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戦うお嬢様!  作者: 和音
20/184

20 私、恋のキューピッドになります

 伯母様とジョアンナさんを見送った後、私は部屋には戻らず、デドルの小屋へとやってきていた。

 突然押しかけてきた私に嫌な顔ひとつせず、デドルはお茶を用意してくれる。


「お嬢様、もう少し空気を読んでくださいませ」


 話題はジョアンナさんの事だ。やはり、立ち入った事を聞きすぎたみたいで、アシリカからのお説教である。確かに、ちょっと深入りした事を聞きすぎたね。


「お嬢様は女心が分かっておられませんなぁ」


 一緒にお茶をしているデドルが肩を震わせている。

 あの、私も女ですけど。


「誰しもがお嬢様みたいに、真っすぐ一直線に突き進む人ばかりではありません」


 ねえ、アシリカ。何かそれ、私がすごい馬鹿みたいに聞こえるのですけど。


「はっはっはっ。でも、それがお嬢様のいい所でもありますがねぇ」


「ハイ。お嬢サマの魅力でもありマス」


 デドル、ソージュ。それ、褒めてるの? ちょっと、他意を感じるけど。


「はぁ、それにしても、気になるわね。ジョアンナさん、どうするのかしら?」


「ずいぶんと思い詰めておられましたね」


 アシリカも心配そうに頷く。

 そうね。彼女、大丈夫かしら。自分を責め続けて、最悪な馬鹿な真似しないか不安になってくるわ。

 でも、リックスさんってどんな人なんだろう。ジョアンナさんみたいなタイプが彼女だと、大変だろうな。

 ジョアンナさんのの二学年上という事は今年、二十一歳になるのか。イグナスお兄様と同じ年よね。もしかしたら、知り合いかも。


「ちょっと、イグナスお兄様の所に行ってくるわ」


 まだ、屋敷にいるはずよね。ご自分の部屋かしら。


「お嬢様。まさかとは思いますが、今回はあまり関わらない方が……」


 アシリカが私を窘める。


「分かってるわよ。ちょっと、気になるだけよ」


 私の言葉に、アシリカはため息を吐いて項垂れていた。 




 イグナスお兄様は、同級生であったリックスさんの事をよく覚えていた。

 かなりの優秀な成績のうえ武芸に優れ、性格も良く統率力もあるという完璧さんらしい。ただ、平民の出身という事で一部の貴族からは妬みを含め、避けられてはいたらしい。

 イグナスお兄様は仲が良かったみたいで、今でもたまに会っているようだ。やっぱり、軍人と騎士って事で、通じ合うモノでもあるのかしら。

 そして、重要な情報が一つ。女性に対しては奥手だそうだ。ただ、付き合っている女性はいるみたいだとお兄様。きっと、ジョアンナさんの事だろう。近日中にお兄様に会わせる約束をしているそうだ。結婚を申し込み、婚約者として紹介すると言われたらしい……。

 いや、ジョアンナさんが来たら、さすがに、イグナスお兄様も驚くだろうな。ちょっとその様子も見てみたいが、それどころではない。これは、リックスさんが、ジョアンナさんの状況をまったく知らないという事。そして、プロポーズしようとしている事だ。


「これは、何とも……」


 私は自室に戻り、頭を抱え込む。

 話がややこしくなってきているわね。でも、私に出来そうな事もない。もちろんジョアンナさんには幸せになって欲しいと思うが、彼女自身が状況をややこしくしている原因でもある。彼女でしか、解決は出来ない。


「お嬢様、悩まれているところ申し訳ありませんが、そろそろ学問の先生がお見えになる時間でございます」


 アシリカが、机に突っ伏している私の背中から声を掛けてきた。

 そうだ。ジョアンナさんの来訪があったから、学問の時間が午後からに変更になっていたな。でも、今はそんな気分じゃないな。


「乗り気でないとかは、サボる理由にはなりませんよ。先生もすでに来られています」


 私の心を見透かした様にアシリカが釘を差す。


「分かったわよ。今、行くわよ」


 あまり乗り気でないが、家庭教師が待つ一室へと向かった。




「はぁ……」


 今のため息は私ではない。目の前にいる家庭教師であるエネル先生のものだ。

 エネル先生は二十代半ばの優男という感じの教師である。かなり優秀な人らしく、数学や国語から始まって、歴史なども教えてくれている。本人はどうも、コウド学院で教鞭をとる事を夢見ている様だが、彼の人見知りな性格がそれを邪魔しているらしく、貴族の子弟の家庭教師をしていた。内気な割に、宿題を一杯プレゼントしてくれる素敵な教師でもある。

