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戦うお嬢様!  作者: 和音
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147 鉄扇の舞姫

 一夜明け、私はベッドの中で頭を抱えていた。

 いや、さすがに昨夜のは一国の女王相手にマズイだろう。つい啖呵を切ってしまうような真似をしてしまったが、冷静に考えたらこれが元で外交問題になるんじゃ、と気が気でない。


「お嬢様。さぁ、起きてくださいませ。朝、女王陛下の所に行く予定ではありませんか」


 そんな私の気も知らず、アシリカがいつものように私を起こしにくる。しかも、女王の所に行く事を伝えながら。

 いつまでもベッドの中に籠城するわけにもいかずに、ため息と共に起き上がる。

 着替えをソージュに手伝ってもらい身支度を整えているうちに、あっという間に女王の元へと向かう時間となる。


「大丈夫です。お嬢様は間違っておられません」


 部屋から出る直前にアシリカが背後から語りかけてくる。


「お嬢サマもご自分の信念を貫いてくだサイ」


 振り向いた私にソージュがゆっくりと頷く。


「ありがとう、二人共」


 どうやらこの二人には、私の考えている事はお見通しらしい。


「じゃ、行きましょうか」


 うん、そうだよね。自分を信じよう。

 私は自分で扉を開ける。

 女王が滞在する部屋がホールを挟んである。その扉の前ではミーナがすでに待ち構えていた。


「おはよう、ミーナ」


「おはようございます。ナタリア様。女王陛下はすでにお待ちにございます」


 ミーナが頭を下げて、扉を開けてくれる。

 奥へ進み、女王と対面する。


「女王陛下。ナタリアにございます」


 床に膝を着き、真っすぐに女王を見据える。

 そんな私に女王は黙って頷く。

 

「ナタリア様」


 女王の代わりに口を開いたのは、白髪の侍女だった。


「昨夜の女王陛下へのご質問の答えの前に……」


 私は視線だけを無表情のままのその白髪の侍女へと向ける。


「あなた様の話は綺麗事です。信念と覚悟だけでは国を治める事は出来ません」


 そんな事、私にも理解出来る。理想論の綺麗事と言われても仕方ない。

 でも、私は権力や富に虐げられている者を救いたいという信念と運命と立ち向かう覚悟がある。

 そして、それが私の原動力だ。


「ですが……、その綺麗事、女王陛下が気に入られました」


 無表情の顔が一転して、笑顔に変わる。


「ナタリア殿」


 ここで女王が口を開く。


「あなたのような方が妃となられるこのエルフロントなら信用出来るでしょう。我がフィンゼントはエルフロント王国と盟を結びます」


 まったく感情を露わさないのは変わらない女王である。


「それと、昨夜の質問の答えです。私に信念と覚悟があるか……。その答えはこれからのフィンゼントを見てナタリア殿ご自身で判断して頂きたいと思います」


 初めてこの女王の言葉から力を感じる。


「はい。楽しみにしております」


 私は深く頭を下げる。


「もっとゆっくりとナタリア殿と話していたいところですが、そうもいきません。エルフロントと盟を結ぶと決めたからには、宰相を説得せねばなりません」


 宰相を説得か。しかし、あの宰相、すんなりと頷くとは思えない。


「午後からエルフロント王と会います。その前に迎賓館で宰相に会わねばなりませんので、失礼させて頂きます」


 女王はそう言うと、立ち上がる。


「お待ちください。宰相閣下とお会いされるのは、危険ではありませんか?」


「危険?」


 女王が訝し気に聞き返す。

 あの襲撃も宰相の手の者かもしれないのだ。ならば、エルフロントと同盟を決意した女王に何をしでかすか分かったもんじゃない。


「はい。宰相閣下はアルシアと手を結ぼうと考えておられると聞き及んでおります。それに、実はあの襲撃も……」


「まさか! いくら考えに違いがあるとはいえ、女王陛下を襲おうなど考えるはずがありません」


 信じられないといった顔で白髪の侍女が首を横に振る。


「確たる証はありません。ですが、状況を考えるに――」


「ご心配ありがとうございます」


 女王が私の言葉を遮る。


「ですが、ナタリア殿のご心配は無用です。何も案じられる必要はありません」


 やはり、自分の国の宰相だ。まさか国を売る様な真似をするとは想像もしていないのかもしれない。


「答えの一つを先に申します。私に覚悟はありますから」


 どういう意味だ? 下手すれば命を奪われてもかまわないという事なの? でも女王に万が一があれば元も子もない。


「女王陛下!」


 私は立ち上がる。


「提案がございます。この私が女王に成りすまして、宰相の元を訪れましょう」


 私だったら、万が一危険があっても対処できる。そのまま、宰相の首根っこを押さえることだって可能だ。


「ナタリア殿が!?」


 襲撃されて侍女を案じた時に続いて二度目だ。女王が感情を見せる。


「はい。宰相が素直に女王陛下の意向に従うなら問題ありません。そして、万が一があっても、女王でないと分かれば宰相も危害を加えないでしょう」


 無事に返してくれるとは、実際は思わないけどね。

 

