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戦うお嬢様!  作者: 和音
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21 翼の折れたキューピッド

 フッガー家への訪問は、あっさりとお母様に了承された。この春にもデビュタントを控えている私に友人と呼べる令嬢がいない事をむしろ、心配していた様で、先方への連絡から準備までを取り仕切ってくれた。さすがにその日のうちに、というわけにはいかず、二日後の訪問となった。

馬車に揺られ、いつものごとくアシリカとソージュを連れてフッガー家へと向かう。

 フッガー家に間もなく着こうかという時、二つの人影が目に留まった。

あれは、確かカレンさんだ。一度、迷子になった時に見た気の強そうな顔を覚えている。

 一緒にいたのは誰かしら? 逞しい体つきに、精悍な顔。随分親しそうだけど、あの男性がエネル先生が見た一緒に歩いていた人だろうか。

 エネル先生とはまったくタイプが違う。そして、カレンさんの表情からは、確かに安心感の様なものが感じられる。ダメだ。エネル先生に勝ち目は無いような気がしてきた。


「私たち、ここに来たのは無駄になりそうな気がするわ」


「デスネ」


 同じく二人の様子を見たソージュも頷く。アシリカも無言だが、異論は無さそうだ。それくらい、何かお似合いなんだよね、あの二人。

 諦めに近い気持ちを抱えながら、フッガー家へて到着し、門をくぐる。

 屋敷の入り口では、シルビアさんをはじめ、数人の使用人が私を出迎えてくれる。その中に、カレンさんの姿は無い。当たり前か。だって、さっき表にいたものね。


「ナタリア様、ようこそおいでくださいました」


 ほんわかとした雰囲気を携えながら、シルビアさんが笑顔を見せる。


「シルビア様、わざわざのお出迎え、ありがとうございます」


「いえ。ナタリア様が来られるなど思ってもいませんでしたので、嬉しいですわ」


 一通りの挨拶を済ませると、シルビアさんに庭に面したテラスへと案内された。サンバルト家ほどの広さはないが、良く整えられた庭である。


「ナタリア様。うちの木もなかなかのものでしょう?」


 お茶をしながら、シルビアさん。

 やっぱり、木の話なのね。確かに、立派な木だと思うし、人の趣味にとやかく言う気はないけど、今日は話すべき事があるのだ。何か、すでに無理そうだけどさ。恋のキューピッドの意気込みが消えそうだよ。


「あの、シルビア様。少し教えて頂きたい事がございまして……」


 シルビアさんの木への想いの語りが途切れた瞬間を狙って、私は口を開いた。


「何でしょうか? 私に分かる事でしたら、何でもお答えしますわ。だって、ナタリア様は初めて私に会いに来られた大切な友人ですもの」


 何か、さらりと重い話が混じっていた気もするが、今は考えないでおこう。


「この前お見かけしたフッガー家の侍女の方の事ですわ。確か、カレンさんでしたかしら」


「カレンですか? 彼女がどうかしましたか?」


 相変わらず、同い年とは思えない妖艶な笑みを浮かべながら、シルビアさんは首を傾げる。


「あの、実は私の家庭教師の先生が、どうもカレンさんを気に入ったみたいでして……」


「まぁ!」


 木を見る時とまた違ったテンションの上げ方のシルビアさんに出会いから先日の講義での出来事まで話す。


「素敵ですわ。まるで、運命の出会いって思いますね」


 そうか? 助けられたのは、男の方だよ。とても、そんなキレイには受け取れない私の心は荒んでいるのだろうか?


「私、物語で読むような恋の話に憧れますわ」


 随分と盛り上がっているみたいだけど、あの先生なら心ときめく恋物語もコメディーになってしまうような気がする。


「私にも、是非協力させてください。カレンも、もう二十歳なのに、浮いた話一つ無いのです。私も彼女には幸せになって欲しいですし」


 キラキラと瞳を輝かせてシルビアさんは両手を胸元で結んでいる。


「ありがとうございます。シルビア様が協力してくれるとなると、とても心強いですわ」


 ここは、ありがたくシルビアさんの協力に感謝する。多少の不安はあるけどさ。だって、あまりにもいいように理解している気がする。それより、カレンさんに浮いた話一つ無いって事は、さっきも見たあの男の人は誰なんだろう?


