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戦うお嬢様!  作者: 和音
154/184

154 怖くて当たり前

 貧民街の外れ。元々は大きな工房跡がいくつか立ち並んでいた場所だったが今ではすべて放棄されている。人気も無く、中には半分以上朽ち果てた建物もある。

 その中の一つの工房跡に来るように指定されていた。

 方向音痴の私に代わりアシリカの案内でその工房跡の前に立つ。崩れ落ちている部分もあるが、比較的まだしっかりと建物も残っている。


「デドルはマールとガンズの救出をお願い。でも、無理しないでよ」


 馬車を降りて、バウルを守って負傷したデドルの腕を見る。


「お気遣いはありがたいですが、ご心配には及びやせんよ」


 心配いらないとばかりに、デドルは負傷した腕を上げ下げして見せる。

 

「ソージュはバウルの側を離れないようにね」


 念のため、バウルには木刀を持たせているが気休めにもならないからね。


「ハイ」


 私の指示にソージュが頷く。


「アシリカ。向こうが攻撃をしてきたら、遠慮なく魔術を放ちなさい」


 あの貴族は辻斬りに関わっている。そんなヤツが呼び出す用なんて一つしか考えられない。


「承知しました」


 アシリカも気合の入った顔だ。


「怖い?」


 工房跡を見上げながらバウルに尋ねる。


「……はい」


 私に言われここまで来たものの、いざこの廃墟に近い不気味な建物を見た正直な気持ちなのだろう。しかも、この奥には辻斬りをしたあの貴族がいるのだ。返事する声は微かに震えている。


「うん。それで当然よ」


 バウルの頭にポンと手を乗せる。


「え?」


「怖いと思う事は自然なこと。当たり前よ。何も恥じる必要はないわ」


 バウルを見ると、じっと私を見ている。


「あの……、お師匠さまも怖いと思う事がありますか?」


 遠慮がちに尋ねてくる。


「もちろんあるわ」


 私だって断罪の未来に不安と恐怖でどうしていいか分からなくなるくらいになったことだってある。得体の知れない呪術を扱うレイアたちにも恐怖を感じる。


「アシリカやソージュの説教よ」


 あと、ガイノスの説教もかな。うん、あれが最強だ。

 ウインクをバウルに返す。

 そんな私に強張った顔がふっと緩まる。


「でもね、それを乗り越える力が勇気よ。その勇気はね、人から貰うものなの」


 断罪からの恐怖に立ち向かい、乗り越えてみせようと思えるのもアシリカやソージュ、それにデドル。お父様やお母様たち家族や屋敷のみんな。それだけじゃない。シルビアや学院の人たち、孤児院の子たち、道場の仲間。今まで会ったすべての人から貰った勇気のお陰だ。


「だから、私からバウルに勇気をあげる」


 しゃがみ込み、バウルの肩を持ちこちらを向かせる。じっと目線を合わせて決して逸らさない。


「あなたは一人じゃない。私もいる。アシリカやソージュにデドル。クレイブもブレストもガンドンもいる」


 道場の皆の顔を一人ひとり思い返していく。


「一人じゃないわ」


 私も一人じゃないと気付いて前を向けた。運命をこの手で切り開くと強く思えた。バウルにも気づいてほしい。


「私がバウルを守る。だからバウルも私を守って」


「僕がお師匠さまを守る……?」


「そう。守るって言葉では簡単だけど、とても大変なことなのよ。でもね、その分大きな力にもなる。そして、その力は勇気になるの」

 

