133 会議は堪える
学生の身にとって、長期の休みとは短く感じるものである。
気付けば夏休みは終わり、コウド学院での生活が再び始まる。あっという間の夏休みだった。明日からの授業に備えて、昨日のうちに再び寮に入っていた。
別荘でロムアルドに姿絵を描いてもらったのが遠い過去のように思えるよ。
「そういえば……」
私が学院に向け屋敷を出る直前にメリッサさんから手紙を貰ったのを思い出す。
懐妊が分かってからしばらくして以降、ずっと悪阻で苦しんでいたメリッサさんとは、ゆっくり話せなかったからその分手紙をくれたのだろうな。気にしなくてもいいのに、申し訳なさそうな顔までしてさ。
手紙の封を切ろうとした時、来客を告げるベルが鳴る。
「来たようね」
手紙は後でゆっくり読むとしよう。一旦、机の上へと戻す。
ベルを鳴らした主は誰か想像がついている。シルビアやレオを呼んでいた。そのどちらかがやってきたのだろう。
出迎えにアシリカが駆けていく。
皆を呼んだ理由は一つ。世直しメンバーにより会議である。レオも加わり、大所帯になってきたので一度全員で集まり親睦を深めがてら、いろいろと話し合おうと思ったのだ。
最初にやって来たのは、レオの方か。従者二人を連れて部屋へと入ってきた。
「ようこそお越しくださいました」
出迎えの挨拶を交わす。
「リアの方に招かれるとはな……」
そうね、いつもはレオの寮に招待される方だもんね。自作の料理を食べにこいって。
でも、どこか今日のレオはそわそわしているような気がするな。落着きなく視線も定まらずに、身の置き所がないといった感じである。
ああ、そうか。女性の部屋に入るの初めてなのかな。だから、緊張しているのか。まあ、すぐに慣れるだろうから、しばらくはそっとしておけばいいかな。
レオが来てすぐに、再びベルが鳴る。どうやら、続けてシルビアも来たようだ。
「皆揃ったわね。では、始めましょうか」
私の宣言を皆がきょとんと眺めていた。
「では……」
アシリカとソージュに加え、デドル。レオとその従者二人にシルビア。長机の両側に並ぶ面々を見回し、私は告げる。
「第一回、世直し会議を開催します!」
改めてこうやって集まってみると、随分と増えたものだ。最初はアシリカとソージュだけだったもんね。
場所は何の為にあるのか疑問だった寮の部屋の会議室。せっかくあるのだから、有効活用しないとね。それに、一度ここを使ってみたかったってのもあるしね。
「……拍手とか無いの?」
居並ぶ面々は、相変わらず訳が分からないといった様子で私を見ている。
ノリが悪いわね。
「大事な話があるとおっしゃっていましたので、皆さまをお呼びしましたが、これの事にございますか?」
アシリカが、口元をひくつかせている。
「そうだけど?」
大事な話じゃないのよ。
「お忙しいところをこんな事で、お呼びだてして申し訳ございません。殿下」
立ち上がったアシリカがレオに頭を下げる。
こんな事とはどういう意味よ?
「ハチよ、アシリカ」
それに、今は世直し関連の会議だからね。レオの事をハチと呼ばないとね。
「お、お嬢様……」
顔に手を当て、大きくため息をアシリカが吐く。
「……ハチで構わん」
気の毒そうにアシリカを見るレオだ。
「しかし……。殿下に私などが、本当の名でないといえそのような呼び捨てなど」
何でそんなに躊躇するのかしらね。以前私を再教育すると言って、レオに啖呵を切っていたくせにさ。それに世直しでは、アシリカの方が先輩だよ。
「分かった。ならば、先に俺の従者にそう呼ばせよう。フォルク、お前が俺をハチと呼べ」
「わ、私がですか!?」
突然話を振られたフォルクが目を丸くして驚愕の声を上げる。
無事に冤罪が晴れ、レオの従者に復帰したフォルクだ。すんなりとはいかなかったようだが、レオの強い希望で復帰出来ていた。もちろん師範も謹慎は解けて剣術師範役として王宮に勤めている。
ちなみに、宝剣紛失の事件だが、無かった事になっている。
あの後、リックスさんにより、フレーデルとギブズは捕えられ、王宮にいたガイザーも身柄を拘束されていた。ギブズはともかく、フレーデルとガイザーは急な病でそれぞれの職を辞している。その後はどうなったかは……。ま、自業自得よね。悪人の末路とは悲惨なものだ。
でも、何も無かった事にするなんて、ある意味怖い所だね、王宮とはさ。
「そもそも俺がハチと呼ばれるのも、切っ掛けはお前だろ? 責任はお前が取れ」
戸惑うフォルクに一転して楽しそうにレオが振り向く。
「わ、分かりました」
覚悟を決めた顔で頷くフォルクである。
「ハ、ハ……ハ……チ……」
最後は聞こえるか聞こえないかの小さな声だ。
「ん? 聞こえんぞ」
案外意地悪だね、レオも。
「ああ、もう、分かりました! ハチッ! これでよろしいですか?」
やけくそ気味にフォルクが叫ぶ。
「おお、何だ? 呼んだか?」
おお、レオ、意外とノリがいいわね。
「……もう勘弁してください」
項垂れるフォルクにマルラスが笑っている。
さあ、場が温まってきたし、真面目に会議を始めるか。
「じゃあ、始めましょうか」
「で、議題は何なのだ?」
レオが真顔となり、尋ねてくる。
議題?
