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戦うお嬢様!  作者: 和音
17/184

17 ここはどこ?

「リア!」


 王太后様とレオと別れ、馬車まで王宮内を歩いていた私を呼び止める声がした。

 この声は……。


「お兄様!」


 振り返った先には、上の兄であるエリックお兄様がいた。


「殿下に会いにきていたのかい?」


 優しい笑みを浮かべながら、こちらにやってくる。エリックお兄様にしても、下の兄のイグナスお兄様にしても、ほんと美男子である。改めて思い返すと、サンバルト家は美男美女揃いの家である。


「はい。先ほどまで、ご一緒させて頂いていました」


 もちろん、剣の稽古の事は秘密である。


「お兄様、お仕事は?」


 今日は、レオと王宮内を散策した事もあり、普段より遅い帰りの時間だが、お兄様はまだ働いている時間だと思うのだけど。


「ああ。最近忙しかったからね。一段落した今日は、ちょっと早めに帰れる事になってね。そしたら、リアを見かけたから声を掛けたんだよ」


 そうなんだ。そう言えば、最近ずっと帰りが遅かったもんね。


「お仕事、大変なのですね」


「いや、先週は特別だよ。何せ、孤児院で不正があってね。ほら、リアが母上の代理で、寄付を届けた孤児院だよ。それの調査と他の孤児院で、同じ事が起きてないか、調べていたんだよ」


 え? ひょっとして、私のせい? アシリカとソージュも突然下を向いて、顔を見せてくれなくなったよ。


「リアには、まだ興味の無い話かな」


 そう言って、エリックお兄様は私の頭を撫でる。

 いや、興味のある無いより、思いっきり関わっちゃってます。ていうか、切っ掛けです。


「それより、せっかく会ったんだ。どこか、寄り道していくかい?」


 寄り道! 魅力的な言葉だわ。


「しかし、エリック様。奥様からは、真っすぐ帰る様にと……」


 アシリカ、余計な事言わない!


「ははっ。たまにはいいじゃないか。母上には、私から言っておくから心配しなくていい」


 お兄様、さすが!


「かしこまりました」


 アシリカは、寄り道はほぼ毎回です、と言いたげな顔である。


「では、行こうか。リア、どこか行きたい所はあるかい?」


 うーん。どこに行こうかしら。いつもは、グスマンさんの所ばかりだから、今日は別の所に行きたいな。

 あっ、そうだ。


「お兄様。私、一度行ってみたい所がありましたの」


「ほう。どこだい?」


「はい。それは……」


 私は満面の笑みを浮かべていた。




「父上にもだけど、特に母上には内緒だよ」


「分かっへまふわ」


 私は手にした濃い味付けのされたから揚げを頬張りながら、答える。私がエリックお兄様にリクエストした場所は、庶民が食べる物を食べられる所。

 エリックお兄様は、そのリクエストに戸惑いながらも、屋台の立ち並ぶ街の一画へと連れてきてくれていた。いい匂いと客引きの声を出す屋台と多くの人で賑わっている。

 もちろん、公爵家で育ったお兄様もそんな場所は知らなかったので、ソージュに教えてもらった場所である。お兄様自身も初めての場所で、興味がある様だが、それ以上に、私の要望とこの場の雰囲気に面食らっていた。

 いやあ、屋敷での食事は毎日、豪勢なコース料理で、栄養バランスもしっかりと考えられている。味も最高で、上品だが、前世庶民の私は、たまには、こういったこってりした健康を考慮していない様な味に飢えていたのだ。


「しかし、これはこれで、なかなか……」


 お兄様も満足しているみたい。お兄様は、さりげなくアシリカとソージュの分も購入し、一緒に食べている。

 この女性への気遣い、モテるのだろうなぁ。お兄様は二十三歳。この世界の男性では、もう結婚していてもおかしくない年齢である。ちなみに、女性は十八から二十が適齢期だそうだ。なのに、お兄様は恋人や婚約者がいない。おかげで、社交界では、大人気という話を聞いた事がある。将来有望な公爵家の跡取り。その上、顔は良くて、性格も非の打ち所がないという人だ。そりゃ、女性は放っておかないわな。


