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戦うお嬢様!  作者: 和音
3/184

3 決意の一撃です

 王宮に招かれ、ここがまったく知らない異世界ではなく私の知っている乙女ゲームの世界と知った。

 私にとって、あまりにも衝撃的な事実であった。

 あの後の事はよく覚えていない。特に何も言われていないので、体に染みついた礼儀作法で乗り切った様である。

 気づいたら、屋敷の自分の部屋でぼうっとしていた。


「お嬢様、お疲れですか?」


 黙ったまま、呆けている私の顔をアシリカが心配そうに覗き込む。


「ええ。ちょっとね」


 あまり心配させてもいけないと思いながらも、私の目は虚ろなのが自分でも分かる。

 異世界ひゃっほい、と思っていたのが、実は乙女ゲームの世界。しかも、自分はそのゲームの主人公の敵役の悪役令嬢。

 タイトルは『ロード・オブ・デスティニー』。

 平民の女の子であるヒロインが学園に入り、王子様と恋に落ちる。そんなべたなゲームだった。その恋に落ちる二人の邪魔をし、ヒロインを苛め抜くのが、王子の婚約者だったナタリアである。

 確かゲームの最後のナタリアは、良くて北の寂れた修道院で事実上の幽閉生活、最悪は死罪だった気がする。

 良くても一生幽閉か。まぁ、命があるだけでもマシかもしれないが、考えただけでも、ぞっとする。死ぬまで閉じ込められるなんて嫌だ。

 夢で見たナタリアなら、悪役の素質は十分あっただろうが、私には無理だ。私がやりたい事と正反対の事じゃないか。そもそも、最後にどうなるか分かっていて、ヒロインを苛める勇気などあるわけない。

 これから、どうするか。運命として、この乙女ゲームの世界を受け入れるか、何とかして、最悪なエンディングを回避するか。でも、いつの間にか、悪事を働いた事にされ、断罪されるかもしれない。ゲーム補正ってやつだ。ある意味、運命とも言えるだろう。だとしたら、手の打ちようが無い。

 それに、両親や兄、屋敷の者たちはどうなる? ゲームでは描かれていなかったが、タダでは済まないだろう。

 転生前の私には家族がいなかった。両親は幼い頃に亡くなり、祖母に育てられた。その祖母も私が社会人になってすぐ亡くなってしまった。だからか、この世界に来て、両親や兄たち家族に優しく大事にされる事に、少し戸惑いもあったが嬉しくもあった。そんな人たちに迷惑を掛けるのは心苦しい。

 大きな不安が押し寄せ、頭の中が混乱してくる私の鼻にハーブの香りがする。


「お嬢様。ハーブティーです。少し甘めにしています。きっと、久しぶりの外出でお疲れになったのですよ」


 アシリカが、机の上にハーブティーを入れたカップを置いてくれた。香りと共に湯気が上がっている。


「ありがとう」


 私は、精一杯の笑顔をアシリカに向ける。

 うう。悪役令嬢の私なんかに優しいね。彼女にも、余計な苦労をさせたくない。出来れば、彼女の立派な魔術士になるという夢を叶えて欲しい。


「お嬢様……」


 アシリカは取り出したハンカチで、そっと私の目元を拭う。いつの間にか、私は涙を零していた様だ。

 涙を拭いたアシリカは、両腕で私の体を包み込む。体温が優しく伝わってくる。


「王宮に嫁ぐという事は苦労もありましょう。ですが、私はいつでもお嬢様のお傍におります。何があっても、お嬢様の味方でございます」


 私が涙し、沈んでいる本当の理由をアシリカは知らないが、それでも、彼女の気持ちは嬉しかった。本気で私を心配し、安心させようとしてくれている。

 そうか。変えられたんだ。

 ゲームの中のナタリアは、誰一人として本当に彼女の事を考えてくれる人はいなかった。皆、彼女の立場と権力に怯え、顔と口では従っているが、内心は疎ましくさえ思っていた。だからこそ、最後は味方もおらず、一人で最悪の結末を迎えた。

 私は頭をアシリカの体に預け、彼女の腕をぎゅうと握る。

 今はアシリカ一人だが、私の事を考えてくれる人がいる。こんなにも、私の事を気に掛けてくれる人がいる。たった一人だが、私に対して抱く考えを変えられたのだ。

 シナリオまで変えられるかは分からない。でも、可能性はゼロではないはずだ。

 これからの私の生き方で運命を変えられるかもしれない。  

 転生前の私には、兄弟はいなかったが、優しく伝わってくるアシリカの体温に、姉の様だと感じながら、次第に心が落ち着いていった。




 翌日。私は屋敷の庭のテラスにいた。

 庭はよく手入れされており、綺麗な花や整えられた木々がある。

 昨日から一つ変わった状況があった。本来なら、すぐにでも王太子と正式に婚約となるはずであったが、しばらくは様子見となっていた。

 これはアシリカのお陰である。彼女がお父様に直接、私が不安にくれ、涙した事を伝えたからだ。娘可愛さのあまり、婚約はまだ早すぎると、元々乗り気でなかったお父様が、正式決定を先延ばしにしたのだ。

