27 重いプレゼント
婚約が発表されると共に、私の周りは大変な騒ぎがしばらく続いた。
屋敷には、次から次へとお祝いに人が訪れた。親戚筋から。お父様と仕事上の付き合いのある人。屋敷に出入している商家の人。さらには、サンバルト家の領地からも祝いに駆けつける人までいた。もう誰が誰だか分からないくらいの人に会ったよ。
そんな状況が十日も続いたのだ。五日を過ぎる頃には、私はその状況にうんざりとしていた。お母様は、私の王宮での失態も忘れるくらいに舞い上がっていたけど……。
ようやく、祝いの来客が一段落して、平穏な日々が戻り始めた頃である。やっとのんびり出来るかと思いきや、次はデビュタントの準備が始まった。
春を迎え、今年十四歳を迎える私が社交界へとお披露目される。またもや、ハイテンションのお母様の着せ替え人形となる。
まったく、他人の恋愛に首を突っ込んでいた頃が懐かしい。
私のデビュタントには、お母様だけでなく、お父様も気合いの入れ方がすごかった。ガイノスらに、細かい指示をいくつも出していた。私のデビュタントは、御披露目の意味も込めて、うちの屋敷の大広間でパーティーが開かれた。お母様は、私を着飾る事に熱中し、お父様は、会場となる大広間の装飾やら出される料理を熱心に自ら吟味していた。ま、これは、娘の為であると同時に、家の威厳の為でもあるらしかった。
それもあり、当日を迎えたパーティーは豪勢かつ、華やかなものだった。一体、どれだけお金掛けているのだろうか、と心配になるほどのデビュタントだった。もちろん、そこまでしてもらえて、嬉しいし、感謝もしている
美味しいものを食べられるかも……、と期待していた私は馬鹿だったね。そんな暇なかったよ。
次から次へと来る方への挨拶。周囲に笑顔を振りまく。ちょっとでも、疲れた顔を見せると、お母様とアシリカに睨まれる。そんなに睨まれても、デビュー戦でいきなり、完全試合は出来ないわよ。中でも、年配の人の親父ギャグには参ったね。どこでも、どんな身分でも変わらないものなのね。
初めての、夜会が終わる頃には、顔が笑顔でマヒしていた。貴族の務めと分かっていても、辛いものがあるな。
それで終わりかと思いきや、終わる訳では無かった。そこから、毎週のように、どこかの貴族の夜会や舞踏会、果ては、王宮で開催される催しにまで参加する、という生活が続いた。
デビュタント直後は、顔を知ってもらう為に、頻繁に社交の場に出なければならないらしく、仕方ないと諦める。
だが、一つ納得いかない事がある。私の噂である。我儘で、傲慢というかつての悪評のせいか、出会う他の令嬢から、怖がられる事があるのだ。そう、いまだあの噂は消え去ってはいないのだ。
「あっ……」
ほら、今も目を逸らされたよ。今日のパーティーでは二人だ。おかげで、親しくなった人はまったくの一人もいない。本当に、強力な噂だね。誰かが、ネガティブキャンペーンでもしているのかしらね。
そんな私にわざわざ、近づいてくる人もいない。一人を除いて……。
「お姉さま。あの木、ご覧になられました? 少し小ぶりですが、その分力強さがありますわ」
シルビアだ。あなたもデビュタントしたでしょ。木と私の事ばかりじゃなく、たまには男性と踊ってみては?
