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戦うお嬢様!  作者: 和音
124/184

124 まさかの属性?

 コーエン屋。それがステラさんの実家である。王都でも一、二を争うくらい古くから紡績業を営んでいるそうだ。

 そこの大女将さんとも言えるのが、ステラさんの祖母でもあるマーシャさん。彼女は元々貴族の出身で、子爵家の娘だったらしい。旦那さんは早くに亡くしたそうだが、その出自と面倒見のいい性格から今では紡績業を営む人たちの顔役としても活躍しているようだ。


「ふーん。そうなんだ」


 屋敷に戻り、デドルの小屋である。

 私がパーティーに追われていた間に調べていてくれたことを話してくれている。

 元貴族なのか。だったら、ガイノスとまったく接点が無いとも言い切れないな。


「でも、貴族の娘に生まれながら平民へと嫁ぐなんて、きっと大恋愛だったのかもしれないわね」


 お母様が聞いたら、目を輝かせるような話に違いない。


「いやいや、違いやすよ。端的に言うと利害の一致の結果、でしょうか」


 そんないい話じゃないとばかりに、苦笑するデドルである。


「利害の一致?」


 よく分からないな。


「高位の貴族は別ですが、中堅以下、中でも所領を持たない、持っていても小さな村一つって貴族も多くいやす」


 それは私も知っている。そんな貴族の人たちは官吏などになっているはずだ。


「そんな貴族の中には、家計の苦しい家も少なくありやせん。貴族の体面を保つ為にもそれなりには金が要りやすから」


 まあ、そうよね。貴族なんて見栄を張ってナンボの所があるもんね。


「そんな貴族は平民と言っても金のある商人なんかと結婚する場合がありやす」


 なるほど。利害の一致とはそういう事か。貴族の側からは結納金やその後の資金の援助。商家の側からしたら、貴族の縁戚という信用の向上や栄誉に繋がるというわけか。


「だったら、ステラさんの祖母のマーシャさんも?」


「へい、おそらくは。今もご実家の子爵家はありやすが、資金的に苦しい家の一つですな。今の当主は王宮で働いているようですがね」


 うーん。複雑だね。貴族の家といっても千差万別か。


「じゃあ、ガイノスはそのマーシャさんのご実家である子爵家の事で相談をされたんじゃ……」


 ゴタゴタってのは、実家の子爵家の事かな。あり得ない話じゃないよね。どんな関係だったかは分からないが、旧知のガイノスは、サンバルト家の執事。そんな彼に実家の子爵家の事を相談してもおかしくはないと思う。


「いや、違うと思いやすよ」


 デドルは首を横に振る。

 マーシャさんがコーエン屋に嫁いでから随分と月日が経ち、実家も代替わりして今では、甥が当主となっているそうだ。今ではほとんど付き合いも無いらしい。


「それも、ステラさんの祖父が早くに亡くなった時、コーエン屋が一時傾いたからだそうでしてな。もう三十年近く付き合いは無いようです」


 金を無心出来なくなって疎遠にか。世知辛いというか冷たいもんだ。


「それを立て直したステラさんのおばあ様はすごい方なのですね」


 アシリカが感心したように頷いている。

 そうよね。今では業界の顔役。相当やり手なのね。どんな人なのか、一度会ってみたいものだ。


「じゃあ、ゴタゴタってのは何?」


 それが肝心である。それにガイノスが巻き込まれているみたいだからね。


「へい。王太后様への献上品は、事前にチェックされるのですが何度もダメだしを受けているという噂を耳にしやしてね……」


「ダメ出し?」


 素人から見ても、あんなに綺麗なのに? それとも、玄人から見たら何か悪い所があるのだろうか。  

 それにしても、この時期で何度もダメ出しってマズイんじゃないの? グスマンさんも最後の追い込みの段階なのにさ。間に合うのかな。


「今回の献上品のチェックを任されているのは、バレット子爵家」


 ごめん、デドル。知らない。やっぱりお母様の言う通り、もう少し社交の場に出た方がいいのかもしれないな。


「マーシャさんのご実家です」


 マーシャさんの実家? うーん。これはどう取るべきか。


「何かしらの理由で嫌がらせをされれているという事ですか?」


 アシリカが尋ねる。彼女は父親のパンを褒められたからか、ステラさんを困らせる側が悪いと考えているようだ。

 まあ、分からないでもない。金の切れ目が縁の切れ目とばかりに手の平返しするような家だからね。


「デモ、本当に何か問題があるのなら、職務を全うしているとも言えマス」


 ソージュの意見にも納得出来る。確かに、事前にチェックして何か問題があるのならば、きっちり仕事しているって事になるもんね。

 公平に見たら、そう考えてもおかしくはない。


「申し訳ありやせん。今のところはそれ以上は……」


 どっちなの、と見る私に頭をデドルが下げる。


「と、言うのもコーエン屋でこの話題は上がっていないようなのです」


 え? おかしくない? 献上品がダメ出しされた、間に合わないかもしれないなんて大事じゃないの?

