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戦うお嬢様!  作者: 和音
13/184

13 みんなで遊ぼう!

 アシリカとソージュに世直し計画を打ち明けたものの、特に日常に変化はない。

 しかし、今日は、いつもとちょっと違う日となっていた。

 今、私は孤児院に来ている。

 このエルカディアには、いくつかの孤児院がある。そして、それは貴族や大商人などの金持ちの寄付によって成り立っていた。寄付をする事によって、名声が上がるとか、慈悲深さを見せる為でもあるらしい。

 まったく、どこも同じだね。結局はお金の力で、着飾っているみたいに感じるよ。

 もっとも、その寄付によって、救われている孤児がいるのも事実だ。

 サンバルト家も、それぞれの孤児院に寄付をしているそうなのだが、今日は、その寄付金を私が届けていた。本来なら、お母様が届けに行く予定だったらしのだが、昨晩から風邪をひいて寝込んでしまっていた。

 最近、寒くなってきたからね。私も気をつけなくちゃ。

 お母様の代わりとして、私が行く事になったのだ。お父様やお兄様たちは、皆お仕事だし、ガイノスたちも忙しいみたいで、私に白羽の矢が立ったて訳だ。

 私、そんなに暇そうに見えたのかな。実際、午前中の作法の講義が終わってから、のんびりしてたけどさ。

 初めての公爵家の令嬢としての務めかと気負ったものの、私がする事は無い。全部、アシリカにどうすべきか言っていたしね。私はその場でニコニコしているだけでいいらしい。お気楽な立場である。


「こちらが、寄付金になります」


 アシリカが孤児院の院長に金貨の入った袋を手渡す。

 袋の見た目からして、それなりの額が入っていそうだな。ちょっと、私にくれないかしら? だったら、すぐに、借金を返して、もう一本くらい鉄扇が欲しいのだけど。

 恨めしそうに、金貨の入った袋を眺めていたのが、バレたのか、アシリカが小さく咳払いをして、私を腕で小突いた。

 だって、本当に羨ましいだもん。


「毎月の寄付、ありがとうございます」


 私に気にする様子も無く、頭の禿げあがった院長は、お礼を述べた。人の良さげな愛嬌のある笑顔である。


「しかも、今日はナタリア様にお越しいただけるとは、光栄でございます」


 笑顔を見せつつも、そう言う院長の目は、私を値踏みしている様だ。どうせ、我儘ナタリアの噂の事を気にしているのだろう。子供を苛めるとでも思っているかもね。


「いえ。私も一度、孤児院に伺いたいと思ってましたの。今日は、ゆっくり見させて頂くわ」


 私の言葉に、院長の頬が僅かに引きつるのを見逃さない。

 別に変ないちゃもん付けないわよ。単純に、孤児院がどんな様子か見ておくべきだと思ったからだよ。


「それは、ありがたい。子供たちも、きっと喜ぶでしょう」


 本心とは、思えないが、その言葉に甘えさせてもらおう。

 さして広さの無い孤児院を案内される。綺麗とはお世辞にも言えない建物には、二十人程の子供が暮らしているらしい。居間兼食堂、四つの子供部屋、そして、応接にも使われる院長の部屋。そして、申し訳程度の庭がある。その向こうには、倉庫が立ち並んでおり、見晴らしがいいとは言い難い。

 子供たちは、皆小さい。恐らく、五歳から八歳までだろう。今は、一番広い居間で、皆で古めかしい玩具で遊んでいた。


「皆さん。今日は、サンバルト公爵家のご令嬢であるナタリア様が来られました。ご挨拶を」


 院長の掛け声に、一斉に子供たちが並び、私に頭を下げた。くたびれた服を着て、痩せ細った子ばかりだ。それに、その表情に明るさは無い。

 やはり、親がいないせいで、寂しい思いをしているのだろうか。まさか、この子たちも、私が怖いわけじゃないよね?

 うーん。グスマンさんが、ソージュを孤児院に連れていくと言った時、複雑そうな顔をしていたが、こういう事だったのかな。

 よし。ならば、私が遊び相手になってやろう。もし、怯えているのなら、私のイメージアップにもなる。


「初めまして。ナタリアよ。ちょっと、私と遊びましょうか?」


 自分の持てる限りの優しい笑顔と顔を出してみる。


「え? そんな事をナタリア様にして頂くわけには……」


 院長が、私を慌てて止める。


「いえ、構いませんわ。せっかく来たんですもの。少しくらい遊び相手になるのも悪くありませんわ」


 私は、笑顔を浮かべて、子供たちの輪の中に入る。子供たちは、私と一定の距離を保ちながら、戸惑っていた。

 

「さあ、何して遊ぼうか?」


 私の言葉にも困惑の表情を浮かべ、お互いに顔を見合わせる子もいる。

 おかしいな。普段、寄付しに来る人は、子供たちの相手をしないのかしら?

