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戦うお嬢様!  作者: 和音
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26 婚約

 この一年近く何度も通った王宮への道。

 初めての時は、期待と緊張に包まれていた。二回目。自分の置かれた立場を知って、憂鬱な気持ちで馬車に揺られていた。

 それもいつしか、自分の中で運命に立ち向かう決意を固めた事、そして何より剣術の稽古をする楽しみもあり、すっかり通い慣れた王宮までの道のりとなっていた。最近では、お茶の席にレオも同席する事も増えた。

 だが、今日はいつもと違う。初めて王宮に向かう時以上の緊張感を抱いていた。今日は、いつもと違い、お父様、お母様も一緒だ。馬車も三台が連なり、アシリカやソージュとは別の馬車での移動である。服も完全な正装である。

 そして、出る間際に言われたお父様から告げられたのだ。今日は、お茶会に呼ばれるのでは無く、国王陛下と会うという事を。

 それが意味するもの。考えずとも分かる。私とレオの婚約が正式に決まるのだろう。

 既定路線だったとはいえ、正式な婚約となる事に最近は忘れがちであった、先に待ちかまえている運命を嫌でも思い出させる。

 同時に、運命や乙女ゲームの事は別にして仕方ない事とも思っていた。この前のジョアンナさんの件でも思ったが、やはり貴族の娘としての立場を考えても致し方の無い事なのだ。自由に恋愛出来るカレンさんやエネル先生に対して、思いのまま恋愛出来ないジョアンナさんやダンヒル。当然それは、私にも当てはまる事だ。幸か不幸か彼女たちの様に、想いを寄せる人がいないだけである。

 ならば、運命と共に受け入れる事だろう。もちろん、私はその運命に打ち勝ってみせるつもりだし、例えどんな結末を迎えようとも、やりたい事をやり続ける考えに変わりはない。


「リア、緊張しているのかい?」


 黙り込んでいる私に、お父様が話しかけてきた。


「はい。少し……」


 正直に答える。国王陛下に会う事もだが、久々に将来の事を考えて鬱々とした気分にもなっていたのだ。


「大丈夫だよ。国王陛下はお優しい方だ。陛下もリアと会われる事を楽しみにしておられる。何も心配はいらないからね」


 優しくお父様が私の肩を撫でてくれる。お母様も心配いらないとばかりに頷いている。

 そう、私には、両親もお兄様たち、アシリカやソージュ。それにデドルやガイノスたち屋敷の人もいる。何も恐れる必要は無いのだ。


「ありがとうございます。大丈夫ですわ」


 にっこりとお父様に微笑み返す。

 お父様はそんな私に、満足そうに頷き返した。


「ほら、もうすぐ着きますよ」


 その様子を微笑まし気に眺めていたお母様が告げる。

 いつもの様に王宮への門を通り抜け、馬車は止まる。いつもと違い、多くの出迎えが待ち受けていた。仰々しく挨拶をされ、私は王宮の中へと案内される。

 普段お茶をしている中庭を抜け、王宮のさらに奥へと進んでいく。

 ひと際大きな建物へと入り、少し歩いていくと、私どころか、背の高いお父様の倍の高さはある大きな扉の前へと辿り着いた。


「この奥が、玉座の間にございます。これより先は公爵閣下、奥方様、ご息女様のみとなります」


 案内していた者がそう告げた。アシリカたちはここまでか。


「では、お入りください」


 大きな扉が開けられ、玉座の間が目の前に現れる。

 広い。そして豪華絢爛とはまさにこの事だろう。磨き上げられた大理石の床に高い天井。その天井を支える太い柱には、細かな装飾が施されている。その玉座の間という名に相応しく、奥には高くなった場所がある。二段の階段状になっており、最上段の中央の豪華な椅子に座っているのが国王陛下だろう。下の段に陛下を中心にして、左右に二人づつ腰掛けている人がいるのが、見える。


「リア」


 小声で、お母様が呼びかけられる。見ると、お母様もお父様も腰を直角に曲げ、頭を下げている。

 私も慌てて、二人に倣い、同じく頭を下げた。


「陛下。サンバルト家、グラハムにございます。同じく、グレース、ナタリアを伴ない参内致しました」


 お父様が大きな声で告げた。


「おお、待っておったぞ。さあ、入って参れ」


 広間の奥から、声が響いた。

 これが国王陛下の声か。優し気だな。


「はっ」


 お父様は、頭をさげたまま、前へと進む。一歩下がって、お母様もそれに続く。それ、歩きにくくないの? 前、見えてる? これが作法なのかしら。変なの。仕方ないから、私も同じように、頭を下げつつ、前へと進む。

