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戦うお嬢様!  作者: 和音
171/184

171 それぞれの思惑

 ◆   ◇   ◆   ◇   ◆   ◇



 昼下がりのエルカディアの街。場所は平民街にある商店街の大通りを一本裏に入った路地だった。表通りの騒めきが微かに辺りに響いている。

 そこにある二人の陰。その周囲に人影は無い。

 一人は壁にもたれかかり、ひさしの陰に隠れている。


「久しぶりですね……」


 女性の声。凛とした透き通るような声だ。聞く者に安らぎと畏怖の念を抱かせる声でもある。

 そして、このような場所にいる立場でもない。何故なら、彼女はこの国の王太后という身分だからだ。普段は王宮の奥深く、一般とは隔絶された世界で生きている人物である。王太后に相応しいとは言えない、平民の姿をして陰に隠れる人物を見つめていた。


「久しぶりじゃの……」


 影の中から男の声が帰ってくる。こちらはどこかしゃがれた声。


「あれから十五年、いえ、二十年になりますか……」


「忘れたのう。それより、お前さんは、こんな所におってよいのか?」


 男には王太后相手に畏まる素振りは微塵も無い。


「はい。是非ともあなたに頼みたいことがありまして。剣聖であるあなたに」


 陰の中の男――クレイブの眉間に皺が寄る。


「……何を頼むつもりじゃ?」


「はい。我が孫を守って頂きけるようお願いに参りました」


「孫? 確か二人おったはずじゃが……」


 王太后に目を合わせようとせず、クレイブが首を傾げる。だが、その口ぶりも話し方にもどこかわざとらしさが見える。


「レオナルドです。あなたがかつて守った人のたった一人の子です」


「シェイラか……。懐かしいの」


 そう答えたクレイブだが、懐かしいと言いながらもその顔には寂しげな笑みが浮かんでいた。


「かつて、我が息子、今の国王陛下とシェイラの婚姻を快く思わない輩からあなたは彼女を見事に守ってくれました。そのあなたに今度はシェイラの子であるレオナルドをを守って頂きたいのです」


 シェイラの話をする王太后もどこか辛そうな表情となる。


「アトラスの地からこの王都まで彼女を守って旅してから随分の月日が経つのう」


 王太后の依頼への返答の代わりにそうクレイブは呟く。


「ええ。あの時あなたがいなければ、あの子はどこかで殺されていたことでしょうね。今でもあなたには感謝しております」


 王太后がクレイブに静かに頭を下げる。


「心優しい娘っ子じゃったの。ワシは妻も子も持たなんだが、娘を持った気分じゃったよ。そして、剣の道しか知らず、血塗られたその道に明かりを灯してもくれた。ワシは今でもシェイラには感謝しておる」


 そこまで言って、クレイブは一息つく。


「そんなあの娘っ子があんなにも早く亡くなるとはの……」


 やるせないため息と共に、首を横に振る。


「私もショックでした。あの子が生きていたらと何度思ったことか……」


 王太后の目の隅に涙が浮かんでいる。だが、その涙を指ですくうと、己を奮い立たせるように目に力を籠めた。


「そのシェイラが唯一遺してくれたレオです。だからこそ、私はレオを守りたいのです」


 力強い王太后の目がクレイブを真っすぐに捕えている。


「……狙われておるのか?」


 ここで初めてクレイブも王太后へとその顔を向けた。


「今の所表立った動きはありません。ですが、気になる話がちらほらと耳に入ってきております。彼自身を、そして彼の立場を脅かそうとの画策が……」


 向けられたクレイブの視線をしっかりと受け止めて王太后が頷く。


「相変わらず耳が早いのう」


「王宮で生きて行くために必要なこと」


 その王太后の言葉に再びクレイブは明後日の方に目をやる。


「……そんな所に可愛い弟子をやりたくないもんじゃの」


「弟子? どなたかを師範候補にでも?」


「いや、気にせんでええ。それより、レオナルドを狙っておる者の目星は?」


 クレイブは、王太后の問いを遮り再び顔を向き合わせる。


「スリーザ侯爵家」


 短く王太后が答える。


「……なるほどの」


 クレイブの眉がピクリと動く。

 スリーザ侯爵家。現王妃の実家だ。貴族の世界や政治に興味の無いクレイブでもそれくらいは知っていた。


「今、レオにはナタリア・サンバルトとの婚約によってサンバルト家の後ろ盾を得ております。ですが、スリーザ侯爵家は自らの血を引いたロレンスを次期国王へと押し上げたいという思惑があるようです」


 スリーザ侯爵家は現王妃の実家ということもあり、今では三公爵家に次ぐ力を持っている。そのスリーザ侯爵家が、第二王子を王位に付けいずれは三公爵家をも凌ぐ力を得たいと野心を抱いているのは貴族の間では公然の秘密だった。


