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戦うお嬢様!  作者: 和音
23/184

23 痛恨の油断大敵

 目の前にはジョアンナさんが俯いて椅子に腰かけている。場所は私の部屋。お母様と伯母様から彼女が結婚を延期したいと言い出したという話を聞いてから二日後の事である。

 慌てふためく伯母様から、年の近い私にジョアンナさんが何を考えているのか、確かめて欲しいと頼まれて、今日を迎えていた。

 部屋に入ってから、ジョアンナさんは顔色が優れないまま、黙り込んでいた。


「あの、ジョアンナ様……」


「はい……」


 私に、消え入りそうな小さな声でジョアンナさんは俯いたまま答える。

 こんな調子で会話になるのかな。でも、このまま、黙っていても始まらないしね。


「結婚の延期を申し出たそうですが、やはり、リックス様の事でしょうか?」


 もう単刀直入に聞くしかない。それ以外の方法も思い浮かばないしね。


「……」


 膝の上で、ぎゅっと拳を握りしめ、ジョアンナさんは黙り込んでしまう。

 こんなジョアンナさんだ。相当の決意をして、結婚の延期を言ったのだろう。それだけ、リックスさんの事を想っているのだろうな。でも、延期ってのが、中途半端だよね。

 私がジョアンナさんとの話し合いを頼まれてから二日間、どうすれば彼女が幸せになれるか考えていた。あの、ダブルド家の馬鹿息子に嫁に行くのは、言語道断である。かと言って、その縁談を無しにする事は出来ない。そして、彼女の気持ちはリックスさんにあるはずだ。彼ならば、結婚相手としても申し分ない人だと思う。

 だが、一方でジョアンナさんにも問題はあると思う。彼女の性格による所が大きいのだが、場に流され自分の気持ちをはっきりと言えず、決断もせず、かと言って現状に納得出来ずに、塞ぎこみながら、己の望みを叶えたいと願っている。私からしたら、じゃあ動けよ、って思ってしまう人である。

 そして、考え抜いた結果、出した結論がこれだ。動いてもらおう。なにせ、彼女自身の事なのだから。


「ジョアンナさん、駆け落ちです!」


 俯いていたジョアンナさんが、驚きに満ちた顔となり私を見る。


「あの、お嬢様。いくらなんでも、それは……」


 アシリカは戸惑いの表情を浮かべている。

 うん、私もぶっ飛んでいると思う。でも、他に何も思い浮かばない。


「いえ。これしかないわ。ジョアンナ様。覚悟を決めてください。考えてください。あなたが心から側にいたいのは誰ですか? 頼れるのは誰ですか? あなたの事を理解してくれているのは誰ですか?」


 私はジョアンナさんの前にしゃがみこみ、彼女の肩に両手を置いて目線を合わせる。


「リックス様……」


 ジョアンナさんの目から涙が一筋流れ落ちた。


「ご自分のお気持ちに素直に従ってみても、いいのではありませんか?」


 ジョアンナさんは涙をその手で拭き取ると、ゆっくりと頷いた。


「覚悟されましたか?」


「……はい。今までは全て父や母の言われたままの人生でした。一度くらい……、いえ、結婚くらい自分で決めたい」


 溜め込んでいた思いを放つかのごとく、今までに無い力強い口調となるジョアンナさん。


「よしっ。決まりね。それじゃあ、早速準備に取り掛かるわよ」


「ですが、ナタリア様にご迷惑をお掛けしてしまいます」


 立ち上がる私の腕を掴み、ジョアンナさんは首を横に振る。 


「その様な事、気にする必要はありませんわ。言い出したのは私です。それに、お手伝いすると私も決めましたから」


 これも人助け。今回ばかりは、後の事を考えると少しマズイ気もするが、構わない。女に度胸は必要よ。

 アシリカを見ると、いつもの如く、ため息を吐いてから頷く。


「のんびりしている暇はありませんね。準備に取り掛かります」


 しかし、準備と言っても用意するものも少ない。なにせ、ジョアンナさんは身一つでサンバルト家に来ている。今の彼女に必要な物は先立つ物だ。つまりお金。アシリカに頼み、嵩張らない売れそうな装飾品を小袋に詰め、ジョアンナさんへ持たせる。私も鏡台の引き出しの奥からデドルのバイトで手に入れたなけなしの銅貨四枚と鉄貨五枚を入れる。借金返済はまた一からやり直しだね。


