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戦うお嬢様!  作者: 和音
14/184

14 悪いのは誰?

「な、何ですってっ」


 盗人猛々しいとは、まさにこの事ね。


「見栄の為に寄付するお貴族様には、子供の事なんちゃ、どうでもいい事だよな。虚栄心が満たされたら満足なんだろ」


 うーん、一理あるわね。特に貴族なんて見栄を張ってなんぼってとこあるからなぁ。いや、待て。何で、こいつの言ってる事に納得してるんだ、私は。


「な、何であれ、あなたのしている事は犯罪よ。許される事じゃない」


 気合いを入れ直して、男を睨み付ける。


「許されねえのは、誰か。よく考えてみるんだな。じゃ、俺も忙しんでな」


 男がそう言うやいなや、手にしていた煙草を勢いよく投げ捨てた。

 おい、ポイ捨ては良くないぞ、と思った瞬間、ポンという音と共に真っ白に煙が立ち込める。


「その煙、吸っても害はないから安心しな。じゃあな」


 煙に包まれて周りが見えない中、男の声だけが響いた。


「ちょ、ちょっと、待ちなさいっ!」


 白い煙が消えた時には、男の姿はどこかに消えていた。


「また逃げられた!」


 悔しいわね。これで逃げられたの二度目よ。何なの、アイツ。


「大丈夫ですか? どこもお怪我は……」


 心配するアシリカに頷き返しながらも、さっきまで男がいた場所を私は睨んでいた。




 屋敷に帰ってからも、腹立たしさは消えない。むっつりと黙り込み、寝そべる様にして、ソファーの上にいた。

 だいたい、あの男は何者よ? 人間離れしたジャンプに続いて、あの煙幕。まるで忍者ね。男が何かしら、魔術を使った様子が無かったとアシリカが言っていたから、きっとあの煙草に仕掛けがあるのだろう。正直、あれは私もちょっと使ってみたい。


「少し、落ち着かれては?」


 アシリカがお茶を出してくれた。


「お嬢様が腹立たしい思いをされるのは、よく分かります。私もソージュも同じ思いです。ですが、もう少し冷静になられては?」


「分かってる」


 分かってるけど、腹が立つ。それに、あの孤児院の子供たちも心配だ。


「でも、あの男、なんですぐ逃げなかったデスカ?」


 珍しく、ソージュが自分から口を開いた。


「そんなの、私たちが突然現れたからでしょ」


 きっと、逃げる隙を伺っていたのよ。もしくは、よっぽどな自信過剰かね。


「確かにソージュの疑問はもっともですね。彼は相当な身体能力を持っているはずです。お嬢様だと分かった時点ですぐに逃げれたはずです。でも、それをせず、話をしたのは何故でしょうか?」


 うーん。そう言われてみればそうね。あそこでわざわざ話す必要は男には無いわね。しかも、アシリカにいつ魔術で攻撃されてもおかしくない状況だったし。

 私は、男の言葉を思い返してみる。

 私から見たら攫うだが、彼からしたら違うという口ぶりだった。孤児院で、彼を見た時、側にいた女の子は泣き叫んだり怖がる素振りは無かった。困った表情を見せ、男に首を振っていた。あの男なら、攫うとしたら簡単に子供を抱えて連れ去る事が出来そうである。

 そして、最後に言った許されないのは誰か。彼は貴族をよく思っていない様だから、貴族が許されないって事? でも、寄付している事が、例え虚栄心の為だとしても、許されないとまで言えるだろうか。むしろ、その寄付が無ければ、孤児院は成り立たない。

 うん。考えても分からないわね。

 こんな時は庭の散歩だ。ついでに、デドルの小屋でおやつにしよう。なんだか、あの狭さが、妙に落ち着くのよね。やっぱり、根は庶民だからかな。

 庭に出て、ゆっくりと歩きながらデドルの小屋を目指す。

 途中、バイトで作った花畑の前を通る。屋敷の者はお母様をはじめ、まだブームが続いていたが、バイトが終わった私は最近手入れしていない。

 うーん。いまいち稼げなかったな。また、新しいバイトをデドルに紹介してもらえないかしら。あれだけ頑張っても、今日に寄付金の何分の一だろ?

 うん? 寄付金? ちょっと、待てよ。 

 何か引っかかるな。何かが変だ。


「アシリカ。ちなみに、今日孤児院には、いくら寄付したの?」


「お嬢様、ご注意申し上げようと思っていたのですが、あの時の顔は、さすがに公爵家のご令嬢としては――」


 思い出したとばかりにアシリカは顔を顰める。


「お説教はまた聞くわ。それより、いくら寄付したの?」


 私は立ち止まり、再度尋ねる。


「金貨二十枚と奥様から伺ってますが……」


 私の反応に戸惑いを見せながら、答える。

 金貨二十枚か。金貨二十枚といえば約二百万円。そして、院長は毎月ありがとうと言っていた。つまりはうちが毎月寄付してるという事。それに、多分寄付するのは、うちだけじゃないはずだ。だとすると、あの孤児院には、それなりの収入があるはずだ。

