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戦うお嬢様!  作者: 和音
131/184

131 何故、ここにいる?


「はぁ……」


 大きなため息を吐き、ロムアルドが沈痛な面持ちとなっている。

 無理もないかな。やっと掴んだチャンスだったみたいだからね。

 選考の為に使う絵は今日の夕方までにサンバルト家の別荘に届けなけれなならないそうで、今から新しい絵を描くのも無理だろう。


「これ、使えまスカ?」


 そう言いながらソージュが取り出したのは、昨日もらったカルガモ親子の絵。


「これを? ですが、サンバルト家のご令嬢ご自身が選ばれると聞いてます。そこに、色も無いこんなただのスケッチでは……」


「そうですか? 私はいいと思いますけど。ね、お姉さま」


 シルビアがカルガモ親子の描かれた絵を覗き込む。 


「そうね。私もいいと思うわ」


 もちろん、他の絵も見てどの画家にするかは公平に選ぶつもりだけど、決してこの絵がダメだとは思わない。


「でも……」


 ロムアルドは口ごもる。

 まあ、この日の為に丹精を込めて書きあげてきた絵だものね。そっちの方が自信も思い入れもあるのは分かる。


「でも、何か出さなければならないのでは?」


 アシリカの言う通りだよ。このまま悲嘆に暮れて悩んでいても始まらない。用意していたものとは違っても何か出さなければスタートラインにも立てないからね。


「そうですね。決めました。これを出します」


 覚悟を決めた顔になり、ロムアルドはソージュからカルガモ親子の絵を受け取る。


「決意したなら、早く行った方がいいわ。夕方までに届けなければならないのでしょ?」


「はい。そうします」


 ロムアルドは立ち上がると、私たちの方を向き頭を下げる。


「本当にありがとうございました。フッガー家のご姉妹には心より感謝致します」


 姉妹?

 ロムアルドの目は私とシルビアに向いている。


「もし機会がありましたら、是非お二人の姿絵も描かせてください」


 そう言って、もう一度深く頭を下げる。


「しかし、同じ姉妹でも雰囲気が随分と違うものなのですね」


 おい、それは私に色気が無いと言っている事になるぞ。


「いやあ、僕、男兄弟だったもんで、その辺は詳しくないのですけどね」


 私が顔を引きつらせているのにも気づかず、笑い声をあげるロムアルドである。

 悪気は無いと思うけど、心の奥底に嫌な感情が芽生えそうだよ。


「では、お気をつけて」


 カレンさんに送り出されたてロムアルドが出ていく。

 私は、すぐにデドルに目で合図を送る。

 また襲われる可能性も否定できないからね。そっと陰から見守ってくれるだろう。

 私の意図を察して、デドルが軽く頷いてからロムアルドの後を追いかけていった。


「明日、お嬢様に会ったら驚かれるでしょうね」


 アシリカが苦笑している。


「そうね。私の事、シルビアの姉と思っているみたいだものね」


 私に色気が無いと暗に言っていた罰だ。それくらい構わないよね。


「今からどうされますか?」


 シルビアが尋ねてくる。

 すっかりロムアルドの件で、今日一日潰れてしまったようなもんだものね。


「やる事が出来たわ」


「やはりそうなりますよね」


 アシリカが首を振る。


「それで、まずは何を?」


 アシリカも慣れたもんだね。


「そうね、まずは……」


 私はニヤリと笑った。




 頭にはほっかむり、顔を少し土で汚して服もそれに合わせて少しくたびれたものをわざわざフッガー家で用意してもらってきた。


「あの……」


 そんな私にアシリカが冷めた視線を向けてきている。


「何?」


「いくら何でも、バレると思いますけど……」


「そんな事ないわよ。どっからどう見ても近くの農家の娘さんって感じでしょ?」


 完璧な変装だと自画自賛したいくらいだよ。


「はい。ですが、今から向かう先はサンバルト家の別荘ですよ。王都の屋敷からもお嬢様が来られるという事で多くの使用人が応援に来ています。さすがに、そこでは、気づかれるかと思いますが」


 だから、メイク代わりに顔に泥まで擦り付けたのだけども。アシリカの悲鳴混じりの反対を押し切ってまでね。


「大丈夫。俯き加減でいるし、あまり話さないようにするし」


 でも、そう言われると不安になってくるな。確かに、皆私の顔を知っている人ばかりだしな。でも、ここまでしといて今更止めるとも言い出せないよね。

 私がそうしてまで、サンバルト家の別荘に行くには理由がある。

 明日、私の前で姿絵を描いてくれる画家の候補が自ら描いた絵と共に選考を受けるわけだが、彼らは前日の今日からサンバルト家の別荘に滞在している。

 ロムアルドに怪我を負わせ、絵を奪い去ったのは、間違いなくその候補の中の誰かと考えるのが、状況的に考えても不思議ではない。そして、今その容疑者候補が皆揃っているのだ。

