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戦うお嬢様!  作者: 和音
141/184

141 当たって砕けろ

 見ていてぞっとするレイアの笑みだ。背筋に冷たいものが走り鳥肌が立ってくる。


「ま、まさか……」


 鳥肌と同時にガイザでの苦い記憶が蘇る。


「ほら、さっき言いましたでしょ。最後のお仕事ですわよ」


 レイアはその瞳を私たちのやり取りを怯えた表情で眺めていた疲れ切った顔の三人に向ける。

 次の瞬間、その三人が苦悶の表情を浮かべる。


「くっ! みんな、気を付けなさい!」


 やはりそうだ。あのルドバンに掛けられた呪術。強靭な肉体と引き換えに自我を失う人の道を踏み外したやり口だ。


「ぐ、ぐおおお!」


 三人は狂ったように頭を振り、喉を掻きむしる。


「お、おい、これは……?」


 レイアの隣のグリゴリーブも顔を青褪めさせて三人を固唾を飲んで見ている。


「あら、気に入りましたか? では、あなたも……」


 狂気に満ちたレイアの瞳がグリゴリーブにも向けられる。


「お。おい。レイア、お前……」


 二、三歩く後ずさりしたグリゴリーブが顔を歪める。


「き、貴様、騙した、なぁぁ!」


 苦悶の表情をしながらもグリゴリーブの恨みの籠った声を上げる。だが、それが自らの意思で発した最後の言葉になったようだ。


「気に入ったようでしたから、貴方も同じ様にして差し上げただけですよ。それにもう貴方に用はありませんしね」


 楽しそうなレイアの顔。

 自業自得の部分はあるが、グリゴリーブに思わず同情したくなる末路だな。


「お嬢様、どうされますか!?」


 アシリカの焦りの籠った声。

 三人はすでに自我を完全に失ってしまっているようだ。赤く爛々と輝く目がこちらを見据えている。


「まずいわね。でもさ……」


 じりじりと私たちに迫ってくる三人である。どこの誰だか知らないが、彼らもレイアに利用されただけの人間だ。おそらくうまく言い包められ、あの石を探すのに駆り出されていただけだと思う。それを考えると、倒さなければならないが心苦しいものがある。

 迷いを生じている間に、グリゴリーブもすっかり自我を失ったようだ。同じく赤く染まった目で得物である私たちを見つけたようだ。


「では、彼らの事、お願いしますわね」


 いつの間にかレイアが外へと通じる通路の方へと移動している。


「ま、待ちなさいっ!」


「ナタリア様、ごきげんよう。それと、後ろ危ないですわよ」


 そう言い残し、レイアは暗い通路へと姿を消していく。

 また、逃げられた。そう思った時だった。


「お嬢様!」


 アシリカの叫び声と同時に彼女に付き飛ばされる。

 自我を失った男の腕が私に振り下ろされかけていた。

 私を突き飛ばした代わりに、その腕にアシリカが薙ぎ飛ばされる。


「アシリカ!」


 叫ぶ私の前にソージュとデドルが立つ。


「お嬢様。ここはお引きを。殿下とシルビア様もです!」


 焦燥感溢れるデドルの雰囲気が状況がどれだけマズイのかを物語っている。


「お嬢サマ。お急ぎくだサイ!」


 ソージュはそう言うやいなや、駆け出していき向かってくる男に蹴りを浴びせるが逆に弾き返される。

 デドルも別の男に短刀で斬りつけるが、まったく効果が無いようですぐに相手の攻撃を躱すだけで精一杯となる。

 初めにアシリカを吹っ飛ばした男が再び私の前に迫ってくる。

 その男の背に氷の塊がと直撃する。アシリカだ。倒れたまま、手だけを男に向け魔術を放っている。


「お嬢様! 早く! デドルさんの言う通りに!」


 魔術を放ちながら、必死の形相のアシリカが叫ぶ。

 私は目の前の状況に体に震えが興る。

 これは苦戦どころでは無い。下手したら、全滅だ。

 最悪の結末が頭によぎり、半ば呆然となる私にグリゴリーブが赤い目を向ける。


「俺も今はお嬢様の下僕。シルビア嬢と共に逃げられよ」


 レオが剣を抜き、こちらにゆっくりと歩いてくるグリゴリーブに身構える。


「そ、それは……」


 出来ない! 皆を見捨てて逃げるような真似は出来ない!

