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戦うお嬢様!  作者: 和音
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157 重点取締対象者?

 雪がちらつく中、冬休みが終わる。夏の休みに比べれば短い分、学院にも久々という感情は湧かない。

 それでも二週間ちょっとぶりに着た制服には身が引き締まる。そして、同じく二週間ぶりの授業は長く感じた。

 私の中でようやく終わった午前の授業を終え、昼食へと向かう。いつもの通りレオと待ち合わせている食堂で束の間の休息である。

 レオを見て、先日の考えが頭をよぎる。

 このレオと結婚する可能性があるのか……。うーん。本人を見てもピンとこないな。


「な、何だ?」


 気づけばじっとレオを見つめていたようだ。

 う。気まずい。変な勘違いされてないよね……。うまく言い訳しないと。


「い、いえ、その……」


 言い訳を考えれば考えるほど、しどろもどろになる。余計誤解を受けそうじゃないか。


「そ、それよりだな」


 何故か顔を赤くするレオが咳払いをしてから話題を変える。


「な、何ですの?」


 良かったよ、今日はレオと二人だけで。お互い従者と侍女がいるが、見て見ない振りをしてくれている。いつもみたいにシルビアやケイスにライドンがいたら大変だった。特にケイスなんか何を言い出すか……。


「冬休みの間、大人しくしていただろうな」


「大人しく?」


 レオの言っている意味がよく分からないな。


「いやな、辻斬りの噂を耳にした。しかし、新年の頭を最後にピタリと無くなったそうでな。まさかとは思うが……」


 周囲に人がいないことを確認し、声を小さくして聞いてくる。その目は疑いの眼差しだ。

 ああ、そうか。自分を抜いて世直しをしたと思っているのね。ま、当たってるけど。


「さあ……」


 私はレオから視線を逸らす。


「リア。あれほど約束したではないか。絶対に俺にも声をかけると」


 逸らした視線の先に自ら動いてまでの抗議である。

 まあ、約束したけどさ。


「でも、どうやってお知らせしろと? まさか王宮に使いを出す訳にもいきませんし、私が忍び込むわけにもまいりませんわ。デール様に叱られたのをお忘れで?」


 当たり前だが冬休みの間、レオは王宮にいた。簡単には連絡を取れる場所ではない。


「む。それはそうだが……」


 レオもこっそりと私と王宮に忍び込んで散々な目に遭ったのを思い出したのか、顔を顰ませる。


「そもそもどうやってレオ様は王宮から出てこられるおつもりですか?」


 そこが一番の大問題だと思う。


「簡単には無理だな……」


 力なくレオがうなだれる。


「そうでございましょう」


「うーむ。何か考えねばならんなぁ……」


 レオのそんな呟きに従者のフォルクとマルラスが不安そうに顔を強張らせている。

 そんなレオを見て私はほっと一息ついていた。

 うまく誤魔化せた。でも、ごめんね、レオ。あの時、頭の片隅にもレオのことを思い浮かべなかったことを心の中で謝っていた。



 昼食を終え、今日は早めに私は食堂を後にする。

 レオの次の授業が魔術ということで早めに準備をしなければないらしい。アシリカとソージュを連れ教室のある校舎へと中庭を歩いていく。

 雪はやんでいるものの、まだまだ寒さが厳しい。体を縮こませ両手に白い息を当てて温めながら校舎へと急ぐ。


「ナタリア・サンバルト様にございますね」


 そんな私の前に立ちはだかる三人。見た所、三人ともコウド学院の制服に身を包んでいるから生徒なのは間違いない。胸元のリボンの色から私と同じ二年生であるのが分かる。ただその腕に白い腕章が付けられている。

 

「そうですが、どちら様でしょうか?」


 記憶に無い顔ばかりである。


「突然のお声がけ、お許しください。私、コウド学院風紀向上委員会委員長のオーガスタ・ベイズと申します。こちらの二人はコーネリア・クレメンスとグレンダ・タワーズです」


 三人は揃って教本通りの淑女の礼を取る。

 

「ナ、ナタリア・サンバルトにございます」


 思わず釣られて私も淑女としての礼を取る。

 そんなことより、コウド学院風紀向上委員会? 何それ? 


