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戦うお嬢様!  作者: 和音
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128 秘密の裏門誕生物語

 ガイノスの騒動から三日。

 翌日には、帰ってきたガイノスに屋敷は安堵感と緊張感に包まれた。ガイノスの存在って大きくて不思議だ。

 そしてついさっきまでデドルとじっくり話し合っていたようだ。ふふふふ。うまく説教を回避したつもりみたいだけど、逃げ切れないわよ。三時間の話し合いを終えたデドルは心なしか、疲れ切った顔になっているな。


「大丈夫?」


 ニヤニヤしながらデドルに尋ねる。

 自分だけ説教を回避しようとした罰だよ。

 説教が終わった事を確認して、デドルの小屋へと来ている。巻き込まれたら大変だしね。


「へい。久々でやしたが、堪えやすなぁ……。お嬢様はよく何度も説教されても平気ですな」


 虚ろな目のデドルだ。


「平気な訳ないでしょ」


 例え鋼のメンタルを持っていてもガイノスの説教には折れてしまうと思う。


「デモ、お嬢サマ、説教されるような事、繰り返してマス」


「反省しているか疑問ですね」


 侍女二人からの冷たい視線は気のせいじゃない。


「で、でもガイノスが世直しを黙っていてくれるってのは意外だったわね」


 話題を変えよう。

 一応、マーシャさんの家での説教の後に世直しの事を口外しないと約束してくれた。しかも、二度としないようにとも止められもしなかった。


「そうですね。少なくとも、今後は大人しくするようにと言われるかと思っていましたが……」


 アシリカも首を傾げている。 


「まさか、ガイノスさんも一緒に世直しする、デスカ?」


 いや、それは有り得ないと思うよ、ソージュ。そんな暇な人じゃないしさ。


「認められたって事じゃないですかね」


 ようやくどこか呆けていたデドルが復活したようだ。


「認められた?」


「へい。お嬢様の想いが、世の中の理不尽に虐げられている者を助けたいという想いが認められたのかもしれやせんな」


 だとしたら嬉しいな。あのガイノスが私がしている事が間違いないって分かってくれたって事だもんな。


「まあ、傷一つ付けさせるなと厳命されやしたがね。ですから、無茶は控えてくださいよ」


 デドルが苦笑している。


「うーん、自信ないなぁ」


 悪を裁くのに、無茶しなきゃいけない時もあるしね。それに、自分自身では、そこまで酷い無茶をしているつもりは無いけどな。


「そんな事ではまた説教されそうですね」


 呆れ顔のアシリカがため息が吐く。


「そんな事ないわよ。それよりさ、一つ気になる事があるのだけどさ」


 カリエド屋でガイノスの話していた中で一つどういても気がかりな事があったのだ。


「何ですかい?」


「ガイノスがさ、お父様の事をやんちゃって言っていたけど本当なの?」


 今のお父様からは信じられない。どこから見ても真面目で立派な方だもの。


「それは私も思いました。あの旦那様がやんちゃだったなんて……」


 アシリカも信じられないといった顔つきである。


「……何ですかい?」


 期待の籠った私たち三人の目から顔を背けるデドルである。


「教えてよ。デドルならお父様の昔の話も知っているでしょ」


 是非とも聞いてみたい。


「いやあ、話していいものかどうか」


「いいじゃない。ねっ、お父様には内緒にしているからさ」


「……絶対ですよ」


 デドルの確認に大きく頷く。


「そうですなぁ。でしたら、いい機会ですしあの話をしやしょうかね……」


 懐かしそうにデドルが見つめるのは、小屋の奥にある外へと繋がっている秘密の裏門だった。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 エルフロント王国の中でも最高の格式を誇る三公爵家の一角。中でも最有力と言われているサンバルト公爵家。その力を象徴するように王都にある貴族街に見る者を圧倒するような壮大な屋敷を構えていた。

 その庭に二人の少年。芝生に腰を下ろし話し込んでいる。

 一人はこの屋敷の主である公爵の一人息子。もう一人は屋敷の使用人の息子である。年が同じ十四歳で同年代の子が他にいない、そして何より気の合う二人は身分差を超えて親友とお互いが認め合うまで時間は掛からなかった。


