28 宝石
お母様が、本来の目的であった私のドレス選びを終えて、部屋から出ていった後、どんよりとした空気に包まれていた。
「これ、偽物だったのね……」
「おそらく、エネル先生は、ご存知ないのでしょうね」
アシリカも私と同じ考えのようである。
「先生、気の毒デス」
ソージュの意見に同感だわ。きっと、あれこれ、悩んで先生は選んだに違いない。カレンさんの事を考えながら。そんな気持ちを踏みにじる様な真似は許される事ではない。他にも、同じように、偽物を買わされた人もいるかもしれない。
「でも、詳しくはないですが、本物の宝石にしか見えませんね」
開けられた小箱の中を覗きこんで、アシリカは指輪を見ている。
確かに、本物にしか見えない。でも、お母様が見間違うはずないだろうし。
いや、万が一という事もある。他の人にも一度、確認してみよう。誰がいいかしらね。
「いやあ、あっしも、この手の物は、さっぱりでして……」
困った時のデドルだが、さすがに、宝石は駄目か。不思議と情報通だし、博識な所もあるから、少し期待してたけど。
「でも、エネル先生も不憫ですな」
みんな、思う事は同じなのね。
「ええ。それに、ウエイン商会は、パーティーで会ったローラさんの実家。それも、気がかりでね」
彼女は、商売人の娘らしく、さりげなく店の宣伝もしていたが、人を騙す様な人ではないと信じたい。
「なるほど。で、門を通りたいというわけですな」
「そう。よく分かったわね」
「まあ、お嬢様のそのお姿を見ればねぇ」
デドルが見る私はすでに、平民の町娘姿だ。
「似合うでしょ?」
最近は、ドレスを着る事が多いので、久々である。
「いやあ、ですから、あっしはそっちの方面は疎いものでして……」
いや、そこは、お世辞でもいいから、似合ってると言って欲しいな。
「では、お嬢様、お気をつけて下さいよ」
私が口を尖らせ文句をつけようとしたのを察したのか、デドルは、門を開けて、すました顔をする。
「じゃあ、行ってくるわ」
私は、誤魔化された気がしながらも、街へと向かった。
まずは、ウエイン商会に行く。
大通りに面した商店街の一角に店はあった。高級な雰囲気を漂わせ、とても偽物を売っているような店には見えない。
店の前まで来て、店を見上げる。
エネル先生、よくこの店に入れたな。もし私一人で入るとなると、かなりの勇気がいるぞ。それくらい高級感に溢れている。まぁ、逆にこの店構えに引かれる人もいるのだろうな。
ほら、今もどっかの貴族の馬車が店の前に止まっている。どっかの令嬢が買い物に来ているのだろう。
ん? 店から出てきたのは……。ミネルバさんだ。
「隠れるわよ!」
私は、隣の店の物陰に身を隠す。
こんな所をミネルバさんに見られてはマズイ。町娘の恰好をして、ふらふら侍女だけを連れて歩いているのだ。
「ありがとうございました。ノートル公爵家のご令嬢に当店をご利用して頂けるなど光栄の極みでございました」
「ミネルバ様、またのお越しをおまちしております」
甲高い男性の声に続いて、この前聞いた少女の声。物陰から、私はそっとウエイン商会の方を覗き見る。小太りの男性とローラさんが、ミネルバさんに深々と頭を下げていた。
「なかなかの品揃えでしたわ」
ミネルバさんは侍女に買ったと思われる箱を抱えさせて微笑んでいる。
「でも、よろしいので? 買ったもの以外にも頂いてしまって……」
「はい、それはもう。お近づきの印でございます。今後ともご贔屓にしていただければ……」
小太りが揉み手で営業スマイルをしている。
「ええ。もちろんですわ。また利用させて頂くわ」
そう言い残し、ミネルバさんは馬車に乗り込み去っていった。
馬車が見えなくなるまで、小太り男とローラさんは頭を下げて見送っていた。
「ローラ……」
頭を上げると、小太り男はさっきまでとは違い、能面のような顔となっていた。
「はい……」
ローラさんが頭を上げて、不安げに小太り男を見上げた。
「ノートル公爵家の令嬢をお連れしたのはよくやった。お前を何度も貴族の集まるパーティーに出した甲斐があった」
その言葉に、ローラさんの顔に安堵感が見て取れる。
「だが、私が望んだのは、サンバルト公爵家だ。王太子の婚約者である令嬢だ」
え? 私? どういう事?
