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戦うお嬢様!  作者: 和音
156/184

156 考えてもわからない

 ベナント子爵は病死・・したそうだ。何故か、その息子も同日に病死・・。後継者のいないベナント子爵家は廃絶となるそうだ。

 あれから二日後、その報告をデドルから聞いて、どこか虚しい気持ちになる。

 ベナント子爵の凶行は許されるものではないが、同時に彼をそうさせた貴族社会と今回の処分結果に得も言われぬ気持ちを抱く。

 この国は腐っている――。ベナント子爵の言葉が頭の中で繰り返される。

 確かに不正に手を染める者も多い。金の為に手段を選ばない輩も数多くいる。贅の限りを尽くしている者もいれば、明日の食事もままならないものもいる。

 エルフロント王国は平和な国だ。騒乱の心配もない。しかし、もしかしたらこの国は思っている以上に間違った方向に進んでいるのかもしれない。

 どうやら、私のやるべき事はまだまだたくさんありそうだ。

 冬休みの終わりも近づき、屋敷の自室でお茶の時間だ。窓際に椅子を置き、ガラス窓に向こうに見える空を眺めていた。膝の上のムサシから暖かな温もりが伝わってきて気持ちいい。

 アシリカとソージュは無言のまま大人しくしている私にこれ幸いとばかりに学院へ向かう準備に勤しんでいる。

 久々にゆっくりと様々なことに思いを巡らせる。

 転生して四年。すっかり生活にも馴染み、転生してきたことを忘れてしまうくらいだ。それだけ今が充実しているってことだとも思う。

 でも、何故私は転生したのだろか? 普通なら死んで、はい終わり、だよね。死んだのは初めてだから確信はないけど、転生、しかも乙女ゲームの世界に転生なんて有り得ないと思う。あくまで小説やゲームの中だけの話だと思っていたもの。

 こればかりはいくら考えても分からない。当たり前か。

 それに今まで考えたことなかったけど、元いたナタリア、あの我儘ナタリアはどうなったのかな? 我儘ナタリアが階段から転げ落ちたのが切っ掛けで、気づいた時には私がナタリアになっていた。我儘ナタリアはあの時死んでしまっていたのかしら? それとも魂が何かしらの理由で入れ替わったとか? だったら、元の魂はどこに行ったの?

 これも分からないな。そしてこれも分かることもないと思う。

 そもそも死んだらどなるのだろう? そこから分からない。


「ねえ、人ってさ、死んだらどうなるのかしら?」


「え?」


 アシリカとソージュが同時に素っ頓狂な返事を返してくる。


「だから、人って死ぬでしょ。そしたらどうなるのかなって」


 もう一度説明を繰り返す私にアシリカとソージュは顔を見合わせる。


「そうですね……」


 ややあってからアシリカが口を開く。


「まず、動かなくなります。もちろん言葉も話せません」


「いや、違うよ。そんな事は私も分かってるわよ。体がどうなるかとかじゃなくてその意思というか心というか、魂みたいなもの?」


 あまりに概念すぎてうまく説明できない。


「魂、ですか。随分と難しいことを考えておられるのですね……」


 どうにか私の言いたいことを察してくれたアシリカが難しい顔になり、うーんと考え込む。


「お化けになる、デスカ?」


 先に答えたのはソージュ。


「お化けか……」

 

 アシリカが体をびくりと震わせたのは見なかったことにしよう。

 でも、お化けって見たことないのよね。


「よく言われるのは、魂は天に帰ると言われておりますね」


 お化け、という言葉に一瞬動揺を見せたアシリカだが、すぐに冷静を装い教えてくれる。


「天? 天って、空ってこと?」


「まあ、天に昇るとも言いますから、高い所なのは間違いないでしょうね」 


 自信なさげにアシリカが答える。


「それはどんな人でも? 例えば、極悪人も善良な人も等しく? 例えばさ、悪い人は天に帰れないとかないのかな?」


「さあ、そこまでは詳しく……」


 困り顔になりアシリカが言い淀む。

 うーん。やっぱり分からないな。まあ、皆死んだ事が無いのだから無理もないけど。唯一の経験者の私は転生してるしなぁ。

 魂は天に帰るか……。

 もし、悪行を積んだとかの場合は天に帰れないのならどうなるのだろう? どこかで彷徨うことになっているのだろうか。

 もしかしたら、クレイブが言っていた心の奥底、そこに我儘ナタリアの魂が留まっていたのだろうか? そして、あの狂った赤い目でこの体を取り戻そうとしたのだろうか? そりゃそうなるよね。未来に待ちかまえている断罪を知らない彼女は栄華に溢れ満ち足りた自分中心の世界に戻りたいに決まっている。

 でも、あの心の奥底で相対するのは己が打ち勝つべき相手。いわば、その象徴ともなる人物だ。決してあそこに我儘ナタリアがいたわけでもないのかな。

 うん、やっぱり結局のところそこは私がいくら考えても分からない。いくら推測しても正しいか間違っているかも知りようがないのだ。

 今更こんな事を考える私もどうかと思うけどね。

 心の奥底なんか見たせいもあるけど、いよいよ今年に春にはヒロインが入学してくるからこんな事を考えてしまうのかな? 入学式の前夜に振り切ったと思っていたけれど、どこか……、それこそ心の奥底ではまだ不安にでも思っていたのだろうか。