 私の目をじっと見つめたまま、考えているバウル。

 やがて、力強く頷く。


「僕、お師匠さまをお守りします。そして、マールさんとガンズさんを助けます」


 何の迷いもない顔になっている。


「頼もしいわね。頼りにしてるわよ」


 にっこりと笑顔を見せて、私は立ち上がる。


「さあ、行くわよ!」


 そう言って、奴らが待つ廃墟と化している工房跡を睨み付けた。



 中へと入り、奥へ奥へとデドルを先頭にして進んでいく。

 どうやらここは木材の加工をしていた工房のようで、あちこちに朽ちた木片や錆びついた大きな鋸などの工具類が散乱している。


「お嬢様」


 しばらくして、デドルが立ち止まる。


「あちらですな」


 聞き耳をたてて、デドルが指差す方へと進む。

 辿り着いたのは、元は木材を置いていたのか開けた場所だ。その向こう、小さな住居スペースだったであろう場所にあの貴族の青年とその従者が三人。彼らの前に縛られ殴られたのか顔を腫らしたマールとガンズが縛られ座り込んでいる。


「遅かったな。待ちくたびれたぞ」


 あの貴族の青年だ。下卑た笑みを口元に浮かべ、マールとガンズの様子に顔を歪めている私たちを見ている。


「もう少し遅かったら、待ちきれずにこいつらを殺していたところだったぞ」


 そう言って、視線をちらりとマールとガンズに向けて腰にぶら下げた剣を触っている。 


「よくも、マールさんとガンズさんをっ」


「ほう、何だ、今日は威勢がいいのだな。昨日は震えているだけだったのにな。いや、今も足は震えているな。威勢がいいのは口だけか」 


 馬鹿にした目で貴族の青年は厭らしい笑みを浮かべる。

 バウルは震える足を叩きながらも、睨み返している。


「ぼ、僕はお前を許さない! マールさんとガンズさんをそんな目に遭わせた事も道場を襲ったこともゆるさないぞ!」


 ここでバウルは私の想像を超える行動を取る。そのまま木刀を振り上げ、貴族の青年に向かって駆けだしたのだ。

 腰が引ける事なくしっかりと踏み込んで剣を振り下ろしたものの、そこはまだ八歳の子供だ。あっけなく避けられると、そのまま腹を蹴り上げられる。


「ぐっ!」


 くぐもった呻き声と共に勢いよく蹴り飛ばされる。そのまま地面を転がり、仰向けで苦痛に顔を歪めている。


「バウル!」


 バウルの側に駆け寄り、抱き上げる。


「ま、まだ、僕は負け……ない」


 私を押しのけなおも立ち上がろうと膝を付くバウルだったが、体に力が入らずに再び倒れ込む。それでも、歯を食いしばり体を起こそうとしているバウルである。


「動かないで。じっとしてなさい」


 後は私が……。


「お、お師匠さま。僕は負けません。マールさんとガンズさんを助けないと」


 そう言って、ふらふらになりながらも立ち上がったバウルは再び木刀を構える。


「お嬢様! もうよろしいですよね」


 魔術を発動しようとするアシリカを止める。


「いいえ。もう少し待ちます」


「で、でもっ! このままじゃバウル君が……」


 分かってる。剣を抜かれたらあっと言う間に切り殺されてしまうだろう。でも、ここで止める訳にはいかない。せめて一太刀浴びせさせたい。

 バウルの気持ちは分かる。勝ち目は無く無茶に見えるが、気持ちは分かる。臆病な自分に勝つため、マールとガンズを助ける為、ただ真っすぐに立ち向かっていっているのだ。


「ああ。そっか」


 私も最初はこうだったのかもしれない。あの時はアシリカを助ける為に後先も深く考えずに、正面から突っ込んだもんなぁ。何も考えず、ただただアシリカの為にさ。力になってくれる人も少なく、今より出来ることも少なかった。その分、余計なことも考えずに突き進んでいた。

 何か初心を思い出させてもらった気がするな。

 辻斬りの件を知って、自分で出来ることは少ないと決めつけて何もしようとはしなかった。でも、もしかしたら何かあったかもしれない。世直しを始めた頃のがむしゃらな気持ちを忘れていたのかな。