 でも、それにしてはあったおもちゃはくたびれた粗末な物ばかり。子供たちの着ている服も継ぎ接ぎだらけ。それに、皆痩せ細っていた。

 寄付されている金額の割に、質素過ぎる。質素と言うより、貧し過ぎる。

 二十人も子供がいるから、贅沢などは無理でも、もう少しまともに出来る様な気がする。

 私の邪推と言われればそれまでだが、どうも腑に落ちない。


「お嬢様?」


 難しい顔をしていたらしい私の顔をアシリカが覗き込む。


「うん、ちょっとね……」


 曖昧な返事を返し、再びデドルの小屋へと向かって歩き出した。

 あの男が言っていた“本当に許されない者”という言葉がぐるぐると頭の中を回る。その言葉と私に生まれた疑問がぶつかり合う。ぶつかり合って出てきたものは……。


「何か怪しい……」


「何が怪しいのですか?」


 アシリカは、私が孤児院の事を考えているのが分かっているのか、確認する様に尋ねてきた。


「うちだけでも金貨二十枚を毎月寄付しているのよ。それにしては、子供たちが痩せすぎ。ちゃんと食べさせてもらえているのかしら? それに服だって……」


「私も、それ、思いまシタ。ごはん、三回食べてるか心配デス」


 ソージュも私と同じ考えか。心配は食べる事なのね。

 

「まさか、院長が私腹を肥やしているとでも?」


 すぐには信じられないという顔のアシリカだ。彼女は人をあまり疑わないタイプだからなぁ。


「推測でしかないけどね。でも、寄付されている金額から考えたら少し切り詰めた生活過ぎないかしら?」


「ですが、食費や衣類以外にも生活には、お金がかかります。それに、善意で孤児院をされている人が、まさかそんな事……」


 アシリカは、顎に手を当て考え込む。

 そうか。一般的に見たら性善説的なものと孤児院を見ているのか。まぁ、あの院長も一見、人が良さそうだったしね。


「しかし、噂や評判だけで判断するのもよくありませんね。実際、お嬢様がそうでしたし」


 アシリカが私を見て、笑う。

 我儘ナタリアの事か。まぁ、それは、特殊な事情があるからけどさ。


「では、あの男は何だったのでしょうか?」


 そう、それが分からない。

 貯め込んだ寄付金を目的に身代金を要求しようと考えたのかな。でも、寄付金を横領する奴が素直に払うとでも思うだろうか? むしろ、誘拐をネタにして、さらに寄付を募りもっと私腹を肥やしたうえで、放っておきそうだ。

 それ以前にやはり、誘拐とは違う様な気がしてきた。根拠はないけどさ。

 だったら、あの男の目的は何だろう?