「も、申し訳ありません、お父様。」
ローラさんの顔色がさっと青くなり、頭を下げる。あの小太りがローラさんの父親なんだ。似てないな。
「王太子様の婚約者がうちの顧客となれば、さらに評判が上がる。それは、分かるな?」
営業スマイルはどこへやら、小太り男からは冷酷さを感じる。
「はい。二日後の夜会で、必ず」
ああ、お母様が言ってた夜会にローラさんも来るのか。何か聞けるチャンスがあるかもね。
「お前を引き取った意味を忘れるな。早く結果を出すのだぞ」
引き取った? ローラさんは養女って事?
「……はい」
項垂れたローラさんを残し、小太り男は店の中へと入っていった。
「なるほどね……」
そういう事か。つまりは、ローラさんを使い、貴族の令嬢など上流階級を顧客にする。そうして、店の評判を上げていく。うまいやり方と言えば、うまい。
決して違法ではないし、商売をする者として知恵を絞るのは当然だが、それが、偽物を売りつける事と結び付かない。
本当にエネル先生の買ったものは偽物なのかな。お母様でも間違える事はあるだろうしさ。
「お嬢様、どうされますか? 私たちも店に入りますか?」
うーん。どうしようかしらね。
「お前ら……、こんな所で何やってんだ?」
考える私たちの後ろから声が掛かった。
「あれ、トルスじゃない。何してるの?」
孤児院の院長を引き継がせたトルスが、不思議そうに私を見ている。
「いや、それはこっちの台詞だ。俺は孤児院で使うもんの買い物だけど、お嬢らはこんな所でうろちょろしていていいのか?」
そう言えば、あれ以来、孤児院にはバタバタしていて行けてなかったわね。この様子じゃ、うまくやっているみたいね。
「いいのよ、私は」
「それもそうだな。アンタのやる事は規格外だからな」
妙に納得した様にトルスは頷く。
「何か、失礼ね」
元隠密に規格外と言われるほど、無茶はしていない。
そうだ。トルスは元隠密。もしかしたら、いろいろ調べられるかも。
「ねえ、トルス。ちょっと、相談なんだけどさ」
「断る」
即答である。
「ちょっと、何よ。まだ何も言ってないでしょ!」
「いや、絶対に碌な事じゃないだろう?」
こいつは、私をどう見てるんだ?
「そう言わずにさ。哀れな恋愛下手を助けると思って聞いてよ」
エネル先生の為でもあるのだ。このまま偽物を掴まされたままでは気の毒過ぎるじゃない。
「何だ、そりゃ?」
私は今回の一連の流れをトルスに説明した。黙って聞いていたトルスの顔が、話が進むにつれ、うんざりとしたものになる。
「でね、ちょっと、本当に偽物をウエイン商会が扱っているか調べて欲しいのよ」
トルスならば、何か情報を掴んできてくれるかもしれない。
「やっぱり、面倒そうな事じゃねえか。嫌だよ」
顔を顰め、トルスはそっぽを向く。
「そんな冷たい事言わずにさ。ほら、こないだの一件の恩返しと思ってさ」
「恩返しって、自分で言うか?」
呆れた眼差しで、私を再びこっちを向いたトルスが見下ろす。
「ええ。だって事実でしょ。トルスはあの時、捕まってただけじゃない」
にやにやとして、私は情けないトルスの姿を思い出す。
「くそっ。分かったよ。けどよ、俺も孤児院の方で忙しい。少なくとも、五日は時間を貰うぞ。それでもいいな」
肩を落とし、諦めの表情で、トルスは了承した。
「かまわないわ。分かったらアシリカかソージュを訪ねて屋敷に来てちょうだい」
「ああ、分かったよ」
よし、これでウエイン商会が本当に偽物を扱っているか、真偽が分かる。こんな所でトルスと会えたなんて、運が良かったわ。
私は、二日後の夜会に備えればいいわけね。そこでローラさんは、私に接触してくるだろうしさ。こっちでも、少しでも、情報を集めてみよう。
二日後の夜会。今日は、とある貴族の屋敷で行われている。
いつも通り、私は遠巻きにされている中、ローラさんに出会った。
「まあ、ナタリア様。またお会い出来るとは光栄でございます」
さも偶然を装ったローラさん。なかなかの役者ぶりね。
「これは、ローラさん。あなたも来ていらしたのね。私もまた会えて嬉しいわ」
そこから、少し他愛も無い話を続ける。やはり、いきなり本題には入れないものね、お互いにさ。
でも、本題に入るって言っても、何て言えばいいのかしら。まさか、あなたのお店の宝石は、本物ですかなんて、聞けないしさ。