「なあ、デドル。屋敷の外に何があるんだ?」


「は? 何度も出た事があるだろう?」


 おかしな事を言い出したな、という目をデドルは隣の友人に向けた。


「出たと言っても、馬車でだ。それも自分の意思など関係無しにな。行先はやれ夜会だ、ダンスだと疲れるだけの社交の場だけだ」


「綺麗な女の子がたくさんいるんじゃないのか?」 


 社交界へ出始めて二年経つが、いまだ社交の場へ出る事を避けたがるグラハムにデドルはにやけた目を見せる。


「ふん。見た目だけだ。腹の底では何を考えているか……」


 お互い二人だけの時は言葉も砕けたものだ。そして、他では言えないような思っている事を口にしていた。


「それに、俺が言っているのはそう言う意味じゃない。外を自由に見てまわりたいんだ」


「なあ、グラハム。お前、自分の立場分かっているのか?」


 呆れた目でデドルが親友の顔を眺める。


「分かってるさ。だからこそ、お前に相談しているんじゃないか」


「相談?」


 今まで相談を受けているという自覚がまったく無かったデドルが首を傾げる。たまに出てくるグラハムの他愛ない愚痴程度と思っていた。


「こっそり屋敷を抜け出したい」


 一度周囲を見回して誰も近くに居ない事を確認してから、グラハムは小さな声で言った。


「無理だ。親父にバレたら俺が叱られる。そもそもどうやって抜け出すつもりだ?」


 デドルがそう言うのも無理はない。国の中枢にいる立場のサンバルト家の屋敷。当然その警備も厳重である。もちろん外からの侵入に備えての警備だが、それを掻い潜って外に出るというのは無理な話だった。


「そう。それで、だ」


 ニヤリとグラハムが笑う。その笑顔に嫌な予感しか感じないデドルだ。


「あそこだ」


 グラハムがそうやって目線をやったのは庭の片隅にある小さな小屋。元々は庭の整備の為の道具類がしまってあった小屋である。しかし、ここ最近は使われていないはずである。


「あの小屋がどうした?」


 何かとんでもない事を言いだすのではと、嫌な予感に包まれながらデドルは聞き返した。


「あの小屋は、屋敷の塀のすぐ間際にある。あそこの壁を破って出入りするんだ」


 目を輝かせて話すグラハムにデドルは呆れのため息を返す。


「すぐバレる。俺はやらねえよ」


「そんな事言うなよ。な、手伝ってくれよ。頼むよ」


 そっぽを向くデドルの肩を揺すって、グラハムが懇願している。


「あのよ、表に行ってどうする? ただお気楽に街を散歩したいだけか?」


 デドルは、面倒臭そうにグラハムの手を払い顔を顰めた。


「違う。そんな気楽な気持ちではない」


 少しむっとしてグラハムが首を大きく横に振る。


「じゃあ、何だ?」


「疑問に思ったんだ。特に社交の場に出るようになって思った。皆、民の事を考えているようには思えないんだ。自分たちが楽しむ事を最優先しているというか、栄華を極める事が目的になっているような……」


 グラハムは社交の場に出るようになってから、他の貴族と触れ合うようになってから感じていた事だ。自らの家庭教師には将来サンバルト家を継いだ時の為に領主としての心構え、王を支える臣下としての勤めを習っていた。しかし、実際のその目にする貴族たちからは、教えられた内容とかけ離れている気がしてならなかったのだ。


「だから、平民の暮らしをこの目で見たい。もし、貴族だけが贅を楽しみ、平民が苦しんでいるのなら……」


 グラハムはそこで言葉を止める。


「どうしたいんだ?」


「……この手で変えれるものなら変えたい」


 真っすぐにデドルの目を見つめるグラハムである。


「……しょうがねえな。分かったよ。協力するよ」


 ため息を一つ吐いて、デドルが頷く。


「本当か! デドルなら乗ってくれると思ったよ」


「ふん。都合のいい言葉だ。でもな、もしバレた時はお前一人で怒られろよ」


 デドルは思わず親友の熱い言葉に戸惑いながらも、悪態をついていた。



 こうして、少年二人の作業が始まった。

 まずは、壁を壊していくのだが、音を立てては屋敷の者に気付かれる。その為、静かに壁を取り外すのだが、それが難しい。ゆっくりと丁寧に一枚一枚小屋の壁の木板を外していくので時間が掛かる。