「陛下。ナタリア様の案に賛成にございます。この私も同行致しますので」


 侍女の並ぶ列からミーナが飛び出し、私の横で女王に跪く。


「ミ、ミーナ?」


 ミーナが同行してくれるのは頼もしいけど、女王からの評価が高い彼女を危険に曝すのは気が引ける。

 

「それは決してなりません。ミーナはここで待っていなさい」


 女王から明らかに動揺の色が見える。


「いいえ。女王陛下にお覚悟があるように、この私にも覚悟がござます。そして、自らの信念にも従いたいのです」


 動揺したままの女王の目はミーナに見開かれている。

 まだ若いのにミーナは肝が据わっているね。大したもんだよ。ここまで言われたらその心意気に応えるのもありかもしれない。


「女王陛下。決まりでよろしいですね。ここで吉報をお待ちくださいませ」


 私は不敵に微笑んだ。




 ベールを頭から被り、私の目元には赤いアイラインが引かれている。女王の侍女たちの化粧の腕には驚かされた。鏡で確認したが、女王そっくりに仕上げられたのだ。ベールの隙間からのぞいている目元だけだけれどもね。

 迎賓館の中はその周りと違い、フィンゼントの随行兵で守られている。それでも変装していると気づかれる様子はなく、女王に扮した私に対してひれ伏している。

 迎賓館は、エルフロントの豊かさと文化的高さを見せつける為が、王宮並みに豪華絢爛な造りをしていた。天窓から陽光が差し、厳かにも感じる。

 大理石で仕上げられた長く続く廊下をミーナと二人で進んでいく。この先に宰相がいるらしい。 

 よし、ここまでまったくバレていない。予想以上にうまく進んでいる。もしかしたら、あっさりと宰相も女王に従うんじゃ……と思い始めた時である。


「あ……。話したら声でバレるじゃないのよ」

 

 うわぁ。そうだよ。よくよく考えたら、宰相を説得する為には話さなければならない。その時、当然声が出る。姿はうまく似せれても声は無理だ。風邪気味って言えば誤魔化せるかしら。うん、それしかないな。


「ふふ。大丈夫ですよ、ナタリア様」


 ミーナが小さく笑う。


「ご心配なく。そこはちゃんと考えていますから」


「考えてるって、どうするの?」


 やはり、風邪気味作戦か?


「私が女王の意向を宰相閣下に伝えます。ナタリア様はじっとしていているだけで大丈夫ですから」


「そ、そうね。任せるわ」

 

 風邪気味作戦より遥かにマシだ。私が言い出したことなのに申し訳ないね。

 長い廊下を抜け、宰相がいるという部屋の前で一度立ち止まる。


「では、女王陛下。よろしいですか?」


 笑みを浮かべるミーナがこちらを見る。

 そうだ。今から私が女王。毅然とした態度でいないとね。背筋をピンと伸ばして頷き返す。


「宰相閣下。女王陛下のお成りにございます」


 ミーナが扉をノックすると、すっと開かれる。

 その先にフィンゼントの作法に則り膝を着いて頭を垂れる宰相の姿が見える。


「女王陛下。お待ちしておりました」


 ゆっくりと部屋の中に入る。


「閣下。まずはお人払いを……」


 ミーナが告げる。それに頷いた宰相は手で警護の者に合図を送り、部屋は私たち三人だけとなる。


「陛下。急な話とは一体何にございますか?」


 膝を着いたまま、宰相は見上げてくる。私に不審を抱いている様子は無い。


「それは私から説明させて頂きます」


 予定通りに隣のミーナが話し出す。


「女王陛下はエルフロント王国との同盟を決意されました。宰相閣下にもフィンゼントを想いいろいろと考えがあるとは思います。しかし、陛下の思し召し。閣下も今後はエルフロントとの盟約を軸に考えて頂きたいとお考えにございます」


「エルフロントと盟約ですと?」


 それに私は黙って頷く。

 宰相の眉間に皺が寄る。


「女王陛下。本気にございますか? 確かにエルフロントは大国にございます。しかし、今勢いがあるのはアルシア。盟と申しても対等ではございません。ならば、勢いある方に付くが賢明にございます」