社交の場は未婚の男女の出会いの場でもある。もっとも、私はすでに婚約しているので、その必要は無い。しかも、王太子の婚約者。流石に、そんな人間に声を掛けようと思う男性はいないだろう。
「ひっ」
……今度は男性ね。どこのご子息かしら。男性にまで悪評で避けられているのでは無い。きっと、王太子の婚約者という立場のせいだ。うん、そうに違いないはずよ。私を見て、息を飲むなんて反応は見ていない。幻のはずだ。
「あら、これはナタリア様。ごきげんよう」
あっ、そう言えば、もう一人よく私に絡んでくれる人がいた。
「これは、ミネルバ様」
彼女は、ミネルバ・ノートル。このエルフロント王国の名門中の名門である三公爵家の一つ、ノートル公爵家の令嬢である。三公爵家は、それぞれが、王国建国の功臣の末裔であり、有力な貴族でもあった。
「その、お召し物少し地味では? 王太子殿下の婚約者として、いかがかと思いますが……」
レオと同じ年のミネルバさんは、密かに彼との婚約を夢見ていたらしく、初めて会って以来どうも私に突っかかってくる。
私としては、いつでも、その立場をお譲りしてもいいのだが。もちろん、悪役令嬢の立場と共にである。見た目は、綺麗だし、その金髪縦髪ロールも申し分ない。
だが、彼女は押しが弱い。
「そうでしょうか。殿下に選んでいただいたものなのですが……」
もちろん嘘である。服など一緒に選んだ事など一度も無い。
「え?」
それにちょっと反撃されると、固まってしまう。きっと根はいい人なんだろうな。
「ま、まぁ、そうでしたの。あっ。失礼しますわ。私、ちょっと挨拶がまだの方がおりましたの」
そう言って立ち去るのも、いつも通りである。
もう少し話していってもいいのに、と思う私がいないでもない。いや、他に話しかけてくれる人がおらず、寂しい訳ではないんだよ。帰ってから、アシリカやソージュといっぱい話すからいいんだもん。
今日はこれで終わりかな、声を掛けられるのも。いつも通り、壁の花になろうかな。いや、今日は、シルビアがいるから木の下の花になるのかな。
「あの……」
突然の声。
え? 私? 思わず周りをきょろきょろと見回してしまう。ちょっと、悲しい癖が付いてしまったみたいだ。
「私、ローラと申します」
目の前の女性は、明らかに私に向かって挨拶をしている。
「あ、はい。サンバルト家のナタリアにございます。初めまして、ローラ様」
にっこりと、優しい顔を意識する。少しづつでも、悪評を取り除きたいのだ。
「まあ! サンバルト公爵家のナタリア様? これは、失礼しました 私に様など止めてくださいませ。私は、ナタリア様と違い、貴族ではありません。父が商家をやっておりまして、今夜のパーティーに招待されただけの平民ですから」
そうなんだ。でも、私からしたら、身分なんて関係ないわ。だって、折角声を掛けてくれたんだもの。うん、ちょっとは寂しかったんだよ。認めるよ。だから、お願い。私がナタリアと知っても怖がらないでね。
「知っている方もおらず、少し不安でして。つい、声を掛けさせて頂いたのが、ナタリア様とは、驚きです。でも、よろしいのでしょうか、私などと話して……」
ローラさんは驚いてはいるものの、怖がっている素振りは見せない。
「いえ、歓迎ですわ。私も、丁度誰かと話したいと思ってましたの」
「よろしいのですか。光栄です」
やった。デビュタントして初めてまともに友人が出来るかもしれない。
話した所、彼女はウエイン商会という宝石類を主に扱う商家の娘らしい。年は私より一つ上で、夜会などにはたまに出るらしい。今日はパーティーの主催者と、彼女の父が知り合いという事もあり、招待されたそうだ。
「宝石ですか……」
出来れば、武器屋が良かった。お友達価格で買えそうだしね。
でも、流石宝石商の娘ね。胸元に、すごい大きな宝石を身に付けているな。
「もし、よろしかったら、一度店にお越しください。サンバルト家の方に来て頂けると光栄ですから」
ふむ。商売人の娘ね。しっかり営業も忘れないのね。でも、これはこれで立派な事よね。
「ええ。是非伺いますわ」
「また、私もパーティーなどに参加させて頂く事もあると思います。その時は、是非またお話をしてくださいませ」
今日は予定があり、先に帰るというローラさんと別れる。
うん、ちょっとづつ悪評も消え去って、話せる人が増えていくかしらね。
そう言えば、シルビア、ずっと静かだけど、何してるのかしら? 見ると、うっとりと木を眺めている。ずっと、見てたんだ。ほんと、ぶれない子ね。
はいはい。それでは、今からは木の下の花になりに行きますかね。
翌日。今日は朝からエネル先生の授業の日である。
一時は落ち着いた先生の授業だが、今日はまたもや落着きが無いというか、何やらにやにや笑う時がある。正直に言おう。ちょっと、気持ち悪いよ。
「あの、先生。何かいい事ありましたか?」
いい加減耐えられない。
「え? 分かります?」
何か、腹立つな。
「いえね、実は明日、カレンさんの家に招待されているのですよ」
