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戦うお嬢様!  作者: 和音
139/184

139 一人の少女に戻る時

 私を待ち構えていたザリウルス様。急遽やってきた執事と話を終えてからすぐにここに来ていたらしい。


「ど、どうしたら……」


 寮の談話室で、不安な顔は話が進むにつれて蒼白となっていた。

 彼の話によると、執事がわざわざ学院まで来たのはやはりここ数日流れているブロイド家の噂の為だった。

 シスラス様本人は関わりを否定しているそうだが、カフスの紛失やここ最近何度か学院を訪れている事実は間違いないらしく、状況的には疑われてもおかしくないとブロイド家の執事が伝えに来たそうだ。


「そ、それで、兄上の廃嫡という話まで出ています」


 ザリウルス様の声は震えている。


「廃嫡だとっ!」


 それまでは黙って一緒に話を聞いていたレオが思わず叫んでいる。


「お前の兄は父上も目を掛けているくらい期待されている若手だぞ」


 信じられんといった顔となっている。

 そんなに優秀な人でもあったんだ。お兄ちゃん大好きな弟の過大評価と思ってもいたが、実際に優秀だったのね。


「それでシスラス様は今どうされてますの?」


 弟の事を話す優しげな顔を思い出しながら尋ねる。


「謹慎となっているそうです」


 謹慎ですって? 確たる証拠も無い疑惑だけの段階で謹慎とは、あまりにも性急すぎやしないだろうか。まるで本当に悪いみたいじゃないか。いくら何でも噂に振り回されすぎではないのかしら。

 ん? 噂? 待てよ、そもそもおかしくないか?


「ザリウルス様。少しは話が逸れますが一つ伺っても?」


 ザリウルス様が頷く。


「つい先日ザリウルス様が森の近くで見つけられた骸の件です。何か持っていましたか?」


「……いいえ。驚きの方が強くあまり覚えていませんが、何も持っていなかったと思います」


 記憶を辿るように少し考えてから、ザリウルス様が答える。

 そうよね、カフスはその手に握り締められていた。そして、遺体の第一発見者であるザリウルス様ですらそれに気が付かなかったくらいだ。ぱっと見て見える状況じゃなかったのだろう。カフスの件をリックスさんに尋ねられた時も不思議そうにしていたしね。

 見つけたのは、おそらく遺体を検分した騎士団。カフスの件は騎士団と私たちしか知らないはずだ。私のようにわざわざ調べさせる者がいるとも思えない。

 それなのに、何故カフスの事まで噂になっている? シスラス様の目撃情報があるとはいえ、どうしてブロイド家がここまで疑われている? まるで、ブロイド家に罪を着せようとしているかのようだ。

 レイアたちが特段ブロイド家に恨みでも抱いているとは思えない。恨むなら、私の方だろうし。どうして、ブロイド家なんだ?


「リア、今はそっちの話はいいだろ。それより、ザリウルス。それらはブロイド卿の判断か?」


 顔を顰めてレオが私を窘めてくる。

 うるさいな。何かが分かりそうな気がしてきているのよ。


「い、いいえ。当家の執事の判断のようです。父は外遊中で王都にはおりませんし……」


 レオの問いにザリウルスは首を横に振る。 


「執事の判断で廃嫡に謹慎だと?」


 レオが驚くのも無理はない。いくら当主不在といえ、そこまでの権限が執事にあるとは私にも思えない。


「はい……。何やら呪術とやらの恐ろしいものが今回関わっていると。だから、とにかく早急に動く必要があると言っておりました」


「今、何と?」


 私は立ち上がり、ザリウルス様を凝視する。


「え? そのですね、どこかまで本当か判断しようもありませんが、何やら呪術が関わっているので、早急に動く必要があると……」


 突然立ち上がり叫んだ私に戸惑いの表情を浮かべて、ザリウルス様が答える。


「執事がそう言ったのですね……」


 ザリウルス様は私の確認に頷く。


「繋がってきたわね」


 呪術の件こそ、知る者はわずか。ここにいる私たちと騎士団でもリックスさんだけだ。なのに、どうしてブロイド家の執事がそれを知っている?