 内気だが生真面目なエネル先生が授業中にため息を吐くなど、今までにない事だ。もちろん、私の回答を聞いて呆れたわけでもない。授業の最初から、どこか心ここにあらずといった感じである。

 普段と違う様子に、両隣で一緒に講義を受けているアシリカとソージュも困惑の色を浮かべていた。


「あの……、先生?」


「え? いや、これは失礼しました。えーと、どこからでしたっけ?」


 ため息の後、ぼうっとしていたエネル先生は、慌ててテキストを捲る。

 いや、それ、算術の本だよ。今は、歴史の授業ですけど。


「エネル先生、どこか調子がお悪いのでは?」


 顔色も悪い気もする。


「お嬢様にご心配お掛けするとは、申し訳ございません。大丈夫ですよ」


 エネル先生は弱弱しい笑顔を作っている。


「す、少し休憩に致しますか?」


 アシリカも普段とかけ離れた様子のエネル先生を心配したのか、席を立ちあがると、お茶を用意し始めた。


「すみません……」


 エネル先生はがっくりと項垂れる。


「ねえ、先生。本当に大丈夫ですの?」


 お茶を待つ間、もう一度エネル先生の体調を私は気遣う。決して、講義が中止になるかもという、邪な思いは無い……と思う。


「いえ、本当にご心配には及びませんよ」


「そう? でも、いつもと様子が違うわ。もしかして、恋煩いとか?」


 私の冗談に、エネル先生は体をビクンと震わせ、口をパクパクさせている。

 え? 当たり? まさか、本当に恋に悩んで、呆けているの?


「あの……、正解ですの?」


 エネル先生は優秀だが、とても素直な人でもある。感情が表にとても出やすい、分かりやすい人でもある。

 私の問いかけに、顔を真っ赤にして、小さく頷いた。

 お茶を入れていたアシリカの手は止まり、ソージュも唖然とエネル先生の顔を見ている。それほど、エネル先生と恋愛という言葉が結びつかない人だった。


「そう、ですの……」


 いやね、私も驚きだよ。今日は人の恋バナをよく聞く日だな。冬が終わり、恋心が冬眠から目覚めましたって感じなのかね。私は、何もないけどねっ。


「ねえ。どんな方ですの?」


 よし、いつもの宿題のプレゼントのお返しだ。ちょっとくらいからかってもいいよね。


「え。いや、そのですね」


 しどろもどろになっているね。いつもは理路整然と講義をしているエネル先生とは思えない狼狽っぷりだね。こりゃ、珍しい。

 早く早くとばかりに身を乗り出す私に、顔を赤くしたまま、ぽつりぽつりとカナル先生は話し始めた。


「出会いは偶然でした……」


 道で躓き、足を痛めたエネル先生をその女性が助けてくれたらしい。いや、そこ普通は逆じゃないの? 男にしたらかなり情けない出会い方だよね。その時はそれまでだったが、偶然にも、本屋で再会して、それ以来たまに会うようになったとの事である。


「へー。二度も偶然なんて、運命を感じるわね」


 私のこの言葉に、エネル先生は嬉しそうな表情を見せた。


「それなのに、何か悩む事があったのですか?」


 お茶を差し出しながら、アシリカ。


「ええ。実は、見てしまったのです。その女性が他の男性と歩いているのを」


 エネル先生は嬉しそうな表情から一変して、辛そうにカップを手に取る。


「それで、そんなにも気落ちしたのですか……」


 私に力なく、エネル先生は頷いた。

 でも、他の男性と歩く事もあるろう。何もその男性が恋人と決まった訳では無いのではないだろうか。何せ、エネル先生は恋の経験が少なさそうなしね。私も人の事は言えないけどさ。