 でも、どうしたらいい? 


「お姉さま」


 この場においても、いつもと変わらないおっとりとした口調のシルビア。


「呪術は魔術の元みたいなもんだと聞いたじゃないですか。ならば、お姉さまのあの技も効果があるのでは?」


 魔術を破るあの技か。でも、本当に効果があるのだろうか。


「迷っている暇はありませんわ」


 シルビアの言う通り、迷っている時間は残されていない。レオのすぐ近くまでグリゴリーブが迫ってきている。


「そうね。このままじゃ、全滅。ならば……」


 私はぎゅっと鉄扇を握りしめる。


「……当たって砕けろよね! ハチ! そこをどきなさい!」


 そう叫ぶと同時にグリゴリーブ目がけて走り出す。


「えっ!? えっー!」


 突如背後から突進してきた私にレオが飛び退く。


「気合いよ! 自信よ!」


 そのまま鉄扇をグリゴリーブの腹を横薙ぎに払う。


「ぐうわぁぁ!」


 言葉にならないグリゴリーブだ。これは効いているのか?


「ほらっ! もう一丁!」


 今度は顔面めがけて鉄扇を振り上げる。

 顎が跳ね上がりグリゴリーブはそのまま仰向けに倒れ込む。全身を痙攣させ、呻き声を小さく出したかと思うと、みるみるうちに体が干からびていく。


「おっ、おっ」

 

 断末魔だろうか。グリゴリーブは短く喉を鳴らす。

 いくら悪人とはいえ、目を背けたくなる光景だ。

 全身が黒ずみ、頬がこけて体中の水分が無くなったミイラのような姿に変わり果ててそのまま動かなくなる。起き上がってくる気配は無い。


「お姉さま! アシリカさんが!」


 シルビアの声に我に返る。思わず凄惨なグリゴリーブの姿に呆気に取られていまっていた。

 見ると、アシリカが男に首を掴まれ持ち上げられている。顔を歪め、声も出せないアシリカだ。


「アシリカ!」


 私は駆け出していき、鉄扇をアシリカの首を掴む腕に振り下ろす。首掴んでいた手から解放されたアシリカが転がり落ちていく。


「気合いよ!」


 腕に続いて腹目掛けて鉄扇を射ち放つ。

 

「ぐああうっ」


 男はそのまま倒れこんでいく。

 続けてソージュの顔を殴りつけようとしていた男の足を、短剣が折れ武器を失いながら攻撃をよけ続けるデドルを追い掛け回している男の横っ腹を駆け抜けざまに鉄扇で薙ぎ払っていく。

 それぞえれに一撃づつ加えたが、それでは止めをさせなかったようだ。

 赤く染まった瞳をさらに燃え上がらせ、私の方へと詰め寄ってくる。

 彼らは、ここに騙されて連れて来られたのかもしれない。自らの意思とは関係なく、ただレイアたちに利用されただけかもしれない。

 それを思うと心苦しさを感じる。


「せめて、次で楽にしてあげる」


 私にはそれしか出来ない。

 向かってくる彼らを渾身の力を込めて鉄扇を振り下ろしていく。

 私の攻撃で彼らに掛かっていた呪術が破れ、グリゴリーブと同じ最後を迎えていく。物言わぬ干からびた姿と変わり果てていた。


「アシリカ! ソージュ!」


 それより、アシリカとソージュだ。二人はかなり攻撃を受けていた。


「お嬢様、助かりましたわい……」


 隣にデドルがやってくる。彼が肩で息をしているのを初めて見た。

 

