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戦うお嬢様!  作者: 和音
136/184

136 交換条件

 再び学院内で遺体が発見されるという事態に前回以上の騒ぎになった。短期間の間に立て続けに学院内で死者が出るなど、まさに学院創設以来、前代未聞の出来事だそうだ。朝一番に教室で、授業の中止をすぐに寮へと戻る様に伝える教師の顔も若干青褪めていた。

 急ぎ寮へと返され、まともや三日間の待機となる。もちろん、寮から出る事は固く禁じられた。

 そればかりか、前回と違い学院の警備の者だけでなく騎士団までも学院内の警戒に駆り出されているようだった。

 さすがに二度目とあり、気になった私は少しデドルに何か分からないか調べてもらった。


「何ですって?」


 寮での待機二日目の夕方、私はデドルからの報告に耳を疑う。ソファーから身を乗り出して、デドルに聞き返す。


「直接あっしが見た訳ではありやせんが、集めた話を纏めると間違いなさそうです」


 デドルにしては珍しく険しい表情で答える。そうなるのも無理はないだろう。亡くなった者の顔に呪術の文様が浮かんでいたというのだ。


「まさか、学院で……」


 アシリカとソージュも絶句している。

 おそらく、アシリカやソージュ、デドルもアトラス領での苦々しい記憶を思い出しているのだろう。もちろん、私も同じである。

 呪術が関わっている――。それが事実なら、放っておく訳にはいかない。


「それと、遺体の第一発見者ですがね……」


 眉間に皺を寄せ、厳しい顔つきとなっている私にデドルが、報告を続ける。


「ブロイド家のご次男、ザリウルス様だそうです」


「ザリウルス様が!?」


 二度目の驚きである。今度はソファーから立ち上がり叫ぶ。


「どうして、彼が……」


 あの森に近づく者など、滅多にいないはずだ。


「へい。一昨日の夕方に歩いていたらたまたま遺体を発見したそうで……」


 一昨日? ここでミネルバさんと一緒に会った日ね。きっと、ミネルバ様と結ばれる事がないと呆然自失となり、ふらふらと彷徨っていたのかもしれない。そして気付けば、あの森の側で……。


「それと、もう一つ……。今回見つかった遺体の手の中に……」


 デドルは言い淀む。


「何かあったの?」


「へい。カフスが……。ブロイド家の紋章の入ったカフスが握りしめられていたそうでして」


「え?」


 それって、どういう意味? 遺体の第一発見者がブロイド家のザリウルス様で、その遺体の手にブロイド家の紋章の入ったカフスが?


「まさか、ザリウルス様が疑われているので?」


 アシリカが目を見開いている。

 そんな事、私も信じられない。あのザリウルス様がそんな事に関わっているなんて想像も付かない。どちらかといえば、あの人は巻き込まれるタイプだ。

 どことなく落ち着かない私は、じっとしていられなくなり窓際へと移動して、外を眺める。


「まあ、ですが、ブロイド家が今回の件に絡んでいるとはまだ断言できやせん。何しろ、貴族の世界はいろいろありやすからね」


 その貴族の世界の裏も表も見てきたであろうデドルの言葉だ。


「あっしから見たら、ちと出来過ぎかと思いもしやす」


「出来過ぎ?」


 窓から外を眺めていたが振り返り、デドルに聞き返す。


「そんなにもうまくブロイド家の紋章入りのカフスを握りしめやすかね?」


 なるほど。一理あるといえば一理あるな。逆にブロイド家に罪を擦り付けるようにも感じる。


「これは、詳しく調べる必要がありそうね」


 ザリウルス様の為だけでなく、呪術が関わっているなら見過ごすわけにはいかない。

 またも窓へと向き直り、外を見下ろす。広大な学院が見渡せる。夕日が学院をオレンジ色に照らしていた。それを見てアトラス領の川で襲撃された直後に見た夕日を思い出す。

 その時と同じく、今日の夕日も不気味に見えてならなかった。




 一度目の臨時休校が明けた後と違い今度はどこか張り詰めた空気の中、再び授業が再開された。教師、生徒どちらも不安な面持ちである。

 騎士団が常に巡回しその目を光らせる光景に今が異常な状態である事を嫌でも思い知らされる。

 授業を終えると、皆そそくさと寮へと帰っていく。

 そんな中、私は一人の騎士と向かい合っていた。リックスさんだ。もしやと思い探してみたら、あっさりと見つけられた。コウド学院の出身、そして最近の立て続けての手柄から、派遣された騎士団の責任者に任じられたそうだ。

