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戦うお嬢様!  作者: 和音
149/184

149 ヒロインは……

 ミーナら一行を送り届けたエルフロントの兵を介して手紙を貰った。

 そのミーナからの手紙には、国を纏めて豊かな国にするという女王としての決意がつづられていた。それと併せて彼女が剣術を習い始めた事も記されていた。

 剣術をね……。

 頭に不安がよぎる。まさか、私の真似をするつもりじゃ……。鉄扇の舞姫を随分と気に入っていたし、最後の夜に私の部屋に泊まった彼女は、今までしてきた世直しの話に聞き入っていたからなぁ。

 あまり無茶をしないで欲しいと願う私である。自分の事は棚に上げてだけど。


「フィンゼントも落ち着きを取り戻しつつあるそうだな」


 今日は久々にレオからのお誘いを受けていた。もちろん彼の手作り料理を頂いている。益々腕が上がっている事に若干引きながらも美味しく頂いた。

 食後のデザートを終え、レオと歓談中である。


「で、そのフィンゼント女王が来ていた時の事だが……」


 すっと険しい顔になったレオが身を乗り出す。


「リア、またお前だろ?」


 鋭い目でこちらを見ているレオだ。

 そういえば、今回レオは空気だったな。

 私は思わず目を逸らす。


「何の話でしょう?」


「誤魔化されると思っているのか? フィンゼントの大臣の罪を暴かれ、迎賓館の一部が大破。それに、一国の主がお前に友情を求めたのだぞ。お前がいつもしている事を知っている人間ならすぐに分かる」


 うーん、まあ、そうかもしれないな。


「ずるいぞ。何故、俺に声を掛けんのだ?」


 忘れていた――。それが正直な答えだ。


「女王陛下はこのエルフロントにも疑いを持っておられました。ですから、そこは女同士仲良くなることを優先しましたので……」


 口から出まかせの言い訳である。

 レオは不満と疑惑が入り混じった目を向けている。


「次からは絶対に俺にも声を掛けるんだぞ」


 ややしてから、仕方ないとばかりに肩を落としたレオの言葉である。

 そんなに下僕扱いされたいのかしら? 少しレオの将来が心配になってくるよ。


「しかし、お前たちも大変だな……」


 一転してレオは、同情の眼差しをアシリカとソージュに向ける。


「いえ、私どもは自らの意思でお嬢様にお仕えしておりますので……」


 突然レオから話を振られたアシリカとソージュが慌てて頭を下げる。


「うむ。その心がけも立派だ」


 レオがここまで褒めるなんて珍しいね。それとも、以前この二人に言いくるめられたから、おだてておこうという腹積もりなのかな。


「リア。ちゃんとこの二人に礼はしておるのか?」


「お礼、ですか?」


 口ではお礼を言っている時もあるけど……。


「どうだ? たまにはこの二人に礼をしてみんか? うん。それがいい」


 何やら一人勝手に決めて頷くレオだった。




 三日後の夕方である。レオの部屋に備えられているキッチンに立っている。

 レオの発案したアシリカとソージュへのお礼とは私からの手料理のプレゼント。

 

「心配はいらん。ちゃんと俺も一緒に作ってやる」


 隣に立つのは、得意げなレオである。


「ですが、私料理などした事は……」


 まさか、いまだ剣術で私に勝てない分、自分の得意分野に私を巻き込んで優位を味わいたいという魂胆じゃないだろうな。


「リア。料理とは技術ではないのだ。その料理にどんな想いを込めるかだ」


 何、その名言っぽいけど安っぽい言葉は?