「ナタリア様のお召物は素敵ですね。よくお似合いです。ですが、もっとナタリア様を引き立てる首飾りが、丁度店に入荷しまして……」
先に口火を切ったのは、ローラさんだ。
「まあ。それは、どのようなものでして?」
興味を示す私に、ローラさんは顔に安堵と喜びを浮かべる。
「はい。異国から取り寄せた原石を使い、緑に輝く十二連に連なった首飾りでございます。より一層ナタリア様を輝かせること、間違いありません」
「まあ、それは素敵そうね。一度、見てみたいわ」
商売人としては、立派な口上だと、感心する。私には、出来そうにない。
「是非、店にお越しくださいませ。お待ちしていますわ」
「ちなみに、原石からは、どうやってあんなにも、光輝く宝石になるのかしら? 」
着実に目的を果たしているローラさんに比べ、私はまったく、彼女に聞きたい事を聞けていない。
苦し紛れに、宝石の話題を続けようと、ローラさんに尋ねた。
「加工ですか?」
きょとんと、不思議そうにローラさんが聞き返してきた。
「ええ。変な事、聞いているかしら?」
「いえ、失礼しました。その様な事をお尋ねになるご令嬢がおられなかったもので……」
そう言いながらも、ローラさんは、原石から宝石を削り出していく過程を説明してくれる。カットから研磨、細工の仕方まで事細かに教えてくれている。
話が進むにつれ、ローラさんの顔は、生き生きとしてきていた。
本当に、宝石が好きなんだろうな。でないと、ここまで詳しく楽しそうに話せないもの。やはり、エネル先生の指輪は、お母様の見間違いか、何かの手違いだったのかしら。とてもそんな偽物を売り歩く人には見えない。
「すごいですわ。宝石の事、お好きなのね」
純粋に心から出た称賛である。
「すみません。つい……」
バツが悪そうに、ローラさんは、頭を下げる。
「謝る事はありませんわ。むしろ、胸を張っても構わないと思います」
「そう言って頂けると、光栄です。実は私の亡くなった祖父が、宝石の加工職人だったんです。小さい頃から、祖父の仕事を近くで見ていて……」
少し照れた様に、ローラさんがはにかんでいる。ほんの少し、彼女の素が見れたような気がする。
なるほど。それで詳しいのか。おっ。ならば、エネル先生の指輪を見てもらおう。念のため、持ってきて良かった。これで本物だと言ってくれれば、丸く収まる。お母様の見間違いで終わるのだ。
私も、ローラさんを疑いたくはない。
「あの、これですが、知り合いが買ったものでして。何やらこの宝石が偽物ではないかと言ってるのですが……」
私は、ポーチから指輪を取りだし、ローラさんに手渡す。
ローラさんは、真剣な表情で、光にかざしたり、顔を近づけて調べてくれる。
「おそらく、本物ではありません。一見しただけでは、私も判らないくらいの出来ですが、間違いないと思います」
うーん、やっぱりか。
「これは、どちらでお求めになったものでしょうか。本物と偽り、売ったのでしたら許せない事です」
それは、言いにくいわね。
「祖父も言っていました。宝石は、心を込めた贈り物だと。こんな、人の込めた想いを無碍にするような事には、怒りを覚えます」
そうよね。エネル先生も重すぎるけど、カレンさんへの想いを込めて買ったに違いないものね。
「ナタリア様にはご迷惑をお掛けしません。これは、どこの店の指輪でしょうか?」
だから、それは、答えにくいってば。
「お姉様、こちらにおられましたの!」
シルビアが抱きつかんばかりの勢いで、私の側に突然やってきた。思わずのけ反った私の手からポーチが落ちる。落ちたポーチから、小箱がこぼれ落ちる。
「これは、うちの小箱……」
ローラさんが、目を見開いている。そうよね。この小箱を見たら、あの指輪がどこで買ったか、分かるわよね。
気不味い空気に包まれる。
「あの、ローラさん。それね、えっと……」
うまく言葉が出てこない。シルビアも何てタイミングが悪いのかしら。
「ナタリア様。少し気分が……。申し訳ありませんが、今日のところは、失礼させて頂きます」
ローラさんは、明らかに動揺している。顔も、青くなっている。
「あの、ローラさん」
私の呼び掛けにも気付かず、ローラさんは、立ち去ってしまった。