「うん、分からないな……」


「にゃあ」


 一体何を言い出しているのだろうかと心配そうに私を見ているアシリカとソージュの代わりに膝の上からムサシが答えてくれる。


「そうね、いくら考えても答えは出ないよね……」


 ムサシの背を撫でる。すると、気持ち良さそうに目を細めグルグルと喉を鳴らす。


「まあ、一つ言えるのは、私はナタリア・サンバルト。そして、世の中で理不尽に虐げられている者を一人でも多く救ってみせる」


 改めて決意を新たにする。

 いろいろ考えても仕方ない。答えはきっと出てこないのだから。ならば、私がやるべきことは一つ。みんな一緒に笑顔でいられるようにすればいいのだ。これからもずっとね。


「我々は常にお嬢様のお側におります」


 そんな私にほっとした顔になり、アシリカとソージュが一礼する。


「ありがとう。頼りにしてるわ」


 あっ。でも一つ二人に注意しなければならない事がある。正確に言えばデドルにもだ。


「あのさ、あなたたちに注意しなければいけないことがあったわ」


「注意ですか?」


 私に注意することはあってもされることはないといった感じで首を傾げる二人。


「そうよ。ベナント子爵と立ち会う前に私に万が一があれば後を追うみたいなことを言っていたわね」


 言い出したのはデドルだが、この二人も同意していたものね。


「当然にございます。主であるお嬢様をどこまでもお守りするのが我らの努めですから」


「そうデス。私はお嬢サマあっての私デス」


 アシリカとソージュは断言する。その目を見れば本心からなのは疑いようが無い。だからこそ、注意しなければならない。

 そこまで言ってくれるのは嬉しい。でも、それでは駄目だ。


「いいえ。それは許しません。これは命令です。私に万が一があれば、あなたたちは、何が何でも生き抜きなさい。自分たちの事を最優先に考えなさい」


 一応、保険だ。万が一、シナリオに翻弄されて最悪の結末を迎えた時のね。そうならないつもりだし、なりたくもないけどね。


「分かったわね。重ねて言うけど、これは命令よ」


 きつく言い含める。


「お嬢様、何かございましたか? 死んだらどうなるとかも気にされていたようですし……」


「さっきから変デス。いつもと違う意味で」


 アシリカとソージュが訝し気にこちらを伺ってくる。


「あくまで万が一の話よ」


 にっこりと微笑む。


「それにさ、そうならないように二人が守ってくれるでしょ」


「も、もちろんです」


 私のウインクにアシリカとソージュが力強く頷く。


「あ、ごめん。準備の途中だったね。続けてくれていいよ」


 つい二人の邪魔をしてしまったみたいだ。

 いまいち腑に落ちない顔をしながらも、作業へと戻っていくアシリカとソージュ。

 まあ、確かに勘違いされてもおかしくないような会話だったわね。

 再び窓から空を見上げる。

 綺麗の空だ。澄んでいる気がする。頭を空っぽにして流れる雲を眺める。

 

「リア、これ見てちょうだい」


 ぼうっと窓から外を眺めていると部屋にお母様がやってきた。

 振り返ると、何やら赤ん坊用のドレスを手にしているお母様が楽しそうに立っている。

 ああ、また初孫の為に用意したものか。産まれるのはまだ半年近く先だというのにそんなドレスまで用意しているのか。

 この初孫フィーバーはまだ当分の間続くのだろうな。


「まあ。可愛いドレスですわね。でも産まれてくる子は、女の子と決まったわけではありませんのに」


 思わず苦笑してしまう。

 お母様が手にしているのは、どう見ても女の子用だ。


「違うわよ。これはリア。あなたのよ」


「私の?」


「そうよ。記念に取っておいたのよ。それをたまたま見つけてね。でも、こうやって改めて見ると、大きくなったわね」


 昔を懐かしむようにそのドレスと私を見比べている。

 そりゃ、赤ん坊の時と比べたらね……。

 アシリカとソージュも準備の手を止めて、可愛いと騒いでいる。


「懐かしいわ。これを着せていたのが最近のことみたい。でも、そのリアも何年かしたら母親になるのよね……」


 しみじみとお母様。


「そんなの分かりませんわよ」


 結婚もまだなのにさ。それに数年後って二十歳にもなってないのよ。


「何言ってるの。あっという間よ。来年にはリアも三年。そして卒業したら殿下と結婚。子供がいてもおかしくないでしょ」


「楽しみにございますね。お嬢様と殿下のお子です。きっと見目麗しいことにございましょう」


 アシリカとソージュも顔を輝かせている。


「やっぱりそう思うわよね」


 お母様も一緒になって三人で大盛り上がりである。目元はどちらに似るか、髪の色が何色かと勝手な予想で盛り上がっているな。

 いやいや、でもさ、その前に断罪の回避という大仕事が必要だし……。ん? 待てよ。よくよく考えてみたら、断罪を回避したらどうなる?