「有名な方の言葉ですの?」


「我が師の教えだ」


 ああ、クレイブか。レオとの間に強い師弟関係の絆があるのね。心底どうでもいいけど。


「あの……、本当にお任せしても?」


 不安気な顔の顔のアシリカが顔を覗かせる。彼女が何もせずにじっと待っているだけで本当にいいのか、それとも私が料理する事を不安に思っているのかは分からないけどね。


「大丈夫だ。今日のお前たちは客人だ。のんびりと待っていろ」


 レオが答える。


「あの……、デザートもつきマスカ?」


 ソージュの心配はそこなんだ。


「もちろん。とっておきを考えている。楽しみにしていろ」


 ソージュのぱっと輝く顔に満足そうにレオが頷く。


「さあ、あっちでゆっくり待っていろ」


 レオに追い立てられるようにして、アシリカとソージュがキッチンから出ていく。


「おい。リア。お前はこっちだぞ」


 どさくさに紛れて一緒にキッチンから出ていこうとするのを止められる。

 ちっ。見つかったか。


「では、最初はスープの仕込みだな」


 大きな鍋をレオが取り出す。他にも本格的な調理道具が揃っているみたいだが、何に使うのか私には分からない。


「何のスープを作りますの?」


「オニオンスープだ。そうだな……。リアには玉ねぎを切ってもらうか」


 手渡された玉ねぎと包丁。

 どのように切るか教えてもらった後に表面の薄皮を剥き、ゆっくりと包丁を当てる。ザクッと切れる感覚が何だか気持ちいいな。


「ほう。思ったよりちゃんと切れているではないか」


 傍で見ていたレオが意外そうな顔をしている。

 私もね、やろうと思えば出来るんだよ。


「これなら問題はないな。俺は前菜に取り掛かるからここは任せたぞ」


「ええ。お任せくださいな」


 ザクザクと切っていくのも楽しいしね。

 ひたすら玉ねぎを切り続ける。

 

「それくらいでいいぞ」


 手際よく前菜を準備していた手を止めてレオがこちらを見ている。


「何かやらかすかと思っていたが……」


「いやですわ。この私だって料理の一つや二つ問題ありませんわ」


 胸を張り、言い返す。


「料理って……、まだ玉ねぎを切っただけだけどな」


 苦笑するレオである。

 ふふふ。負け惜しみか。優位に立てなくて残念だわね。

 続けてレオの指示に従い、切った玉ネギを色が付くまで炒める。これもまた順調に進む。

 意外と料理の才能があったのかもしれないな。ちょっと始めてみようかな。


「後はここに入れたらいいのですね?」

 

 ぐつぐつと湯が沸き上がっている鍋の中へと玉ネギを投入だ。

 だんだん楽しくなってきたよ。

 あらかじめ用意してくれていた調味料も入れるといい香りが漂ってくる。


「順調すぎて逆に怖いな……」


 スープをかき混ぜる私を見ながらレオが不安そうに呟く。


「それはどういう意味でしょうか?」


 鍋をひっくり返すととでも思っていたのか? 失礼なヤツだな。


「い、いや……」


 慌てて目を逸らすレオである。

 どうやら、思っていたようね。


「それで、次は何をすればよろしいので?」


 気を取り直して尋ねる。

 すでに前菜も完成している。薄切りの牛肉にオリーブオイルが掛かっている。添えられている香味野菜の色どりも美しい。

 悔しいが、美味しそうだ。


「うむ。次はいよいよメインだ」


 メイン料理か。前菜で牛肉を使ったのなら、メインは魚かな。それとも鳥だろうか。しかし、それらしき食材は見当たらない。


「いよいよ、あれを使う時が来たな……」


 ニヤリするレオだ。


「あれと申しますと?」


 そんなスペシャルな食材を用意しているのか。これは期待してしまうね。


「まあ、付いてくるがいい」


 そう言ってレオがキッチンから出ていく。そして、部屋の玄関へと向かう。

 どこに向かうつもりなのかしら。そのスペシャル食材って部屋にないの? 


「殿下!」


 部屋から出ていこうとするレオを見て、マルラスが呼び止める。


「隣の部屋に食材を取りにいくだけだ」


 振り返るレオが告げる。

 隣の部屋?


「ま、まさか、殿下……。本気にございますか?」


 驚愕の表情となるマルラスである。


「殿下。もう一度よく考えられませ」


 慌てて飛んできたフォルクも険しい顔になっている。

 えっと、よく分からないんだけども……。


「今日はリアの侍女、そしてお前たちへの日頃の感謝を込めて料理しているのだ。あのとっておきを今使わなくていつ使うというのだ?」


 言い聞かせるようにしてレオが彼の従者へ語りかけている。

 そんな食材なのか。料理への造詣が深く、しかも王族。そのレオが言うとっておきの食材とは、どんなものなんだろう。益々興味深い。


「気にするな」


 そう従者へ笑みを浮かべて扉を開けて部屋から出ていく。

 私もレオの後を追う。

 レオの部屋の向かい側。ここは誰も使用していない部屋のはずだ。


「特別にこの部屋も使わせてもらっていてな」


 わざわざ食材の保管場所としてもう一部屋使っているのか。


「入れ」


 扉を開けてくれたレオが私を促す。

 この中にスペシャルな食材が……。期待に胸を膨らませ部屋へと入っていく。


「コケッ、コケッ、コッコッコッ」


 そんな私を出迎えてくれたのは一羽の鶏。

 ま、まさか、メインの食材って……。


「今日まで卵を孵す所から育ててきたのだ。餌に細心の注意を払い、適度な運動をさせここまで育ててきた」


 私が唖然としているのも構わず、自慢げなレオだ。


「あの……、一つ伺いますが、ご自分で……その……」


 ドキドキしながら尋ねる。レオの悪い冗談であって欲しい。


「ああ、絞める。心配はいらん。すでにやり方は調べてある」


 やっぱり! ムリ、むり、無理! 絶対に無理だ! 