「一つ尋ねるが、お前さんはいざとなったら、第二王子の命をも奪うのかの? 母親は違えど、お前さんからみたら同じ孫じゃろう?」


 険しい顔つきとなるクレイブ。


「ロレンスも私にとって可愛い孫です。だからこそ、無用で愚かな争いなどして欲しくないのです。第一王子を差し置いて王位を望むなどあっては混乱の元でもあります。祖母として、そして王太后として私はレオを無事王位に就けたいのです」


 切実な思いを顔に浮かべ王太后が拳を握りしめている。

 二人の間に沈黙が横たわる。


「……分かった。気に掛けておこう」


 先に沈黙を破ったのはクレイブだった。


「ありがとうございます。あなたにそう言って頂けたら何も心配はありあません」


 張り詰めていた顔を緩め、王太后が安堵の表情を浮かべる。


「でしたら、すぐにレオと顔を合わせる手筈を整えなければなりませんね」


 礼を言ってすぐに王太后の思考はこの先の算段を始めていた。


「いんや、その必要は無い」


 少し上を向いて考えを巡らしていた王太后をクレイブが止める。


「必要ないとは?」


 思考を止めた王太后が怪訝な顔でクレイブを見る。


「もうすでに知り合いじゃ。わざわざ紹介してもらう必要はない」


「すでにレオと面識が? 一体どうして?」


 王太后がますます怪訝な顔つきとなる。それも無理はない。剣聖といえどもクレイブとレオの接点が思い浮かばなかったのだ。


「今コウド学院で働いておっての。ま、働くと言っても清掃係じゃ。その時、ちょっとした切っ掛けで知り合っての」


「そうですか……。レオったら何も言わないから……。ですが、それは手間が省けました」


 王太后が二度三度首を縦に振る。


「それとの、ワシは気に掛けると言っただけじゃ。常に側にいるとは言っておらん」


「それは……?」


 困惑した様子の王太后である。


「のう、もうちっとお前さんの孫と白ユリの紋章を持つ者を信じてやれ。いつまでも子供ではないんじゃぞ」


 諭すような口調でクレイブは王太后に話しかける。


「レオと……、ナタリアを?」


 首を傾け孫とその婚約者の名を口にする王太后。


「そうじゃ。きっと、どんな困難も乗り越えられよう」


「どうしてそこまで言い切れるので?」


 王太后が眉間に皺を寄せる。 


「お前さんは王宮でしかあの二人を見ておらん。いや、その耳目も王宮に限られておる。じゃが、ワシはそれ以外のあの二人を見て、そう思ったのじゃ」


 クレイブの目に力が籠る。並みの人間なら圧倒されて怯んでしまうほどの眼力である。


「……それは否定できません。所詮今の私は王宮の中の老人。出来ることにも限りがあります」


 王太后もそれなりの経験を積んできた人物である。クレイブから目を逸らすことなく頷く。


「ならば、あの二人を信じたらええ」


 全身から漂う気迫をすっと消したクレイブが飄々とした笑顔を見せる。


「レオは確かに優秀な子でした。ですが、それだけでは……」


 不安を隠す事なく王太后が呟く。


「レオナルドだけではない。サンバルトの娘もじゃ」


「もちろん、ナタリアには感謝も信頼もしています。しかし、それとこれとでは」


「あの娘は言葉に出来ない力を持っておる。目には見えない、感じることもできない。じゃが、何かを持っておる」


 王太后が、じっと黙ってクレイブに見入る。


「ほれ、シェイラの甥っ子も随分と変わったそうではないか。あの娘に関わってからの。レオナルドもそうではないのか?」


 クレイブの言葉に王太后が黙り込んで、じっと考え込む。

 再び沈黙が訪れる。 


「……ですが、やはり心配は尽きません」


 次に沈黙を破ったのは王太后。

 少し気弱な声だが、王太后も頬を緩める。


「人は死ぬまで悩みや心配は消えん。無の境地は近くて遠いもんじゃ」


 クレイブは両手を上げ、うーんと背筋を伸ばす。


「それにの……」


 上げた両腕を下ろし、クレイブが目を閉じる。


「ワシもあの二人が王と王妃となる世を見てみたいからの。久々に見た白ユリが美しかったのでな」


 そんなクレイブに言葉を発することなく、王太后が頭を深く下げる。

 王太后に片手を軽く上げ、クレイブが歩き出す。

 顔を上げ、それを見送っていた王太后もその場から離れて、表通りへと出る。いつしか、その彼女の背後にすっと平民の姿をした女性が守る様に寄り添う。


「……剣聖の言葉を信じます」


 寄りそう女性にそう告げて、王太后は人込みに消えていった。

 


