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戦うお嬢様!  作者: 和音
145/184

145 私のお勧め

 翌日の朝からエルカディアの街を周っていた。

 学院には、今回の女王来訪関連については外出と授業を休む事を許されているので、わざわざ隠れて抜け出す必要はない。だが、正直言って、女王の相手をするより素直に授業を受けている方が楽であるというのが本音だ。


「以上かしらね」


 一通り明日、女王が巡るルートをミーナと共にすべて見終えた。主な訪問場所として、貴族が集まるホールであったり、街でも有数の規模を誇る商家であったり、綺麗に整備された公園であったり……。 

 国を良く見せようと思うのなら、無難な場所ばかりである。


「そうですか……。ありがとうございました」


 道中、何やら熱心にメモを取っていたミーナが頷く。

 早足で周ったせいもあり、時間はお昼を少し過ぎた頃である。


「この中でナタリア様のお勧めはどこにございますか?」


 熱心にメモを取っていたミーナが顔を上げ、尋ねてくる。

 朝から一緒に行動していて思ったのだが、このミーナという少女、とても勤勉である。そして優秀である。場所の説明をアシリカがしてくれるのだが、すぐにそこでエルフロント王国が何を見せたいのかを理解する。

 とても同年代とは思えない働きぶりである。


「お勧め? うーん、そうね……」


 正直言って、私が心底進めたい場所は無い。だって、どこも取り繕ったような場所ばかりだもの。

 私なら、もっと相手に楽しんでもらえるような所をチョイスするけどな。


「よし。女王陛下をお連れする訳にはいかないけど、あなた個人にお勧めする場所に連れて行くわ」


「私個人ですか?」


 少し戸惑った様子のミーナである。


「そうよ。ミーナの為に私のエルカディアでのお勧めを案内するわ。ちょうどお昼も過ぎてお腹も減ってきた頃でしょ。まずは、食事よ」


 せっかく街まで出てきたのだ。それに女王のお相手役と息が詰まる様な役目を任されたのだ。ちょっとくらい自分にご褒美を上げてもいいだろう。


「デドル。屋台に行くわよ!」


 御者台に向かって掛ける私の声は弾んでいた。

 やってきたのは、もちろん屋台の並ぶ街の商店街。

 屋台を抜けた大きな木がある広場のベンチに腰を掛けている。


「お嬢様、お待たせいたしやした」


 デドルが両手いっぱいに屋台で買ってきた食べ物を抱えてきた。


「ありがとう、デドル」


 そう言いながら、私はデドルの顔を見ていない。久々の濃い味の屋台の品に目は釘付けである。


「お嬢様、はしたのうございます」


 アシリカからの苦言も気にしない。だって、この何とも言えない香ばしい匂いに抗えるわけないじゃないか。

 

「うーん。美味しいわぁ」


 久々の屋台の味を堪能する。

 しかし、ミーナは串焼きを手にしているものの、困惑の表情になっている。


「食べないの? それ、美味しいわよ」


「え、ええ。こういったもの、食べた事がありませんでして……」


 串焼きと私を交互に見るミーナが苦笑している。


「そうなんだ。フィンゼントには屋台って無いんだ」


 それは寂しいね。 


「だったら、初体験ね。こうやって、串にかぶり付くのよ」


 ミーナの目を見ながら、手に持つ串焼きを大きく口を開けてかぶり付く。じゅわっと口の中に鳥肉の旨味が広がる。タレとの相性も抜群だ。


「お嬢様……」


 呆れ眼でアシリカがため息を吐いている。


「串焼きはこうやって食べるのが一番美味しいのよ。ほら、ミーナも」


「は、はい……」


 ゆっくりと串焼きに顔を近づけ、目を閉じたミーナが控えめにだが一口齧る。


「美味しい……」


 目を見開いて、ミーナは串焼きに感嘆の声を上げる。


「でしょ」


「はい!」


 ウインクする私にミーナは満面の笑みで頷いた。

 