「リア、口の横が汚れているよ」


 私の口の周りに付いた汚れを、そっとハンカチで拭ってくれる。その顔は、見とれる様な優し気で、綺麗なものである。そして、この行動を無意識にやっているのが、分かる。

 これでは、本人がその気は無くても、女は惚れてしまうだろうなぁ。うーん、女の敵だね。よっ、この女殺しっ。

 それにしても、この辺りは屋台が充実してるわね。さすが、ソージュのお勧めだわ。ほんと、次から次へと私を誘惑してくるよ。私を太らせたいのかしらね。

 ん? この匂いは……。焼き鳥だ。香ばしい匂いがしてくる。どこからかしら?是非、食べなければ。


「リ、リア。待ちなさい。はぐれてしまうよ」


「お嬢様っ。お待ちくださいっ」


 エリックお兄様とアシリカの声が聞こえる。

 でも、そんな事言っても、早く行かなきゃ。この匂いの誘惑には勝てないわよ。こんなチャンス、滅多に無いんだからさ。ちゃんと付いてきてよ。

 人込みを掻き分けて進んだ先に、いい香りを漂わせて、串に刺さった鳥肉がいい音を出して、焼かれている。


「お兄様っ、次はこれですわっ」


 私は振り返るも、そこにお兄様はいない。周囲をきょろきょろと見回す。


「アシリカ……、ソージュ……」


 そこで、私は誰も付いてきていない事を知る。

 あれ、ひょっとして、迷子? 

 まあ、落ち着こう。そんなに離れていないはずだ。ちょっと、戻ればきっと、会えるはずだ。えっと、どこから来たんだっけ? こっちかな。じっとしてても、仕方ないしね。

 ところが、どんなに行ってもお兄様たちとは、出会えない。さっきの焼き鳥の店に戻ろうとしても、戻れない。

 あー、自分の方向音痴ぶりを恨むわ。ここは、どこよっ!?

 どうしよう。自分一人では、屋敷にも帰れないし、お兄様たちも見つからない。


「ナタリア様?」


 ほわっとした声が聞こえてきた。


「あなたは……」


「お一人ですか?」


 妖艶な笑みで、私を首を傾げて見つめる女性。名前は、確か、シルビアさんだっけ。私の誕生日パ―ティーで、ひたすら庭の木を眺めていた人だ。


「え、ええ、まあ」


 私は曖昧な返事を返す。だって、この年で迷子って恥ずかしいじゃない。


「あの、シルビア様も、お一人で?」


 彼女も、フッガー伯爵家の娘だったはずだ。貴族の令嬢が一人歩き? もしかして、彼女も迷子なんじゃ……。お仲間発見かな。


「はい。この先に少し用がありまして」


 違った。迷子なのは、私だけか。


「ですが、一人で大丈夫ですの? 侍女は?」


「ふふっ。専属の侍女が付いているご令嬢は、公爵家など一部だけですよ」


 そうなんだ。知らなかった。そう言えば、パーティーの時も侍女らしき者を連れていなかったな。


「もし、よろしかったらご一緒しますか?」


 シルビアさんが誘ってきた。どうしよう。ここで、また一人になるよりは、一度でも会った事のある人と一緒の方がいいな。最悪は、恥を忍んで迷子の事実を打ち明けよう。


「よろしいですの? 私も丁度、退屈してまして」


 本当は、迷子で必死なんだけどさ。ギリギリまで、小さなプライドを守りたい。


「では、行きましょうか」


 彼女から離れまいと必死に付いていく。

 途中、何度も探した焼き鳥の屋台の前を通る。くそう、この屋台のせいで、私は迷子に……、って、私の食い意地のせいか。


「あの、ナタリア様?」


 焼き鳥の屋台を睨み付ける私にシルビアさんがまたもや首を傾げる。やっぱり、この人のこの仕草、色っぽいな。

 私の視線の先の屋台にシルビアさんが気づく。


「ちょっと、お腹が減りました。どうです、ナタリア様。ご一緒して頂けますか?」


 そう言うと、シルビアさんは、焼き鳥を二本、屋台で買ってきてくれた。

 うう、いい人だぁ。ちょっと、変わった人だと思っていたけど、ごめんなさい。あなたは、女神です。


「さあ、参りましょう」


「ええ」


 付いていきますとも。すっかり、この人の事好きになちゃったわね。お友達になりたいわ。いえ、むしろ親友よ。


「着きましたわ」


 着いたのは、屋台が立ち並ぶ通りを抜けた先にあるちょっとした広場。特に何の変哲もない広場である。一本の大木の周りに芝生があり、そのさらに周りには、ベンチが並んでいた。

 シルビアさんは、そのベンチの一つに腰掛けた。私も、隣に座る。

 えっと、ここに用事があるの? 誰かと待ち合わせかしら? だったら、私も居てもいいのかな。お邪魔じゃないかしら?