 それに、サンバルト家の嫡子として忙しいグラハムと師でもある父からの隠密としての手ほどきを受けているデドル。時間を取るのも難しい。

 やっと人が通れるほどの面積の壁の板を外し終わった時は、一ヶ月が経過していた。


「なあ、グラハム。この柱、本当に切っても大丈夫なのか?」


 壁を外した先に出てきたのは小屋を支えている柱である。それを切ろうとしているのだ。


「ああ、大丈夫だ。ほら、これを見てみろよ」


 グラハムが一枚の紙をデドルに渡した。

 どうやら図面のようである。扉の設計図のようだ。


「ほら、こうやって周囲に補強の木材を入れるんだ。だったら、この柱を切っても大丈夫だ」


 どこかで調べてきたのか、グラハムは自慢げに説明していく。


「で、その補強の木材は?」


 ここにそのような木材は無い。


「それも心配ない。今、屋敷の一部を改修しているだろ? そこから分けてもらおうと思っている」


「分けてもらうって、盗むって事だろ?」


「ま、細かい事は言うな。少しくらい無くなっても気づかれないさ」


 そう悪戯な笑みを浮かべたグラハムとやれやれといった感じのデドルである。

 時は夕暮れ時。辺りは暗くなり始めている。今しかチャンスは無いと渋るデドルを連れて、グラハムは改修されている場所へと向かう。

 グラハムの言う通り、木材は山のように積み重なっている。デドルもこれなら何本かなくなってもバレないないかもと安堵した。

  

「さあ、必要な本数は三本。運ぶぞ」


「へいへい」


 これを三本も運ぶのは骨が折れそうだと、肩を落としデドルが頷いた。 

 二人で前後になって、一本づつ木材を小屋まで運んでいく。短めのものを選んだせいもあり、順調に進む。

 ところが、最後の一本を運んでいる最中である。


「若、何をされておられます? デドルも一緒か?」


 突然掛けられた声にデドルとグラハムは体をビクリと震わせ、思わず抱えていた木材を落としそうになる。

 声のした方をゆっくり振り向いた二人が見たのは、眉間に皺を寄せるガイノスである。


「お、おお。ガイノスか」


 平然を装うのに必死なグラハムである。


「ガイノスかではありません。そんなものを抱えてどこに行かれます?」


 ガイノスは、この屋敷を取り仕切っている。三十代の半ばを過ぎたところであるが、将来はサンバルト家を支える人物だと言われているほど優秀である。


「そ、それはだな……。デドル、あれだよな」


「え? あ、ああ、あれだな」


 そして、いつの間にか年若いグラハムとデドルのお目付け役のような存在になっていた。


「あれというのは? 説明して頂けますかな?」


 さらにガイノスの眉間の皺が増えていく。


「あ、あれだ。実はな、最近どこかの夜会で知ったのだが、木彫りの像を作るのが流行っているそうだ。それを俺もしたいと思ってな。そうだ。ガイノスにも作ってやろう」


 デドルが諦め顔で俯く。それくらいグラハムの言い訳は苦しいものだった。


「ほう。そんな流行りがあるのですか。初耳ですな」


 明らかに信じていないガイノスの目をしていた。


「……分かりました。しかし、それは屋敷を改修する為の資材では? 断りも無く持ち出すとは、いくらこの家の跡継ぎとはいえ許される事ではありませんぞ」


 そして、事あるごとにガイノスは二人を説教をする。

 ほら、見た事か、とばかりに恨めしそうにグラハムを睨むデドルだった。



 柱を切り取り周囲を補強し、その外にある壁の板をまたもや外していく。そうして、作業を始めてから三ヶ月が経った時についに外へ通じる事が出来た。取り外した木板を再利用して拙いながらも扉も取り付けている。


