29 新たな肩書を手に入れて、成敗です
夜会から三日が経った。
ローラさんの事が気がかりである。彼女の様子から、きっと偽物の件は、知らなかっただろうと思う。自らの引き取られたという立場から、貴族の令嬢を顧客にする為にパーティーで声を掛けるという事はしていただろうが、宝石への想いもあり不正な事をするとも思えない。
複雑な思いを抱きながら、待っていたトルスが調査報告の為屋敷にやってきた。屋敷の中では、話せる事ではないので、デドルの小屋へと通す。
「で、どうだった?」
「まあ、結論から先に言うと、真っ黒だ。お嬢の読み通りだ」
ある程度予想していたとはいえ、ローラさんの事を考えると、気分が沈む。
「工房街の一画に偽物作り専用の工房を抱えていたな。常に二、三人の職人が働いているみたいだ。警備もかなり厳重だぜ。忍び込むなんて、久々だったから、骨が折れたよ」
疲れたとばかりに、トルスは顔を顰めている。
「でも、どうして偽物なんか……」
あれだけの立派な店である。何故、そんなリスクの高い事をするのか、私には見当が付かない。
「ああ、それな。まずは、ウエイン商会だが、新興の宝石商だ。主のウエインがこの十年ばかりで、大きくした店だ。強引なやり方もしていたらしいが、なかなかの手腕だと思うぜ。ところで話は変わるが、宝石はどうやって作るか知っているか?」
「原石から切り出すのよね」
このあいだ、ローラさんから聞いた加工法を思い出す。
「ああ、そうだ。その原石だがな、最近このエルフロントに入ってくる量が減ってきててな。原因は、原石を産出する国での内戦だ。ま、離れた国だから、大きな影響は無いけどな。ただ、宝石商の連中は困っている。元々、エルフロントは原石があまり産出しない上に、輸入量が減る。そうなると……」
クイズに答えろとばかりに、トルスは私を見る。
「原石が足りなくなる」
「正解。宝石商の間で、原石の奪い合いだ。新興で、強引な商売をしてきたウエイン商会には、卸しの業者も思う所があったんだろうな。なかなか原石が思う様に手に入らなくなったみたいでな」
なるほどね。十年そこらで急成長したやっかみに加えて、その強引さから恨みなんかも買っていたのかもね。
「それで、宝石の偽造に手を出した、という訳なのね」
「みたいだな」
自分の仕事は終わりとばかりに、トルスはデドルが用意したお茶を一気に飲み干した。
「あっ、それともう一つ。いろいろ調べてる途中で、気になったんだがよ。俺とは別にもう一人何やら嗅ぎまわってる奴がいたぞ。偽物作りの工房にも現れたな。ただ、どうも素人っぽくてな。見てて危なっかしかったな」
他に調べている人? 誰だろう。
「お嬢とあまり年の変わらない女の子だったぜ」
まさか、ローラさん? 随分と、偽物の宝石にショックを受けていたし、祖父からの思いもある彼女の中で、偽造など許される事では無いのだろう。
「その子は無事なの?」
私は立ち上がり、トルスに詰め寄った。
「さあな。俺が工房を抜け出る時も、まだ周りをうろちょろしてたけどな」
「もう! 何で最後まで見ててあげないのよ」
厳重な警備の工房に、宝石の偽造の件を調べに来たに違いないローラさん。胸騒ぎしかしてこない。もし、事実を知った彼女が捕まったらどうなるのだろう。利用価値が無くなったとウエインに判断されたらどうなるのだろうか。
