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戦うお嬢様!  作者: 和音
143/184

143 十人十色

 私は今、追い詰められている。しかもかなり、だ。

 今まで数多くの危機に見舞われたが、今回は最上級かもしれない。

 秋も終わりに近づき寒さを感じる日もあるというのに、私の額に汗が滲んでいる。


「もう……無理かも、ね」


 諦めの言葉が思わず口をついて出てくる。


「お嬢様……」


 アシリカが悲し気な表情でこちらをを見ている。


「諦めるなんて、お嬢サマらしくないデス……」


 そう言うソージュだが、その声は弱々しい。


「無理ったら、無理よー!」


 そう叫んで、手にしていたものを床に放り投げる。

 床に放り投げたもの。それは、編みかけのマフラーである。まったくうまく編めないのだ。メリッサ義姉様の説明通りにしているはずなのに。

 ここまで私が追い詰められているのには、訳がある。

 もちろん、なかなか上手く出来ないという事もあるのだが、それ以上にレオからの期待という名のプレッシャーである。

 すっとぼけてスルーする事も考えたのだが、つい先日あった私の誕生日での出来事だった。

 毎年レオは婚約者としてプレゼントをくれるのだが、既製品だ。アクセサリーの類であったりドレスなどであったり。しかし、今年は最近流行りのデザインの髪飾りだけでなく、なんと自分でブレンドしたハーブティーの茶葉。しかも、悔しいくらいに美味しい。その上、バースデーケーキも作ってくれたしさ。これまた腹が立つくらいの完璧な出来。

 私なんかよりよっぽど女子力高くないか? 産まれてくる性別を間違ったんじゃないのかしらね。

 そして、最後にまたもや自分の好きな色のアピール。


「お嬢様、初めからうまくいくものではありません。ほら、もう少し頑張りましょう」


 小さい子をあやす様なアシリカの口ぶりである。私が放り投げた編みかけのマフラーらしき(・・・)ものを膝の上に置いてくれる。

 改めて見ると、やはり酷い。編み目は微妙にずれており、所々に小さな穴が開いているし、よくよく見てみるといびつな形になってきている。

 この出来では、鼻で笑われそうな気がしてならない。


「お嬢サマ……」


 気の毒そうに私を見るソージュの視線が逆に辛い。


「みゅああ」


 ムサシが私を見上げている。


「ちょっと、ムサシを連れて散歩でもしようかしら」


 うん。少し気分転換だ。

 外の空気を吸って、気持ちも新たにもう一度頑張ろう。このまま出来ませんでした、じゃレオに負けた気がして悔しいからね。

 ムサシを抱きかかえ、部屋から出る。

 

「お嬢様。外は冷えます」


 寮から出て、一陣の風に身を震わせる。そんな私にアシリカがストールを肩に掛けてくれた。

 秋も終わりが近づき、冬が迫ってきているのにまだマフラーは完成しない。外に出て感じる肌寒さに益々追い詰められてくる気がする私である。

 うーん。まずいな。お腹の大きなメリッサ義姉様に頼るのも悪いし、かと言って他に手芸が得意な人の心当たりもいない。かと言ってあのレオの女子力の高さを見せつけられてこのまま負けを認めるように、何もしないのも癪に障る。