「うん。苦労した甲斐があったな」


「で、外に行くのか?」


 隣で満足そうに頷くグラハムを見て、デドルは尋ねた。


「もちろん。でなければ、今日までの苦労が報われないじゃないか」


「でもよ、その恰好は目立つぞ」


 グラハムは公爵家の御曹司。当然着ている服は上質で豪華なもの。とても、平民の暮らす街に溶け込める姿ではない。


「そ、そうだな……」


 二人はうーんと考え込む。デドルの服を貸そうにも、体の大きいグラハムに入る服は無い。

 こっそりと外に出られる出入り口を作る事にばかりに夢中だった二人はその先をよく考えていなかった。


「ん?」


 悩むデドルの目に小屋の片隅に落ちている袋が目に入る。


「こんなもの落ちてたかな」


 疑問に思って拾いあげて袋の中を覗き込む。


「おい、これ……」


 デドルが袋の中身を取り出す。

 地味な服である。特別上質でもなく、平民が着るようなどこにでもあるようなもんである。


「貸してくれ」


 グラハムがそれを受け取り、体に当ててみる。


「これなら着れそうだ」


 その言葉通り、着ても違和感の無い大きさだった。


「でも、こんなもの落ちてたか?」


「さあ。まあ、いいじゃないか。きっと、以前この小屋を使っていた者が置き忘れたんじゃないのか」


 デドルの疑問を、問題が片付いたグラハムは気に止めない。気持ちがすでに外に向かっていた。


「さあ、デドル。行くぞ。そうだ。ここの名前を決めよう」


「名前? そんな必要あるのか?」


 冷めた目でデドルは返す。


「これは秘密の裏門だ」


 そんなデドルをきにする様子もなく、グラハムは『秘密の裏門』を指差した。


「じゃあ、行くぞ!」


「へいへい」


 素人が作った事が丸わかりのガタガタとした音を立てながら扉は開いていた。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 扉にデドルの手がそっと触れる。


「これ、お父様とデドルが作ったんだ……」


 いや、門番をしているくらいだから、デドルは分かるがお父様は意外だった。

 ガイノスがやんちゃと言っていたのも頷ける。今のお父様からは想像出来ないけれど。


「今思えば、ガイノスのじいさんはあっしらが何をしていか知っていたんでしょうな。いや、それだけじゃない。きっと街へもこっそりついてきてたんでしょうな」


 そう苦笑するデドル。

 十分考えられるわね。都合良く落ちていた服ももしかしたら、ガイノスが用意してくれたのかもしれない。


「だから、デドルもこっそり私を見守るのが美学なの?」


「意識した事はありやせんがね」


 私の問いに少し不本意そうな顔になるデドルである。

 案外、そんなガイノスに憧れたのかしらね。人って子供の頃に憧れたものに成りたがるからなぁ。


「で、お父様は街で何を為さっていたの?」


 まさか、世直しじゃないよね。何か、熱い想いを抱いていたみたいだし。


「ははは。それはお嬢様よりは遥かに大人しいもんです。街を見て回ったくらいでしょうかね」


 デドルが声を大きくして笑う。 


「ですが、それがいい経験になったのは間違いないでしょうな」


 再び懐かしそうに目を細める。

 もしかしたら、ガイノスはそんなお父様を見てきたから私の世直しの事も理解してくれたのかもしれないな。


「しかし……」


 じっと聞いていたアシリカが難しい顔をしている。


「血は争えないものですね。親子揃ってこっそり屋敷を抜け出すなんて……」


「まったくデス。周りは振り回されマス」


 ソージュも何度も頷いている。 


「本当に、よく似た親子ですなぁ……」


 何故に三人で疲れ切った顔をこちらに向ける?


「う、うう。何でお父様の分まで文句いわれなきゃならないのよ!」


 そう言いながらもお父様と似ていると言われて、ちょっと嬉しい私だった。


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