「お嬢様、まずは、ローラさんの安否を確認されるべきかと」
アシリカも険しい顔つきとなっている。
私は、エネル先生の宝石を見せた事を今になって後悔する。
「そうね。まずはローラさんの事よね。デドル、出掛けます」
「じゃあ、俺はこれでいいな。帰るぞ」
早口でそう言ったトルスが、立ち上がった。
「待ちなさい。まだ終わってないわよ。トルスには、工房へ案内もしてもらわないといけないしね」
ローラさんの安否を確認した後、偽造工房にもちろん行く。偽物の宝石作りなどは許せない。
「はあ。やっぱりかよ。また、暴れるつもりかよ。その恰好を見て、イヤな予感がしてたんだよ……」
すでに、私は勝負服を着こんで、鉄扇をベルトに挟み込んでいる。
「暴れるとは失礼ね。それより、行くわよ」
「あんたも諦めな。ああなったら、うちのお嬢様は何も聞かんよ」
黙って話を聞いていたデドルが、トルスの肩を叩く。その顔は相も変わらず楽しそうに見える。
「分かったよ。最後まで付き合ってやるが、今回だけだぞ」
苦々し気にトルスは頭を掻きむしる。
「では、お嬢様、ご武運を」
デドルの言葉に送られ、私たちは屋敷を出た。
「すみませんね。ローラさんは病気でしてね」
友人としてウエイン商会にローラさんを訪ねた私への返答はそれだった。三日前に会った時はあんなに元気だったのに? 私の中で不安が大きくなる。
「では、お見舞いさせてもらおうと思います」
「かなり重い病気でね。ちょっと田舎で静養中です。会う事は出来ませんね」
素っ気なく答える店の者。ウエインの姿は見当たらない。
「申し訳ないが、他のお客様のご迷惑です。お引き取りを……」
客では無い私を面倒臭そうにあしらう。目からは早く出ていけという意思が否応なく感じられる。
しかし、確信出来た。間違いなくローラさんの身に何かが起こったに違いない。きっと宝石の偽物の事を調べていて、見つかってしまったのだろう。
「工房へ向かいます」
店を出て、私はトルスに告げた。
「おう、分かった。けど、知り合いはいいのか?」
煙草をふかし、店の外で待っていたトルスが聞いてきた。
「ええ。きっと彼女もそこにいるはずよ」
警備の厳重な工房。恐らく、そこで彼女は見つかってしまったに違いない。自由を奪われているとしたら、下手に移動はさせていないはずだ。
ローラさんを救い出し、偽造に手を染めるウエイン商会一味を一網打尽にする。
「トルス、案内して」
私は語気を強めて言った。
頷いたトルスに案内され、工房街へと向かう。自然と小走りになってくる。辿り着いた工房は、工房街でも外れにある寂れた場所だった。秘密裡に宝石の偽造をするには、丁度いいのかもしれない人気の無さである。人がいる気配も無ければ、周囲で工房を営んでいる様子も無い。
「あそこだ」
トルスが指し示した先に、周囲の風景に馴染む古びた木の塀に囲まれた工房がある。
「見た目はあんなだがな、警備はかなり厳しいぞ」
トルスにそう言われるが、私には分からない。
「面倒だわ。正面から突っ込むわよ」
「ま、待て。何も考えずに突撃する馬鹿がいるか!」
慌ててトルスが、私の肩を掴む。いや、私は、いつもそうだけど、馬鹿なの?
