123 献上品
屋敷に帰り、メリッサさんに手紙を手芸店のおばさんへと無事届けた事を伝えた後、部屋に戻りアシリカ、ソージュと膝を付き合わせていた。
「本当に内緒にしていてくれるかな」
目下最大の課題にして、心配事である。
私たちのお願いに苦笑しながらも、ステラさんは了承してくれた。しかも、深く理由を聞かずに約束してくれたのだ。
最後にあまりサボってばかりいちゃダメですよ、と優しい笑顔で言っていたので私たちが仕事中に遊びにきていたとでも思っているのだろうな。
「ステラさんを信用しましょう」
さすがのアシリカもガイノスに街へのお忍びがバレた時の事を考えてか身震いしている。
「何かの拍子にポロっと口を零さない事を祈りマス」
縁起でも無い事言わないでよ、ソージュ。
ガイノスに街に勝手に行っていたなんかバレたら、どうなるか。一日かけての説教コースになるに違いない。想像しただけで、ゾッとする。
世直しの事までは分からないだろうが、確実に屋敷から出にくくなるはずだ。それだけじゃない。下手したら、学院での生活にまで事細かに口を出されそうだ。
「し、しばらくは大人しくしてましょう」
アシリカが纏める。
「そうね。それがいいかも」
あの手芸店にも迂闊に行けなくなっちゃったな。
「それにしても、あのガイノスが古くからの知り合いとはいえ、休みを取ってまで何しに行っているのかしらね」
ガイノスは突然休暇を取りたいと申し出たとお母様が言っていた。そんなに急ぎの用があったのだろうか。
ステラさんからは、そんな何か切羽詰まった雰囲気を感じなかったけどな。ちょっと遊びに来ている、というノリだったよね。
「さあ? それは分かりませんが、あのガイノスさんの友人とはどんな方なのでしょうね」
アシリカだけでなく、サンバルト家で働く使用人たちにとってガイノスは有能で公正な人だが、己にも他人にも厳しく、ただただ主家と仕事に人生を捧げているといった感じなのだろうからなぁ。そしてある意味、プライベートが謎な人でもある。その友人がどんな人なのか興味があるのは当然と言えば当然だ。
「もしかして、恋人だった、とか?」
ステラさんもなかなかの美人さんだった。その祖母なら、きっと若い頃は美人だったに違いない。
「まさか!?」
信じられないといったアシリカの表情である。
まあ、今のガイノスからなら信じられないかもしれないけど、若い時なら考えられない事もないんじゃないの?
「……興味湧かない?」
きっと今の私は悪戯っ子の顔をしているはずだ。
私たちの知らないガイノスの様子を見てみたい。
「それは否定しきれませんが……」
言いにくそうなアシリカ。
「ですが、さっきも申し上げたばかりではありませんか。しばらくは大人しくしていましょうと……」
私が街まで様子を見に行こうとしているのにすぐに気づいたようだ。
「それに、あまりに危険ですよ」
それもそうよね。わざわざ危険地帯に飛び込むみたいなもんだよね。
うーん、と唸り考え込む。
普段屋敷にいるのが当たり前のガイノスの謎に包まれたその私生活。あまりに彼への印象の違う私たちとステラさん。そして、突然の休暇。
「気になるわね……」
その意見には、アシリカもソージュも同意のようだ。
しかし、あまりに高いリスクに諦めざるを得なかった。
ガイノスの事が気になりつつも、屋敷に帰ってきてのんびりと過ごせたのも帰ってきた当日とその次の日だけ。立て続けにパーティーへの出席の予定が勝手に入れられていた。
学生の身なので、どうしても長期休暇の間でしか社交の場には出られない。コウド学院に通っている者は、皆夏休みや冬休みの間はパーティーなどの社交の場に顔を出すのに精を出すのが普通らしい。
特に旅に出ていたりで、パーティーの類に出ない私を気にしたお母様が無理やり出席を伝えていたようだ。いい迷惑である。パーティーはやはり苦手だ。どこが楽しいのが未だに理解できないよ。
そして、今日は王太后様にも誘われ王宮へ久々にお呼ばれしていた。
「私の誕生日のパーティー、また来てくださいね」
私からの学院での生活をニコニコと聞いてくれた後、相変わらず優しい笑みを浮かべている王太后様からのお誘いである。
もちろん、学院での生活は完全な嘘ではないが、当たり障りの無い内容である。まさか、世直しの事を喜々として話せないもんね。
「はい、喜んで!」
パーティーは好きじゃないけど、王太后様から誘われたら、また別だ。お世話になっているし、素敵な方だからね。
「それと……」
王太后様が声を小さくし周りに人がいない事を確認してから、私に顔を寄せてくる。
「これを、弟に届けてもらえませんか?」
取り出されたのは一通の手紙。
「はい。もちろんです」
グスマンさんへの手紙か。今日の帰りにでも届けないとね。
手紙を受け取り、頷き返す。
もうしばらく歓談した後、帰りの時間となる。
「レオ、ナタリアが帰りますよ」
王太后様が庭の隅で剣を振り続けているレオに視線を向ける。
「ああ、またな!」
今日も剣術の立ち合いで私に叩きのめされたレオは素振りを止める気配はない。
「まったく、あの子は……」
素っ気ないレオの態度に、眉を顰めて溜息を吐く王太后様である。
「いいえ。学院では右も左も分からない私によくしてくださるのです。ああ見えてお優しい方にございます」
一応フォローしておくか。王太后様を心配させてもいけないからね。レオ、貸しだからね。
「ですが……」
「人の見せる優しさとは、見た目だけではございませんわ。人それぞれ表し方が違うものにございます」
そうよね。レオもああ見えて優しい時もたまにだけどあるからね。
そこ、アシリカ、ソージュ。何微笑ましい顔で私を見ているのよ? あくまで、たまにだからね。それに、これは王太后様を安心させる為だよ?