 国王陛下たちのいる所まで後二メートル程の所でお父様が止まった。そのすぐ後ろでお母様も止まる。

 急に止まらないでよ、と思った時には遅かった。私の下げた頭はお母様のお尻に直撃していた。


「ひゃっ」


 変な声を出してお母様がつんのめる。それを、驚きの顔でお父様が支えている。私はぶつかった勢いで、そのまま尻もちを付く。ふんわりとしたロングスカートで良かった。下着見えてないよね。ってそんな事考えている場合じゃないわ。

 何故なら、尻もちを付いた私と国王陛下の目が合っていたのに気付いたのだ。

 やばい。これはかなりの失態よね。

 陛下は、目を見開いて私を見ていたかと思うと、大きな声で笑い出した。


「いやいや、愉快愉快。母上にいろいろ聞いておったが、聞いていた通りだ。なかなか、面白い。どれ、大丈夫か? 緊張していたのであろう。だが、そんなにも固くなる必要は無い」


「陛下。そんなにも笑っては、ナタリアに悪いですよ」


 陛下のすぐ左に座る苦笑する王太后様だ。


「ははっ。母上、そうですな。すまんな、ナタリア。いや、変に気取った所の無い親しみ易い娘と聞いていたのでな。会うのを楽しみにしておったのだよ」


「陛下。申し訳ありません」


 流石のお父様も、焦りが顔から伺える。お母様は、青くなっている。これは、屋敷に帰ってからが、不安だな。

 立ち上がりながら、ちらりと見えた王太后様の隣に座るレオは俯いて、肩を震わせている。次の剣の稽古の時、覚悟しとけよ。


「よいよい、グラハム。楽しそうで、良い娘ではないか。ま、一応礼儀だ。改めて紹介してくれんか?」


 陛下は楽しそうな雰囲気である。どうやら、気分を害した心配はいらない様だ。だが、油断しないよ。これ以上、失態を繰り返す訳にはいかないからね。


「はっ。こちらにおりますのが、娘のナタリアでございます」


 お父様に紹介される。


「お目通りが叶い、光栄でございます。ナタリア・サンバルトと申します」


 全力で淑女の礼を取るが、今更感満載だな。


「うむ。よく参った。余も会えて嬉しく思っている」


 改めて陛下を見てみると、とても優し気な方である。温和な雰囲気は王太后様によく似ていた。


「もっと早く会いたいと思っていたのだが、なかなかそなたの父が会わせてくれんでな」


「陛下、お戯れを……」


 お父様はそう言っているが、何か想像出来るな。


「はっはっはっは。ワシには娘がおらんが、お前の気持ちも分からんでもない。こんな可愛らしい娘なら、手放したくもなくなるだろうてな」


 からかう様に陛下がお父様に笑いかけた。

 和やかな雰囲気ではあるが、気になる事が一つ。それは、陛下を挟んで、王太后様の反対にいる、王妃様だ。つまりはレオの継母。一度も言葉を発する事なく、無表情のままである。そして、その隣にはレオの弟にあたる、今の王妃様が生んだ第二王子も座っていた。まだ五歳くらいで、状況がよく分かっていないのか、きょとんとした顔で、私たちを眺めていた。


「陛下、あまりサンバルト卿を困らせてはいけませんよ。それより、どうです? ナタリアは……」


 王太后様が、話を進められる。

 そう、今日ここに来たのは、私と王太子であるレオとの正式な婚約の為のはずだ。


「そうですな。ワシとしては、何の異存も無い。レオナルドとナタリアの婚約、認めよう」


 陛下のお言葉。この国においては最も重く、最終的な決定を告げる言葉である。

 ついに、正式に私とレオの婚約が決まったのだ。これは、破滅への入り口か、運命との戦いの始まりか――私は、そんな事を考えていた。




 国王陛下との謁見が終わり、私は、王太后様からお茶へと誘われた。

 いつもの様に、中庭でテーブルを囲み、お茶を楽しむ。お父様とお母様は一足先に屋敷に帰られている。今日は剣術の稽古の予定も無いので、来るとは思っていなかったレオが意外にも同席していた。