 断罪を回避したってことは、レオがヒロインに靡かなかったって事になるのだろうか? そうなれば、どうなる? 当然そのまま、婚約は継続だろう。何せ、婚約破棄する理由が無いのだから。そしたら、自動的に結婚するってこと?

 断罪を回避したら、残りの学生生活を楽しんで、卒業後は世界を旅して回りたいとか密かに考えていたのに……。結婚したら、当然そんなの無理だよね。


「考えてもいなかったわ……」


 思わず口から突いて出る。


「まあ。それはしばらくは二人で新婚生活を楽しみたいってこと?」


 お母様は、私の呟きを変な方向に勘違いしているようだ。 


「いえ、そういうわけでは……」


 ひきつった顔で答える。


「気持ちは分かるわ。でも、王家に嫁ぐのよ。出来れば早くお世継ぎを産んで周りを安心させないとね」


 王家……。世継ぎ……。

 堅苦しいな。今のように自由に街に行けるとも思えない。そんな生活に耐えられるだろうか。世直しだって出来なくなるじゃないか。王宮にもこの屋敷のように秘密の裏門のような存在があればいいけど、無さそうよね。

 いや、それ以前にレオと結婚? 婚約しておいて何だが、今まで断罪回避の方が気になっていたからそこまで考えていなかったな。

 レオはいいヤツだと思うよ。少し残念な所もあるが、基本的に悪い人では無いし攻略対象者だけあって顔は文句の付けようがない。

 でも、結婚相手としてどころか、恋愛対象としてすら見たことが無いな。

 そもそもレオ自身はどう思っているのだろうか? やはり相も変わらず好敵手(ライバルとしてしか私のことを思っていないだろうな。


「リア、そんな顔しなくても大丈夫よ。子は天からの授かりもの。婚約中から世継ぎの心配などしなくてもいいわよ」


 難しい顔をして黙り込む私にお母様は、また別の方向で解釈したようだ。


「は、はい」


 何とか笑顔でお母様に頷く。

 大丈夫よ、と私を抱きしめた後、お母様は私の赤ん坊の頃のドレスを今度はメリッサ義姉様に見せにいくと部屋から出ていく。

 再び静かになった部屋ではアシリカとソージュが準備を再開させている。

 うーん。今日はいろいろと考えさせられる日だな。しかも、どれもこれも答えが出そうにないものばかりだ。

 ま、なるようになるか。

 答えが出ないことをあれこれ考えても仕方ない。


「お嬢様、ちょっとよろしいですか?」


 ある意味開き直った私の前にアシリカがやってくる。


「何?」


「これなのですが……」


 そう言いながらこちらに見せているのはクレイブの剣。

 あの成敗の後、私の勝利と成長のお祝い代わりと彼の師から貰ったというその剣をくれたのだ。どうも借金の返済代わりでもあるみたいだけど。でもさ、そもそも厨房の改装費用、金貨七十枚も使ってるのよ。それに見合うのかしらね。


「私は剣は使わないからなぁ」


 普段は帯剣なんて無理だから。それに使う武器も鉄扇だしさ。


「そうね……。ブレストにでもあげようかしら」


 クレイブの甥っ子だし、何よりずっと道場を守ってきたからね。それに、チラシ配りしかしてない彼もこの剣を見たら、剣術にやる気を出してくれるかもしれないしさ。 


「よろしいのですか!」


 何でそんなに驚くのかしら?


「いいわよ。使われないより、使ってもらった方がその剣も喜ぶはずよ」


 剣にしろ何にしろ、道具ってのは使ってこそ価値があるからね。


「少し安堵致しました。お金、お金とかりおっしゃるお嬢様が少々心配にございました。この剣もあっさり売ってしまうとばかり思っておりました」


 ほっとした顔のアシリカだ。

 さすがに私でもクレイブから貰ったものを売り飛ばしたりはしないよ。


「でも、お嬢サマ、気前いいです」


「気前がいい?」


 剣一本で気前がいいって……。私はお金儲けは好きだけど、ケチではないよ。


「もしかして、お嬢サマ、この剣のこと知らないデスカ?」


 首を傾げる私にソージュが聞き返す。


「知らない? 何を?」


「デドルさんから聞いてマセンカ? これ、雷鳴の剣といって、恐らく金貨にしたら三百枚は下らないほどの価値があるそうデス」


 え? 金貨三百枚? えっと、厨房に七十枚使ったから、差し引き二百三十枚のプラス! 待てよ、半分をパドルスが持ってくれるから私の取り分は……、いや、そんな計算今はどうでもいい。  


「ちょっと、待ったぁ! やっぱりやめ! あげるの無しでっ!」


 飛ぶ様にして、アシリカから剣を取り上げる。


「お嬢様……。王家に嫁がれるのが、私たちも心配です……」


 そんな私を不安いっぱいの目で見る二人だった。


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