「我々は伝統あるコウド学院の名に恥じぬように風紀を取り締まり、より良い学院生活を送れる環境を作る目的で自発的に活動しております」


 きょとん顔の私に委員長さんが説明してくれる。

 自発的って、それ、勝手にやっているってことよね?


「我々風紀向上委員会は身分の上下に捉われません。学院内においては、皆等しく平等であるという理念に則って活動しております」


 そうなんだ。いろんな人がいるものね。でも、好意は持てるな。彼女らの少しでも学院を良くしようとしている考えは、私のやっている世直しにも通じるものがあるかもしれないもの。


「ゆえに公爵家の方であっても注意すべき事はさせて頂きます」


 え? 私注意されるの?

 でも、スカートも短くないし、制服も気崩しているわけじゃないよ。アシリカと

ソージュがうるさいからね。


「まずは……。失礼します」


 委員長さんの左側のおさげ頭の女性、こっちがグレンダさんだったかな。私の胸元のリボンに触れる。


「少しずれております」


 細かいのね。ズレてるって、一センチもズレてないはずよ。


「も、申し訳ありませんわ」


 ぐっと叫びたいのを我慢して、リボンのズレを直してもらう。

 ああ、面倒くさい。あまり関わらない方がいいタイプの人たちかもしれない。


「では、私、これで失礼させて――」


「もう少々お待ちを」


 委員長さんの鋭い一言。

 私を呼び止め真っすぐに見つめる委員長さんの手に一冊の手帳が隣から手渡される。


「ナタリア様。貴女様は、重点取締り対象者となっております」


 手帳を捲りながら、委員長さんが告げる。


「重点取締り対象者?」


 何だ、その危険人物みたいな扱いは。


「はい。ナタリア様の行動につきまして、コウド学院の生徒らしからぬ行動がいくつも確認されております」


 委員長さんは掛けている眼鏡をくいと上げて手帳から私に目線を戻す。


「いくつも?」


 一つか二つはあるかもしれないけど、そんないくつもって程多くはないでしょ。


「はい。いくつもです。去年の秋に我らは風紀向上委員会を立ち上げましたが、圧倒的一位の確認数を誇っておられます」


 圧倒的一位の確認数って……。


「まずは、学院内を木刀を持って歩いておられますね?」


 ああ、早朝の稽古に向かっている時か。


「淑女が木刀を持って歩くなど、コウド学院始まって以来の出来事です!」


 そこからも私への注意事項という名のダメ出しが続いていく。

 中庭のベンチで居眠りする。

 だって、朝早いから眠たくなっちゃうんだよ、特にお昼ご飯の後とかさ。今も寒くなかったらベンチでひと眠りしたいよ。

 廊下を走る。雨の中の中庭を駆け抜ける。

 それ、ムサシを寮にこっそり連れて帰った時じゃないかな。あの時は必死だったからさ。

 掃除をしている老人の邪魔をする。

 それって、クレイブの事? 剣術の師匠と話しているだけじゃないのよ。邪魔していたつもりないけど。

 その後から次から次へと指摘事項が言い並べられる。しかも、どれも心当たりがあるもんだから、心苦しい。

 いやあ、よく見てるね。逆に感心するよ。


「何か事情があるのなら、何か申し開きをお願いします」


 えっと、申し開きと言われてもさ……。

 私がこんなにも責められているのに、アシリカたちは助けてくれないのかしら。少しくらいフォローしてくれてもいいんじゃないの? いつもみたいに無礼なって怒らないのかな?

 ちらりと後ろに控えるアシリカとソージュを見るが、風紀向上委員会のメンバーに期待の籠った目を向けているばかりか、私が逃げ出さない様にがっちりと背後を固めている配置だよね。

 まさに前門の虎後門の狼だね。今日体験するとは夢にも思ってなかったよ。


「いえ、申し開きは……」


 確かに全部事実だから、反論は出来ない。

 素直に謝って許してもらおう。


「そうですか。ならば反省文をお願いしたく」


 反省文? まあ、彼女たちの行動も善意からだ。ここは従おう。


「それと今日より三日間、我らと共にお昼休みの巡回に同行して頂きます。重点取締り対象者のみに課していることにございます」


 は? お昼休みの巡回? 重点取締り対象者だけ?