「まずは、お嬢の知り合いを探し出して、助け出してきてやる。ここで待ってろ」
そうね。一番はローラさんの安全だもんね。ここは、隠密出身のトルスに任せた方が良さそうね。
「大人しく待ってろよ」
一言残したトルスは、さすがと言うべき身のこなしで、工房の中へと音も無く入っていった。
ローラさんの無事を祈りつつ待つ私の目に、工房から出てくる小太りの男が映る。ウエインだ。
「では、今日中にここからは撤収を終えますので」
見送りに出てきたと思われる男がウエインに話しかけた。
「ああ。念には念を入れてな。あの小娘が一人で、偽造に気付くとは思えん。他にも、動いている奴がいないとも限らん。証拠は一つ残らず、運び出すのだぞ」
ウエインの、忌々し気な甲高い声である。
一代であれだけ店を大きくしただけあって、勘が鋭いね。おまけに用心深い。もうこの工房に見切りを付けて、偽造の証拠を隠蔽しようとしているのか。
「あの娘はどうしますか?」
「ふん。役には立ったが、これまでだ。そうだな。この工房もろとも、火事にでも遭ってもらうか」
とんでもない奴だな。このまま見過ごす訳にはいかない。大人しく待っている場合じゃないな。このまま逃げられる可能性だってある。
ならば、やる事はただ一つ。
「お待ちなさいっ!」
私は物陰から飛び出すと、ウエインの前に立ちはだかる。
「何だ、お前は?」
ウエインが、私を睨みつける。
「やり手なのかもしれないけど、真っ当に商いをしてこそ、本物に商売人。あなたは、商売人では無いわ」
負けじと、私も睨み返す。
「ローラに余計な事を吹き込んだのは、お前か? まさか、こんな小娘だとは思ってもいなかったな」
冷酷な目と口調のウエインである。
「おいっ。仕事だっ!」
もう一人の男が、工房の中に大声で呼びかけた。その声に反応して、中から人が出てくる。荒っぽい事には慣れていそうな男が、十人ばかり。けっこう多いな。
「どういうつもりか、知らんが、ローラと一緒に仲良く死ぬんだな」
ウエインの言葉に、アシリカとソージュが私の前に出る。
「まったく。贈り物に込めた人に気持ちを弄び、己に都合の悪い正しき者を害そうとするなんて、悪どいにも程があるわ……」
鉄扇を取り出し、ウエインに向ける。
「貴方たち、悪役より悪いなんて許せませんわ。お覚悟、よろしくて?」
凍てつく視線をウエインに送る。
「何とでも言え。もういい。さっさと始末しろ」
面倒臭そうにウエインが手を上げ、合図を出す。
「アシリカ、ソージュ。お仕置きしてあげなさい!」
「はいっ!」
「ハイ!」
轟音と共にアシリカが、火炎を起こす。
「うわあぁぁ!」
火炎に巻き込まれた者たちが、叫び声を上げる。
ソージュは私に向かってくる者を次々と掌底と蹴りで蹴散らしている。
そんなソージュの攻撃から運良く逃れた一人が私に棍棒を持ち、襲い掛かってきた。振り下ろされた棍棒を鉄扇で受け止める。もう一度、棍棒を振りかぶった男の顔を鉄扇で、横薙ぎに張り倒す。
続けざまに、乱戦模様のソージュに加勢する。
舞う様にして、立て続けに二人の腹目がけて鉄扇を打ち込む。短いうめき声を出して男どもはうずくまる。
私の耳にさらに爆音が鳴り響く。アシリカがまたもや、魔術で相手を蹴散らしている。
「おいおい。騒がしいと思ったら、やっぱりかよ!」
トルスが姿を見せた。後ろにはローラさんが見える。良かった。無事みたいね。
門前はアシリカの魔術で火が燃え盛り、ソージュと私にやられ、動けない者が白目を向いて倒れている。
目の前に広がるそんな状況に、トルスはあきれ顔で、ローラさんは驚愕の表情で唖然としている。
「ごめんね。ちょっと、状況が変わってさ。もうすぐ終わるからさ」
最後に立っている男の顔に私の鉄扇が打ち付けられた。どうだ、私の剣さばき、もとい、鉄扇さばきは!