へー。そう言えば、手料理ご馳走してくれるって言ってたな。それで、この能天気ぶりなのか。嫌がらせに、私も付いて行ってやろうかしら。
「それでですね。実はプレゼントを用意しちゃったんですよ」
「まあ。先生にしては、よく気が付きましたわね」
ちょっとは成長してるみたいね。あれから、一度会っているみたいだしさ。きっと、そこで食事に誘われたのだろう。
「で、何をプレゼントすると思います?」
私の褒め言葉にさらに得意げな顔となるエネル先生。舞い上がっているみたいで、授業が脱線しているのも気づいてないみたい。今後、これは使えそうだな。
「そうね。本とかかしら?」
エネル先生なら、そんなものだろう。
「いやいや」
私を馬鹿にする様に首を振り、エネル先生は鞄から、小箱を取り出した。
「これですよ。実はここに来る前に買ってきまして」
取り出されたのは、手の平に乗るくらいの小箱。まさかと思うが……。
「指輪です。しかも、宝石が入っているのです」
重い。重いよ。手料理を振る舞って、指輪はいくらなんでもやり過ぎだろ。いきなり過ぎるよ。
「いや、それは止めた方がいいかと。まだ早いと思いますけど……」
私に同意とばかりに、アシリカとソージュも頷く。
「えっ? 何故です?」
勉強は出来るが、恋愛には疎いエネル先生に三人で説得するように、指輪のプレゼントは止める。最後は、恋愛の先生は私だと言ったエネル先生の言葉を持ち出して諦めさせた。
ちなみに、この三人で恋愛をしている者はいない。それでも、エネル先生よりはまともな恋愛観を持っているはずだ。
「いいですか。これは、もう渡してもいいかな、と思うまで預かっておきます」
でないと、渡してしまいそうだよ、この人。
「それ、けっこう高かったんですよ。ちゃんと預かっていてくださいね」
「そんなにしたの?」
「はい。金貨六枚です」
金貨六枚! 鉄扇二つ分じゃないか。
「でも、いい店でしてね。随分安くしてくれたんですよ。大通りのウエイン商会ってお店ですけど、お嬢様も一度行ってみては?」
ウエイン商会っていえば、この前のローラさんのお店よね。先生、うまく乗せられちゃったのかな。ま、向こうはそれが商売だしね。
「うーん。しかし、贈り物一つするにしても、難しいものですね」
いや、深く考えなくても分かる事だよ、と言いたかったが、それは止めておいた。
授業が終わり、午後のティータイム。今日は、パーティーも無いし、のんびりと過ごせる午後である。
「リア」
そこへお母様の来訪である。
「二日後の夜会のお衣装の相談よ。どれがいいかしら?」
新たに買ったらしい、ドレスを両手からぶら下げての登場である。お母様はすっかり私のドレス選びにハマっている。
「あら……」
お母様の目が、机の上の小箱に止まる。エネル先生から没収……、いや、預かっているカレンさんへの指輪である。
「まあまあ。王太子殿下からの贈り物? 貰ったなら、ちゃんと言わないと駄目でしょう」
「あっ」
それは駄目よ。私のじゃないから……、そう言おうとする前にお母様は、小箱を手に取り、掛けられていたリボンを解き、箱を開けてしまう。
「これ、本当に殿下から頂いたものなの?」
お母様は小首を傾げ、不思議そうな顔つきとなっている。お母様は、指輪を手に取ると、窓から差し込む太陽にかざす。
「いえ。それは私がお嬢様に付いて行った夜会で頂いたものでして。どうしようかとお嬢様に相談しているところでして」
アシリカのフォロー。そうよね。エネル先生の恥をお母様に聞かすわけにはいかないもんね。でも、そのプレゼント何か問題でもあるのかしら?
「ごめんなさい。アシリカのだったの。てっきり、殿下から頂いたものかと思ってしまったわ。でも、アシリカ。これをくれた人には、放っておく方がいいわ」
お母様は、机に小箱を戻し、アシリカに諭すように話す。
「それは……」
断言するお母様にアシリカが戸惑いを浮かべる。
「これね、良くは出来ていると思うけど、偽物よ。宝石が付いているけど、それが偽物。ガラス玉を巧妙に加工したものよ」
なんと! 偽物ですと!
「リアもだけど、アシリカとソージュも気を付けておきなさい。たまに、侍女に近づく殿方もいるわ。でもね、たまにこの様に偽物で気を引こうとする方もいるのよ。そういう殿方は相手にしないのが一番よ」
おお。今日のお母様は違うね。何か頼もしい。やっぱり社交界で場数を踏んだ経験かしらね。実際、公爵のお父様を射止めたんだから、実績も十分よね。
お母様は、アシリカとソージュにパーティーでの注意点や男性のうまいあしらい方を熱弁している。これは、長くなりそうね。
でも、これ、偽物だったんだ。買い物好きで、服も装飾品にも目が肥えているお母様が言うなら間違いないのだろう。。
あのエネル先生が、偽物を意図して買うとは思えない。むしろ、あのタイプは騙される方だろう。そして、これを買ったのは、ウエイン商会。ローラさんの実家の店だ。
「この事、ローラさんは知っているのかしら……」
私は、じっと小箱を見つめていて、小さく呟いた。