「明日から三日間、行動を共にしてコウド学院の風紀を共に正して、ご自身も改めてこの学院の生徒としての矜持を持たれられませ」


 冬休みが終わって早々、やっかいなのに出会ったな。正直それしか頭に浮かばなかった。




 翌日の昼休み。食事する間もなく、風紀向上委員会のメンバーに合流していた。ちなみに、侍女二人の同行は許されず。しかし、アシリカとソージュは気持ちよくこの場に送り出してくれていた。


「では、始めますが、その前に……」


 委員長さんがすっと手を前に出す。その手に残りの二人が手を重ねる。


「清く気高く美しく!」


 ……なんだ、それ?


「ナタリア様。我ら風紀向上委員会の標語です。ご一緒に」


「え? 私も?」


 当然と言った顔でこちらを見ている三人である。


「では、改めまして……」


 仕切り直す委員長さん。


「清く気高く美しく!」


 どっかで聞いたことがある気がするけど、正しさはいらないのかな?

 そんな疑問を挟みつつ、お昼の巡回が始まる。

 細かな服装の乱れ、言葉遣い、少し大きな声で笑っているだけでも彼女らの指導が入っていく。男女身分関係なく正していく。

 私は後ろから付いて歩いているだけだけどね。 

 どうやらすでに私が風紀向上委員会に目を付けられ、お昼の巡回につき合わされているのが噂になっているようで、遠巻きに眺める者が多くいる。

 そして、その中にはレオもいた。絶対にわざわざ見に来たのだろう。

 風紀向上委員会の三人の後ろを引きつった顔で付いていく私を見て、肩を震わせている。

 おい、私は見世物じゃないぞ。


「おや?」


 そんなレオに委員長が目を止める。

 眉間を一瞬顰め、ツカツカと背筋を伸ばしレオの元へ。

 

「殿下。よろしいでしょうか?」


「な、何だ?」


 突然自分が声を掛けられたことに驚きの顔を見せるレオである。


「ネクタイが歪んでおられます」


 王太子相手でもまったくブレないね。そこには好感が持てるよ。


「まあ。レオ様。服装の乱れは心に乱れにございますわよ」


 ざまあないな、という視線をレオに向ける。


「む……」


 悔しそうにネクタイの歪みを直そうとするが、うまく直せない。

 ほう。レオは鏡がないとネクタイを締めれないタイプなのかな。それとも、何だかんだ言っても王子だ。ボンボン育ちで自分で締めれないとか? 仕方ないな。私が締め直してやろう。


「レオ様、少しじっとなさってくださいませ」


 すっと前にレオの前に出て、胸元のネクタイに手を伸ばす。


「え? お、おう」


 そう言ったきり、レオがされるがままにじっとしている。


「はい。よろしいですわよ」


「う、うむ、すまんな、リア」


 レオよ。何故にそっぽを向いている? 礼を言う時は相手の目を見て言うもんだよ。これは、取り締まってくれないのかな?


「で、殿下、ナタリア様……」


 委員長さんが両手を口に当て、顔を赤くしている。その後ろの風紀向上委員会のメンバーも同じく顔を赤くして目を見開いている。


「な、何でしょうか?」


 本当にちゃんと目を見ないで礼を言わなかったから指導なのかしら?


「不純異性交遊にございます!」


 委員長さんからのお言葉。


「は?」


 私とレオが目を丸くして、ハモる。


「多くの人の前で女性が男性の体に触れるとは……。ナタリア様。淑女としてそれはいかがかと」


 いや、体に触れるって、ネクタイを締め直しただけだよ。それが駄目なら、パーティーでエスコートも駄目になるじゃないのかしらね。


「おい。いい加減にしろ。俺とリアは婚約しておるのだぞ」


 呆気に取られていたレオが不快感を露わにして、口調もきつくなっている。


「殿下ともあろう方のお言葉とは思えません。婚約中は婚約中。まだお互い未婚であります。未婚の男女がみだりに触れ合うのは……」


 委員長さんも負けていない。

 でもその考え、古風というより極端じゃない? 