「な、なるほど!」


 さすがに、何度も世直しを一緒にしているアシリカとソージュも気づいたようだ。


「な、何だ、いったい?」


 レオとザリウルス様は首を捻っている。

 まあ、いい。今は放っておこう。

 ブロイド家、正確に言えばシスラス様を陥れようとしている。おそらく首謀者は執事だ。だったら、呪術の事を知っていても不思議ではない。それに、シスラス様のカフスだって、その気になれば入手しやすい立場だ。

 でも、その執事、名前はグリゴリーブだったかしら。そいつの目的は?

 まさか、そのグリゴリーブがブロイド家を支配しようとしているのだろうか。でも、シスラス様一人を陥れても当主であるブロイド公爵は健在だ。外遊中とはいえすぐに帰ってくる。とても、ブロイド家の実権を握れるとは思えない。

 それに、そもそも呪術とどこで接点を持った? レイアたちの目的は何だ? 彼女らが意味も無く力を貸すとは思えない。それとも、元々グリゴリーブは呪術側の人間だったのだろうか。

 それらの謎を解く鍵は……。やはり、あの森だろう。そこに存在したという遺跡が絡んでいると考えて間違いなさそうだ。


「考えても仕方ないか……」


 私は腰のベルトに差した鉄扇をぎゅっと握りしめる。

 レイアたちがその遺跡で何かしているのは間違いない。それをスティードの結界で隠している。主家を支配しようと企むグリゴリーブもレイアに何らかの協力をしているはずだ。

 よし、そこまで分かれば十分だ。細かい事はとっ捕まえてからでいいかな。

 そう考えている時だった。


「ザ、ザリウルス様? 何故、こちらに?」


 談話室の扉から覗き込む一人の侍女。彼女は、確かミネルバさんの侍女だったはすだ。


「えっと、どういう意味ですか?」


 その侍女の言葉の意味が分からないとばかりにザリウルス様が聞き返す。


「ミネルバ様とお会いになっているのでは?」


 さっと、ミネルバさんの侍女の顔が青くなる。


「い、いや、そのような約束もしてないけど……」


 ザリウルス様の顔にも心配の色が浮かぶ。 


「そんな……。お迎えが来られたのですが……」


「迎えにきたのは誰っ!?」


 私の叫び声に、ミネルバさんの侍女が体を震わせる。

 嫌な予感がする。


「は、はい。ブロイド家の執事、グリゴリーブ殿です」


 マズイ。これは非常にマズイ。

 グリゴリーブが何でミネルバさんに接触したかは分からないが、どうせ碌でもない考えからだろう。


「どういうことかな。グリゴリーブがミニー、いやミネルバ嬢を迎えに?」


 微塵もグリゴリーブの事を疑っていないザリウルス様が首を捻っているが、そんな呑気に構えている場合じゃない。


「この件は、他言無用。分かりましたね。ミネルバ様の事は私が」


 鬼気迫る勢いの私に無言で青い顔のままのミネルバさんの侍女は頷く。


「行くわよっ」


 小走りで談話室を飛び出る。


「行かれるとおっしゃってもどこに? ミネルバ様がどこにおられるか……」


 アシリカが私の跡を追いかけながら、尋ねてきた。


「えっと、それは……」


 どこだ? 何をするつもりか分からないが、人目に付かない場所のはずだ。


「森だ……。そう、森よ。デドル、馬車を! それと、シルビア。あなたはリックスさんを呼んできて!」


 矢継ぎ早に指示をい出していく。


「リアッ! いい加減説明してくれないか?」


 状況はまだ把握していないが、切迫した雰囲気に緊張の面持ちのレオである。


