表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
戦うお嬢様!  作者: 和音
134/184

134 幼馴染

 授業が始まり、次第に夏休みで浮かれていた学院の雰囲気が落ち着いてきた頃、僅かに残っていたその余韻を一瞬で吹き飛ばす出来事が起きた。

 何と学院の敷地の中で遺体が発見されたのだ。場所は、広大な学院の敷地の中でも、鬱蒼と広がる森のすぐ近く。滅多に人が近づかないような所である。

 その森には、遥か昔、まだエルフロント王国の地が未開だった時代の遺跡があったそうだ。もっとも、その遺跡自体はエルフロント王国建国時点ですでに崩落しており、今ではその跡形も無い。だが、良く分からない遺跡があった場所という事と鬱蒼としたほの暗い森という事から好んで近づく者もおらず、不気味な場所であった。

 そんな森のすぐ側で遺体が見つかったそうだが、詳しい事は私たち生徒は何も聞かされていない。事故か故意に命を奪われたのか、はたまた自らの手で人生を終わらせたのかも分からない。

 ただ、三日間の臨時休校と寮からの外出禁止がすぐに伝えられただけである。


「まさか、学院の生徒じゃないわよね?」


「それはないかと思います。もし、そうだったらもっと大騒ぎになっているでしょうから」


 お茶を用意してくれたアシリカが首を振る。


「ふーん。じゃあ、外部の人ってことよね?」


 学院に入ろうと思えばいくらでも入れる。


「お嬢様。あまり余計な詮索をされませぬよう。詳しい事情も分かりませんし、騎士団が捜査しているでしょうから……」


 私がまた顔を突っ込むとでも思っているのかしらね。でも、こんな事件は専門外だよ。私は理不尽な権力に困っている人を助ける専門だからね。 


「それにしても、まさか夏休み明け早々にこんな事が起きるなんて思ってもいなかったわね……」


 きっと、今先生たちは大変だろうな。副院長が輝く頭を抱えて苦労している光景が簡単に想像できる。


「さっ。それよりお嬢様。さっきから口ばかりが動いて手が動いてませんよ」


 アシリカの目が私の手元を見つめている。

 寮に缶詰めとなり二日目。暇を持て余している私が始めたのは、マフラーを編む事である。メリッサさんの書いてくれた編み方と睨めっこしながら、編んでいる。


「編み目、ズレてマス」


 横から、ソージュの指摘。


「え? あっ……」


 ソージュの指が差すのは、少し前に編んだ所。

 うう、またやり直しだ。

 まったく順調に進んでいない。どうも、編み物と私の相性は良くないようだ。


「ああっ、もうっ! 少し体を動かしたいわっ!」


 編みかけのマフラーを放り投げ叫ぶ。

 すでに二日間、寮から一歩も出ていない。寮の入り口を学院が手配した警備の者が日中だけでなく、夜通し詰めていた。もちろん、中から外へと出ようとしても止められる。


「あと一日の辛抱ですよ。ですからそれまでは大人しくなさいませ」


 放り投げたマフラーを拾いながら聞き分けの無い子をあやす様なアシリカである。


「うう……」


 頭で理解出来てはいるが、この寮の部屋も見飽きたのだ。じっとしているのも辛い。もう我慢の限界が近い。


「廊下に出るくらいは構わないよね?」


「まあ、このフロアでしたら……」


 私の落着きの無い様子に、アシリカが渋々頷く。

 アシリカの許可を得た私は、意気揚々と玄関に向かう。玄関の扉の側に立て掛けていた木刀が目に入る。


「少し素振りでもしようかしらね」


 木刀を手に取る。


「いや、それはさすがに」


「問題ないわよ。だって、この三階には私しかいないんだからさ」


 止めようとするアシリカを遮り、久々の素振りに笑顔を浮かべて廊下へと出る。

 廊下へと出た私は早速素振りを始める。ヒュンと音を立て、木刀を振り切る。

 やっぱり、体を動かすのはいいわね。

 昨日今日と体を動かしていなかったせいか、夢中になって素振りを続ける。


「よっ、ふんっ! はっ!」


「お、お嬢様、声が出ております」


 眉間に皺を寄せ、アシリカが窘めてくる。


「大丈夫よ、皆部屋に籠って――」


「ナタリア様? 何をされてますの?」


 木刀を持ち、アシリカに笑顔を向けている私に掛かる声。

 振り向くと階段の中ほどから、ぎょっとした顔のミネルバさんが私を見ている。しかし、すぐに私の持つ木刀に気付き、険しい顔に変わる。


「ナタリア様。殿下のご婚約者ともあろう方が、何をしておられるのですか」


 しずしずと侍女を背後に従え、ミネルバさんが三階までやってくる。


