ、どうしよう。唯一の武器が……。また借金をお願いするのも、心苦しいしなぁ。しばらくは、この歪んだままの開かない鉄扇で我慢するしかないのか。
「ところでよ……」
グスマンさんは鉄扇を机の上に置くと、私を見る。
「最近、工房街の外れでよ、捕り物があったらしくてな。遠目にだが、見た奴がいてな。なんでも、捕まった奴ら相手に大立ち回りしていたらしい。一人は魔術を使い……」
グスマンさんはアシリカに視線を移す。続けて、ソージュの方を向く。
「もう一人、体術に優れた、小柄なおかっぱ頭……」
最後にもう一度、私の顔をじっと見る。
「で、何やら手に持った短いモンを振り回す女の子……。嬢ちゃんよお。心当たりねえかな?」
うん、それって確実に今ここにいる三人ね。
「おほほほほ」
笑って誤魔化す。
そんな私を見て、グスマンさんは、大きくため息を吐く。
「まったく。詳しくは聞かないが、無茶するなよ」
う。誤魔化せてないみたいね。
「はい。善処しますわ」
わざとらしい笑いを引っ込め、私はにっこりと微笑み返した。
「それより、グスマンさん。もっと丈夫な鉄扇って出来るのですか?」
すぐには無理でも、いつかは手に入れたい。
「これよりも丈夫? そいつは難しい相談だな。それ以上は無理だな。これでも最高の強度を持たせたつもりだけどな。でも、そんなにも頑丈な鉄扇を何に……。いや愚問だな」
うん。聞かれても答えにくいよ。
でも、これ以上は無理なのか。どうしようかしら? せっかく持っていても不自然過ぎない武器だったのにな。
「まあ、どうしてもって言うなら、天空石でもありゃ、別だがな」
「天空石?」
初めて聞くわね。
「ははっ。半分、いや半分以上、伝説みたいな話だ。嬢ちゃんは鉄はどうやって作るか知っているか?」
製鉄って事よね。言葉自体は知っているが、詳しくは知らない。なので、首を横に振る。
「簡単に言えば、鉄鉱石に高温を加えて精錬していくのだけどな。その後にも工程をいくつか踏むが、今はそれは置いておく。天空石ってのは、鉄鉱石の代わりになるもんだ。そいつを使えば、鉄鉱石から作られたものより遥かに強いもんが出来るんだ」
なんと! 夢の素材なのね。それは是非欲しい。
「ただな、その天空石。滅多にどころか、幻と言われるくらいのモンでよ。もちろんワシも見た事はない」
嬉しさと期待が膨らむ私に、非情な宣告だ。
「エルフロントから、遠く海を挟んだ所にある北の不毛の大陸でしか取れん。しかも、見つかるのも、数十年に一度、拳程の量。天空石を使った剣なんかは、まさに王家なんかの秘宝って所だな」
駄目じゃん。それこそ、無理だ。そんな物売っていても高価すぎるに違いない。いや、待てよ。その北の大陸まで、自分で探しに行くか? ちょっと、いいかも。まさに、ファンタジーな世界が広がっていそうだよね。
「お嬢様、まさかとは思いますが、ご自分で探しに行こうなどの馬鹿な事をお考えでは、ないでしょうね」
冷たい目で、アシリカに言われる。
「い、いやだわ。そんな事ある訳ないじゃない」
完全に疑いの眼差しで見るのは止めて欲しいな。確かに、馬鹿な考えよね。
「はっはっはっは。嬢ちゃんらしい考え方だな」
「いやですわ。グスマンさんまで」
だから、そんな事考えてないって事にしといてよ。
「いや、たまにいるからな。本当に欲しいって奴が北の大陸まで行くって事がな。エルフロントで北の大陸と唯一交易のあるミズールの港でも、あるか分からんくらいだからな」
「ミズールですか。そういえば――」
アシリカ、ミズールを知っているの? まぁ、今はいいわ。グスマンさんとミズールの話でもしておいて。
そんな事よりも、北の大陸と交易している港はあるのか。万に一つの確率でも、そこには天空石があるかもしれないって事よね。北の大陸まで行くよりはまだ、現実的だよね。もし手に入れる事が出来れば、伝説級の鉄扇を持てるのよね。考えただけで、心ときめくわね。
諦めきれない私は、帰って地図を見てみようと考えていた。
屋敷に戻り、デドルの小屋から自分の部屋へと向かう。
部屋に地図はあったかしら? ミズールってどの辺かしら? もし、近かったら、何とか行けないかな。
「お嬢様」
思案に耽る私をガイノスが呼び止めた。
「あら、ガイノス。どうしたの?」
「どうした、ではありません。部屋におられませんでしたが、また庭で剣の稽古でございますか?」
顔を顰めて立つガイノス。
あ。これは説教が始まる雰囲気だ。
「よいですか。お嬢様はデビュタントも済まされ、王太子殿下とも婚約なさいました。いつまでも、子供気分でおられていては、困ります」
うう。久々のガイノスのお説教だ。そう言えば、最近ジョアンナさんの件や偽宝石騒動で、私が屋敷を抜けている事が多かったからな。ずっと、庭で素振りをしていると思われてたんだ。
「剣の稽古を駄目とは言いません。ですがもっと、視野を広げて、他にも多くの学ぶべき事があります」
私の事を思っての説教であるのは分かっているが、ガイノスの話は長い。そしてくどい。何度も同じ様な事を話す。延々と続くガイノスのお説教に気もそぞろになってくる。私は早く、ミズールがどの辺りか地図で調べたいのにな。
「常に多くの事に目を配る事も必要ですぞ。その為にご自身でも見聞を広めなければなりません。お嬢様、聞いておれますか!?」
ガイノスの一喝に、説教に意識が戻される。
「も、もちろんよ」
何度も頷く。
「あの……、お忙しい所、申し訳ありません……」
一人の従者が、私の説教に熱の入っているガイノスに恐る恐るといった感じで話しかけてきた。この人、お父様の従者だったわよね。
「ん? どうした? 旦那様はまだ王宮だろう?」
そうよね。お父様はまだ仕事中の時間だよね。
「はっ。ガイノス殿にこれを、渡すよう仰せつかったもので」
従者は封筒をガイノスに差し出す。
「ああ。ミズールの人事の件か。確か、先月執政官を新たに任命したのだったな」
ミズールの人事? 任命って……。どういう事?