「みだりに触れ合うだと? ただネクタイを直してもらっていただけではないか」


 まあ、こればっかりはレオの方が正論だと思うけどさ。

 次第に場が熱くなるのをどうしようかと思案し始めた時である。


「どうされたのですか?」


 凛とした声が響く。その声の主はミネルバさん。


「ミネルバ様!」


 そう叫び声に近い声を上げる風紀向上委員会の面々。その瞳はミネルバさんに尊敬と憧れが混じっている。

 随分と私への反応と違うのね。


「いくらお昼休みとはいえ、何の騒ぎにございますか?」


 風紀向上委員会のメンバーからレオ、そして私へと視線を移していく。


「いえ、実はですね……」


 私はこれまでの事情をミネルバさんに話す。


「風紀向上委員会ですか。存在は伺っていましたが……」


「ミネルバ様が私たちの活動を……」


 感動している風紀向上委員会一同。


「私たちはミネルバ様に憧れてこの風紀向上委員会を立ち上げました。ミネルバ様こそ、このコウド学院の理想を体現されているお方にございます」


 委員長さんがそこから熱く語り始める。

 貴族として、コウド学院の生徒として、ミネルバさんの完璧ともいえる立ち居振る舞いが彼女らの理想らしい。

 でも、ミネルバさん、ツンデレだよ。ザリウルス様の前での彼女を見ても憧れ続けられるかな。口が裂けてもこの場で言えないけど。


「あなたたちの理想。コウド学院への愛。私も大いに共感するところがあります。とてもご立派だと感服したしました」


 委員長さんの熱い想いを一通り聞きとげたミネルバさんの言葉に風紀向上委員会の三人は涙ぐみさえしている。


「しかし、少々表面しか見ていないように見受けられます。身だしなみ、振舞い、言葉遣い。それのどれもとても大事なこと。ただそれだけでは、人は立派とは言えません」


 ミネルバさんが静かに三人を諭すように話しかける。


「もっと大切なこと。それはその人がどれだけ輝けるかです。コウド学院は生徒の持つ個性を伸ばし、ひとり一人を輝かせてくれる場所であると私は思っています」


「どれだけ……輝けるか」


 委員長が首を傾げる。


「そうです。例えば、今ナタリア様が殿下のネクタイを直してさしあげたのも、困っている殿下に差し伸べた気遣いにございます。私は気遣いが出来る方は輝いていると思いますが?」


 はっとした顔になり俯く風紀向上委員会の三人。


「決したあなた方のお考えは間違いなどではありません。今のお考えに、おおらかな気持ちと相手を受け入れる気持ちを加えられれば良いのです」


 優し気な声で微笑むミネルバさん。


「ミネルバ様! お言葉、身に沁みましてございます! もう一度、我らの活動方針を見直します」


 感動の涙で顔を濡らしている風紀向上委員会のメンバーと何だこの状況はと呆気に取られる私とレオ。


「あなた方のご活躍、陰ながら応援致しますわ」


「はい! ミネルバ様のご期待に応えてみせます!」


 どんな活動になるのか知らないけど、頑張って欲しいね。私も彼女らのこと、嫌じゃないしね。

 でも、活動方針を変えるということは、初日で私も無罪放免かな。うん、そこは良かったな。


「それで……」


 ミネルバさんが私へと向き直る。


「重点取締対象者のナタリア様」


 え? 何でまだその呼称?


「あなた様には代わりに私と三日間授業以外はご一緒しますわ。みっちりと立ち居振る舞いを見直されるいい機会ですわ」


「嘘……」


 絶対、ダメ出しだらけだよ。


「そうですわ。せっかくですからマリシス様にもご一緒して頂きましょう」   


 ちょっと待ってよ。それだったら、まだこの風紀向上委員会の三人とお昼休みの巡回の方がマシだ。


「では、明日の朝からご一緒させて頂きまわ。マリシス様にもお伝えしないと」


 そう言ってミネルバさんが華麗に立ち去っていく。


「寝込んでしまいたい……」


 心の底からの言葉に気の毒そうな目を向けてくるレオだった。


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