「いえ、ちょっと体を動かそうと思いまして」


 木刀片手にして、言い訳も出来ないよね。素直に認めよう。

 信じられないものをも見る目でミネルバさんがこちらを見ているな。


「何故、あなたが殿下のご婚約者に選ばれたのか不思議でなりませんわ」


「そうですわよね……」


 うん、それは同感だね。ミネルバさんに頷き返す。

 後ろ盾が欲しいなら、別にノートル家のミネルバさんでも良かったんじゃないのかしらね。同じ三公爵家の一角なんだからさ。


「も、もう少し、殿下のご婚約者としてのご自覚をお持ちくださいませ」


 あっさりと肯定した私に顔を引きつらせながらのミネルバさんである。

 自覚って言われてもね。この立場、どうなるか分からないからね、来年の春以降はさ。断罪は何が何でも回避するつもりだけど。

 ミネルバさんに苦笑で返す私に、一つ小さくため息を落としミネルバさんは二階へと下りていってしまった。

 レオとの婚約を夢見ていたミネルバさん。彼女からしたら悔しいだろうな。何かにつけて、私に絡んでくるしさ。悪い人じゃないんだけれどもね。

 でも、私だってこんな立場嫌だよ。未来に断罪が待ち受けているかもしれない立場なんてね。私からしたら、彼女の方が羨ましい。


「部屋に戻ろうか」


 アシリカとソージュに告げる。

 でも、ミネルバさんも廊下に出ていたのだろうか。部屋にいたら、私の素振りに気付かないはずだし。彼女も素振りしていたとは思えないが、何をしていたのだろうか?

 立ち止まり、ミネルバさんの立ち去った二階に降りる階段を振り返る。


「お嬢様?」


「いいえ、何でもないわ」


 ま、息抜きがてら廊下にでも出たのかしらね。

 アシリカに首を振り、私も部屋へと戻っていった。




 三日間の休校が終わった。ようやく、いつも通りの生活に戻る。 

 だが、どこか落ち着かない雰囲気の学院である。夏休み明けの浮ついた落着きのなさとは違う。相変わらず、いつも以上に厳しい警備態勢が敷かれていた。

 それはつまり、事件が何ら解決していないという事である。もちろん、詳しい事情は知らないが不要不急の外出を控えるように通達されている事からも分かる。

 そんなわけで、早朝の稽古も中止となり、三日ぶりの授業が終わってすぐに、寮へと帰る羽目になっていた。私の反対を押し切って……。


「旦那様からもくれぐれも用心するように伝言がありましたから」


 ふてくされる私に毅然とした態度のアシリカが告げる。

 お父様は心配性ね。でも、何かあってもこの面子なら心配ないと思うけどな。


「分かってるわよ」


 ま、アシリカたちの意見も聞かないとね。この前の世直し会議で、いろいろ聞かされたからね。

 車窓から外を眺め、馬車の揺れに身を任せる。

 寮が近づいていた時である。

 寮のすぐ側にある大きな木の影に人影が見える。まるで、隠れて寮の様子を伺っているようである。


「ねえ、怪しくない?」


 私の視線の先の怪しげな影にアシリカも気づいたようだ。険しい表情となる。


「デドル。馬車を止めてちょうだい」


「しかし、お嬢様。もし万が一……」


 アシリカが躊躇する。

 それも無理はない。事件を受けどこまで本当かは分からないが、学生の間で学院に残忍な殺人鬼が入り込んでいるという馬鹿らしい噂が授業を再開した今日一日のうちにあっという間に広がったのだ。交友関係の少ない私の耳にまで入ってくるほどの勢いの噂である。


「あの噂? だったら余計に気になるわね」


 そんな噂、私は信じていないけどね。


「でしょうなぁ。お嬢様のご性格なら……」


 そう苦笑しながらデドルが手綱を引き、馬車の速度を緩めていく。


「馬車が止まった瞬間、飛び出すわよ」


 鉄扇を取り出し、ぐっと握りしめる。

 アシリカとソージュも覚悟を決めた顔となり、気合を入れているようだ。


「今よっ!」


 馬車が止まると同時に勢いよく扉を開け放ち、外へと飛び出る。アシリカとソージュも私の両脇を守るようにして付いてくる。

 馬車が止まった場所から、怪しい人影までは走って数秒。こちらに気付く様子は無い。

 木の影から寮の方を伺っている様子の人物の肩に手を一気にこちらを向かせる。そして、その顔に鉄扇を宛がう。


「ひっ!」


 突然、体の向きを変えられ鉄扇を突き付けられ短く叫び声を上げる。男性だ。しかも学院の制服を着ている。

 こちらを向いて恐怖に染まった顔となり、体を震わしている。


「お、お嬢様! お待ちくださいませっ! この方は……!」


 ん? アシリカ、こいつの事、知っているの? 言われてみれば、どこかで見た記憶があるような……。誰だっけ?