「さあ、食べた後はどこに行こうかしら」


「お嬢様? 下見はもう終わりましたよ。ミーナさんもお忙しいのですから、早く学院に戻らねば……」


 私の汚れた口元を拭いてくれながら渋い顔になるアシリカである。


「せっかく学院公認で街に来ているのよ。すんなり帰るわけないでしょ。それに夕方までに帰ればいいんでしょ?」


 ミーナに振り向く。


「は、はい。そうですけど」


 またもや困惑気味の表情になりながらも、ミーナは頷く。


「じゃあ、決定ね。せっかくフィンゼントから来たんですもの。あっちこっち見ていって欲しいわ。ちょっとした休日だと思って楽しんでよ」


 あんな観光名所を周るようなものじゃなくて、エルカディアの息遣いが肌で感じられる場所を見て欲しい。


「あの……、いいのですか?」


 ミーナがアシリカを見上げる。


「仕方ありません。うちのお嬢様が言い出したら止められませんからね」


 苦笑しながらアシリカが私を見る。


「同じ侍女でもミーナさんと違う苦労をしていマス」


 ソージュ、それ、どういう意味かしら。


「ですな。まあ素直なお嬢様も怖いですがな」


 デドルまで便乗しているしさ。


「もう! そっちだって、こっちがびっくりするくらいの暴れる時もあるじゃないのよ」


 口を尖らせての抗議である。


「ふふ」


 そんな私たちを見てミーナが肩を震わせて笑っている。


「面白いですね。主従のはずなのに主従に見えません。でも、いいですね。お互いが信頼しあっているのがよく分かります」


 そう面と向かって言われると照れくさいな。

 アシリカとソージュも少し顔を赤くしているな。


「あの、ナタリア様。お言葉に甘えてよろしいですか? 是非、ナタリア様のお勧めを見せてください」


 ミーナが椅子から立ち上がり、頭を下げる。


「もちろんよ! 任せてちょうだい」


 自分の胸をポンと叩いて頷く私だった。

 そこから、私お勧めのエルカディア観光である。

 まずは、工房街。

 グスマンさんの工房を訪ねる。グスマンさんの仕事を興味津々で見つめていたミーナだったが、たまたま孫を連れてルディックさんが遊びに来てからは、そっちに夢中になっていた。お孫さんのよちよち歩きに歓声を上げていた。

 子供の相手をするのが好きそうなミーナの為にトルスの孤児院まで足を伸ばす。そこでも、子供たち相手に楽しそうに遊んでいた。

 昨夜見た女王の前で澄ましているミーナとは別人のように笑い声を上げ、走り回っているミーナにこちらまで楽しい気分になっていた。

 道場にもと思ったが、やめておいた。孤児院で私も含めて子供たち相手に夢中になり過ぎてすっかり時間が経過してしまったからだ。それに、あそこに行っても楽しめるとは思えないしね。

 すっかり夕暮れ時になり、学院へと帰る馬車の中である。


「ナタリア様。ありがとうございました。本当に楽しかったです」


 今日一日の疲れを感じさせずに、ミーナが笑顔を見せてくれる。


「でも、正直言って驚きもしました。ナタリア様は公爵家のご令嬢でしょう? しかも王太子様のご婚約者。それなのにこんなに自由に過ごされているのですね」


 いや、エルフロントの貴族令嬢が皆こんな感じだと思われたら、申し訳ない気もするけどね。


「ご自分で欲しいものを買って食され、市井の者と親しく付き合う。それに孤児たちからもあれほど慕われておられます」


 羨望の眼差しを私に向けた後、目線を落として沈んだ顔になる。


「しかし、女王は……、陛下は籠の中の鳥にございます」


「籠の中の鳥?」


 女王が籠の中の鳥とは、いったい……。


「女王陛下が即位されたのは、四年前です。父王である先代様が突然の病で亡くなられ、悲しむ間もなく王位を継承されたのがまだ、十二歳の頃でした。それ以降自由などありません」