「あの木、いつ見ても素敵ですわ。週に一回は見に来ますの」


 私の疑問や心配をあっさり打ち砕くシルビアさんの言葉。


「今週は二回目だったかしら。どうです? とても素敵な木だと思いませんか?」


 ごめん。前言撤回。友達ならいいけど、親友まではちょっと……。この人とは根本的な所で私とずれている所がある気がする。少なくとも、趣味は合わないだろうな。


「そんなに来られているのですか?」


「はい」


「でも、屋敷から出るのに、何も言われないのですか?」


 自由に屋敷から出て、歩き回れるのか。それは、羨ましい。


「特に言われませんね。昔からよく一人で出歩いてます」


 フッガー家が特別なのか彼女が特別なのか、私には分からないけど、いいなぁ。


「ナタリア様もいいのでしょう? こんな所でお一人なのですから」


 いや、実は迷子なんですよ。途方に暮れていたところにあなたと会ったのです。 きっと、今頃お兄様たちは必死で私を探している所でしょうね。 


「あっ。これ……」


 シルビアさんが、さっき屋台で買った焼き鳥を差し出してくる。


「頂きますわ」


 やっぱり、この香ばしい匂いには勝てない。遠慮なく、頂く事にする。

 うーん、やっぱり美味しい。この甘辛いタレが何とも言えないわね。幸せを感じるわー。

 あっという間に一本平らげた。うん、満足。贅沢言えば、あと二、三本欲しいけどね。

 隣を見ると、うっとりとした表情を浮かべ、広場の中央にある大木をシルビアさんが眺めている。とても、色っぽいが、とても木を眺めている顔には見えないな。


「あの、シルビア様はおいくつですの?」


 前も思ったが、この色気、何歳なんだろうか。


「ナタリア様と同じ年ですわ」


 なんと! 同じ年ですと。十三歳で、この色気。先が恐ろしいね。でも、同じ十三歳でこの差。特に胸の辺り。何か悔しい。いや、きっと私はこれからだ。うん、そうに違いない。そう信じてる。


「シルビア様。またこちらにおられましたか」


 ベンチの後ろから声が聞こえる。

 見ると、メイド服姿の侍女が一人。気が強そうだが、随分と美人さんだね。


「まあ、カレンですか」


 シルビアさんが、ゆっくりと振り返り、おっとりとした声を出す。


「カレンかではございませんよ。今日はご家族で、出掛ける日ですよ。どれだけ探してもおられないので、まさかとは思いましたが……」


 どうやら、フッガー家の侍女のようだ。


「あら。そうでしたか。ごめんなさい。すっかり忘れていました」


 首を傾げて、謝る仕草も色っぽいね。これなら、謝られた方は、許してしまうな。ほんと、末恐ろしい十三歳ね。


「こちらの方は……」


 隣にいる私に気付く。


「ナタリア様よ。サンバルト公爵家の」


 いや、今は紹介して欲しくない状況なんですけど。なにせ、絶賛迷子中ですから。


「これは、失礼しました。私、フッガー家の侍女でカレンと申します。知らぬ事とはいえ、ご挨拶が遅れて申し訳ありません」


 カレンさんは深々と頭を下げた。


「い、いえ。気になさらないで」


「シルビア様。皆さまがお待ちです。屋敷に帰りましょう。ナタリア様。今日の所は失礼させていただきます」


 カレンさんはもう一度私に頭を下げる。


「お嬢様っ!」


 今度は私を呼ぶ、いつもの声。アシリカだ。

 うん、ちょっと、いや、かなりタイミングが悪いと思う。見つけてくれたのは嬉しいけど、もう少し後が良かったな。


「ですから、勝手に一人で行ってはいけないと申し上げたではありませんか。しかも、屋台の匂いに引かれてお一人になるとは、何をお考えですか。お嬢様は迷子になりやすいのですから気をつけてくださいませ」


 アシリカ、説教は後で受けるから、今はやめて欲しいな。


「あっ」


 隣にいるシルビアさんとカレンさんの存在に気付いたみたいね。二人とも苦笑いね。シルビアさんはその苦笑いも色っぽいけどさ。


「リアー! 心配したよー」


 続いて、エリックお兄様も参戦か。私を見つけ、こちらに走ってくる。もういいや。どうとでもなれ。そうです。私は迷子になった馬鹿な子です。


「大丈夫かい? 不安だっただろう。でも、もう安心だよ」


「あ、あの、シルビア様。そろそろ……」


「そうですね。では、ナタリア様、ごきげんよう」


 居づらいのか、気を使ってくれたのかは分からないが、逃げる様にして、この場を立ち去る二人。


「あ、あの、この事は……」


 アシリカが申し訳なさそうに、二人に頭を下げる。


「ええ、分かっています。偶然、散歩中のナタリア様にお会いしただけです」


 カレンさんがアシリカの意を察して、頷く。その横で、ほんわかとした笑みでシルビアさんも頷く。

 うう、情けない。彼女の事を天然娘と思っていたが、これでは私は馬鹿娘だね。


「さあ、リア。私たちもそろそろ帰らないと」


 お兄様の言葉に私は黙って頷く。


「お嬢様。もう私たちから離れてはなりませんよ」


 分かってる。言われなくても、しっかり付いていくよ。だって、もう迷子はこりごりだからね。

 帰り道、ソージュに手をつないでもらい、帰る私の姿があったのは秘密である。


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