 もっとも、いずれ婚約する事は既定路線らしい。何でも、王太后様が、何故か私を気に入ったそうである。それ以外にも政治的な理由がある様だが。その為、定期的に私は王宮に遊びに行く、という事にはなったらしい。

 ゲーム的には、確かナタリアがいつから王太子の婚約者だか、分からないが、当分の間、婚約者には成らずにすみそうだ。まぁ、いずれは婚約するし、ゲームの補正というか強制力で、何が起きるか分からない。

 しかし、私は昨日の夜からずっと考えていた。そして決意したのだ。


「アシリカ」


 傍に立つアシリカを呼ぶ。


「はい」


 すっと、私の側にやってくる。


「決意したわ」


 アシリカの方を向き、じっと見据える。彼女も、瞬き一つせず、私の目を見返している。


「身分? 性別? 運命? そんな事関係無いわ。私の信じる道を歩む。私の夢を叶える為にもね」


「それでこそ、お嬢様です」


 にっこりとアシリカが微笑んだ。

 私も笑みを返して頷く。

 ナタリアが断罪され、最悪の場合は死を迎えるのが、十七歳。それまで五年。結果がどうなるかは分からない。ゲーム通りの結末を迎えるかもしれない。それまで私は、私らしく生きる。どうせ、一度は終えた人生。悔いの残らない様にしたい。


「私はナタリア・サンバルト。私は私の生き方をする」


 決意を込めて、力強く言葉を口にした。

 そう、私がナタリアだ。そして、夢である勧善懲悪、世直しをしてやる。悪役令嬢だが、悪人を裁いてやる。この夢だけは譲れない。この先の運命も不安だが、折角のチャンスである。そして、私らしく生きる為に、必要な事だ。


「私も、微力ながらお嬢様の為に尽くさせて頂きます」


「ええ。ありがとう。よろしくお願いね」


 この先どうなるか分からないが、私は強く決意をした。




 決意したものの、あまり状況は芳しくない。

 私は世直し計画の為にも、自らを鍛えようとした。私一人弱くて、何も出来なかったら、かっこ悪いしね。

 まずは、魔術である。魔術は、貴族の子弟にとって、礼儀作法などの教養と共に、習うべき事だった。もっとも、以前のナタリアは嫌がり、あまり真面目に学ぼうとしなかったが、私は、積極的に学ぼうとした。家庭教師に付いてもらい、更には共に学ぶ人が欲しいと、アシリカも一緒に授業を受けさせた。魔術を学びたいと言っていた彼女は最初遠慮したものの、私がお願いして、何とか一緒に授業を受けている。

 ところが、である。私には、魔術の才能が無かった。いや、魔力自体はあるらしいのだが、どうも、うまく発動しない。魔術に対して、不器用みたいだ。それに引き換え、アシリカはメキメキと上達していく。やはり才能がある様だ。

 うまく出来ない私に、家庭教師の顔は恐怖に染まり、アシリカは申し訳なさそうな顔になっていた。

 家庭教師よ、以前とは違うからそんなに怯えないで。アシリカ、そんな顔されたら、余計辛くなる。

 人間誰しも、得手不得手がある。魔術は私には、不得手だったのだろう。止める気はないが、期待するのは止めておこう。

 もう一つは剣術。これは大変だった。何が大変かって、習う事自体を反対された。まぁ、もっともな話ではある。公爵家の令嬢が剣を振るうなど、確かにおかしい話である。

 剣術の師をお願いした私を、お父様は口をあんぐりと開けて絶句し、お母様は頭を押さえて、ふらついていた。二人のお兄様も頭を下げんばかりに止める様に言ってきた。

 それでも、無理にお願いし、毎月の王宮通いを了承する代わりに、木刀を用意され、素振りをする事は何とか許してもらえた。

 師匠を付けてくれないのは、残念だが、仕方ない。ちなみに、生前の私は剣道経験者だ。しかも、段持ちで、地方の大会で、優勝した事もある。

 剣を振ると、やはりしっくりとくる。私には魔術士より剣士の方が向いているみたいだ。魔法剣士にはなれないのが残念だが、役立たずにはならなくてすみそうでほっとする。

 こうして、私は着実に世直し計画を進めていく。

 が、一つ問題がある。

 お供がいない。アシリカはいるが、彼女一人では、駄目だ。もちろん、アシリカは優秀な魔術士の才があるが、やはり、お供は二人、そして、忍びの役も欲しい。贅沢を言えば、くのいちポジションやうっかりポジションも欲しい。

 だが、成り手がいない。多少マシになったが、屋敷の者は皆、いまだ私をどこか怯えている節がある。かと言って屋敷の外には、勝手に出られない。

 そんな事を考えているうちに、月に一回の王宮通いの日がやってきた。

 そこで、私は閃く。チャンスじゃね?