「さて、屋敷から脱出します」


 もちろん、デドルに秘密の門を通してもらう。

 屋敷の者には、気晴らしに庭を散策しながらジョアンナさんと話すと伝え、小屋へと向かう。

 小屋では、デドルが私たちが来るのを分かっていたかの様に待ちかまえていた。


「おや。今日はいつもより一人多いですなぁ」


 ジョアンナさんを見て、デドルが笑顔で出迎える。


「デドル。ジョアンナ様を駆け落ちさせるわ。門を通してちょうだい」


「駆け落ちですかい」


 デドルが目を丸くして、驚く。


「ええ。ジョアンナさんの幸せの為よ」


「なるほど。それが、お嬢様とジョアンナ様の出した答えなら、何も言いますまい」


 そう言うと、デドルは秘密の門を開け放った。


「それと、お嬢様。ジョアンナ様の結婚を延期したいというお申し出は、ダブルド家に伝わっております。くれぐれも、ご用心を」


 相変わらず、耳が早いわね。どこから仕入れてきたのかしら。

 それより、あの馬鹿息子も結婚の延期を知っているのね。確かに用心すべきね。あの男が何か仕出かさないとも限らないしね。


「大丈夫よ。ほら」


 私は腰のベルトに差した鉄扇をポンと叩く。気合いを入れる為にいつもの勝負服も着こんでいる。


「流石、お嬢様。抜かりはありませんな。おっと、もう一つ。もしかしたら、もう一人か二人、救われる者も出るかもしれませんな。その事、心に留め置かれますように……」


「どういう事?」


 誰の事かしら? デドルの言っている事がよく分からない。


「それは、お嬢様の力量次第で。ま、今は気にせずともよろしいですわい。では、お気をつけて」


 デドルに見送られ、屋敷の外へと出る。デドルの言葉は気になるが、教えては

くれなさそうだし。


「お嬢様。これから、どうするので?」


 アシリカが尋ねてきた。


「もちろん、騎士団本部へ行って、リックスさんに会うわ」


「しかし、いきなり訪ねてあえるでしょうか? まさか、ジョアンナ様のお名前を出す訳にはまいりませんし」


 そうね。言われてみればそうよね。


「そうだわ。カレンさんに頼みましょう。妹のカレンさんなら会えるかもしれないわ。アシリカ、すぐに、フッガー家に行ってきて。私たちは、先に騎士団本部へ行っているから」


「かしこまりました。それがいいかもしれませんね」


 アシリカは、フッガー家へと向かって走り出した。


「あの、ナタリア様はリックス様とお会いした事が?」


 私たちのやり取りを不思議そうに見ていたジョアンナさんが疑問を口にする。


「ええ、一度だけ偶然に。それと、屋敷の外で私の素性は秘密でお願いしますね。様付けもしなくて構いませんわ、ジョアンナさん」


「は、はい。分かりました」


 状況に付いてこられないといった様子のジョアンナさんだ。無理もないか。駆け落ちへの急展開に加え、秘密の門を通って屋敷の外へ。しかも、私とリックスさんが、偶然とはいえ、会った事があるのを知ったのだ。困惑するなと言う方が無理だよね。


「さ、行きましょう」


 私たちは、騎士団本部へと向かって歩き始めた。自然と歩くスピードが速くなってくる。


「今更、こんな事を言うのは憚れますが、こんな事をして本当にいいのでしょうか?父や母は悲しまないでしょうか?」


 歩きながら、ジョアンナさんが私に尋ねてくる。

 不安なんだろうな。先は見えないし、当然、両親の事も気がかりだろう。


「叔母様もきっといつか分かってくれる時が来ます。今は何もしないより、行動すべき時です。一度決めたのです。迷いは、捨てた方がいいと思います」


 ジョアンナさんも覚悟を決めて門を潜ったはずだ。それが分かっていなかったら今やろうとしている事に意味が無くなる。


「こんな言い方をしては、傷つけるかもしれませんが、ジョアンナさんはもう少し自分をしっかり持った方がいいと思います。それでは、リックスさんに対しても失礼です」


 私の言葉にジョアンナさんは唇を噛みしめる。


「そうですわね。ナタリア様……、いえ、ナタリアさんの言う通りですね。今はリックス様との未来だけを考えます」


 騎士団本部の前に着く頃には、ジョアンナさんから迷いは感じられなくなっていた。どこか、決意の籠った目になっていた。

 ここで、アシリカを待っていればいいわけか。早く来ないかな。


「お嬢サマ」


 ソージュが突然、目線を鋭くした。視線の先から一台の馬車が来る。あの馬車はこの前見たダブルド家の馬車だ。

 馬車は、私たちの前で止まると中から人が降りてくる。ダンヒルだ。今日は、酒は飲んでいないようだが、何しに来たんだ? まさか、無理やりジョアンナさんを奪いに来たんじゃないでしょうね。


「ジョアンナ、突然の事で驚いているが、話は聞いた」


 あれ、何かこの前と違って普通ね。でも、油断は出来ないわ。

 ソージュと一緒に、ジョアンナさんを庇う様にして前に立ち、ダンヒルを睨み付けた。


「ナタリアさん。大丈夫です。やはり、ダンヒル様にもきちんとお話しなければと思います。私のはっきりしない態度が、ダンヒル様をも傷つけたに違いありませんから。丁度いい機会ですわ」


 え? 大丈夫? 今はまともそうだけど、こいつの事信用していいの?


「何度かダンヒル様にはお会いしていますが、紳士な方です。話せばわかって頂けるかと。ですから、お待ちになっていてください」


 紳士? 酒を飲んで絡んでくるこいつが?