「その時の彼女の笑顔、僕に見せた事が無いような安心感に満ち溢れていました」


 うーん、そうか。そういう事なら、恋人の可能性も有りだね。ま、もっとも、エネル先生とは出会い方からして、安心を感じられないと思うけど。


「僕は幼い頃から勉学一筋でした。恋というのも、これが初めてです。だから、どうしていいか分からなくて……」


 恋愛経験少ないじゃなくて、今まで無かったのか。それでは、戸惑いや不安も大きいのだろうな。


「まだその男性が本当に恋人か分かりませんわ。もし、恋人がいるなら、何度も先生と会わないでしょうし」


 そう言いつつ、エネル先生はその女性に詐欺か何かで騙されているのでは、という考えが頭に浮かぶ。まさか、壺とか買わされてないだろうな。


「そ、そうでしょうか。いや、そうですよね。恋人がいるなら、何度も僕と会いませんよね」


 哀れみの目をする私に構う事なく、エネル先生の顔に生気が戻ってくる。

 何か気の毒になってきた。ジョアンナさんの話以上に同情してしまう。いや、騙されていると決まったわけじゃないけどさ。


「あの、その方はどんな方なのですか? ほら、例えばどんな仕事をされているとか……」


 アシリカも心配顔になっている。おそらく、私と同じ考えに至ったのでしょうね。


「あー。侍女をしています。確か、フッガー家でしたかね。侍女をやるにも、学問は必要です。何度か講義とまでは言いませんが、教えましたね」


 フッガー家。シルビアさんの家か。


「カレンさん、とても物覚えも良くてとても教え甲斐がありますね」


 ちょっと、待って。カレンさんって、この間、街の広場にシルビアさんを迎えに来ていた侍女の人だよね。

 フッガー家に他にもカレンという名前の侍女がいれば別だが、この前見かけた彼女は、人を騙す様な人には見えない。もちろん、会ったのは一瞬だから確証は無いけどさ。


「先生が勉強を教えてくれるから、会っていただけ、デスカ?」


 黙って聞いていたソージュが、爆弾を投下したよ。ほら、みるみるうちに、先生の顔から戻っていた活力が失われていってるじゃない。

 でも、ソージュの言葉はあながち外れていない気もする。だから余計に、そのソージュの言葉は残酷だよ。


「いや、でも、彼女はそんな……。しかし、それなら……」


 何か、ぶつぶつと訳の分からない独り言始めちゃったし。このままじゃ、再起不能になっちゃうかもしれないわね。


「あの、先生。もし良かったら、私が何とかしますわ」


 どうなるか分からないが、エネル先生の初恋だ。手助けしてやろうじゃないか。これもある意味、人助けだよね?


「ほ、本当ですかっ!?」


 またもや、顔に生気が戻ってきているみたい。本当に分かりやすい人だな。


「ええ。もちろん、うまく行くかは保障出来ませんが。だって、先生の頑張りも必要ですから」


 この調子じゃ、あまりエネル先生には期待出来無さそうだけど。


「はい、頑張りますとも。是非、お願いしたいです。こんな事、誰にも頼れないと思っていましたから」


 しかしこの人、意外と恥も外聞も無いわね。年下のしかも、教え子を頼るなんて。それだけ必死という事にしておこう。

 うまく行くかは別にして、協力するか。普段からお世話になっているしね。

 だが一方で、ここで恩を売っておけば、宿題の量を減らしてくれるかもしれないと思ったのは、秘密である。




 さて、安請け合いしたものの、どうしようか。ぐだぐだ感に包まれた講義も終わり、部屋に戻って考える。

 てか、考えるまでも無いかな。直接、カレンさんに聞けばいいだけじゃないのかしら。恋人はいますか、エネル先生の事どう思ってますかってさ。シルビアさんに頼めば、簡単に会えそうだしさ。

 そう思い立った私は、屋敷から出るべく、デドルの元に向かう。


「ほう、成程。で、お嬢様は、エネル先生の手助けをしたいと」


 本日二回目の訪問にもかかわらず、デドルは穏やかに出迎えてくれていた。


「本当に、お嬢様にうまく出来るのですか?」


 アシリカは疑問に満ちた顔を私にみせている。


「な、何よ。私には無理って言いたいの?」


「お嬢様はその辺、疎い様な気がしまして……」


 う。痛い所を突いてくるわね。確かに、前世も含めて恋愛経験少ないけどさ。


「お嬢様は女心にも疎いですしなぁ」


 だから、デドル。私も女だってば。


「私も心配、デス」


 ソージュまで!? かなりショックだわ。


「もうっ! 絶対に、エネル先生の恋を成就させてやるわよっ。みんなで馬鹿にして」


 こうなりゃ、意地だ。何がなんでも二人をくっ付けてやる。見事、恋のキューピッドになって三人を見返してやる。


「で、門を通りたいという事ですが、そういう事なら、堂々と奥様におっしゃってみては? 友人の伯爵家の令嬢に会いに行くと言うなら、許されると思いますが」


 そうね。その方がいいかもね。その方がフッガー家に着いてからも中に簡単に入れるしね。

 早速、お母様にフッガー家へ行く事を伝えよう。

 アシリカたちは不安げに私を見ているけど、見てなさいよ。女心を分かってないなんて、ホント失礼だわ。


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