「今日は、お疲れ様でした。どうです、緊張しましたか?」


 王太后様が労いの言葉をかけてくださる。


「はい。陛下にお会いするのは初めてでしたので……」


「何度か父上への謁見に立ち会った事があるが、あそこで転んだ奴は初めて見たぞ」


 にやにやとレオが私を見ている。

 こいつ、一刻も早く忘れたい事を……。さては、それを言う為にわざわざ来たんだな。おう、今からでも、剣術の稽古始めようか? あの時の想いを全部、ぶつけてやるぞ。


「逆に陛下への印象が良くなったと思いますよ。気にされずともいいですよ」


 王太后様、慰めはありがたいですが、あれが、好印象って、私は芸人ですか? 陛下を笑わす為に呼ばれたのでしょうか?


「そんな事より、ナタリア。ありがとう。この子と婚約してくれて。これで、私の肩の荷が少し下りた気がします」


 王太后様は、ほっとした表情で頭を下げる。

 これでレオは王太子として、サンバルト家という強力な後ろ盾を得た事になったのだ。その為に計画された婚約でもあるのだ。


「頭をお上げください。私などで本当に良いのかと思うくらいなのですが……」


「いえ、あなた以外には、レオの后など考えられません。これからは、苦労も出てくると思います。ですが、どうか、この子を支えてやってね」


 苦労、か。そうよね。苦労というより、まさに命懸けの状況になるのよね。断罪コースに乗ってしまったのだから。


「はい。精一杯、努力させて頂きます」


 だが、覚悟は出来ている。とっくに、私は腹を決めているのだ。私は、私の信じる道を歩んでいくと。

 デメリットだらけの婚約だが、たった一つメリットを私は見出していた。それは立場。今までは、公爵家の令嬢でしかない。いや、それだけでも、大したもんなだけどね。それに加えて、今後は、王太子の婚約という肩書が増えるのだ。

 そう、世直し計画において、その肩書は大きい。インパクト絶大だ。

 ま、半分は、無理やりメリットを見つけた感じだけどね。でも、実際、効果はあると思うな。


「そうだわ。正式に婚約したのですもの。どうかしら、二人で少し散策されてきては?」


 王太后様からの無茶ぶり。お見合い中の、後はお若い二人で、的な事をされても困るのだが。


「ほら、行ってらっしゃいな」


 王太后様から急き立てられる様にして、私とレオは席を立つ。

 レオはむっつりと黙ったまま、仕方ないといった感じで、歩きだす。私もそれに付いていく。

 二人がやって来たのは、以前にも訪れた街を一望する事が出来る城壁である。やはり眺めは素晴らしい。

 その眺めを二人で黙ったまま、眺める。レオは何を考えているのだろうか? 婚約について、どう思っているのだろうか? 彼がいつかこの婚約を後悔する日が来るのだろうか? そして、その時私は……。


「リア……」


 唐突にレオが私の名を呼ぶ。


「不満は無いのか?」


 レオは街を見下ろしたまま、尋ねてきた。


「それは、婚約の事でしょうか?」


「そうだ」


 不満というか、不安はあるが、じたばたしても仕方ない。


「ありませんわ」


 その返事に、レオは振り返り、じっと私を見つめる。


「本当にか?」


 何が言いたいんだ。


「はい。本当です。レオ様はご不満で?」


「いや……」


 レオは私から目を逸らした。


「俺は、自分の立場を分かっているつもりだ」


 ああ、うちの家が後ろ盾になる事かな。やはり、嫁となる人間の実家に支えてもらうって事だから、男性としては面白くない部分があるのかもしれない。ああ、それがヒロインに靡く一因でもあったのかな。


「あまり、気にされる事もないかと……」


「そういう訳にはいかんだろう、男として……」


 やっぱりか。私は女だからよく分からないけど、男の人は気になるものなのかしら?


「だって、未だに一度もリアに勝っていないのだぞ」


 ……は?


「婚約者の女に一度も勝てていないなど、問題ではないか?」


「あの……、レオ様?」


「俺はコウド学院に入学するまでには、勝つと決心したが、その前に婚約となるとは……。せめて、一度勝利してからが良かった」


 そんなにも悔しいのか。そんなに私に勝ちたいのか。

 ゲームの中では、俺様だが、優秀だったレオ。だが、今私の目の前にいる王子様からは、どこか残念な雰囲気が漂い始めている気がして仕方ない。

 これって、私が悪いの?


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