 今回からはお母様も同行はしない。私と侍女としてアシリカだけである。馬車で行くのだが、何とかして、街に行けないだろうか。

 そんな事を考えながら、私は王宮でのお茶会に参加する。王太子もいるが、むっつり黙ったままだ。私の話し相手は専ら、王太后様である。

 王太后様は話しやすい。上品な老婦人という事もあるが、前世の私が祖母に育てられた事もあり、年配の人とは打ち解けやすいのだ。


「レオナルド、あなたも、もう少しお話されては?」


 不機嫌そうに黙り込んだままのレオナルドを見かねて、王太后様が窘める。


「……はい」


 王太子は不機嫌さを隠そうともしないまま、返事を返す。

 こいつ、話す気ないよな。


「ナタリア、ごめんなさいね。この子ったらいつも、こんな感じで……」


 王太后様が申し訳けなさそうに、私を見る。


「いえ、私も王太后様とばかりお話してしまいました。申し訳ございせん」


 立場上、頭を下げて詫びを口にする。

 しかし、出来る事なら、この王子とは疎遠でいたい。そこまで嫌なら、婚約したくないってごねてくれないかしら。


「そうだわ。異国から取り寄せたの」


 場の雰囲気を変えようとしたのか、王太后様がテーブルに置かれている焼き菓子を私に勧めてきた。


「異国からですか」


 クッキーの様な小さな焼き菓子に何やら実が練り込まれている。確かに、美味しそうである。

 勧められるまま、私はその焼き菓子を手に取り、頬張る。うん、やっぱり美味しいわね。


「その手……」


 焼き菓子を味わっている私に、初めてレオナルドが声を掛けてきた。

 手? 手がどうしたのかな?


「お前……、剣を振るのか?」


 私の手を驚きの表情でレオナルドは凝視していた。

 ああ、なるほど。最近毎日、剣の素振りが日課となっているので、手にマメが出来ていた。いわゆる、剣ダコだね。


「はい。多少ですが、たしなみとして、学んでおります」


「たしなみ? 公爵家の令嬢が?」


 異質のものを見る様な目で、私を見ている。失礼な奴だな、とも思うが、この世界の常識から考えれば、もっともな反応でもある。

 まぁ、気に入られる必要もなければ、むしろ避けて欲しい相手だ。どう思われても構わない。


「はい。私は女ではありますが、自分の身は自分で守るべきだと考えております。それに、屋敷に籠っているだけの毎日です。いい運動にもなりますのよ」


 本当は、世直し計画の一環だが、適当に理由を述べる。


「ほう」


 初めての会話らしい会話に続いて、レオナルドは初めての笑みを見せた。

 ん? これはどういう反応だ?


「そうですわね。確かに女だからという理由だけで、剣に触れないというのは、おかしいですね」


 王太后様も感心した様に頷いている。

 一方、アシリカの顔が青ざめているのは、気のせいだろうか。


「俺も幼い頃から、剣は学んでいる。そうだ。どれくらいの腕か少し見てやろう」


 レオナルドはすっと、立ち上がると、控えていた護衛に木刀を持ってくるように指示する。

 すぐに、二本に木刀が用意され、私とレオナルドにそれぞれ渡される。

 ふふふ。久々に人を相手に構えるな。身が引き締まってくる。


「レオナルド。ナタリアは年下の女の子ですよ」


 王太后様が心配そうに、向かい合う私たちを見ている。


「おばあ様。分かっていますよ」


 余裕の表情で、レオナルドが答える。

 いやいや。その余裕、いつまで持つかな。見たところ、どう見てもこの王子、構えが成っていない。隙だらけだ。

 丁度いい。ここで、ぶちのめすのも悪くない。うまくいけば、一気に婚約話は流れるに違いない。

 不敵な笑みを浮かべているのに気づいたアシリカが必死に首を横に振っている。彼女は私の素振りを見ている。彼女曰く、騎士並みの剣撃の鋭さらしい。

 アシリカには悪いが、手加減するつもりは無い。


「いつでもいいぞ。俺からは動かん」


「よろしいので?」


「ああ」


 よし、分かった。お前がそこから一歩も動かんうちに勝負を決めてやろう。私のいろんな想いを込めた一撃を食らわしてやろう。


「では、遠慮なく……」


 私がそう言い終わってから、三秒後には、苦悶の表情を浮かべ、腹を抱えてうずくまるレオナルドを見下ろしていた。


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