そう言えば、何を話し合おうかしら? 世直し会議って言っても何を話せばいいのだろうか?
黙り込む私に、一斉に皆がため息を吐く。
ちょ、ちょっと、待って。今、考えるからさ。
「え、えっと、何か困った事とか無い?」
苦し紛れに出てきた言葉。
「ありますね」
即座に反応したのはアシリカ。
「お嬢様、もう少し深くお考えになられてから行動されてくださいませ。今回もそうです。きっと、この会議室を使ってみたいだけでございましょう?」
う。図星だ。見透かされいる。
「今回の事だけではありマセン。ある程度の無茶は慣れマシタが、たまに理解超える行動、アリマス」
アシリカの後にソージュも続く。
「いやあ、しかし、飛びぬけた無茶が無いお嬢様も寂しいと思いやすがね」
デドルが愉快そうに私を見る。
「まあ、それはそうですけども……」
アシリカの複雑そうな顔。
そこまで酷い記憶は……、無い事も無いかな。
「くくっ」
侍女二人に責められる私を見て、レオが肩を震わせている。
くそう。こんな展開になるとは思わなかった。馬鹿にした目で笑うレオを恨めし気に睨む。
「あの……」
そこに、レオの従者二人も遠慮がちに手を上げる。
「私たちもよろしいでしょうか……?」
「え、ええ、いいわよ」
嘘でしょ? 彼らからも責められるの?
まあ、確かにレオを下僕扱いのハチ呼ばわり。しかも、本人の希望とはいえ、危険もある世直しに付き合わせてしまっているもんなぁ。
「あの、殿下が趣味で料理をされるのは構わないのですが、毎回我々が試作の実験台になっております」
「もちろん、ありがたく頂いていますが、その量は尋常ではございません」
フォルクとマルラスが顔を見合わす。
「お陰で最近、太ってきてしまい、困っております」
言われてみれば、初めて会った時より顔がふっくらとしてきているわね。
「お、お前たち、試食をしてもいいと言ったではないか」
レオが不服そうに、自らの従者に詰め寄る。
「はい。申しました。しかし、一日六食は……」
フォルクがうんざりした顔で答える。
「六食……」
アシリカが絶句して、不憫な子を見る目をレオの従者に向ける。
そうね。確かに六食は尋常じゃないわね。
「ある意味、拷問よね……」
私の呟きに頷き返すフォルクとマルラス。その表情は、暗い。相当食べるのが辛かったのだろう。
「六食……。ちょっと、羨ましいかもデス……」
小声でソージュが呟いている。
いや、ソージュ。あなた、今もおやつに夜食付きでしょ。しかも、けっこうな量でさ。
「お互い、主に苦労してるのですね……」
しみじみとアシリカ。
「そのようですね……」
フォルクとマルラスも同様に頷き返している。
「実はそれ以外にも、うちのお嬢様は――」
「ちょっと、待ったぁ!」
新たなエピソードを語り出しそうなアシリカを止める。
このままじゃ、それぞれの主への不満ぶちまけ大会だよ。その辺はまた個人的に聞くからさ。
「この際です。いろいろ申し上げるべきかと思いまして」
「殿下にもちょうど良い機会です。最近は料理と剣ばかりに夢中です。それ以外の事にももう少し力を注いでくださいませ」
それぞれの侍女、従者に説教される私とレオ。
だが、その内容はぐうの音も出ないほど正論ばかり。黙って聞く以外にはない。
「はい。分かりました……」
「あ、ああ。二人の言葉はもっともだ。俺も今後は気をつける……」
三十分後。そう言いながら項垂れる私とレオの姿が会議室にあった。
これでは、世直し会議でなく、説教会だった。
「まあ、それくらいで許してあげてくださいな。殿下もお姉さまも悪気がある訳ではありませんんし……」
頃合いを見計らってか、シルビアから出される助け船。
そんなシルビアに希望の光を感じる私とレオ。
ガイノスの説教も堪えるけど、アシリカとソージュ二人揃っての説教も堪えるのよ。
「私、皆さまが集まると聞いて、これを用意しましたの」
そう言ってシルビアが取り出したのは、焼き菓子の入った小箱。
美味しそう。
シルビアの言葉と一通り言いたい事を言えて満足したのか、アシリカたちもようやく矛先を納めてくれるようだ。
「さ、皆さんで頂いてくださいな……」
せっかくなので、アシリカとソージュにお茶を用意してもらい皆でお茶の時間となる。
「ほう。これは美味い」
焼き菓子を口に頬張り、レオが感嘆の声を上げている。
「そうですわね。このほのかな甘みが何ともいえませんわ」
確かに美味しい。
「お姉さまからお褒めの言葉を頂けるとは、嬉しいですわ。これ、私が作りましたの」
シルビアの手作りなのか。女子力高いな。以前、屋敷で作ろうとした私は結局小麦粉まみれになっただけだったからな。
「ほう。シルビア嬢自ら作ったのか」
レオも感心したように何度も頷いている。その後、私の方をちらりと伺い見る。
「……何か?」
この目は、絶対私には出来ないだろうと馬鹿にしているに違いない。
「い、いや……」
慌てて目線を逸らすレオである。
「レオ様。料理やお菓子作りは苦手ですが、私だって女性らしい趣味は持ってましてよ」
例えば……、何があったけ?