さあ、ウエイン。残っているのは、貴方一人よ。
「し、信じられん。お前、何者だ?」
ウエインは冷酷な顔から、驚きと悔しさを一杯に現わしたものになっている。
「あら、つれないわね。貴方は望んでいたじゃない。私に来て欲しいって」
店の方に客としてだと思うけどね。
「お前みたいな奴を? 思う訳ないだろう。何言ってやがる」
まだ、そんな口を利けるのね。
「口を慎みさない。この方がサンバルト公爵家ご令嬢、ナタリア・サンバルト様です。これ以上の無礼な物言いと振舞い、許せません」
アシリカとソージュが私の両脇に控える。
「う、嘘だ……」
信じられないとばかりに、ウエインは呆然となる。
「嘘ではありませんわ。私はナタリア・サンバルト。王太子の婚約者よ。貴方の悪事の数々、しっかりと見届けたわよ」
私の言葉にウエインは、両手を地に付け、がっくりと項垂れた。
うん、不本意ながらも新たに手に入れた肩書。効果ありそうね。
「ナタリア様!」
ローラさんが、私の前に跪く。
「ローラさん、無事でよかったわ。ごめんなさいね。私の不注意のせいで、余計な心配をさせてしまい、危険な目にまで遭わせてしまって……」
そこは、私が全面的に悪い。
「いえ、とんでもございません。知る事が出来て、良かったと思っています。私の中でも許される行いではありませんから……」
そう言って、ローラさんはウエインを軽蔑の眼差しで見つめる。ウエインは、唇を噛みしめ、彼女から目を離す。
「お、おい。まずい。騒ぎを聞きつけた騎士団が来たぞ」
早くこの場を立ち去りたいという思いを隠そうとせず、トルスが私に駆け寄る。
騎士を乗せた馬が一騎、駆けて来ていた。その姿を私はちらりと見る。騎士団が来たって割には、たった一騎だけか。まるで、“騎士団ひとり”ね。
まあ、あれだけ派手にやれば、いくら人気のないこんな場所でも、バレるよね。
「ナ、ナタリア様?」
来た騎士がこの人で良かったけどね。
「リックスさん丁度良かったわ。あなたにお手柄を立てさせてあげる」
「あの、状況がよく分からないのですが……」
困惑するリックスさんに私はにっこりと微笑んだ。
すべての処理はリックスさんに任せて、私は引き上げる。ウエインの偽造宝石に気付いたローラさんが、リックスさんに相談して、すべての悪事を暴いたという事にして。もちろん、口止めも万全である。ウエイン一味には脅し付きでだけれどもね。
「トルス。今回はありがとうね」
「ふんっ。もう二度とこんな事は御免だからな」
鼻を鳴らして、トルスはそっぽを向く。
「まあ、そんな事言わずにさ。そうだ、もう一つお願いしていいかしら?」
「はぁ? 言ってる側からそれかよ」
顔を顰めて、トルスは抗議してくるが、意に止めない。
「ローラさんよ。孤児院で雇ってあげてよ。人手不足でしょ」
ローラさんは今、騎士団から事情を聞かれている最中だ。すぐに、解放されるだろうが、行く所が無いはずだ。
「まあ、確かに人手は欲しいけどよ。お嬢に言われてってのが……」
「うるさい。つべこべ言わずに、騎士団本部の前で待っててあげなさい。ほら、さっさと行く!」
渋るトルスを追い立てる。
「へいへい。分かったよ。お嬢には何を言っても無理だしな」
最後に一つ、にやりと笑いながら憎まれ口を残し、逃げるようにトルスは駆けて行った。
「お嬢様、そろそろ私たちも屋敷に帰らなければ……」
辺りには夕暮れが近づいてきている。
「そうね」
うん。これですべて、解決だ。
「あっ!」
そうだ。大切な事忘れてた!
「これ、どうしよう……」
私の手には、エネル先生の指輪。
「偽物、ですよね……」
そうよね。ウエインらが捕まっても、これは偽物。本物に変わる訳では無い。
「事実を伝えるの、辛いですね……」
そうね、アシリカ。知らせないとね。でも、それは誰が伝えるのかしら?
「明日、エネル先生の授業があります。お嬢様、お願いしますね」
私? 私が伝えるの?
「お嬢サマが解決しまシタ。最後もお嬢サマが……」
二人共、何で目を合わせようとしないのよ。そこも私のやるべき事なの?
翌日、真実を知ったエネル先生。
講義時間は、固まったまま、呆然自失となった先生を励まし続ける事になった。
こんななら、普通に授業された方が楽だな、と思う私だった。