「ナタリア嬢! 彼女に身に何かあるとでも?」


 ザリウルス様もミネルバさんに異変が起きた事を察したようで、普段ののんびりとした雰囲気が消え去っている。


「今は詳しく説明している時間はありません。早くしないと」


 説明を求めてくる二人にそう告げ、デドルが素早く用意してくれた馬車へと乗り込む。


「デドル、急いでちょうだい」


「へい。お任せを! マツカゼ、お嬢様はお急ぎだ! 頼んだぞ!」


 デドルの声に応えるように一つ嘶きを上げて、走り出す。


「早く、早く……!」


 気ばかりが急く。


「まさか、グリゴリーブ、僕が婚約を断ったからミネルバ嬢に……」


 青い顔をしたザリウルス様が呟く。


「婚約を断った? 何の話ですか?」


 それは初耳だ。なんで、そんな重要な情報を話さなかった?


「いえ、それも今日言われたのです。お家が大変な時期になるので、安定を図る為にも、グリゴリーブの娘と婚約するようにと……」


「何? 執事の娘と婚約だと? いくら次男でも、三公爵家の者が家中の者の娘と婚約など聞いた事がない」


 レオがまたもや驚きの声を上げる。


「僕には、どうしてもミネルバ嬢に事が忘れられなかったんです。例え、彼女にどんな事を言われようと。僕の事をまったく見ていなくても……」


 膝の上の拳をぎゅっと握りしめながらザリウルス様が沈痛な面持ちとなっている。


「そうだったのか……。分かるぞ、お前の気持ち」


 レオが心の底から同情する瞳をザリウルス様に向けている。そうなんだ、男同士なら、よく分かる気持ちなんだ。女々しいとかじゃないんだ。

 それより、それで分かったな。

 グリゴリーブは、本来の後継者のシスラス様をその座から引きずり下ろし、次男のザリウルス様を後継とする。そして、次期当主となる彼と自分の娘を結婚させる。そうすれば、確かにブロイド家の実権を握れる可能性がある。

 でも、当主のブロイド卿はどうするつもりだったんだ? 

 そっか。そこで呪術だ。呪術の力で亡き者にとでも考えているのかもしれない。だからこそ、レイアたちと手を組んでいる。そして、目的は不明だが遺跡での活動に力を貸している。


「もうすぐです」


 アシリカが告げる。

 もうすぐ先に暗闇が見えてきている。すっかり日も落ちて、森は漆黒の闇に包まれている。


「明かりが見えやす!」


 御者台のデドルが叫ぶ。

 確かに、森のすぐ側で動く小さな明かりが見えている。


「馬車を止めて。馬車で行くと気付かれるわ。ここからは歩いていきます」


 あの明かりの元にミネルバさんがいるはずだ。こんな時間に理由も無くあの森に行くような馬鹿はいないはずだ。

 気づかれてしまい、逃げられたら元も子もない。ここから森まで歩いてもたいして時間はかからないはずだ。

 馬車から降りて、森の側に見える明かりへと走っていく。

 明かりがランプが灯っていると確認できる距離まで近づいた時、ミネルバさんの声が聞こえる。


「これはどういう事ですか? 返答によっては、ノートル家への侮辱であると見做しますよ」


 ミネルバさんの凛とした声。良かった。無事みたいだ。

 今にもミネルバさんの元へ駆け出しそうなザリウルス様を押しとどめる。

 なぜなら、ミネルバさんのすぐ前には見覚えのある顔がある。スティードだ。その周囲を明らかに質の悪そうな連中が五人ばかり取り囲んでいる。

 今う闇雲に飛び出したら、かえってミネルバさんが危険だ。

 