「大丈夫ですわ。アシリカさんもソージュさんも怪我はしておりますが、命に別状はありませんわ」


 いつの間にか、シルビアに介抱されている二人だ。


「大丈夫?」


 すぐにアシリカとソージュに駆け寄り、顔を覗き込む。


「も、申し訳ありません。何もお役に立てませんでした」


「反対に助けられまシタ」


 悔しさと申し訳なさが混じった顔で私を見ている。


「何言ってるの。いつも二人に助けられてばっかりだから気にする事ないわ。それにさ、たまには私も活躍してみたかったからさ」


 励ますようにアシリカとソージュに笑顔を見せる。


「今はゆっくり休みなさい」


 私の言葉に安心した表情になり、二人は頷く。


「少し休んでから、外に出ます」


 そう言って、通路の方を見る。

 またレイアに逃げられた――そう心の中で呟き、唇を噛みしめていた。




 アシリカとソージュの怪我は思っていたより軽く二、三日もすればすっかり元気に戻っていた。

 ほっと一安心である。

 そして、今回の事件の決着だが、スティードはあの翌日には厳罰に処された。罪状はもちろん、ミネルバさんの誘拐未遂。公爵家の令嬢に対しての犯罪だ。その処分は仕方ない。そして、学院で見つかった二人の遺体。これもスティードの仕業とされた。学院をクビになった腹いせに取った行動と見做されたのだ。

 そして、攫われたミネルバさんを助けたのが、ザリウルス様。元教師の凶悪な犯罪というショッキングな事実にブロイド家への噂も一気に吹き飛び、逆にミネルバさんを窮地から救い出したザリウルス様の評価は急上昇である。ちなみに、ブロイド家の執事が急な病で亡くなったという事は学院では話題にも上っていない。


「……以上のように処理しておきやした」


 寮の部屋でデドルからの報告である。

 デドルとリックスさんで相談した上で、今回の件は単なるスティードの学院への私怨からの犯行となっていた。そこに、グリゴリーブの名もレイアの名も出てこない。もちろん、呪術の事もである。


「あの洞の中の空間も埋め戻しておきやした」


 すべてを無かった事にするらしい。この事を知っているのは、私たち以外では、リックスさんだけ。彼も上には報告を上げないそうだ。


「お嬢様。呪術などの話が世間に知れ渡れば、要らぬ不安を招くだけです」


「分かってるわ」


 得体の知れない呪術。強力な力を持ち、天変地異まで引き起こすのだ。そんな呪術を使う、しかも善良とは正反対にいるその使い手がこの王都に潜んでいると分かれば大騒ぎになるに違いない。その前に、呪術を使い悪事を働く者がいるなんて信じてもらえないかもしれないけど。


「私にとっても、好都合よ。レイアとサウラン、それに黒幕の彼女らの主はこの手で成敗したいからね」


 どんな目的を持っているかは知らないが、人の命を枯れ葉ほどの重さとしか思っていない奴らを許す訳にはいかない。

 今回、レイアは欲しがっていた秘石とやらを手にいれた。あの石を何に使うか想像もつかない。だが、確実に彼女たちの目的には近づいていっているのだろう。

 世の理を操る――。レイアの言葉がふいに頭をよぎる。

 天候を思いのままにする? それともとんでもない兵器でも作るのか? そもそも、彼女の言う世の理とは何なのだろうか? 

 いくら考えてても分からない。

 窓から、色づき始めた木々の葉を眺める。


「お嬢様。ミネルバ様もザリウルス様もお待ちですよ」


 寮の部屋の扉が開き、アシリカが顔を覗かせる。


「ああ、ごめん。今行くわ」


 デドルからの報告を受ける為に、ミネルバさんの部屋で開かれている茶会を中座していた。

 自分を守ってくれたザリウルス様へのお礼の茶会に私も招待されたのだ。ちなみに、彼が受けた傷は深くなかったそうで一安心だが、ミネルバさんは毎日お見舞いに通っているらしい。