 嫌がるリックスさんを無理やり馬車に乗せ、対面に座らせていた。手柄の大半は私からの贈り物なんだから感謝してもらってもいいのに、何で避けるのかしらね。


「被害者は二人共、顔に怪しげな文様のようなものがあったのよね?」


「もうそこまでご存知なのですか?」


 呆れた顔を見せた後、リックスさんは顔を顰める。


「ですが、大人しくしていてください。今回の件は騎士団が当たっておりますのでご自分が解決しようなど決して馬鹿な考えはなさらないよう」


「じゃあ、騎士団に解決できるの? まったく何も進展が無いのではなくて?」


 私の言葉にリックスさんは目を逸らしつつ、顔を顰める。

 学院からは、早く寮に帰る様に、不要な外出は控えるようにとのお達しである。それ以外は何も語られない。騎士団の動きも何か捜査しているというより、警備に重点を置いているように見える。つまり、まったく今回の事件が糸口さえも掴めていないということだ。


「もしかして、あの文様が何かも分かってないとか?」


「ナタリア様はあれが何かご存じで!?」


 驚きの声を上げるリックスさん。

 この様子じゃ、あれが呪術の文様とはまだ知らないみたいね。まあ、呪術自体を見かけるなんて、滅多に無い事だから仕方ないかもしれないけれど。


「もちろん」


 自慢げに微笑む。


「あれは何なのですか?」


 ごくりと生唾を飲み込むリックスさん。


「交換条件」


 私は、一言呟く。

 こちらにも、いろいろと確認したい事がある。


「……何を知りたいので?」


 しばらく逡巡した後、リックスさんが尋ねてくる。


「じゃあ、交換条件一つ目ね。ブロイド家の紋章入りのカフスが握りしめられていたのは本当?」


「はい。事実です。私自身この目で見ましたから」


 デドルの情報の正しさを確認する。


「じゃあ、ザリウルス様に何か疑いが係ってるの?」


 その問いにリックスさんは表情を曇らせる。


「……第一発見者です。事情は一度伺ってます」


 それは、容疑者の一人としてだろうか? どちらにしても、公爵家の人間がこんな事件に巻き込まれていると知られたら一大事である。


「彼を疑ってる?」


 それにリックスさんは顔を険しくするだけで何も答えてはくれない。


「疑っているのね」


「今、ブロイド家のご当主は隣国の女王に謁見する為、エルカディアにおられません。父君であるブロイド公爵が戻られてから、いろいろ考えるつもりです」


 目を伏せて私の質問には答えず、そう告げた。


「……それより、あの文様は何か教えて頂けますか?」


 伏せていた目を私に向けて、今度は自分の番とばかりにリックスさんが尋ねてくる。


「いいえ、まだよ。まずは、ザリウルス様の無実を証明します」


 そう答える私に大きなため息を返してくるリックスさんだった。



 