「それにしても、ナタリア様はお優しい方ですわ。家庭教師の先生の為にここまでなさるなんて……」


 そう言って、シルビアさんは男なら、一目で恋に落ちる様な色っぽい眼差しを私に向けてきていた。




 シルビアさんと私で練った策はこうだ。まずは、私がエネル先生を、シルビアさんがカレンさんをそれぞれ、街のカフェへと誘い出す。そこで、偶然を装い会おうという作戦だ。そこからは、エネル先生の力量次第。もちろん、サポートはするつもりだが、やはり最後はエネル先生の頑張りが結果を左右する。

 数日の下準備の後、普段から街へ自由に出られるらしいシルビアさんと違い、今回私はデドルに頼んで、門を通してもらった。服もアシリカが用意してくれた平民らしい服を着こんでのお忍びの外出である。いや、またアシリカへの借金が増えちゃったよ。早いとこ、鉄扇の分も含めて返さないとね。

 流石に一人という訳にはいかず、アシリカ、ソージュを伴ない、約束のカフェへと向かう。エネル先生とは店の前で待ち合わせだ。

 カフェへと着くと、緊張からか、顔を青くしているエネル先生が立っていた。

 おい、今からそんなんで大丈夫か? 先が思いやられるな。


「先生、しっかりしてくださいよ」


 挨拶もそこそこに、エネル先生の背中をポンポンと叩く。


「は、はい。ご心配無用ですよ」


 引きつった笑顔のエネル先生に、ため息を一つ吐いた私たちは、店へと入る。

 段取りでは、私たちが先に店に入り待つ事になっている。


「ちょっと、落ち着てください。いいですか、私はきっかけを作るだけですから。後は先生次第なのですからね」


 店内に入ってからも落ち着かない様子のエネル先生を励ます。こっちまで、胃が痛くなってくるよ。


「は、はい。頑張ります」


 エネル先生が緊張を解くのを待たず、店の入り口から、シルビアさんとカレンさんが入ってくるのが見えた。


「来ましたよ」


 私が小声で告げると、エネル先生は体をビクンと震わせた。


「あら……、ナタリア様?」


 さも、偶然といった感じで、シルビアさんが私に気付く。いやあ、この自然な感じ。役者だね。こりゃ、私も負けてられないわね。


「まぁ、シルビア様。偶然ですこと。もしよろしかったら、ご一緒しませんこと?」


 大女優ばりの演技で応える私。


「よろしいので? 奇遇ですわね、この様な所でお会いするなんて……。そちらの方は?」


 今気づいたとばかりに、シルビアさんがエネル先生を見る。


「私の家庭教師の先生ですわ」


「エネルさん?」


 カレンさんがエネル先生に気付いた様だ。


「あなたは、確かフッガー家の侍女の……」


 そんなカレンさんに私は首を傾げてみせる。


「はい。フッガー家の侍女のカレンにございます」


 何故この様な所に公爵家の令嬢がいるのか、という不思議そうな顔をしながらもカレンさんは頭を下げた。


「今は、こっそり街の散策中ですの。そのような堅苦しい挨拶は不要ですわ。カレンさんも、お座りになって」


 有無を言わせず、カレンさんも席に着ける。よし、これで、まずは第一段階完了だね。ここからは、エネル先生も頑張ってよ。


「それより、カレンさんは、エネル先生とお知り合いで?」


「はい。少し前に偶然知り合いまして」


 うん、知ってる。エネル先生を助けてくれたんだよね。


「それ以降、いろいろと教えを受けていまして。本当に感謝しています。とても博識な方とは思っていましたが、まさか、サンバルト家で家庭教師をされているほど優れた方だったとは……」


 おっ。なんかいい手応えじゃない?