「そうですか……」
私の言葉にほっとした表情を浮かべてながらも、どこか納得のいかなさそうな王太妃様だったが、それ以上は口を噤まれた。
「では、お手紙をお届けしておきます」
「よろしくお願いしますね」
私は一礼して、王太后様の元を辞した。
グスマンさんへの手紙を届けた後である。
姉からの手紙を受け取ったグスマンさんは、仕事で忙しかったようだ。何でも、王太后様の誕生日を祝い、献上の品を製作しているらしい。
王族の誕生日などお祝い事がある度に王都の職人たちは、それぞれの分野の品を献上するそうだ。献上だからお金は貰えないのだが、それ以上に職人や工房にとって名誉な事としてその後の仕事が増え、名声も上がるらしい。もちろん、誰でもが献上出来る訳ではない。その分野から選ばれた者だけである。
王太后様の手紙は、そんな弟であるグスマンさんへの労いの手紙だった。
納品の期限が迫り、最後の追い込み中だったグスマンさんにとっていい励ましになったみたいだ。やる気を漲らせていたな。
そんなグスマンさんの邪魔をしても悪いと思い、早めにお暇をしたのだがその分時間が早い。
いや、真っすぐ屋敷に帰ってもいいのだが、それも勿体ないような気がする。わざわざドレスから着替えて平民の姿になったのだから、少し街を楽しみたい。
「うーん、どこに行こうかしらね」
特に用が無いのなら屋敷に帰ればいいのに、という目のアシリカを無視して行く当てもなく街を歩いていく。
「あら? あなたたちは……」
工房街の狭い路地を抜けデドルの待つ馬車へと向かっている私の背後から聞こえてきた声。振り返ると、ステラさんだ。
「あっ、ステラさん?」
「こんにちわ。タリアさんでしたよね」
この前見た時と同じように明るい笑顔で、この前名乗った偽名で私を呼ぶ。
「また、サボっているのですか? ダメですよ」
くすくすと笑いながらのステラさんである。
「い、いえ。今日は工房街にちょっとお使いに出てまして……」
お願いだから、ガイノスの耳には入れないで。
「ふふ。冗談ですよ。実は、私はちょっとサボり中ですから」
そう言って、ステラさんは袋を見せる。袋の中には、出来立てのパンが入っている。お得意先に糸を納品した後、街をぶらついていたらしい。
「はい、どうぞ。口止め料です」
ウインクしながら、私たちにパンをくれる。
「これってまさか、タイタスのパン屋のものでは?」
パンを一口食べたアシリカが目を輝かせている。
「ええ、そうですよ。私、そこのパンが大好きで……」
「そこ、私の父の店なんです!」
嬉しそうなアシリカである。
アシリカのお父さんのパン屋さんか。
どれ、私も一口。うん、美味しい。ふんわりしてて、優しい味だ。
アシリカとステラさんは、パンの話題ですっかり盛り上がっている。
「羨ましいです。こんなパンを毎日食べられて」
「小さい頃は、よその店のパンも食べてみたいってごねた事もありましたけどね」
苦笑するアシリカである。
アシリカがごねる? 今の彼女からは考えられないね。
「でも、ステラさんの所の糸も素敵ですよね」
この前手芸店で見た綺麗な糸を思い出す。
「でも、糸は食べらませんからね」
茶目っ気たっぷりにステラさんが、私に微笑む。
そこから、色々とステラさんの家の事を話してくれた。
ステラさんの家は何代も前から糸作り、つまり紡績業を営んでいる。自宅の隣に工場があり、彼女自身もその家業の手伝いをしている。
紡績業をする者の中では、有名な家らしく今度の王太后様への献上の品も納める事になっているそうだ。
「すごいですね」
あれだけ綺麗な糸だものね。きっと、王太后様も喜ぶよ。
「それも、ステラさんの所で作ったものですか?」
ステラさんの髪を纏めている紐。色とりどりの糸を組み上げて平たい一本の紐になっている。