「静かにしろ……」


 うんざりした様子のスティードである。


「だから貴族の娘は嫌いなんだ。世間知らずのくせして、偉そうな面ばかりしやがる。たまたま貴族の家に生まれたという理由だけでな」


 スティードは憎しみの籠った目をミネルバさんに向けている。


「無礼なっ! 私たち貴族の誇りを愚弄するおつもりですかっ!」


「自分の立場分かってるのか? ふん。レイアを呼ぶまで待っているように言われたが、その間にこいつを好きにしてても構わんだろう。一度、貴族の令嬢とやらを滅茶苦茶にしてやりたかったんだ。そのお高く澄ました顔がどうなるか、見ものだな」


 以前より少しこけた頬を歪ませてスティードはが口元に残忍な笑みを浮かべる。


「おいおい。自分一人で楽しむつもりか? 俺たちも参加していいよな」


「お貴族様のご令嬢を好きに出来るチャンスなんてないからな」


 周囲の男たちも厭らしく目の色を変えて我先にとスティードの側に集まる。どうやら欲には忠実な連中らしい。どいつもこいつも虫唾が走る顔だ。


「そ、そのような真似をして許されると思ってますの……?」 


 ここでミネルバさんの声が上ずる。さすがに恐怖を感じ始めたようだ。スティードたちから逃げるように後ずさりする。そんな彼女を下卑た顔でスティードたちは眺めている。


「くっ。あなたたちから辱めを受けるくらいなら、ここで自害してやりますわ」


 ミネルバさんが唇を噛みしめる。

 まずいわね。でも、少しスティードから離れたし、魔術を打ち込んでもミネルバさんへは影響ないだろう。


「アシリカ、魔術で――」


 そう言いかけた私の体が付き飛ばされた。


「ミニー!」


 隣にいたザリウルス様が私の言葉が終わるより先にミネルバさんの元へと駆けだしていた。


「な、何だ、お前!」


 突然躍り出てきたザリウルス様にスティードたちが呆気にとられる。その間にミネルバさんの側へと辿り着くが、それが欲情した男たちの怒りに火を付けたようだ。


「こいつっ! いい所を邪魔しやがって!」


 一人の男が手にしていた短刀を振り上げる。それからミネルバさんを庇う様に覆いかぶさる。男の短刀がザリウルス様の肩口を切り付ける。


「こいつは、ブロイド家の! ま、待て! そいつは使う予定の人間だっ!」


 スティードが叫んでいるが、男たちがそれを聞いている様子は無い。


「くっ! 私たちも行くわよっ!」


 一斉に私たちも飛び出す。このままでは、ザリウルス様もミネルバさんも危ない。

 私たちが飛び出すと同時に、馬の嘶きが聞こえる。暗闇の中から一頭の馬が飛び出してきた。

 リックスさんだ。握り締めたいた剣で、ザリウルス様を切り付けた男を一刀の元に切り捨てる。


「お前たち! 何をしているか!」


 馬から飛び降り、瞬く間に男たちを倒していく。さすがの腕前である。

 スティードも、突然現れたリックスさんに呆気に取られている間にデドルに捕えられた。


「ザリュー! ザリュー! しっかりして!」


 スティードたちを捕えた中、ミネルバさんの悲壮な叫び声が聞こえる。

 肩から血を流し、苦悶の表情のザリウルス様である。


「デドル! 治療を」


「へい」


 デドルが治療する間も、そのすぐ側でミネルバさんが涙を浮かべながらザリウルス様を呼んでいる。その呼び方は、幼い頃のものだろう。


「だ、大丈夫だよ、ミニー。でも、ごめんね。また心配かけてしまったみたい。でもね、僕は君を守るよ」


 ザリウルス様は顔を歪めながらも、ミネルバさんに笑顔を作る。


「もう、ザリューったら。また謝るんだから」


 泣き顔を隠そうともせず、ミネルバさんは口を尖らす。その彼女からは、公爵家の令嬢としての威厳は無かった。

 心のままに過ごしていた過去に戻ったかのような一人の少女がそこにいた。 


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