「ジョアンナ、せめて訳を聞かせてくれないか?」


 ダンヒルの言葉に頷いて、ジョアンナさんは一人前へと進み出た。


「ダンヒル様、この度は申し訳ございせん。実は私……」


「やっぱり、もう話さなくてもいいよ」


 ダンヒルがジョアンナさんの話を遮る。その顔がみるみるうちにイヤらしいモノへと変わっていく。


「けっ。格下の家から貰ってやるってのに、調子に乗りやがって。俺がどんな思いでお前との結婚に臨んだと思っている? 詫びとして、滅茶苦茶にさせろ。唯一の長所のその顔と体でな」


 下卑た笑いをして、ダンヒルはジョアンナさんの腕を掴む。


「ダ、ダンヒル様?」


 恐怖と驚愕に満ちた顔で、ジョアンナさんが掠れた声を出す。

 こいつ、今までジョアンナさんの前では、猫を被っていたのね。


「おら、来い!」


 ダンヒルはそう言って、ジョアンナさんを抱きかかえると、無理やり馬車へと乗せる。


「止めなさいっ!」


 私は馬車へと駆け寄る。


「何だ、お前ら。こいつの所の侍女だったのか。だったら、伝えとけ。こいつを一晩借りるぞっ!」


 窓から、ダンヒルが言うと同時に馬車は勢いよく走り出した。


「だから、待ちなさいっ!」


 私とソージュがそう言った時には、すでに遅く、馬車は走り出していた。

 あー! どうしよう。ジョアンナさんが攫われちゃったよ。私とした事が、痛恨のミスだわ。油断せず、もっと気を付けていればよかった。


「お嬢様」


 一足違いで、歯ぎしりする私の元へアシリカがやって来た。どうやら、フッガー家からカレンさんを連れてきてくれたようだ。カレンさんの横には何故か、シルビアさんもいるが、今はそれどころではない。


「ジョアンナさんがダンヒルに攫われたわ」


「何ですって!」


 アシリカが叫ぶように声を張り上げた。


「どうした? 何やら表で騒いでいると聞いてやってきたのだが、君たちか。ん、カレンもいるのか。一体どうしたんだ?」


 リックスさん! 丁度いい所に。騎士らしく、馬に跨ったリックスさんだ。


「大変なんです! 訳は後で話ますが、ジョアンナさんが攫われたんです」


「ジョアンナが攫われただと!? それは、どういう事だ!? それに、君たちは、ジョアンナと知り合なのか? 詳しく説明してくれ!」


 リックスさんの顔色が変わる。


「だから、詳しい説明をしている時間はありません。さっき、馬車で攫われたんです。馬で追いかけたら間に合うかも。ダブルド家の紋章が入った黒い馬車です! 連れ去ったのは、ダブルド家の長男のダンヒルです!」


 私は必要最低限の事を伝え、馬車が走り去った先を指差し、リックスさんを急かす。


「……分かった。詳しくは後だな」


 そう言うや否や、リックスさんは馬に鞭を入れ、駆け出した。


「あの……、一体何が?」


 何も分から連れて来られたと思しきカレンさんは、困惑している。


「あの、カレンさん、すみません。詳しい事情はまた説明します。今は私もすぐに行きますので、ごめんなさい」


 カレンさんには、本当に申し訳ないが、今は仕方ないわ。


「あら、お忙しいみたいですわね。カレン、あなたは取り合えず、屋敷に帰りなさい。私が伺っておきます」


 え? シルビアさん付いてくるの? ええと、まぁ、いいか。今は一刻も早く行かなけりゃいけないしね。


「本当にごめんなさい。私、行きます!」


 そう言い残し、私は走り出した。向こうは馬車だ。追いつくとは思えないが、一刻も早くジョアンナさんを救い出さなければならない。これは、私の責任だ。油断大敵。この言葉がぴったりの間抜けさだ。

 後悔と悔しさを胸に秘め、私は走る。

 お願い、ジョアンナさん。私が着くまで無事でいてよ。って、どこに着けばいいのだろうか? それでなくても、方向音痴の私だ。先陣を切って走っているが、行先が分からない。

 私は急停止して、後ろを振り返る。


「ナタリア様、こちらですわ」


「え?」


 立ち止まった私の代わりにシルビアさんが先導を始めた。


「えっと……」


 シルビアさん、どこに行くつもり?


「先ほどのリックスさんとの会話から大体の事は分かりました。きっと、ダブルド家の別邸に向かったのでしょう。私が案内しますわ」


 いつも通りのほんわかとした雰囲気は変わらないが、別人の様に感じる。このあいだのカフェでも思ったけど、シルビアさんて、不思議な人だな。いや、前から不思議な人だったけど、別意味でね。


「急がれた方がよろしいのでは?」


 アシリカも焦っているみたいだ。


「そうね。行きましょう。シルビア様、案内お願いします」


 私はシルビアさんに続き、再び走り始めた。


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