 ◆   ◇   ◆   ◇   ◆   ◇



 ジメジメとした空気である。

 そこは地下だろうか。陽の光が一切入ってこないその部屋で、明かりと呼べるのは一本の蝋燭だけだった。

 四方に石積みの壁の部屋の中に、どこかから空気が流れ込んできているのだろう、蝋燭の灯りが不気味に揺れている。

 そんな部屋でしゃがれた声が響く。

 

「主様。予定より遅れております」


 そのしゃがれた声の持ち主は、サウラン。その皺が刻まれた顔がほのかな蝋燭の灯りに照らされていた。

 彼女が主と呼んだ人物は、蝋燭の灯りもほとんど届かない部屋の片隅で椅子に腰かけている。頭からフードを被りその表情は伺えない。


「それも、すべてあの忌々しいナタリア・サンバルトのせいにございます」


 苛立ちが籠った若い女性の声はレイア。サウランと共に彼女らが主と呼ぶ人物の前に跪いていた。


「コウド学院での秘石を発掘する時にも邪魔をしてましたからね。ですが、何よりガイザの実権施設を使えなくなったことが今思い返しても腹が立ちますわ」


 返事が帰ってこないのは常なのか、気にする素振りもなく一気にまくし立てた。


「レイア。過ぎたことは仕方ない。それに、神器を集めれば実験施設など無用。今は一刻も早く神器を集めねばならん」


 腹立たしさを隠そうとしないレイアにサウランが険しい顔で振り向く。


「そうですわね、ババ様。一刻も早く呪術の真の力を得ねばなりませんものね」


 サウランの言葉にレイアが落ち着きを取り戻し、口元を醜く歪ませた。


「そうじゃ。世の理すら自在に操れる呪術。その力を主様に捧げなければならん」


 同じく狂気の笑みを浮かべるサウランである。

 そんな二人の前で主である人物は一言も発しないばかりか、ただじっと椅子に腰かけたまま微動だにしない。


「ですが、またあのナタリア・サンバルトの邪魔でも入りはしないでしょうか? 随分と我らを敵視しているようですし」


 まるで何故ナタリアにそう思われているのか理解していない顔のレイアが眉間に皺を寄せる。


「心配せずともよい。すでに手を打っておる」


くくくと噛み殺した笑い声がサウランの口から零れる。


「ふふ。さすがはババ様ですわね。それでどのような手を?」


 レイアも愉快そうにその顔を綻ばせる。


「楔だ」


 ニヤリと邪悪な笑みをサウランが浮かべている。


「楔?」


 いまいち分からないとレイアが首を傾げる。


「呪術の力を思い知るがいいねえ」


 サウランはさも愉快そうに肩を震わせた後、漆黒の中の主に顔を向ける。


「主様」


 呼びかけられても何も答えず動かないままの主をサウランは特に気に留める様子もなく言葉を続ける。


「どうかご安心してお待ちを。我ら主様の宿願を必ずや叶えてみせます」


 そう言って頭を下げるサウランとレイア。

 だが、それにも反応を示すことなく主と呼ばれた人物は暗がりの中にただただ存在していた。



 ◆   ◇   ◆   ◇   ◆   ◇



 昼食を終えた昼下がり。窓から春の日差しが差し込んでいた。

 部屋のソファーで一人心地よさそうに寝息を立てているナタリアである。間もなく終わりを迎える春休みを部屋でくつろぐつもりがいつの間にかぽかぽかとした陽気と昼食後の満腹感からいつの間にか睡魔に負けていた。

 ナタリアの横でムサシも気持ち良さそうに目を閉じて眠っているようだ。


「まったく……」


 そんな主に小さくため息を吐きながらひざ掛けをそっと被せるアシリカだ。


「幸せそうな顔で寝テル」


 ソージュがナタリアの寝顔を覗き込む。


「ふふ。そうですね。今年で十七になられるとうのに、寝顔は初めてお仕えした時から変わってません。いつも幸せそうですね」


 アシリカもその寝顔に目をやり苦笑する。


「うにゅう」


 何やら寝言を呟いて、にんまりと笑うナタリアだ。


「美味しい物食べてる夢、見てるのカナ?」


「どうでしょうか? お嬢様の事だから、案外世直しでもしているかもしれませんよ」

 

 侍女二人で、ナタリアの見ている夢を想像しながら笑い合う。


「ふふ……、最高……」


 ナタリアの寝言は続く。


「お嬢サマ、きっと食べている夢」


「そうなのかしら?」


 二人でナタリアをじっと見る。 


「金貨の海、泳ぐの最高……」


 一段とにやけるナタリアの寝顔である。そんな彼女にさっきまでののどかな笑みが急速に消えていく侍女二人だ。


「……金貨の海が正解ミタイ」


「……そのようですね」


 盛大に大きなため息を吐いて、夢の中で金貨の海を泳いでいるのであろう主の姿を眺めていた。


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