 十二歳でそれは、いくら王家に生を受けていても気の毒だな。


「それでもご自身の立場は分かっておられます。少しでも豊かな国に、安心して暮らせる国にと心を砕いておられます。民や家臣の期待に応えられようと努力もされております。ですが……」


 そこでミーナは言葉に詰まらせる。


「なかなかうまくいきません」


 無理もない。女王と言っても、わずか十六歳の女の子だ。突然後継者となり国を統べるなど、至難の業だ。

 昨日の夜見た、あの何も悟らせないような意思の籠らない目も自然と身に付いたのかもしれない。だって、些細な言動でも彼女のそれは、とてつもなく強く重い意味を持つのだからね。


「……あっ! 申し訳ございません。今話した事はお忘れくださいませ」


 慌てた様子で、ミーナは無理やり張り付けたような笑顔を見せる。

 今日一日で打ち解けたと言っても彼女にしたら他国の人間相手だ。しかも、ミーナは女王の近くに仕える侍女。立場だってある。簡単に自国の問題を口にすることはご法度だろう。


「そう言えば、エルカディアに来る途中の事にございます」


 話を変えるとばかりに、明るい声で話し出すミーナ。


「旅の芝居一座と出会いましてね。道中の余興として、女王陛下の前で芝居をして頂いたのです」


 旅の芝居一座、ね。知り合いじゃない事を願うよ。


「その芝居がとても面白かったのです。少しおっちょこちょいですが、正義の心を持つお姫様とその優秀な侍女たちのお話でした。これが、とても面白くて」


 うん、どうやら思いっきり知り合いの旅の一座だったようね。


「あの……。まさか、『鉄扇の舞姫』というお芝居では?」


 気まずそうなアシリカがそっと尋ねる。


「ええ、そうです! ご存じなのですか?」


「まあね。私たちも見たからね……」


 恥ずかしい思い出が蘇ってくるよ。だって、私がモデルになっているあのお姫様、どう見てもドジで向こう見ずだったもんなぁ。


「やはり同じ侍女として、あの侍女に憧れマスカ?」


 おい、ソージュ。そこ、自慢げに聞かない。


「ふふふ。お芝居とはいえ、あの侍女お二人はすごいですよね。でも、私は……、あのお姫様こそがすごいと思います」


 おおっ! 私の理解者か!


「だって、あそこまで自分の正義を真っすぐに信じるなんてすごいと思いませんか? いくら失敗を繰り返しても決して折れないのですから」


 いやいや、照れるな。


「それは、確かにそうデス」


 ちらりとソージュが私を見る。


「私、憧れてしまいます。例え作り話の登場人物でもあそこまで信念を貫けるのが羨ましい……」


 そう呟いてミーナは窓から暗くなり始めてきた学院へと続く雑木林を眺めていた。




 翌日、クリスティーナ女王を案内してエルカディアの街を巡っていた。

 もちろん今日は厳重な警備付きである。行く先々も事前に一般の立ち入りは禁じられており、閑散とした雰囲気ばかりである。


「女王陛下。次はエルカディアでも一番大きく、美しいと言われている公園ですわ」


 馬車に揺られる中、隣に座る女王に話しかける。


「そうですか。それは楽しみですね」


 私の言葉に感情が感じられない女王が頷く。

 決して、偉そうだとかこちらを見下しているなんて態度は女王から感じない。だが、彼女自身からの意思も感じられない。まるで、言葉を話す人形を相手にしているようにさえ感じる時がある。

 今回のフィンゼント側のエルフロント訪問の目的や意図までは知らない。だが、幼くして王位を継いだ彼女は今何を思っているのだろうか?