 どうしたものかと頭を悩ませながら、寮の近くの遊歩道を歩いていく。

 ムサシが落ちている枯れ葉と無邪気に戯れている。風に煽られ舞う落ち葉を追いかけるのが楽しいようだ。

 無邪気に遊ぶその姿は微笑ましく、可愛らしい。アシリカとソージュも顔を和らげムサシに見入っている。

 でも、同時に私には落ちている枯れ葉が冬が近づいてきている事を知らせているようで、さらに気分を沈ませてくれる。

 うう。外に散歩に来たのは失敗だったかもしれない。焦りが余計に増してきた。  


「あら、ナタリア様もお散歩ですの?」


 落ち葉と遊ぶムサシを眺めていた私が背後を振り向くとミネルバさんが立っている。


「ええ、まあ」


 数日前にザリウルス様と正式に婚約したミネルバさんだ。どこか顔つきが優しくなった気もする。


「ちょうふど良かったですわ。これ、ムサシくんに編みましたの」


 そう言ってミネルバさんが取り出したのは、ムサシサイズの小さな服。


「あの……、これはミネルバ様が編まれましたの?」


 ムサシの為に作ってくれた服をまじまじと見つめる。

 上手だ。どこに出しても恥ずかしくない、いや、賞賛されるくらいの出来だ。


「ええ、そうですけど……。あの、ナタリア様?」


 食いつく勢いで、見ている私にミネルバさんは若干引き気味である。でも、今はそんな事を気にしている場合ではない。

 何故なら、こんなにも近くに救世主となる人がいたんだから。


「ミネルバ様……。助けてください」


 抱き着かんばかりの私に言葉を失うミネルバさんだった。 




「なるほど……。殿下がナタリア様の編まれるマフラーを期待されていると」


「はい。でも、どうもうまく出来なくて……」


 ミネルバさんの部屋に招かれ、事情を話していた。

 ちなみに、アシリカに持ってきてもらった私の編みかけのマフラーへのミネルバさんのコメントは無い。ただ少し困った顔になっただけだった……。


「分かりました。今、私も編んでいる途中のものがありますから、一緒に頑張りましょう」


 うう、ミネルバさんが女神に見えるよ。彼女は私にとって、一筋の光明だよ。


「あ、ありがとうございます」


「でも、あくまでアドバイスするだけですわよ。ちゃんとご自分で編まなければなりませんわよ」


 そこはやはりミネルバさん。ちゃんと厳しさも忘れてはいないようだ。


「もちろんです」


 それでも、目の前で直接アドバイスを貰えるのは嬉しい。これでかなり上達するはずだ。

 さっそく始めようとミネルバさんが今作りかけという編み物を持ってくる。どうやらセーターを編んでいるそうだ。


「ザリウルス様にですわね」


 きっと喜ぶだろうな。こんなにも温かそうで、上手に編まれているのだからね。


「し、仕方ありませんわ。あの人、すぐに風邪をひくからですわっ。こ、婚約者に風邪をひかれたままではこちらも困りますから」


 そしてやはりミネルバさん。ちゃんとツンデレ具合も忘れてない。

 顔を真っ赤にして慌てるミネルバさん、ムサシに負けないくらい可愛いね。


「そんな事よりナタリア様。始めますわよっ」


「はい。お願いしますっ」


 こうして始まったミネルバさんとの編み物。

 ミネルバさんに励まされ、呆れられ、最後は悩ませること五日。一応、完成は、した。

 だが、その出来栄えはというと……。


「ナ、ナタリア様。そのですわね。まぁ何と言いますか……。要するにですわね、人には向き不向きがございますから……」


 普段のミネルバさんからは考えられないくらいの歯切れの悪さである。


「お嬢様。完成しただけでもすごいではありませんか」


 アシリカが励ますように声を出す。


「気持ちは籠っているはずデス」


 ソージュも勇気づけてくれる。

 誰一人として、そのマフラー自体の出来を褒める人はいない。

 しかし、それも無理はない。マフラーなのに形は何故かひし形になっている。しかも、黄色と黒のストライプにしようとしていたのだが、まだら模様になってしまい、何だかおどろおどろしい色合いになている。

 うん。これじゃフラ―だね。怪しげな力を秘めてそうだよ。


「あの……、本当にこれを殿下に……?」


 確認するかのようにミネルバさんが尋ねてくる。


「ダメ、でしょうか……?」


 上目遣いでミネルバさんを見る。


「い、いいえ。決してダメとは申してませんわ」


 ミネルバさんがさっと目を逸らす。

 だったら、どういう意味で聞いてきたのだろうか。


「殿下は喜ばれますよ」


 そう言ったのはザリウルス様。今日ミネルバさんのセーターも完成するので、取りに来るように呼ばれたらしい。


「ザリウルス様っ! 無責任な事は――」


 ミネルバさんがキッとザリウルス様を睨み付ける。


「え? どうしてですか? ナタリア嬢が一生懸命に編んだマフラーですよ。喜ばないわけないじゃないですか」


 不思議そうに首を傾げるザリウルス様である。


「でも……、これですわよ」


 そう言いながら、出来立てのマフラーを広げてザリウルス様に見せる。

 うん。自分でも分かっているよ、酷い仕上がり具合だってさ。


「ナタリア嬢もミニーも勘違いしています」


 柔らかい笑みでザリウルス様が首を横に振る。


「男はね、女性の手作りってだけで嬉しいものなのですよ。それが自分の好きな女性なら尚更です」


 そんなものなのかしらね。でも、根本的に間違っている所があるよ。レオは私のことを好きな女性ではなく、ライバルとして見ているからね。


「僕だって、ミニーから貰えるものはどんな物だって嬉しいですからね」


 そう言ってザリウルス様は優しい目でミネルバさんを見る。


「な、何をおっしゃってますの?」


 たった一言で耳まで真っ赤にしているミネルバさんである。立ち上がり、意味もなく部屋の中をうろうろし始めている。


「ね、だから、何も心配しなくても大丈夫ですよ。きっと殿下は喜んでくれます」


 何らやブツブツと呟きながら部屋を歩き続けているミネルバさんに苦笑しながらザリウルス様が私にも優しく微笑んでくれる。


「ありがとうございます。これ、レオ様に届けますわ」


 そうだよね。理由がいまいちよく分からないが、あれだけ本人が欲しそうにしていたんだものね。やはり男の人って女性の手作りに弱いのかしらね。

 