 いやね、そりゃ、私も肉は食べるよ。鶏肉も牛肉も豚肉だって食べる。さっきの前菜の牛肉だって美味しそうって思ったよ。

 でも、目の前で生きている鶏を絞めて、すぐに食べるのは気が引ける。もちろん今まで食べてきた肉も皆そうなのかもしれないけど、目の前ではちょっと……。


「おいおい、そんなに纏わりつくな」


 レオの足元に体を擦りつけるようにして、鶏が寄ってきている。随分と懐いているように見えるな。


「仕方ないな……」


 苦笑するレオがひょいと鶏を抱き上げる。


「まったく、困ったものだ。卵から孵った時から妙に俺に纏わりつくのだ」


 そう言いながらもどこか嬉しそうなレオである。

 あのさ、それって、刷り込みってヤツじゃないの? その鶏が卵から孵った時に初めて目にしたのがレオで、親と認識しているんじゃ……。

 レオに抱かれた鶏は甘えるように、レオの胸元をついばんでいる。

 この鶏、今からレオに食材にされようとしている事を分かっているのだろうか。いや、それ以前にレオの方もこの鶏を自らの手で絞めようとしている自覚があるのだろうか。

 鶏を抱くレオを見ていると、どう見ても可愛がっているペットとじゃれあっているようにしか見えないのだけれどもさ。


「うん? お腹がすいたのか、ジョン?」


 うわあ、名前まで付けてる。

 絶対、情が湧いちゃってるはずだよ。


「あの……、レオ様」


「ん、どうした?」


 楽しそうに鶏とじゃれている所申し訳ないけど、確認だけさせて欲しい。


「その鶏がメインの食材なのですか?」


「ああ、そうだが?」


 不思議そうにレオが首を傾げる。抱かれている鶏もレオと一緒に首を傾げている。


「あの、そのジョンと名付けた鶏を、ですよね?」


 沈黙が訪れる。

 はっとした表情を浮かべた後、レオはじっと鶏を見つめる。


「あの……、本当に食材にしますの?」


 再び沈黙。

 レオは鶏と見つめあったまま。


「……出来ん。俺には……、ジョンを……」


 レオががっくりと膝を付いて項垂れる。

 そりゃそうだよね。ここまで懐かれて、名前まで付けてしまってはね。


「許せ……、許してくれ、ジョン。俺はお前を……」


 鶏、いや、ジョンに謝っているな。ジョンの方は相変わらずレオの胸元を啄んでいる。

 何だ、このカオスは?


「殿下」


 レオを呼ぶ声。見ると、彼の従者二人、フォルクとマルラスが並んで立っている。


「だから、申し上げたのです。一から育てて食材にしようなどお止めくださいと」


 呆れた表情で主を見つめている。

 その後ろでどうしたものかと、困惑のアシリカとソージュ。


「殿下、先日おっしゃっていた豚を子ブタから育てる計画、諦めて頂けますね」


 鶏に続いて豚も育てようとしていたのか。レオの従者も大変だな。


「……ああ。分かった。二度と食材を育てるとは口にしない」


 鶏をひしと抱きしめながら頷いたレオだった。




 鶏のジョンが命拾いをした三日後。改めてレオに招かれていた。

 グダグダに終わってしまった侍女と従者への感謝を込めた食事会の詫びにちょっとしたティーパーティーを開いてくれたのだ。


「ジョセフィーヌは相変わらず甘えただな」


 レオに抱かれた鶏。

 昨日卵を産んだそうだ。そう、鶏は雌鶏だったのだ。それに伴い名前もジョンからジョセフィーヌへと改められていた。

 自らの手に餌を乗せ、愛おしそうな目をジョン改めジョセフィーヌに向けているレオである。


「リア、どうだ? 可愛いであろう?」


「そ、そうですわね……」


 でも、食材にしようとしていたのよね?


「夜も一緒に寝ておられます……」


 フォルクの疲れ切った顔からレオの度を越した溺愛ぶりが伝わってくる。 


「そうなんだ……」


 レオとジョセフィーヌを目の前にして、頬を引きつらせながら頷く。


「コケッ、コケッ」


 鳴き声を上げながらレオに甘えるジョセフィーヌ。顔をレオの胸元に埋めていいる。そんなジョセフィーヌの背中を優しく撫でるレオ。

 ジョセフィーヌに夢中になっているレオを見て私は思った。

 ヒロインって、鶏だったけ?

 

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