「おや、三人揃って、えらく難しい顔をされてますなぁ」


 のんびりとした声が聞こえてきた。

 いつの間にかデドルの小屋の前に着いていた。小屋の前で、植木バサミを手入れしていたデドルがいる。


「まあね。ちょっと、訳が分からなくなってきてるわね」


「そうですかい。よく分かりませんが、気分転換にお茶でもどうです?」


 にかっと、デドルは白い歯を見せる。


「もちろん。そのつもりで来たしね」


 デドルに一言告げて、我が家の様に小屋へと入る。

 うん、やっぱりいいね、この狭さ。何かうまく考えも纏まりそうね。


「あ、おやつは持参したから。もちろん、デドルの分もね」


 お茶を入れてくれているデドルに、持ってきたお菓子を見せる。


「ほう。そりゃ、ありがたい事で」


 お茶をテーブルに並べ、興味深げに持ってきた焼菓子を眺める。


「甘そうですな」


 ぽいと焼菓子を口に入れる。


「ん。こりゃ、意外。苦みが強いですな」


「苦手だった?」


 だったら、悪い事しちゃったな。


「いえいえ。好きですが、見た目と違ったもので、少々驚いただけですよ。甘そうな見た目で、この味。不思議ですなぁ」


 もう一つ焼菓子を手に取り、デドルはまじまじと見つめる。


「いやあ、面白い。見た目に騙されましたな」


 手に取っていた、焼菓子を口に入れ、今度はゆっくりと味わう。


「見た目に騙される……」


 私は騙されているのだろうか。人の良さそうな院長。怪しげな男。


「おや? お嬢様は誰かに騙されたので?」


「それは、分からない。でも、確かめなきゃ……」


 院長が、見た目通りでなかったら、子供たちが苦しむ。男が見た目通りなら、子供たちが危険だ。


「なら、確かめられては? ご自分の目で、耳で」


 私はデドルの目を見る。心に何かを訴えかけてくる様な目だ。


「でも、その為には、また外に出なきゃならないわ」


 デドルから目を逸らさない。


「お嬢様は、裏の門番が誰かお忘れで?」


「いいえ」


 私はゆっくりと首を振る。


「ならば、何も問題はありませんな。いつ行かれますか?」


 デドルが笑みを浮かべる。

 それにしても、デドルの判断基準がまったく分からないわね。


「今晩」


「今晩って、夜に屋敷を抜け出すのですか?」


 私の短い一言にアシリカが驚く。


「ええ。もちろん理由はあるわ。一つ目は早くしないと、子供たちが苦しむか、危険。二つ目は、夜になれば見た目が変わるかもしれない」


「見た目が変わる?」


 アシリカが首を傾げた。


「昼と違った一面が見られるかもしれないって事。いいと思っていた人が、悪かったり、安心出来ると思われていた場所が実はとんでもなかったりね」


 やはり、院長は怪しい気がする。


「ですが、お嬢様。夜間の行動は危険かと」


 立場上もあるかもしれないが、アシリカは依然難色を示している。気持ちは分かるけどさ。


「アシリカ。私は夢を打ち明けたわよね。苦しむ人々をこの手で救いたいと」


 世直し計画だ。もし本当に子供たちが苦しんでいたら、助けたい。一緒に遊んでいた時の様な笑顔をいつもしていて欲しい。


「……分かりました。私はお供すると申し上げました。お嬢様に従います」


 アシリカが、諦めの表情となる。その隣でソージュも頷く。


「大丈夫よ。二人が守ってくれるでしょ。それに、私もなかなかの腕前よ」


 鉄扇を振り回す私の仕草に、アシリカとソージュは苦笑いを浮かべる。


「何やら随分と楽しそうな話ですなぁ」


 デドルが身を乗り出す。

 今後の為にも、デドルに世直し計画を打ち明けよう。屋敷から出る為には裏の門番であるデドルに理解してもらう事は不可欠だと思う。


「デドルにも言っておくわ。私は、弱い人を助ける。権力や暴力で人を苦しめる様な悪党をこの手で成敗する」


 私の世直し計画にデドルはどんな反応をするだろうか?


「こりゃ、また勇ましい」


 デドルは、ぱちんと手を叩く。その顔は年を感じさせない無邪気な子供みたいに見えた。


「前に門を通してもらった時の条件を破るかもしれないわよ」


 前回のパドルスの時も結局は、あっさり片付けたとはいえ、戦いになっている。今回も謎の男の事もあり、まったく危険が無いとは言い切れない。


「ああ。あの条件ですかい。では、今回からの条件を変えましょう。そうですな。一つ目は、旦那様や奥様はもちろん、屋敷の他の者に知られない事。二つ目は、無事にお戻りになる事。この二つですな。出来ますか?」


「もちろんよ」


 私は即答する。


「ならば、裏の門番としては、問題ありませんな」


 デドルは、にかっと笑い、頷いた。




 夕食の後、一人寝室で寝込むお母様を見舞った後、自室で準備に取り掛かる。

 前回も着た紺色のドレスを着こむ。そして、鉄扇もベルトにしっかりと挟み込んだ。


「しかし、お嬢様。孤児院に行って、何をされるおつもりですか?」


 私の着替えを手伝うアシリカが尋ねてきた。

 確かに。具体的には、またもや、無計画である。前回の反省がまったく生かされていない。今回も、情報不足で、はっきりとした事は何一つ分かっていない。


「まずは、こっそりと様子を伺うのがいいと思いマス」


 考え込む私に、ソージュからの助け船。


「そうね。それがいいわね」


 ソージュの意見を採用する。最近、ソージュも頼りになってきたなぁ。

 とりあえずは、様子を探ってみよう。確たる証拠も無しに、院長を問い詰める訳にもいかないしね。あの怪しげな男の事は、一旦、置いておくか。

 私たち三人は、屋敷からこっそりと抜け出すと、デドルの小屋へと向かう。今回は、ガイノスにも他の使用人にも見られる事無く、小屋へと辿り着いた。


「くしゅんっ」


 小屋の扉を開けると同時に、くしゃみが出る。


「外はもう寒くなっていています。しかも、夜は一段と冷えますが、そんな恰好で本当によろしいのですか?」


 アシリカが、私の服を見て心配そうにしている。彼女は何度も、コートを羽織るように言ってきていたが、私は頑として受け付けなかったのだ。

 確かにちょっと寒いかな。でも、これが私の勝負服だしね。 


「おっ。来られましたか」


 待ち構えていたデドルが出迎えてくれる。


「では、門を開けてちょうだい」


「へい」


 デドルは頷くと、壁に隠された門を開け、表の林が見えてきた。今回は夜という事もあり、林は暗く僅かな月明りが地面を照らすだけである。

 ちょっと、薄気味悪いな。よく考えれば、夜に屋敷から出るのは初めてだ。


「暗いですなあ。昼とは違う世界が広がってるかもしれませんな。お嬢様。ご自分で、しっかりと違いを見つけられるよう願ってますわい」


 目の前の暗闇に、足が止まった私に、デドルが声を掛けてくる。

 そうね。私は自分自身で抱いた疑念を解いてみせる。


「夜明けまでには、戻るわ」


 視線をデドルに向け、にっこりと微笑む。


「はい。無事なお帰りを願っております」


「ええ。では、行くわよ」


「はい」


 アシリカとソージュは力強く返事した。


「お嬢様、ご武運を」


 門から出る私たちの背中にデドルからの声が聞こえた。


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