 しかし、反応が無いな。唯一反応しているのは、私の行動にオロオロしている院長のみだ。

 仕方ない。ここは、私から遊びを提案すべきね。


「そうね、こんな遊びはどうかしら?」


 私は、子供たちを集めて、頭に浮かんだ遊びの説明をする。


「じゃあ、私からね」


 私は壁に頭を付ける。背後には、子供たち。


「だーるまさんが、こーろんだっ」


「だるまさん?」


 アシリカの疑問に満ちた声が聞こえる。

 そう。私がチョイスしたのは、昔懐かしい達磨さんが転んだ。やっぱり、この世界には、達磨さんはいないのか。

 途中からは、ソージュも加え、達磨さんが転んだ大会だ。初めはぎこちなかった子供たちも、時が経つにつれ、笑顔が出てきた。ちなみに、院長とアシリカも誘ったが、丁重に断られた。

 何で? 楽しいのに。

 さあ、エンジンも温まってきたぞ。次の遊びに移るとするか。

 次も定番、鬼ごっこだ。ルールを説明すると、鬼ごっこは似た様な遊びがあるらしく、皆すぐに理解してくれた。


「この部屋だけでは、狭いわね。よし、表の庭も使うわよ」


 久々に童心に帰って遊ぶのも楽しいね。でも、私も今はまだ十三歳の子供だ。いや、子供か? この世界の成人っていくつだろう? ま、いっか。今は思いっきり楽しもう。


「いいわよね。院長?」


「は、はい」


 院長も一緒に遊べばいいのに。それに、何で若干、引いてるのかしら?


「よーし。じゃあ、初めは私が十数えるからね」


 また、壁に向かい、数え始める。


「……きゅーう、じゅうっ! さー、捕まえるぞー」


 私は近くにいた子供を追いかけ始める。最初は、手加減してやるか。でも、思いの外、すばしっこいね。それに、ソージュもなんか、楽しそうにしてる。彼女こそまだ子供の年齢だもんね。

 私は庭に出て、隠れている子供たちをも追いかける。私が近づくと、蜘蛛の子を散らす様に、逃げていく。

 おっ。木の陰に隠れている女の子もいるな。よーし、次はあの子だ。

 近づいた私は、その子の隣に男の人がいるのが、見えた。

 あれ、あんな人いたっけ? 

 なにやら、屈んで一生懸命女の子に話しかけてる。その子はそれに対して、困った顔をして、首を横に振っていた。すると、男は、手をその子の肩に置き、引っぱろうとしている様に見える。

 まさか、誘拐?