「ああ、分かっている」
思わず考え込んでしまう私に、レオどこか嬉しそうな表情で頷く。
「そのな、ちなみに俺の好きな色は黄色だ」
そして、突然、自分の好きな色を告げてくる。
「は? それがどうかしましたの?」
いきなり好きな色が黄色だと言われてもなぁ。何の話だ?
「い、いや、いい。みなまで言わずともよい。ただ俺の好きな色を伝えただけだ」
だから、何の為に?
首を傾げてレオを見る私である。
「ちょ、ちょっと外の空気を吸ってくる」
そんな私の視線から逃げるように、レオがそう言い残して席を立ち会議室から出ていく。
本当に、レオが何を言っているか分からない。何か黄色のプレゼントでも欲しいのだろうか。幸せの色っていうしな。黄色のプレゼント……。ハンカチか?
きょとんとしている私に不安げな目をフォルクとマルラスが向けてきているのも意味が分からない。
隣のマルラスと顔を見合わせてから、意を決した表情でフォルクが私の元にやってくる。
「ナタリア様……」
「何? それよりさっきの好きな色って何なの?」
彼らは、何か知っているのかな。
「やはり、あれは何かの間違いだったのですか……」
私の言葉にがっくりと肩を落とし、レオが出ていった扉を何とも言えない表情で見つめている。
「先日、サンバルト公爵様ご夫妻が王宮に来られました」
ああ、私が姿絵を描いてくれる画家を選びに別荘に行っていた時よね。
「その時、奥方様が王太后様に、お話されていたそうです。それを殿下が耳にされて……」
お母様が王太后様に? 嫌な予感がするわね。一体、何話したのよ?
そんな私に言いづらそうなフォルクが説明してくれる。
「何ですって!」
最後は俯きながら王宮での出来事を話すフォルクに対して、私は叫んでしまっていた。
私は叫び終わった後、リビングに駆けていく。そして、皆が来る直前に手にしていたメリッサさんからの手紙の封を切る。
「嘘でしょ……」
メリッサさんからの手紙に記されていたこと。
夏休みに入って直後の件である。ガイノスやステラさんを助ける為の世直し。あの時、お忍びで街に出ようとしていた私を買い物に誘うお母様からメリッサさんが引き離してくれた。お母様に耳打ちして……。
問題はその内容である。メリッサさんは咄嗟に冬に備えてレオへのプレゼントとして、私がマフラーを編んでいると告げたようだ。
うん、確かにお母様が喜びそうな話だ。そして、疑う事もないお母様。
本当は、夏休みの間にメリッサさんが作っておくつもりだったそうだが、あいにくの悪阻。作り上げる事が出来なかったそうだ。
メリッサさんからのお詫びの言葉と詳細な編み方の説明。そして、最後の行に二度目のお詫びと励ましの言葉付き。
私、編み物なんか出来ないよ……。やっかいな事になっちゃったな。素直に出来なかったと謝るか。
「リア、どうしたのだ?」
外から戻ってきたレオがリビングに手紙片手に立ち尽くす私を不思議そうに見ている。
「な、何でもありませんわ……」
いざ、謝るのも何か癪だな。
「そうか。なら、先に戻っているぞ」
そう言って、レオは会議室の扉のノブに手を掛ける。
「あっ、そうだ。二番目に好きな色も教えておいた方がいいか?」
そう尋ねてくるレオ。その顔はにやけている。
まさか、レオ……。本当は私が作れないと思って、馬鹿にしているつもりなんじゃないでしょうね。
それはそれで悔しい。
「ええ、聞いておきますわ」
受けて立とうじゃないか。見事、立派なマフラーを編んでやるよ。
「黒だ」
「黒ですわね。承知しましたわ」
黄色と黒ね。虎模様のマフラーを編んでやるっ。
闘志を燃やす私だった。