 そうか。だから、ステラさんが特に問題を抱えているように見えなかったのか。納品の帰りに買い食いをしていたくらいだもんね。


「どちらにしても、その件にガイノスが関わっているという事かしらね……」


「断言出来やせんが、おそらくは……」


 デドルにしては珍しく自信の無さそうな返事だ。それくらいこの件を知っている人が少ないという事だろう。  


「何だか、益々分からなくなってきちゃったな」


 あの優秀なガイノスの事だから、私なんかが心配する事じゃないかもしれない。

 それでも、どこか胸の奥の不安な気持ちが消えなかった。




 翌日は夜会。お母様からの怒涛のパーティー攻撃のせいである。

 という訳で、夜会へと向かう道中。少し早めに屋敷を出た私を乗せた馬車は、目的地の夜会の会場であるどこかの伯爵家の屋敷ではなく、別の場所へと向かっていた。

 ガイノスの滞在しているステラさんの所だ。

 やはり、どうしてもガイノスの事が気になる私は、一度ガイノスに会いにいく事にしたのだ。

 会って、何か変わるかと聞かれても困るけどさ。

 これは独断で勝手にしている行動ではない。お母様の許可を得ている。

 エリックお兄様とメリッサさんの間に子供が出来た事はガイノスに伝える役目を申し出たのだ。お父様、お母様は、ガイノスにメリッサさんの懐妊を伝えるべきか悩んでいた。変に気を使わせて、休暇を切り上げるのではないかと考えたようだ。一月経ち、別に帰ってきてからでもという思いもあったみたいんだ。

 そこで、夏休みに入った私がガイノスの顔を見たいという名目で、彼に会いに行き、さりげなくメリッサさんの事を伝える役目を買って出たのだ。

 普段、寄り道など許すはずの無いお母様が即答で許した事を見ると、どこかで早く帰ってきて欲しいのだろうな。やっぱりガイノスの抜けた穴は大きいみたいだ。

 だが、お父様もお母様も早く帰ってきてとは言いづらいのだろうね。ご自分らで大判振る舞いで一ヶ月の休暇を与えたものだからね。


「ここからほど近い所がコーエン屋ですな」


 平民街の中心地から少し離れた場所。グスマンさんのいる工房街と違い、比較的大きな工房が並んでいる。いや、工房というより工場と言った方がいいかな。

 夜会に備えてドレスを着こんでいる私に代わり、デドルにガイノスを呼びに行ってもらう。さすがにこの恰好じゃ目立つからね。


「お嬢様?」


 しばらく待った後、デドルに連れて来られたガイノスが馬車で待つ私の顔を見て眉間に皺を寄せる。


「このような場所で何をなさっておられますか?」


 険しい顔でガイノスも馬車に乗り込み、私の対面に腰掛ける。


「それと、です。学院での試験の結果を拝見しました。旦那様と奥様は平均点以上だと喜んでおりましたが、私にはどうかと。サンバルト公爵家は貴族の中の貴族。そのサンバルト家のご令嬢の成績としてはいかがなものかと思います。貴族の中の貴族として、模範となるような成績とは言えませんからな。それと、学院での生活に関してですが――」


 久々の再会なのに、説教が始まる。


「学院から帰ってきたらガイノスが居なくてさ……。だから、会いにきたのよ」


 このまま説教で終わりそうな雰囲気を止めるべく、ガイノスの話を遮る。

 そんな私の言葉にさっきまでのいつもの説教がピタリと止まる。


「私に……会いにですと?」


 眉間の皺が数本だが減ったな。


「ええ。久々に帰ってきたのに、居なかったからさ」


 普段ガイノスは説教する時、片時も私から視線を離さない。それが、さっと目を逸らす。

 ガイノス? どうしたのかしらね。


「……そ、そうでございますか」


 ガイノスは眉間の皺はそのままだが、ほんの少しだけ口元が緩んでいる。他の人なら気づかないと思うけど、何度も何度もガイノスから説教されてきた私には、分かる。

 まさかガイノスってツンデレ? 今、デレているのか? ぜんっぜん、萌えないけど、ツンデレだったのか?