「デドル。報告ありがとう。私行ってくるね」


 軽くデドルに手を振る。


「へい。おっ、そうだ。お嬢様。ちょっとした話を耳にしやして……」


 そう言いながら、デドルは私の耳元でもう一つの報告をしてくれる。


「……へー。そうなんだぁ」


 デドルの話に顔がにやけてくる。


「へい。まだ内緒でお願いしやすよ」


 デドルもニヤリと笑う。


「分かってるって。じゃ、行ってくる」


 もう一度デドルに手を振り、ミネルバさんの部屋へと向かう。  

 

「ザリウルス様! いい加減になさいませっ!」


 ミネルバさんの部屋の扉の扉を開けると同時に入ってくる声である。


「ご、ごめん……」


「ですから、すぐに謝られませんようにと申し上げているではございませんかっ」


 一度は可愛らしくなったミネルバさん。でも、すっかり元のミネルバさんに戻っている。

 ザリウルス様、今回は何をしたのかしらね。


「ミネルバ様。どうされましたか?」


 椅子に腰かけながら、二人に笑顔を向ける。


「戻られましたか、ナタリア様。またザリウルス様が私の事を昔の愛称で呼びましたの。もう私たちは幼い子供ではありません。もう少し三公爵家の一員としての自覚を持たれて、しっかりして頂きたいと思うのです」


 相変わらずのミネルバさんに思わず苦笑してしまう。


「よろしいではありませんか。ミネルバ様も愛称で呼んでさし上げては? この前ザリウルス様を愛称で呼んでいたではありませんか?」


 助けにきたザリウルス様をザリューって呼んでいたよね。


「そ、それはお忘れくださいませっ!」


 顔を真っ赤にするミネルバさん。


「と、ところでっ。ナタリア様、この前お見かけしましたが、剣など振っておられるので?」


 必死で話題を変えようとするミネルバさんも可愛いな。


「ああ。寮での待機中にナタリア嬢を心配して見に行った時の話――」


「ザリウルス様!」


 ザリウルス様の言葉をミネルバさんが遮る。


「私を心配して?」

 

 確かに、あの時わざわざ三階にまで来ていたよね。学院であのような事件が起こり、私が不安になっていると思って心配してくれていたのか。


「はい。ミニ、いや、ミネルバ嬢はナタリア嬢を気に掛けていまして。友人をもっとふやさないのかとか、社交の場にもっと出なければとか……」


 いろいろ彼女なりに私の事を気に掛けてくれていたんだ。


「そ、それは、ナタリア様が王太子殿下のご婚約者ですし、年下の彼女を気遣うのは当然の事ですわ……」


 顔を真っ赤にして、俯くミネルバさんが口ごもりながら話している。


「ふふ。照れるミネルバ様、可愛いですわ」


 思わず口をついて出る。

 それくらい可愛いのだ。もうぎゅうっと抱きしめちゃいたいくらいだよ。

 いやあ、このミネルバ様、堪らないね。ガイノスのデレとは大違いだ。これこそが、本物のツンデレだよ。全世界のツンデレファンにオススメ出来るくらいの見事なツンデレっぷりだね。


「そうだね。照れるミニーは可愛いね。ナタリア嬢はよく分かっている」

 

 ザリウルス様もうんうんと頷く。


「ですから、その呼び方はお止めください。そ、それに淑女に対して、その、か、か、可愛いなど……」


「ごめんよ」


 また顔を赤らめてザリウルス様に詰め寄るミネルバさん。

 でも、まだ二人は知らない。

 さっきデドルがこっそりと私に教えてくれたことだ。

 元々仲のいい母親同士で、ミネルバさんとザリウルス様の婚約は話が進んでいたそうだ。ただ、それに反対する者が一人。娘をまだ手放したくない父親のノートル公爵様だ。どこも似たようなものなのね。

 しかし、その大事なミネルバさんの危機を救ってくれたザリウルス様。ここにきて強く反対も出来ずに、一気に話が進んでいるらしい。年内にでも、婚約が決まるのかしらね。

 耳まで赤くするミネルバさんを微笑まし気な表情で見るザリウルス様。そんな二人を見ていると、こちらまで心が温まってくるようだった。


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