「ブロイド家のザリウルス様にございますっ!」


 アシリカが血相を変えて叫んでいる。

 ブロイド家? ああ、サンバルト家、ノートル家と共に三公爵家の一角よね。

 え? こいつ……いや、この人、ブロイド公爵家の御曹司?

 ああ、だからどっかで見た記憶があったのか。直接話した記憶は無いが、何度か同じパーティーに参加したはずだ。


「ほ、ほほ、ほほほほほ」


 ぎこちない笑い声を立てながら、そっとその掴んでいた肩から手を放し、鉄扇も腰のベルトに差し込む。


「あ、あの……。ナタリア嬢、ですよね? サンバルト家の?」


 私の事、知っているのですか……。かなり気まずい。


「は、はい。ナタリア・サンバルトにございます」


 今更と思いながらも、貴族の令嬢らしく腰を落として挨拶するが、顔が強張っているのが自分でもよく分かる。


「ちゃんとご挨拶した事がありませんでしたね。ザリウルス・ブロイドです」


 お互い引きつった顔で貴族の礼に則った挨拶を交わす私たちだった。




 寮の一階にある談話室。上位貴族用の寮であるので、その談話室も小さなパーティーくらいなら催せそうな広さである。


「ありがとうございます」


 お茶を用意してくれたアシリカにザリウルス様が頭を下げる。


「恐れ入ります」


 少し驚いた顔を見せ、アシリカが慌てて頭を下げ返している。


「申し訳ございませんでした」 


 テーブルを挟んで座るザリウルスに改めて謝罪している。


「いえ。僕も悪いのです。確かに、怪しく見られてもおかしくない状況でしたからね。気になさらないでください」


 ザリウルス様。年は私より一つ上のレオと同じ年。しかし、その話し方から物腰まで柔らかい。年下の私だけでなく、アシリカやソージュたちにまで敬語で話す。


「しかも、今はこんな時ですものね。皆さんには怖い思いをさせてしまいました。こちらこそ、申し訳ありませんでした」


 目線を落とし、逆に謝られる。


「い、いえ、そんな事ありませんわ」


 慌てて、首を横に振る。

 公爵家の御曹司とは思えないほどの腰の低さだね。

 でも、なんでその公爵家ほどの家の人があんな所で従者も連れずにいたのだろうか? 


「しかし、何をなされていたのですか? 見た所、従者の方の姿も見えませんが……」


 ここは女子寮。まさか、覗き? いや、この真面目で人が良さそうなザリウルス様に限って、それは無いと思うけどなぁ。でも、人は見かけによらないとも言うしなぁ。

 訝し気な私の視線に気づいたのか、焦った様子でザリウルス様が両手を顔の前で振る。


「ち、違いますよ。変な誤解をしないでください。僕はその……」


 そう言って、俯きモジモジとし始める。


「あんな恐ろしい事件が学院で起こりました。しかも、噂では残忍で慈悲の欠片も無い殺人者が入り込んだとも聞いています」


 うーん。その噂の信憑性はまったく無いと思うけどね。勝手に生徒が話を大きくしているだけだと思うよ。


「それで、心配になりまして……」


「心配、とは?」


「はい。ここにいる幼馴染が……」


 ほう。繰り返すが、ここは女子寮。と、いう事は、その幼馴染は女性という事になる。そして、この少し顔を赤らめながら話すザリウルス様。ただの幼馴染じゃないよね。


「まあ! お優しい上に頼もしいお言葉ですわ」


 ここはザリウルス様を持ち上げておこう。


「い、いやあ。そんな……」


 照れた様子で頭に手をやり、またもや体をモジモジとさせている。

 でも、いいわね。幼馴染との恋。幼馴染と呼んでいるからまだ婚約はしていないのでしょうけどすでに相思相愛なのかしら? ザリウルス様の幼馴染って誰なのかしら? この優しいザリウルス様のお相手の事だから、きっとほんわかとした可愛らしい人なんだろうな。

 私も、仲良くなれそうだな。是非、紹介して欲しいね。


「あら? 誰かと思いましたら……」


 談話室の扉が開き、意外そうな顔でミネルバさんが立っている。


「ミニー」


 私の向かいに座るザリウルス様の声。立ち上がり、笑顔をミネルバさんに向けている。


「……ザリウルス様」


 そんなザリウルス様に対して、冷ややかな目を返してくるミネルバさん。


「私たちはもう幼子ではありません。かような呼び方はいかがかと思いますが」


「ご、ごめんよ、ミニ……、いや、ミネルバ嬢」


 バツが悪そうにザリウルス様が俯く。

 あのさあ。もしかして、ザリウルス様の幼馴染って……。

 アシリカと顔を見合わせる。


「あの……、まさかザリウルス様の幼馴染ってミネルバ様?」


 俯くザリウルス様に小声で尋ねる。


「はい。母親同士が昔からの親友でした。幼い頃はよく遊んだものです」


 さっき勝手にイメージしていたザリウルス様の幼馴染が頭の中で消えていく私だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