 だからこそ、この目でどんな候補がいるのか見たいのだ。

 ロムアルドを襲った事は許されない悪事だし、そもそもそんな事をする人間に、私の絵を描いてほしくもない。 


「お嬢様。着きましたが本当によろしいのですね?」


 一人考えているうちに、サンバルト家の別荘へと到着したようだ。

 目の前には、別荘と呼ぶには大きすぎる白亜の建物が建っている。森の中に佇むその別荘を見て、改めてサンバルト家の力と財力を感じる。 

 その別荘の使用人用の出入り口の前でアシリカに再確認された。


「いいわよ」


 俯き、答える。今更、止められないでしょ。

 小さなため息と呆れ顔で首を横に振るアシリカが、扉を開ける。 


「あら、アシリカさん。どうしたのですか? ナタリアお嬢様が来られるのは、明日では?」


 中に入り廊下を進んでいくと、早速見知った顔と出会ったようだ。

 この声、聴いたことがあるのを想えば、王都の屋敷からの応援だろう。


「ええ。少し先に準備がありましてね」


「でも、その方は?」


「ああ。こちらの方は、近隣の農家の方です。手伝ってもらう事がありまして」


 事前に私に指示された通りの台詞のアシリカである。棒読みだけどね。


「農家の方?」


 明らかに不審気に聞き返してくる。こちらをじっと見てくる視線も感じる。


「ど、どうも……」


 ほんの少しだけ顔を上げ、声も少し変えて挨拶する私。

 やはりそこには、屋敷で見かけるメイドの姿がある。


「え?」


 そのメイドが素っ頓狂な声を上げ、マジマジと覗き込むように私を見てくる。


「えっと、その……」


 戸惑いの表情をアシリカに向けている。

 そんな彼女に対して、申し訳なさそうに頭を下げているアシリカだ。

 これは、バレた……、いや、バレてないっ。バレていたら恥ずかし過ぎるから、バレてない。

 きっと、私の顔の汚れに驚いただけのはずだ。アシリカが頭を下げたのも、突然農家の娘を連れていた事に対してだろう。

 うん、そうに違いない。バレてはいない。

 自分に無理やりそう言い聞かせる。


「……用事、済ませてきますね」


 アシリカのその一言に気の毒そうな目を向けながら頷くメイドさん。

 そこからは、順調だった。何人かの使用人とすれ違ったが、皆、進路を開けて頭を下げてくる。

 これは、アシリカに下げているのよね? アシリカも偉くなったわね。


「ですから、申し上げましたのに……」


「何の事?」


 アシリカにそう言い返すが、恥ずかしさで一杯である。

 もう誰にも出会いたくないと、アシリカの影に隠れるように進んでいく。


「ここですね」


 そうアシリカに告げられた場所は、別荘の客人用エリアである。

 聞いたところによると、候補の画家は三人。王都でも有名な美術商からの推薦を受けた人たちが二人。そして、残る一人がロムアルド。彼は、急病となった以前私の姿絵を描いてくれていた方からの推薦だそうだ。

 ロムアルド以外の二人を調べる。何かロムアルドを襲った証拠になるものでも見つけ出せたらいいのだけれども。


「どの部屋かしらね……」


 廊下に並ぶ扉を見て考え込む。

 客人用の部屋だけでもこんなにあるなんて、どんだけ大きいのよ。扉も重厚な造りのようで、中からの音が聞こえない。 


「私にもどこかまでは、分かりませんね」

 

 アシリカも首を捻っている。

 考えても始まらない。一番近くにあった部屋の扉を開く。まあ、もし誰かいたらお茶でもお入れしましょうか、とでも言って使用人の振りをしたらいいか、アシリカがさ。だって、今の私、近所の農家の娘だもの。


「ここは違うようですね」


 適当に選んだその部屋には、誰もいない上に誰かが使った形跡も無い。

 それにしても、部屋の中も豪華だね。大きなベッドにソファーにテーブル。どれも高価そうだ。窓からは、庭が見渡せる。これだけ立派な別荘なのに、滅多に使われていないそうなのが勿体ないよね。