「はっはっはっは。そんなモンで戦うか。これは面白い」


 狂気と残忍が混じった顔で声高く笑い声を上げる青年である。控えている従者も似たようなもので主と一緒になって見ていて不快になる愉快そうな顔でバウルを見ている。

 よろめきながらも青年へと振り下ろす木刀は、あっさりと手で払われる。それくらい力もスピードも無い。


「ほら、どうした? 剣術道場のモンなんだろ? もっと俺を楽しませろ」


 軽く蹴られただけで、バウルは尻もちを付いてしまう。


「もう終わりか? もっと俺を楽しませろ」


「ま、まだ……」


 バウルは木刀を握りしめる。


「ほら、立てよ」


 近づいてきた青年の急所めがけて、バウルが突きを放つ。


「ぐうおっうっ」


 前屈みになり股間を抑え、苦痛に顔を歪めて青年が後ずさる。

 うわあ。痛そう。バウルを舐め切って油断してたのが悪いよね。


「ありゃあ……、キツイですな」


 何故かデドルも顔を顰めている。 

 やっぱり、そうなんだ。女の私には分からないけどね。


「若!」


 従者も一様に顔を顰めて青年に駆け寄る。


「お見事! バウル!」

 

 手を打ち鳴らす。


「見事な勇気を見せてもらったわ」


 地面に腰を落としたままのバウルの隣に立つ。


「貴様、よくも平民の分際で……っ! 許さん、許さんぞ!」


 従者に肩を借りて、青年が睨み付け怒りに震えている。


「平民の分際ですって? じゃあ、あなたは何かしら? そのあなたが馬鹿にする平民より勇気も人としての格も劣っているあなたは何?」


「貴族に向かって無礼な! もう遊びは終わりだっ!」


 怒りに染まり叫ぶと、ついに抜刀する。


「はっきりと言えるのは、どうしようもないくらい愚か者ってことですわね」


 鉄扇を青年へと向ける。


「悪役より悪いなんて許せませんわ。お覚悟、よろしくて?」

 

 凍てつく視線を青年に送る。


「お仕置きしてあげなさいっ!」


 アシリカたちが身構える。


「何をごちゃごちゃ言ってやがる。おい、お前ら、やってしまえ。貴族にたてつくとどうなるか教えてやれ!」


 バウルからの攻撃のダメージが残っているのか、従者へと指示している。

 ここからはあっという間だ。

 デドルとソージュが素早くマールとガンズを確保する。従者たちは、アシリカの魔術ですぐに地べたにひれ伏した。


「う、嘘だろ……」


 一瞬で終わりを迎えた事をすぐに理解できないのか、青年は呆然となる。


「あなたは私が――」


 そう言って前に出た時だった。


「我が門下の者がここに来ておるはずじゃが」


 いつの間にか姿を現わしたのはクレイブ。のんびりと歩いてきたかと思うと私と呆然と突っ立つ青年の間に立つ。

 しかし、私が目を引かれたのは、クレイブが腰に剣をぶら下げている事だ。初めて見る。普段は剣を持ち歩いていないもの。


「ほう。随分といい剣を持っておるのう」


 そう言って、青年の持つ剣に目を止める。


「じゃがのう、剣とは使う者によって変わる。使いモンにもならん事もあれば、名剣とも変わるん場合もあるのじゃよ」


 そう言って、クレイブは足元に落ちていた木の枝を拾う。


「使い手によっては、こんな木の枝でも立派な剣ともなる」


 ひょいと見せつけるように青年へ木の枝を突き出す。


「これは嬢ちゃんに預けておこうかの」


 そう言ってクレイブは腰から剣を取り外すと、鞘ごとこちらに放り投げる。


「な、何なんだ、お前らはっ!」


 気を取り直したのか、青年が再び叫ぶ。


「なら、それで俺を止められるのかっ!」


 そう言って、大きく剣を振りかぶったかと次の瞬間、クレイブを斬りつける。 

 いくら剣聖でも、木の枝では……、と助けに入ろうとする前にクレイブはその木の枝で剣を受け止めている。


「……嘘」


 どうなってるの? あれ、ただの木の枝だよね。

 その光景に唖然となったのは、私だけでなく、斬りつけた当の本人の貴族の青年も固まっている。


「止めよっ! すぐにやめるのだっ!」


 またしても、新たな闖入者。今日は何なのよ?