「……で、どうしますか?」


 私の視線の先はまだ落ち着き無く部屋を行ったり来たりしているミネルバさん。

 普段の毅然としたミネルバさんしか知らない人がこんな彼女を見たら、驚くのだろうな。


「ミニー、そろそろ座ったら?」


 大丈夫とばかりに私に頷いてから、そう一言ミネルバさんに声を掛ける。


「ザリウルス様。何度も申し上げましたが、ミニーと呼ばれるのは……」


 ピタリと動きを止め、ミネルバさんがザリウルス様を睨む。


「でも、婚約したんだからいいと思うけど」 


 睨むミネルバさんにも笑みを絶やさないままのザリウルス様。


「こ、婚約は家が決めた事にございます。私も公爵家の人間。両親の決めた相手に嫁ぐのは当然のこと」


「じゃあ、ミニーは嫌だったのかい?」


「っ! い、嫌などとは申してはおりませんわ」


 またもや顔を赤らめ俯くミネルバさんだ。


「お嬢様……」


 能面のような顔になっているアシリカである。


「そろそろ帰りませんか?」


 声に抑揚も無いな。

 まあ、分かる。私もきっと今能面の様な顔になっていると思うしね。


「そうね。帰りましょうか」


 これ以上ここに居ずらいよね。目の前でこれを見続けるのも辛いものがある。道理で、ミネルバさんの侍女がまったく部屋にこないわけだ。


「そのセーター、気に入らなかったら着なくてもいいですわよ」


「いや、気に入ったから。毎日でも着るよ」


「毎日同じ物を着られては、私の婚約者として困ります。仕方ないですわね。また別のセーターも編みますわ」


「ありがとう。楽しみにしているよ」


 ツンツンしながらも、どこか嬉しそうなミネルバさん。それを優しく受け止めるザリウルス様。

 ミネルバさんの婚約者はザリウルス様以外には無理だ――そう思う私だった。




 終わりそうにないミネルバさんとザリウルス様の会話に何とか割って入って、あの甘く不思議な空間から脱出した私たちである。

 その足でレオの寮へとやってきていた。

 先触れを出していないから、不在の可能性もあったが残念ながら在室しているようだ。レオの従者のマルラスが満面の笑みで出迎えてくれた。


「おお、リアか。来るのなら、あの新作を用意していたものを……」


 部屋に入るなり、悔しそうなレオの顔である。

 いや、新作手料理はいいよ。今日、女子力の高さを見せつけられるのは、勘弁願いたい。益々マフラーを渡しづらくなるからね。


「い、いえ。レオ様にこれをと思いまして……」


 そう言いながらマフラーの入った袋を掲げる。


「お、おお。何かプレゼントか。そうか。いや、何かな」


 どこか白々しくとぼけているレオである。

 早く受け取れと思いながら、差し出す。


「中を見てもいいか?」


 期待の籠った目を向けないで欲しいと思いながら、頷く。

 袋の中から出てきたのはもちろん魔フラー。何度見てもおどろおどろしい。


「こ、これは……」


 ほら、レオも言葉を失っているじゃないか。

 うう。女子力に関しては完敗だよ。悔しいが、負けを認めるよ。


「見直したぞ、リア」


 驚きの目をこちらに向けてきている。


「え? 見直した?」


 何言ってんだ、こいつ?


「ああ。素晴らしい出来ではないか。正直、ここまでの腕とは思っていなかった。この斬新なデザイン、それに、とても計算したとは信じられん見事な色使い」


 斬新なデザインって、ひし形になっちゃっている形のこと? それにその怪しいまだら模様が見事? 確かに計算じゃないけど偶然でもない。ただ失敗が連続した結果だけれども。

 

「どうだ? 見事であろう?」


 何故か自慢げに自分の従者に見せびらかすように広げている。

 やめて。フォルクとマルラスが困った顔で顔を引きつらせているから。

 いや、人の感性は十人十色だけど、これを気に入る人がまさかいるとはなぁ。私の方がびっくりだよ。


「どうだ?」


 嬉しそうにマフラーを巻くレオ。

 皆に見せびらかすように体を捻っている。 

 ごめん。これ以上はもう勘弁して。そんな風に人様に見せびらかすようなもんでは無いからさ。出来れば外にも付けていかないで欲しい。

 私は後ろから、レオに首に巻かれているマフラーの両側を思いっきり引っぱりたい気分だった。


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