「窓……か」


 そうか。廊下からは分からないけど、庭側からならガラス越しに誰かいるのか分かるじゃないか。


「アシリカ。庭に出るわよ」


 すぐに私の考えを察してくれたアシリカが頷く。

 庭に出て、左右を見回す。

 すると、ある部屋の窓からカーテンが出たり入ったりしているのが見える。風で靡いているようだ。

 アシリカと頷き合い、足音を立てない様にしてその部屋のすぐ側まで歩いていく。


「いよいよ明日だ。どちらが選ばれたとしても、うちの専属の画家だ」


 その部屋の中から声が聞こえてくる。


「サンバルト家の令嬢。しかも王太子様のご婚約者。その方の絵を描くのだ。その画家の絵の価値は跳ね上がるぞ」


 気付かれないように、そっと部屋の中を覗き込む。

 ソファーにふんぞり返るように座るでっぷりとしたお腹の男が上機嫌で話している。


「こちらへもたっぷりの金を回してくださいよ、マルタンさん」


 前に立つ細身の男。神経質そうな顔をしている。


「それは、俺からも言いたいな。マルタンさんよ、その辺の事はしっかり頼むぜ」


 それと長髪をかき上げながら、もう一人。こちらは、大きな体だ。


「分かってるさ」


 マルタンと呼ばれた男。その名が表すように丸い顔と体つきだ。しかも、その顔は脂ぎっているな。


「それより、ジョエル。どっちが選ばれても恨みっこ無しだぞ」


 長髪の男が、細身に向かって言う。


「もちろんですよ。クラウザの方こそ、後から変な言いがかりを付けないでくださいよ」


 このジョエルとクラウザ、まるで自分たちのどちらかが選ばれると言っているようね。


「おいおい。ロムアルドの事、忘れてないか?」


 少しおどけた感じのマルタンの態度と言葉に、ジョエルとクラウザも笑い出しそうな顔になる。


「持ってきた絵、見たか?」


「見ましたよ」


 ジョエルとクラウザのそう交わした言葉の後、三人は大きな笑い声をあげる。


「ただのスケッチだったな。さすがに、驚いたな」


 マルタンの突き出た大きなお腹が揺れている。


「あんなものを、サンバルト家のご令嬢がご覧になって、何と言われるか考えただけで怖いもんだな」


 マルタンがそう言葉を続けるが、その顔は楽しみで仕方ないという思いが溢れだしてきている。


「いろいろと噂のあるご令嬢ですからね。下手したら、その場で人生終わりですよ」


 根強く残っているもんだね、噂ってさ。


「それにしても、面倒だな。金や名誉に為とはいえ、芸術の事など理解してない我儘娘の相手をするのは……」


 クラウザが顔を顰めている。

 隣のアシリカが怖い顔をして、今にも飛び出していきそうなのを止めながら、聞き耳を立てる。


「まあ、貴族の姿絵なんて、見た目以上に大袈裟に美しく描けば皆、満足してくれる。金の為と持って、我慢しろ」


 随分と馬鹿にされてるわね。ま、私に関しては絵の事なんて素人で分からないのは正しいけどさ。


「それを考えると、あの生真面目だけが取り柄のロムアルドでは、貴族の姿絵を描くのは、荷が重かったかもしれませんね」


「そうだぞ。だから、逆にヤツから絵を奪ってやって、今回選ばれないのは、恩を与えてやったみたいなもんだ。感謝して欲しいな」


 マルタンがジョエルに頷く。


「ちょっと、やり過ぎたと思うけどな」


 おどけたようにクラウザが口を出す。 


「いきなり頭を殴りつけたのは、あなたでしょう」


 そんなクラウザの肩を小突く、ジョエルだ。

 やっぱりこいつらだったか。

 このマルタンというのが美術商だろう。自分の息のかかった画家を選ばせる為にロムアルドを襲わせたのだ。

 私の中にこみ上げてくる怒りに気付くはずもなく、悪びれた様子もなく笑う三人である。


「まあ、何にしても明日お前たちのどちらかが、選ばれるのは間違いない。ま、選ばれなかった方にもまた別の機会を与えてやるから心配はするな」


 笑いすぎて喉が渇いたのか、マルタンがテーブルに置かれたワインに口を付ける。


「お願いしますよ。でも、選ばれなかったら、また贋作作りですか。それはそれで金になるから構いませんけど……」


 贋作作りですって!


「そうだな。金はいいが、やはり画家を目指すなら名誉も欲しいものな」


 クラウザがジョエルに同意するように何度も頷いている。

 こいつら、そんな悪事まで働いているのか。やはり悪い奴はとことん悪いな。こいつらに芸術を語る資格なんか無いな。


「お嬢様。明日まで待つ必要ありません」


 私への悪口もあり、相当腹に据えかねているのか、珍しくアシリカからの突撃提案である。

 まあ、こんな三人なら二人だけでも何とでもなると思うけど。


「いいえ。今は彼らにいい夢を見させておいてあげましょう」


 ここで力で叩き潰すのもいいが、選考まで時間を彼らに上げよう。短く儚い夢を見る時間をね。

 

「さっ。戻るわよ」


 アシリカを促して、その場を離れる。

 選考会は開く。そこで、私の姿絵を描く画家を選ぶ。少し贔屓目が入っちゃうけど、あのカルガモ親子の絵はスケッチであろうと私は気に入った。それに、あんな曲がった心を持つ者が描いた絵など、たいしたもんじゃないだろう。

 選考の場で、そこも彼らに分からせてやる。


「何をやっているのだ……?」


 明日の事を考えながら、別荘から出ようとする私を呼び止める声。

 この声は……。


「いや、リアの姿絵を描く画家を選ぶと聞いて、俺も一緒にと思って無理を言って王宮から来たのだがな」


 一瞬で固まった体だが、何とか顔だけ動かし後ろを振り向く。

 そこには、呆然と私を見ているレオと彼の従者のフォルクとマルラス。

 何故、ここにいる? 


「そ、その顔は?」


 何とかレオの口から絞り出てきた言葉。


「け、化粧ですわ」


 目を逸らし、答える。


「そ、そうか。斬新だな……」


 それ以上何も言えないとレオは黙り込み、何とも言えない沈黙が訪れていた。


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