「はい。これは先代、つまり私から見た祖父が作った糸から作ったものなんです。それを最近組み紐として編んだのです」
へー。素敵ね。編んだのは最近だとしても、祖父が作ったって割にはまったく古さを感じないな。
「どうです? 今度、工場見学に来ますか?」
糸作りに興味を示す私にステラさんが尋ねてくる。
「いいのですか! いや、でも今ガイノス……さんがいるのよね」
鉢合わせたらと考えるだけで、ぞっとする。
「ちゃんとお休みの日なら問題ないのでは?」
ステラさんの言う通り。確かにそれはその通りだけどさ。もっと、別の事情があるからね。話せば長くややこしい事情がね。そして、それは絶対ガイノスの耳に入れる訳にはいかない話でもある。
「ガイノスさんって、お仕事場ではそんなに厳しいのですか?」
黙り込む私たちの様子に、ステラさんは信じられないといった顔となる。
「それは、もう……」
こっちも、そのステラさんを信じられないといった顔である。
でも、ちょうどいい機会だ。何かガイノスの事を聞けるかもしれない。
「あの、ガイノスさんは何故ステラさんの所へ?」
「特に何があるって訳ではないと思いますけど。でも、今までは来ても長くても半日もいなかったので、泊まりにはびっくりしましたけど」
ステラさんは首を傾げる。だが、どこかガイノスがゆっくり滞在している事に嬉しそうな顔である。
だろうね。まともに休暇を取らないガイノスだからね。
特別な事情があるようにも思えないなぁ。ガイノスの気まぐれだろうか。いや、あのガイノスが気まぐれで休暇を申し出るような性格じゃない。うーん、まったく分からないや。
「あっ。そろそろ帰らないと」
ステラさんが傾いてきた太陽を見て言った。
「また、いろいろお話聞かせてくださいね」
私もそろそろ帰らないとね。すっかりステラさんと長話しちゃったな。
「ここで会った事、内緒にしておきますからね」
最後に、またウインクを残してステラさんは去っていった。
私たちも馬車へと戻る。
随分とデドルを待たしてしまって、申し訳ないな。
「ごめんね。遅くなっちゃって」
「いやあ。それより、さっきのはステラさんですかい?」
ああ、そうか。どっかからこっそり見守っていてくれていたのか。
ちなみに、影からいつも見守るなら、一緒にいればいいのにと、一度言った事がある。しかし、隠れての見守るのが彼の美学らしい。その辺は、人それぞれだと思うので、それ以上何も言わなかったが……。
「ええ、それが?」
「いえね、実はあっしもいろいろガイノスのじいさんの事が気になりやしてね」
デドルもガイノスとは長い付き合いみたいだし、彼の今までにない行動が気になっていたのね。何だかんだ言いながらもガイノスの事、信頼してそうだもんね。
「どうも、王太后様への献上の品に関して、ちょっとゴタゴタしているようで」
「ゴタゴタ?」
何やらよくない状況みたいね。
「へい。詳しく調べた訳ではありやせんので、不確かな部分も多いのですが」
歯切れの悪いデドルである。
「ですが、そのゴタゴタにガイノスのじいさんが巻き込まれた……」
一息入れるデドル。
「もしくは、自分から首を突っ込んだのか。ああ見えて情に厚い所がありやすから」
「ガイノス……」
不意に説教をするガイノスの顔が頭に浮かぶ。
しかし、何故かその顔を見たいと思う私だった。
読んで頂きありがとうございます。
レビューを頂きました。この場を借りてお礼をさせて頂きます。
ありがとうございました。
実はレビューを頂いた日が誕生日でしたので、とても嬉しいプレゼントとなりました。
レビューに恥じないように少しでもいいものを書いていこうと思いますので、今後ともよろしくお願い致します。
本当にありがとうございました。