「えっと、ガイノス。あとね、お母様からの伝言だけど、メリッサ姉様がご懐妊されたわよ。もう屋敷は大騒ぎよ」


 思ってもいなかったガイノスの意外な属性に戸惑いを感じつつも、メリッサさんの事を伝える。


「何と! 待ち望んでいたお子が!」


 すっかり説教モードの表情は無くなり、ガイノスが感嘆の声を上げる。


「これでサンバルト家も益々安泰にございますな」


 さっきまで説教を始めかけていた事を忘れたかのように、感慨深そうに目を細めている。 


「ならば、私も早めに帰らなければなりませんなぁ」


 そう言いつつもガイノスは複雑そうな表情となっている。


「ガイノス。帰っても大丈夫なの?」


 ガイノスが何かに巻き込まれているか、困っているか聞けるチャンスだ。


「もしかしてだけど、何かあった?」


 私の質問にガイノスは、意外そうな顔になり私を見る。

 

「何故そのように思われます?」


「ガイノスが突然休暇を取るなんて、珍しいからさ」


 ガイノスは黙り込む。じっと、私を見つめたままだ。だが、その目は説教の時とは違う。


「……お嬢様が気になさる事ではございません。お嬢様は、ご自分が幸せになられる事を考えておられればよろしいのです。それに……」


 初めてじゃないかな。その後、ほんの少しだがガイノスの顔に笑みが浮かぶ。


「深い意味はありません。少し休みたいと思っただけにございます。ご心配おかけしたのだったなら、申し訳ございませんでした」


 そう言って、頭を下げるガイノス。

 何が何でも言わないつもりか。間違いなく、コーエン屋の王太妃様への献上品の事が背後にあるはずだけど。

 あくまでも私に、いや、お父様やサンバルト家の耳には入れないというつもりなのか。

 ここは、敢えて彼の気持ちを汲んで黙っているべきか、それとも力になると申し出るべきか悩むところだ。


「火事だっ!」


 頭を下げ続けるガイノスをどうしようかと思案しながら眺めている時、馬車の外から叫び声が聞こえる。


「コーエン屋の方から火の手が上がっておりやす!」


 叫び声とほぼ同時に馬車の扉を開けてデドルが伝えてくる。


「何だと!?」


 私より早くガイノスが勢いよく立ち上がる。慌てて馬車から降りると、少し先に大きな炎が上がっているのが見える。


「工場かっ!」


 ガイノスが叫ぶ。


「すぐに消さないと!」


「お嬢様!」


 駆け出そうとする私を鋭くガイノスが止める。


「お嬢様は、すぐにこの場から離れられませ!」


「どうして? 火を消さないと! 私たちも手伝うわよ」


 目の前で火災が起きているのに、放っておく訳にはいかない。


「なりません。アシリカ、ソージュ。お嬢様を馬車の中に。デドル、すぐに馬車を出してこの場を立ち去れ」


 ガイノスは矢継ぎ早に指示を出していく。


「何でよ? 放っておける訳ないでしょ! アシリカ、ソージュ、行くわよ!」


 相反する私とガイノスの指示に、どうしていいものかとアシリカとソージュは戸惑いの表情を浮かべている。


「一時の思いだけで軽々に行動なされますな! 上に立つ者としてもっと深く考えられませ」


 ガイノスが私の両肩を掴んで、動きを止められる。


「サンバルト家のご令嬢にして王太子殿下のご婚約者であるお嬢様が如何なる理由があれ、このような平民街にいたとあれば、口さがなくいらぬ噂を立てる者もおります」


 それは無くも無い話だけど、今更それくらいの噂なんて気にしない。


「そんな事、関係ないわよっ!」


 尚も言い縋る私から視線を外し、ガイノスはアシリカとソージュの方を見る。


「アシリカ、ソージュ。以前にも言った事があるだろう。主に追従するばかりではいい侍女とは言えん。主の間違いも正すのも立派な侍女の務めだ。主を危険な場所に近づけ、要らぬ誤解を招く行動は取らしてはならん」


 もっと危険な目にも何度も遭っているから問題ないわよ。


「さっ、早く!」


 ガイノスが私を無理やり馬車へと押し込む。

 アシリカたちも私のこれ以上の不評はダメだと判断したのか、ガイノスに手を貸し、馬車へと私を乗せる。


「ちょっと、アシリカ! 離しなさい! ソージュも!」


「申し訳ございません!」


 アシリカが詫びながらも、私を馬車の椅子へと座らせる。それでも、立ち上がろうとする私の肩をソージュと一緒に掴む。


「お嬢様を頼んだぞ!」


 そう叫ぶと、ガイノスは七十を超えた年齢とは思えない走りで炎の勢いが増しているコーエン屋へと駆けていった。

 それと同時に馬車が動き出す。


「止めなさい!」


 私の声が空しく、車輪の音でかき消されていった。 


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