 声のした方を見ると六十代半ばといったところか。精悍な顔つきで、年の割には体も鍛えられていそうな人である。

 誰? という疑問に答えたのは、貴族の青年だった。


「ち、父上……」


 父上? じゃあ、この貴族の家の当主か。でも、何でその人がここに?


「父上っ、平民風情のこの者たちがっ」


 青年が駆けだし、突然やってきた父親の元に駆け寄る。


「この、愚か者がっ!」


 そう叫ぶと同時に腰にぶら下げていた剣を引き抜き一刀の元に切り捨てる。

 その光景をバウルに見せまいと、咄嗟に手で目を覆う。


「ぐふっ……、ち……ちう……え」


 まさに名人の技とも言える見事な剣裁きだ――と思う訳もなく、目の前の出来事に目を丸くするだけだ。目の前の急展開に付いていけない。それは私だけじゃないようでアシリカやソージュ、デドルまでも同じようだ。

   

「クレイブ、息子の不始末、申し訳ない」


 剣を鞘に戻し、クレイブに頭を下げている。


「……何故、斬った?」


 だが、そう一言呟き斬り捨てられた青年をじっと無言で見ているクレイブである。


「あの……」


 状況を説明して欲しい。いくら何でも問答無用で息子を切り捨てたのには驚きしかない。


「む。クレイブの門下生の方々か。私はベナンド子爵家の当主、ワーリックだ。この度は息子リーンズがご迷惑を掛けた。親として申し訳なく思っている」


「何故、ここに?」


 クレイブに尋ねるが何も答えない。


「私はクレイブと旧知の仲。そのクレイブが今朝当家を訪ねて来られてな」


 黙ったままのクレイブに代わり、ベナント子爵が説明してくれる。

 どうやら、あの青年、リーンズが持っていた剣を見てクレイブはベナンド子爵家に関係した人間が辻斬りに絡んでいると気づいたそうだ。

 

「この剣のもう一対でこのような真似をするとは……」


 剣は二対で一組だそうで、確かにベナンド子爵の持つ剣とそっくりだ。


「ご迷惑をお掛けした。父としてこの通り、お詫び致す」


 深く私たちへと頭を下げる。

 だが、どこかすっきりしない終わり方だ。騎士団なりに引き渡してからの処罰がどうなったかは分からないが、厳しい罰に処されていたに違いない。でも、父親に命を奪われるとは、いくらあの憎らしい奴でも複雑な気持ちになってしまう。


「嬢ちゃんや。少し頼まれてくれんかのう?」


 ずっと黙ったままであったクレイブが唐突に口を開く。


「頼み?」


 質問の意図がよく分からないが、頷き返す。


「立会人を頼みたいのじゃ」


「え?」


 立会人ってどういう事? 誰と立ち会うっていうのよ? それに立会人を付けるって事は真剣な勝負をするってことでしょ。

 今日はもう訳が分からないことが続いてばかりだな。


「子爵殿、ワシと立ち会ってくれんか?」


「立ち合いだと?」


 ベナント子爵も眉間に皺を寄せる。


「そうじゃ」


 そう言って、クレイブはすでにこと切れているリーンズを見下ろす。


「嬢ちゃんよ。ワシに斬りかかってきたこやつを見て何を感じた?」


 さっきのこいつを見て? いや、大したことがない奴だとは思ったよ。いくら油断していたといえどもバウルの一撃を受けたし、いくら相手が剣聖と呼ばれる相手とはいえ、木の枝に……。

 たいしたことない? うん、確かに剣に鋭さも感じなかった。構えも一流には程遠いものだった。しかし、バウルが見たという辻斬りは一刀両断。つまり、一撃で仕留めている。そこまでの技量があったとは思えない。さっきのベナント子爵とは違って……。


「まさか……」


 ベナント子爵を見る。


「どうやら、ワシは昔からの情に流され見誤ったのかもしれん」


 クレイブも視線を息子から父親の方へと向け直す。


「昔からの情、か……」


 静かにベナント子爵が呟く。

 その瞳には感情が籠っていないように感じた。

 

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