「ちょっと、そこの方。何をしてるのかしら?」


 私は腰に手を当て仁王立ちとなる。異変に気付いたソージュが私の横に駆け寄る。


「ちっ」


 男は私を睨み付けながら、舌打ちをすると立ち上がった。


「お待ちなさい!」


 もし誘拐犯なら、放っておくわけにはいかない。


「ソージュ!」


 私の声に反応したソージュが男に向かって駆けだし、素早く蹴りを繰り出した。しかし、男は後方に飛び跳ね、それを難なく避ける。

 私はその間に女の子の側に駆け寄り、その子を腕に抱く。

 騒ぎに気付いたらしいアシリカと院長が、駆けつけてきた。


「お嬢様っ、どうなさいました?」


「アシリカ、あの男、きっと誘拐犯よ。ねえ、院長、あの男はここの者じゃないでしょ?」


 逃げようとする男はソージュの攻撃を躱し続けている。男もなかなかやるわね。ソージュの攻撃をすべて避けているなんて。


「は、はい。違います……」


 隣に立つ院長の顔が青ざめている。

 誘拐犯確定ね。もしくは、変質者か。


「アシリカ、加勢なさい」


 子供を背後に隠す様にして、私は男を指差す。

 くそっ。鉄扇持ってくれば良かった。


「はいっ」


 アシリカとソージュに挟まれる形となった男が、私を睨み付ける。


「けっ。偽善者め」


 そう男が呟くと、大きく飛び上がる。信じられない事に、隣の倉庫の屋根に飛び乗っていた。

 嘘でしょ。高さ、三メートルはあるよ。アシリカとソージュも唖然としている。

 男はそのまま、屋根伝いに逃げていき、姿を消してしまった。これでは、追いかけられない。いや、追いかけたとしても、追いつかないだろう。


「今まで、こんな事は?」


 隣で、いまだ顔色の悪い院長に尋ねる。


「い、いえ、一度もありません」


「そう」


 私は、もう一度、男が消えた屋根を見上げて呟いていた。




 孤児院からはその後、すぐに引き上げた。子供たちを落ち着かせたいという院長の意見に従ったのだ。

 帰り道の馬車の中。誰も口を開こうとはせず、静まりかえっていた。

 私は車窓から流れる外の景色を眺めながら、考えていた。

 あの男は何故、孤児院の子供を攫おうとしたのか。貴族や商家の金持ちの子なら身代金目的がすぐに思い浮かぶ。しかし、孤児院の子では、それは考えにくい。

 ならば、他に目的があったのか。しかし、思い浮かぶ様な事は無い。

 ふと、以前のソージュの言葉を思い出す。


「ねえ、ソージュ。あなた、この前、言ってたわね。孤児だった頃に、攫われそうになった事があるって」


 対面にアシリカと並んで座るソージュを見る。

 あれは、確かパドルスの所に忍びこもうとして、見つかった時だ。


「ハイ。ありまシタ」


「嫌な思い出かもしれないけど、聞いていい?」


 ソージュは特に気にする素振りも見せず、頷く。


「何で、ソージュは攫われそうになったのかしら?」


「それは、簡単デス。よく、面倒みてくれた人が言ってまシタ。孤児を攫って、どこかに売るらしいデス」


「売るですって!?」


 人身売買って事? それは、酷い話ね。


「そう言えば、噂を聞いた事があります。子供を労働力として、買う人間がいるって話ですね。どこまで本当かは知りませんけど……」


 アシリカは眉間に皺を寄せ、付け加えた。

 腐ってるわね。弱い子供を無理やり連れ去り、奴隷の様に働かせるのよね? 一歩間違えば、ソージュもそうなってたかもしれない。そもそも、出会った切っ掛けも、大人に騙されて働かされてたもんな。

 じゃあ、孤児院にいた男はあの子を攫って、売り飛ばす気だったのね。


「酷い話ね……」


 孤児院は大丈夫だろうか。院長は、しばらく警戒を怠らないと言っていたが、あの男、かなり強そうだったし、屋根に飛び乗るという人間離れした行動もしていたな。

 前世の世界とは違い、結構無法地帯な所もあるわね。

 私は再び、窓から外を眺める。

 今も危険な目に遭う孤児や無理矢理働かされている子供がいるのだろう。そんな事を考えていると、腹立たしさと悲しさが混じった得も言われぬ気持ちになる。

 そんな私の目に、一人の男が目に留まった。

 短く切り揃えた茶色の髪に、黒いジャケット。さらに黒いズボンと全身黒ずくめの男。常に周囲を警戒している様な黒い目。

 あの男だ! 孤児院で会った誘拐犯だ!


「止めなさいっ!」


 突然の私の叫びに、アシリカとソージュは驚いて何事かと周囲を見回している。


「早くっ!」


 御者も私の声に体をびくりと跳ねさせながらも、馬車を急停車させた。


「どうされました!?」


 急停車した馬車の中で飛ばされそうな私の体を必死で支えるアシリカが聞いてくる。


「あの男よ! 孤児院で子供を攫おうとしてた男が歩いていたの!」


 その言葉にアシリカとソージュも窓から外を目を皿の様にして伺う。


「ほらっ、あそこ!」


 あっ、路地に入って行く。このまま、逃がす訳にはいかないわね。


「追うわよっ!」


 私は勢いよく馬車を飛び出す。


「お嬢様!?」


 慌てて、アシリカとソージュも私に続く中、御者は何事が起きたのか分からず、唖然としている。


「そこで待ってなさい」


 御者と護衛にそう言い残し、私は男が曲がった路地へと入っていく。

 商店街から一歩入った路地は人通りも少なく、男の背中が見える。ここで、逃せば、またあの孤児院の子が狙われるかもしれない。

 歩く男に対して、走って追いかける私たちは、すぐに追いついた。


「止まりなさいっ!」


 男の肩を掴もうとした私の手が宙を舞う。後ろを振り返る事なく、男が避けたのだ。


「お嬢様、お一人で危険です」


 一足遅れて、アシリカとソージュが追い付く。


「あ? いきなり何だってっていうんだ……」


 男が忌々し気に振り返りながらの言葉が止まった。


「てめえらは……」


「あら、覚えてくれてるのね。そうよ。孤児院で会ったわね。次は逃がさないわよ」


 隣で、アシリカが魔術を発動させ、手の平の上に拳大の火の玉を作っていた。いつでも、男に向かって放てるとばかりに睨みつけている。

 ソージュは私の前に立ち、じっと男の様子を伺っていた。


「ふーん。なかなか優秀な侍女持ちだな。どこのお貴族様だ?」


 男は慌てる様子もなく、壁にもたれ掛かると、煙草に火を着けた。


「あの子を攫おうとしていたでしょ。許す訳にはいきませんわ」


 男の質問などに答える筋合いは無い。


「攫う、か。あんたにはそう見えたか。だったら、あんたの目は節穴だな。ま、それも仕方ねえか。お貴族様のガキにはな」


 煙草の煙を吐き出した男は私を軽蔑の眼差しで見つめていた。


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