「はい。その確認の書類です。今朝、ガイノス殿に渡し忘れたという事で、預かって参りました」
「そうか。ご苦労だったな」
ガイノスに封筒を手渡すと、従者はすぐに立ち去る。きっと、私をお説教中だから、居づらかったのだろう。私もすぐに逃げ出したいのだが、確認したい事が出来たね。
「あの、ガイノス。ミズールの人事って何?」
「いえ、新たな執政官の話です」
「いえ、何でお父様がそのミズールの執政官を任命なさるの?」
「お、お嬢様っ」
アシリカが慌てて私を呼ぶ。何よ、一体?
「お嬢様は、ご自分の家の所領もご存じありませんのか?」
一段と目が吊り上がったガイノスが、尋ねてくる。
所領? 確か、エルカディアから北東くらいに広大な所領があるって聞いたくらいで、詳しくは知らないな。
「お嬢様、ミズールもサンバルト家の所領内にある街の一つです……」
えー! そうだったの!? そうか、それで、アシリカはミズールを知っていたのか。何で、今じゃなくて、さっき教えてくれなかったのよ。
「お嬢様、剣ばかりでなく、他の事にも目をお向けくださいませ。よいですか。サンバルト公爵家の令嬢として……」
説教は長引く事になりそうだが、いい情報を手に入れたわ。ミズールがサンバルト家の領地なら、お父様に頼めば行く事が出来るかもしれない。
ガイノスの説教を受けながらも、私は生まれた可能性にわくわくしてきていた。
「もう、知ってたら、教えてくれてても良かったのに」
アシリカへ抗議の声である。ミズールがサンバルト家の所領だと教えていてくれたなら、あんなに説教が伸びる事なかったのに。
「グスマン様とミズールがサンバルト家の所領だと話していましたが……」
あ。私が一人考え込んでいる時か。
「ま、いいわ。それよりお父様は帰ってこられた?」
「ハイ。先ほど。今は書斎におられマス」
ソージュが答える。
「お嬢様、旦那様でも、天空石は無理かと」
「それくらい分かっているわよ。とにかく、ちょっと行ってくるね」
不安顔のアシリカとソージュを残し、私はお父様の書斎へと向かう。
書斎の扉をノックする。
「ナタリアです」
「おお、リアか。入ってきなさい」
扉の向こうからお父様の弾んだ声が聞こえてきた。
「失礼します」
私は書斎へと入る。書棚が並び、ソファーセット。奥には、大きな机がある。
「こちらにおいで」
お父様にソファーを勧められたので、私は腰を下ろす。
「お仕事はよろしいのですか?」
机の上の書類の山を見て、心配になる。お父様、働きすぎじゃない?
「はは。心配いらないよ。で、どうしたんだい?」
向かいに座ったお父様は、にこにことしている。
「はい、実はお願いがあって……」
「お願いか。最近のリアにしては珍しいな。一体、何が望みだい?」
「サンバルト家の所領でもあるミズールに行きたいのです」
もちろん、天空石を見つける為である。可能性は低いが、もし見つからなくてもちょっとした旅行でいいかもしれないしね。
「ミズールに?」
お父様は不思議そうに聞き返す。
「はい。私はもっと見聞を広げた方がいいとガイノスに言われたのです。もっともだと思いました。領地にどんな街があり、どんな営みをしているのか、この目で見るのが、それには一番だと思いました」
ガイノスに説教された事を活用させてもらうわよ。
「ふむ。なるほど……」
お父様は、ソファーの背にもたれ、顎に手をやり、考え込む。
「何故、ミズールなんだい?」
しばらく考え込んでいたお父様が尋ねてきた。
「それは、貿易もしている貿易港と聞きましたので。港というものを一度見てみたく思いましたの」
今回は予習済み。ガイノスの説教後に、いろいろ調べたからね。
「そうか……」
お父様は再び、考え込む。
許してくれるかしら? やっぱり公爵家の令嬢が、屋敷から遠く離れた場所に旅するなんて、無理なのかしら。
「分かった。許そう」
「本当に?」
やった! 許して貰えた。
「ああ。ただし、同行の人選は私が決めるよ。それに、今のリアは王太子の婚約者だ。あまり目立つ行動を取るわけにはいかない。だから、極秘にとまでは言わないけど、非公式という事になる。それでもいいかい?」
お忍びの旅! むしろ、望む所である。憧れのシチュエーションではないか。
「ええ。もちろん。ありがとう、お父様!」
私は、ソファーから立ち上がると、お父様の傍に行き、抱き着く。これくらいでしか、感謝を示せないしね。
お父様は破顔した後、照れた様子を見せていた。