 険しい顔となり、宰相が訴えてくる。


「閣下。すでに女王はご決断されております。陛下も考えを持たずに決められたわけではございません。エルフロントの方が信がおけるとお考えになられたのです」


 ミーナの言葉に熱が籠る。


「侍女殿。黙ってもらえるか? これは国家の重要な話。女王陛下のお言葉でお聞かせ願いたい」


「女王陛下のご意思ならすでに決まっておられる」


「侍女殿。もう一度だけ言わせてもらう。黙っていただこう」


 さすが一国の宰相である。ミーナを睨み付ける顔はなかなかの迫力だ。

 しかし困ったな。宰相の言い分も分かる。でも、声を出せば、私が偽物だとバレてしまう。ミーナたちは宰相が女王の意向をあっさり飲むと考えていたのかもしれないな。


「……そんなに女王陛下のお言葉が必要ですか?」 


 急に声のトーンが下がったミーナである。


「当たり前だ」

 

 何を言っているとばかりに宰相はミーナを睨み続けている。


「ならば……、仕方ありません」


 ミーナは胸元から何やら取り出す。出てきたものはペンダントみたいだ。紋章のようなものが刻まれているが、何が始まるのだろうか?


「宰相。この紋章が何か分かりますね」


 そう言って、ミーナはペンダントを宰相に向ける。


「フィンゼント王の証!」


 宰相の顔が驚愕に染まる。


「隣にいるは我が影。あなたの望み通り女王自ら意思を伝えましょう。我がフィンゼントはエルフロントと盟を結ぶ」


 え? え? どういう事? ごめん。理解が追い付いてないみたい。


「確かに私には、信念と覚悟が足りなかったのかもしれません。周囲に気ばかり使い、自分の考えをきっちりと伝えられなかったのですから。ですが、これからは自分の信念に従います。このエルフロントは信用できます。この国と盟を結びます」


「ミ、ミーナ?」


 思わず声を出してしまう。


「隠していて申し訳ございません。今までナタリア様がお会いしていた女王は私の影にございます」


 という事は……。


「えっと、ミーナが本当の女王?」


「はい。ミーナは幼名です」


 つまりあの女王は影武者だったのか。だから、あの女王からは自らの意思が感じられなかったのか。だって、彼女に判断は許されないだろうからね。


「くくっ、くくく」


 宰相が肩を震わせて笑い声を立てる。


「いやいや、すっかり騙されました。いつから影を?」


「即位後すぐからです。父の死に疑問を持った侍女たちの意見に従いました」


 え? 先代の王って急な病死だったのでは?


「そんな前からですか……」


 跪いていた宰相はゆっくりと立ち上がる。


「しかし私はね、その以前からアルシアと手を結ぶべきだと考えておりました」


 そのままくるりと後ろを向き、私たちに背を向ける。


「なのに、陛下は……、いや女王ではありません。先代の王にございます。何を考えてかエルフロントと結ぶと申されました」


 何だか嫌な予感がするな。

 私はそっとミーナの前に出る。


「せっかくその王に死んで頂いたのに、あなたまでがエルフロントと結ぶなど言い出だすとは……。信念など持たず大人しくしていればよいものを。まったく困ったものですな」


 振り返った宰相は残忍な笑みを浮かべている。


「ま、まさか父上様を……」


 ミーナが悲痛な声を上げる。


「はい。アルシアはこの私に将来的にフィンゼントを任せると言ってくれているのです。ならば、強国の元でフィンゼントを治める方が利口というものではございませんか?」


「そんな以前から国を裏切っていたのですか……」


 悲痛な面持ちのミーナである。彼女は宰相が裏切っているなど微塵も考えていなかったのだろう。

 でも、この宰相、国の事を憂いる気持ちなんて微塵も無かったのね。今まで見てきた悪党どもと一緒だわね。だったら、私もやりやすいわ。

 中途半端に国の民の事を考えてとかだったら迷っちゃうもんね。


「ミーナ、いいえ。女王陛下。お下がりくださいませ」


 ベールを脱ぎ捨てる。


「おや。その影の方がこの後に何が起こるか分かっているようですな。ここには、私を支える者しかいないのですよ」


 その宰相の言葉にミーナ、いや、女王も察したようだ。


「ナタリア様だけでもお逃げください」 


 その声は震えている。


「ナタリア? おお、その顔確かにナタリア・サンバルトだ。まあ、いい。一緒にここで死んでもらう。そうだな、案内役のお前が女王を突然襲う。女王を殺された我らが、その仇を討った。そんなシナリオだな」


 よくもまあ、そんな悪事がすらすらと思いつくわね。


「宰相、お願いです。ナタリア様だけでも――」


「陛下。大丈夫ですわ。心配する必要などございません」


 ミーナを制する。


「ここに来る道中でご覧になった芝居を覚えておられますよね? あの姫君の芝居です」


「え? ええ。鉄扇の舞姫ですか? しかし、今それどころでは」


 私が急に何を言い出すのかと困惑の表情となる。


「ならば、このエルフロントの思い出にちょうどいいですわ」


 私は隠し持っていた鉄扇を取り出す。


「御前で本物の鉄扇の舞姫をご覧頂きたく思いますわ」

 

 すっと開いた鉄扇の白ユリの紋章が窓から差し込む太陽の光に照らされていた。


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