 女子寮の談話室。

 三公爵家の子息、令嬢が並ぶ前でリックスさんが小さくなっている。


「確かに、あの日私たち三人でここで話しておりました。間違いございませんわ。それとも、私の言葉をお疑いになるので?」


「い、いえ。滅相もございません。疑ってなど……」


 威厳あるミネルバさんの声と態度にリックスさんが小さく見えるよ。

 私の証言だけではと思い、ミネルバさんにもあの日ここで会っていた事をリックスさんへ話してもらったのだ。

 まあ、死因は間違いなく呪術。アリバイなんて意味のないものでしょうけどね。


「ザリウルス様も何故、きちんと初めから騎士団に説明なさらなかったのですか?」


 ミネルバさんの矛先はザリウルス様へも向かう。


「あ、あの、それは……。ごめんよ」


 あっ、また謝ってるよ。

 でも、彼の性格を考えたら、仕方ないかな。きっと、私やミネルバさんを巻き込みたくないとでも考えたのだろう。その結果、今の状況だけどね。


「それと、カフス、失くなってませんの?」


「は、はい。ちゃんとあります」


 小箱に入れられたブロイド家の紋章入りのカフスをミネルバさんに見せる。


「でも、カフスがどうかしましたか?」


 ザリウルス様がリックスさんに尋ねる。

 この様子じゃ、ブロイド家の紋章の入ったカフスの件は知らないようだ。


「いえ、その辺は捜査に関わる事ですので、ご容赦をお願いいたします」


 リックスさんが頭を下げる。


「では、これでよろしいですわね?」


 ミネルバさんもリックスさんへと向き直る。


「はっ。ご協力、心より感謝致します」


 椅子から飛び降り、床に片膝を着いてリックスさんは騎士らしく礼をする。

 よし、これでザリウルス様への嫌疑も晴れたわね。


「ザリウルス様。これしきの問題、ご自分で何とかなさいませ。そもそも、初めから、はっきりと本当の事を言っておけば騎士団の方にも要らぬ迷惑を掛けずとも済んだのです」


 ミネルバさんのお小言だ。神妙な顔でザリウルス様は頷いている。

 まだ続きそうなミネルバさんを置いて、私は談話室から出ていったリックスさんの後を追う。


「ナタリア様の証言だけでも良かったものの……」


 疲れた顔で私を待っていたリックスさん。

 ミネルバさんの威厳に縮こまっていたもんなぁ。見ていてちょっと可哀そうだったもん。でも、私の言葉だけより信頼出来るでしょ。


「それにしても、同じ公爵家のご令嬢でも随分と違うのですね……」


 気の毒そうにこっちを見るな。それと、本物の公爵家の令嬢に出会ったという顔をしないでよ。


「では、ナタリア様。あの文様が何か教えて頂けますか?」


 リックスさんが仕事再開とばかりに表情を引き締める。


「あれね。あれは呪術の文様よ。その被害者は何らかの理由で呪術によって命を奪われたに違いないわ」


「じゅ、呪術? そんな馬鹿な。呪術の事は知識としてこの学院でも少し習いましたがもはや存在しないもののはず。いにしえの忘れ去られたものでしょう?」


 信じられないといったふうにリックスさんは首を振る。


「今回の被害者二人に斬られたとか外傷はあった? 死因は分かってるの?」


 図星だったのか私の問いにリックスさんは息を飲み、黙り込む。


「それにね、過去のものなんかじゃないわ。現に何度も呪術を見たわ。術を使う呪術師にも会った」


 何度もあの文様をこの目にして、何度も悔しい思いをしてきた。そして、目を背けたくなるような悲惨な光景も……。


「そのご様子なら、決して良いものではないのでしょうな」


 忌々し気な私の様子にリックスさんの表情に緊張の色が走る。


「呪術すべてが悪いという訳ではないわ。でもね、その呪術の力を悪用しようとしている者がいる。私は、その人たちを決して許さない」


「ナ、ナタリア様……」


 拳を握りしめ唇を噛みしめる私にリックスさんがたじろく。


「呪術によって人を殺める。やり方がそっくりだわ」


 私の脳裏には、レイラと呪術師のサウランが浮かんでいた。アトラス領ガイザの拠点を失った彼女らがエルカディアに来ているのだろうか。


「ナタリア様を疑う訳ではありませんが、すぐには信じられない話です。他の騎士にこの話をしても理解する者はおそらくいないでしょう……」


 リックスさんの言う事ももっともだと思う。それくらい、呪術というものは人々から忘れ去られ、その存在を知っている者でも今ではお伽噺のようなものにしか思えないものとなっている。


「でも、間違いないわ。そして、ヤツらの事よ。何かしようとしているはず」


 それが何かは分からない。でも、碌な事じゃないのだけは確信できる。


「じゃ、リックスさん。被害者の二人が倒れていた場所に案内してくれる?」


 念の為、この目で現場を見ておきたい。


「そ、それはなりません。現在、あの森の周辺は立ち入りを禁じております」


 慌ててリックスさんが首を横に振る。


「何言ってるの? これが交換条件二つ目よ」


「えぇっ? 交換条件は二つあるのですか?」


 目を見開くリックスさん。


「最初、言ったよね、交換条件の一つ目ってさ」


 ちゃんと、人の話は聞いておかないとダメだよね。


「い、いや、あれは話の流れで一つ目に尋ねられる事かと思いましたが……」


「へー。騎士なのに約束破るんだ。こっちは、呪術の事教えてあげたのにさ」


 冷え切った視線をリックスさんに向ける。アシリカとソージュも加わり、三人からの無言の圧力を受けるリックスさんである。


「ああっ、もうっ! 分かりましたよ!」


 頭を抱えて、リックスさんが叫ぶ。


「さすがリックスさん。約束を守る人だと思っていたわ。デドル、馬車の準備よ」


 側で気の毒そうにリックスさんを見ていたデドルに指示を出す。


「ナタリア様には敵いませんよ」


 にこやかに微笑む私に疲れ切った顔で呟くリックスさんだった。


 


 鬱蒼と木々が茂る森が奥に見える。学院の中心地からも外れた森だ。特に整備されている様子もなく、自然のままの森である。滅多に学生も近寄らない場所だ。


「この辺りでした」


 リックスさんが森に沿ってある小道の脇を指差す。

 小道は森との境界線のようであり、暗い森の世界と私たちのいる明るい世界とを隔てていた。

 その境界線を少し超えた森側。そこに呪術の文様を浮かべて倒れていたそうだ。


「森の中も調べてみましたが、特に変わった所もなく……」


 リックスさんが太陽の光を遮るほどに生い茂った木々で暗い森の奥を眺める。

 こんな寂しい場所で何を思って亡くなったのだろうか。今回の被害者がどんな人であったか知らない。もしかしたら、呪術に魅せられ協力した者かもしれない。でも、こんな場所で一人寂しく死を迎えるとは考えてもいなかっただろうな。それを考えるといたたまれない気持ちになる。


「あら? お花でも供えに来ましたの? それともお散歩かしら?」


 私たちの背後から女性の声が聞こえてきた。

 聞き覚えのある声だ。いや、決して忘れられない声と言った方が正しいか。


「そんなところかしらね。それより……」


 ゆっくりと振り返る。


「お久しぶりね。どう? 元気してた?」


「ええ。お陰様で元気ですわ。ナタリア様も相変わらずのようで」


 振り返った先で、微笑むのはレイア。

 その微笑む口元は、醜く歪んでいた。


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