「やっぱり、勉強を教えて――」


 ソージュの爆弾投下を阻止すべく、アシリカが口を押えている。良くやったわ、アシリカ。今ここで爆弾が落とされたら、エネル先生は、木っ端微塵になっちゃうわ。


「ええ。エネル先生はとても優秀な先生ですわ。私のような出来の悪い生徒にも、諦める事なく、教えを授けてくださる立派な方ですし」


 自分を下げてでも、お膳立てしてあげるわよ。だから、後は頑張ってと、先生を見る。


「いえ、お嬢様はやれば出来るのです。ですが、すぐにさぼろうとするから……」


 机の下で、私はエネル先生の足を蹴る。今はそんな話はどうでもいいでしょ。


「そんな立派な方に教えて頂くなんて、カレンはお礼はしたの?」


 シルビアさんが、話を戻してくれる。ぼうっとしている様で、意外と頼りになるわね。


「いえ、それが、何度かお食事をさせて頂いたのですが、いつもご馳走になるばかりでして」


 申し訳なさそうにカレンさんが、頭を下げる。

 それより驚きなのは、一緒に食事もしたのか。会話が成り立ったのか心配だわ。


「でしたら、一度、自宅に招待してみればいいのでは? カレンの手料理はとても美味しいですわよ」


 さらに絶妙なシルビアさんのフォロー。


「カレンさんの……、手料理……」


 それに引き換え、何を想像しているのか、ぼうっとなるエネル先生。ほんと、しっかりしろよ。


「あの、先生?」


 私の少しイラつきの籠った声に我に返るエネル先生。


「えっと、はい。食べたいです。例え、どんな料理でも是非、食べたいですっ!」


 先生、力入り過ぎ! カレンさんちょっと引いてるじゃない。


「そう言えば、この冬に流行った雪合戦という競技はサンバルト家に伝わる冬の競技らしいのですが、エネル先生も参加さなったので?」


 またしても、シルビアさんのフォロー。


「いやあ、僕は、寒いのは苦手でして……」


 はい、会話終了。


「あ、あの、先生の授業、とても分かりやすくて、いつかコウド学院の教師になりたいそうなのです」


 諦めてなるものか。私も頑張らないとね。これで、エネル先生の将来性アピールだ。 


「でも、もう二回も採用試験に落ちてまして。いつかなれるでしょうか?」


 私に聞くな。それと、ここに何しに来たか本当に分かってる?


「い、いえ、先生なら、きっと大丈夫ですわ。ねっ」


 アシリカとソージュに同意を求める。二人はわざとらしく、大きく首を縦に振る。もうっ。私とシルビアさんに比べて、大根役者ね。


「あっ。そうだ。カレンさん。もし良かったら、このエネル先生なんか、どうですか、将来を一緒に過ごす人として……」


 もう直球勝負よ。小細工しても、全部、張本人のエネル先生が見事に潰してくれるしね。


「……私は、侍女としてまだまだです。今は立派な侍女になる事しか考えていません……」


 目線を落としながらも、きっぱりと言い切る。

 ああ、キューピッドの翼が折れていくよ。


「いや、ご立派です。自らの仕事に誇りを持って高みを目指す。なかなか出来る事ではありませんよ」


 エネル先生は感心した様に頷いている。

 あのさ、暗に交際を断られているんだよ。分かんないかな。いくら、恋愛経験無くても分かるでしょ、普通。ひょっとして、馬鹿なの? 勉強は出来るけど、馬鹿なの?

 もう駄目だ。これは私が悪いんじゃない。エネル先生のせいだよね。ここまで、酷いとフォローのしようが無いわよ。ほら、ついに、シルビアさんも俯いてしまったじゃないの。


「んー。こりゃ、また美人ばかり連れて、羨ましい限りだな」


 エネル先生以外、気まずい空気が流れる中、突然三人組の男たちが、私たちの席へとやってきた。


「おいおい。一人占めはずるいだろ。俺たちも回してくれよ」


 男たちは酒臭い。酔った勢いか、エネル先生に絡み始めた。

 まったく、めんどくさいわね。それでなくても、こっちは機嫌よくないんだからね。


「おい、お前ら、こっちに来て俺たちの相手もしろよ」


 一人の男がふらふらと私の方にやってくる。

 仕方ない。店の中で魔術を使わすわけにもいかないし、ソージュに片付けてもらおうかしらね。あーあ、こんな事なら、鉄扇持ってくれば良かった。


「やめなさいっ!」


 警戒態勢に入っていたアシリカとソージュより先にエネル先生が私の前に立ちはだかる。


「この子たちは僕の大事な教え子たちです。その様に酔った方の所に行かす訳にはいきません」


 え? ちょっと、何してるの? 見るからに先生より向こうの方が体格いいよ。いや、待てよ。もしかして、本当は勉強だけでなく格闘術にも優れているとか?だったら、カレンさんにいい所を見せるチャンスよ。先生、頑張って!


「何だ、てめえはっ! 引っ込んでろ!」


「うわっ!」


 あれ? 男の一突きで、エネル先生吹っ飛んじゃったけど。しかも、頭打ったみたいだけど、大丈夫かしら?


「仕方ないわね。ソージュ、お願い」


「ハイ」


 ソージュが臨戦態勢に入ったその時、目の前に、割って入る姿が見えた。体格のいい鍛えられた体つきをした男性。そして、その体に合う精悍な顔つき。カレンさんと会っていた人だ。


「おい、何してる? 酔っているとはいえ、女性相手に情けないと思わないのか?」


「はぁ? うるさいな。黙ってろよ」


 酔った男の一人が、殴りかかってくるのをあっさり避けると、腕を取り捻りあげる。


「痛てえっ!」


 悲鳴を上げる男は、軽々と突然現れた男性に持ち上げられると、ぽいっと仲間の元へと投げつけられた。


「くそっ。てめえら、覚えていろよっ」


 チンピラ定番の台詞を吐いて、酔った三人組は逃げる様に去って行った。

 その様子を眺めていて、確信したね。こりゃ、エネル先生に勝ち目は無いね。悔しいけど、認めるしかないね。はいはい。私は恋愛下手です。女心を分かってませんよ。キューピッドの翼も折れましたよ。


「兄さん!」


 カレンさんが、逞しい男性の元へ駆け寄る。

 え? 兄さん? この人、カレンさんのお兄さんだったの?

 

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