 ふと振り返り後に続く馬車を見る。アシリカたちやミーナが乗っている馬車である。この馬車に乗っているのは、女王と私だけである。何か話さないと間が持たない車中の雰囲気である。


「昨日、ミーナに下見の付き添いをして頂いてありがとうございました。私からも感謝致します」


 何を話せばいいか思案している私に、初めて女王の方から話かけられる。


「いえ、とんでもございません。お役に立てたでしょうか?」


 後半はほとんど好き勝手に遊んでいただけど。ちょっと気マズイな。


「はい、とても……。彼女は有能な侍女です。今回の経験は決して無駄にならないでしょう」


 へー。やっぱり彼女は女王にも期待されている優秀な侍女なんだ。まだ若いのにすごいね。

 ここから会話が弾むかな、と思った私は甘かった。これ以降女王の方から話しかけられる事は無く、必死で会話を探す私だった。

 そんな苦行のような女王のエルカディア視察もようやく終わりを迎え、すっかり心身ともに疲れ切った私と朝からまったく表情が動かない女王を乗せた馬車はコウド学院への帰路に付いていた。

 昨日も通った学院への一本道。流れる車窓からの夕日に染まる景色にやっと帰れると安堵している時だった。

 突然、馬が大きく嘶く声と同時に馬車が大きく左右に揺れる。そのまましばらく蛇行した後、馬車が止まる。


「な、何なの!?」


 思わず叫ぶ。

 窓から外を見ると、雑木林の影から弓を構えている人影が見える。


「女王陛下!」


 私は咄嗟に女王を椅子から引きずり下ろす。その身を窓から下へとやり、腰のベルトに挟んだ鉄扇を握りしめる。

 その時、窓が砕け散る音と共にその破片が頭上から降り注いでくる。

 弓矢で攻撃されている。


「曲者だっ!」


「女王陛下の馬車を守れっ!」


 周囲は騒然となっている。

 遠くで爆音が聞こえる。


「お嬢様の乗った馬車を狙うとは何者かっ!」


 爆音の後にアシリカの叫び声も聞こえてくる。

 どうやら、あの爆音はアシリカの魔術か。その後も連続して続く爆音。

 かなり暴れまわっているみたいね。ほら、すぐに暴れるのはアシリカも一緒じゃないのよ。

 それに狙われているのは私じゃないはずだ。


「お嬢サマ! ご無事デスカ!」


 馬車の扉が開き、ソージュが顔を覗かせる。


「ええ。大丈夫。女王陛下もご無事よ」


「曲者は追い払いやした。今は警護の兵の一部が追っておりやす」


 デドルも周囲を警戒しながら馬車の扉の前に立っている。


「侍女はっ!? 私の侍女たちは皆、無事ですか!?」


 初めて女王が感情を露わにしている。自らが襲われたというのに、そして何よりまだ曲者が周囲に残っているかもしれないというのに、立ち上がろうとしている。


「まだ、そのままでいてください」


 デドルが鋭く言い放つ。

 自分の侍女を心配する気持ちは分かるが、まだ立ち上がるのは危険だ。


「侍女の皆さん、無事デス」


 ソージュが女王を安心させるように頷く。


「そう……、ですか」


 大きく息を吐くと共に女王は小さく呟く。

 騒然となったその場も時間と共に落ち着きを取り戻していく。

 周囲を兵に囲まれ、ようやく馬車から降りる。どうやら、私と女王の乗る馬車を曳く馬がまずは弓で射られたようだ。可哀そうに。すでにこと切れているようだ。それだけでない。どうやら周囲にいた警護の兵も傷ついた者もいるようだ。 


「お嬢様、ご無事で」


 アシリカが駆けよってくる。その隣には蒼白となったミーナもいる。


「あちらの馬車にお入りくださいませ」


 警護の兵が別の馬車を指差す。


「……分かりました」


 周囲を黙って眺めていた女王は、一言そう答える。

 その顔からは何の思惑も伺えない。

 女王の心中はどうなっているのだろうか? 

 そんな事を思った私だった。


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