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戦うお嬢様!  作者: 和音
116/184

116 懲り懲りです

 重厚なレンガ造りからは歴史の古さを感じる。内装も落ち着いた雰囲気で、読書好きには、願ってもない環境だろう。

 王宮図書館である。

 私とレオは、デドルの手配した搬入物に紛れて王宮へと入った。デドルがこっそり使うルートは私とレオの足では険し過ぎるそうだ。それはそれでどんなルートか気になるな。


「この俺がこのように王宮に入るとはな……」


 搬入物の入った箱から出てきて、レオの第一声である。

 王宮へと入った後は、その別ルートで入ったデドルの案内で王宮図書館へと忍び込んでいた。入り口の裏手から、窓の鍵をデドルが外しての侵入である。


「いつも、こんな事をしているのか……?」


 これが、図書館の窓から入り込んだ後のレオの呟きである。その顔はすでに疲れ切っている。主に精神的な疲れだろうけど。

 帰りの手配をしてくると私たちを残してデドルは去っていく。


「さあ、レオ様。禁書の棚はどこにございますか?」


 さすが王宮図書館。コウド学院に引けを取らない規模である。こんな場所、私一人だったら、絶対迷子になる。

 だが、中に人の気配はない。静まり返っている。


「誰もいませんの?」


「ああ。図書館と言っても利用する者などほとんどおらん」


 レオによると、ほとんど収蔵する事が目的となっているそうだ。中に入るだけで申請が必要だから、面倒とも思うのだろうな。よっぽど、ここにしかない本を目的としない限り、使う人がいないらしい。


「こっちだ」


 レオが私を先導する。

 少し歩いていくと、重そうな扉が見えてきた。


「あそこだ」


 でも、鍵とか掛かってないのかしら? いや、冷静に考えなくてもあの扉の向こうには禁書があるのだ。鍵があるはずだ。


「あ、あの、鍵とかは?」


「禁書だぞ。厳重に鍵が掛かっているに決まっているだろう」


 ですよね。どうしよう。


「ふふ」


 困って考え込む私に、レオが不敵な笑みを浮かべる。 


「こっちだ」


 レオに案内されたのは、禁書がある部屋の隣にある書架である。その書架の一番下の本をすべて取り出す。


「あの、何をされているので?」


「まあ、見てろ」


 本のがすべてなくなった書架の奥にある板に床に這いつくばったレオが手を掛ける。左右に揺さぶったかと思うとその板がパタンと外れた。そこに手を突っ込み、バンという音と共に明かりが差し込んでくる。向こうの部屋の壁も外したようだ。

 

「ここから入れる」


 こんな抜け道みたいなものがあるのか。

 四つん這いで進めば、人ひとりが何とか通れるくらいの穴が出来ている。


「五歳の時、偶然見つけてな」


 自慢げにレオは私を見上げる。

 おお、やるじゃないの。これは大手柄ね。もうちょっと、うっかり感を出して欲しいとも思うけど。でないと、私の立場が無くなってしまうじゃないか。

 早速、レオを先頭にして中へと入っていく。だって、後ろから付いてこられるのは、抵抗のある恰好だからね。 

 抜け道を通り抜けると、またもや書架が並ぶ部屋に出た。


「ここが、さっきの扉の向こう側だ」


「つまり、禁書の棚ですのね」


 見た目はさっきまでと変わらない。書架が並び、本が置かれている。

 王家によって、禁書とされているのはどんな本なのかしらね。純粋に興味が湧いてくるな。

 たまたま目に留まった本を取り出し、ページを捲る。


「……何書いてるの?」


 見た事もない言語である。もちろん読めない。


「ん? ああ、異国の古語だろうな。俺も読めんが。それより、呪術の本はどこだったか……」


 読めない本を見ても仕方ない。他に何か面白そうなものはないかな。

 幼い頃の記憶を頼りに呪術の棚を探しているらしいレオに続きながらも書架を眺めていく。背表紙から、この辺りには、私では読めそうにないものばかりだ。

 

「おかしいな」


 レオが呟く。


「どうしましたの?」


「いや。俺の記憶では、ここにあったはずなんだが……」


 そう言って、レオが指差す書架の棚は、一冊の本も無い。所狭しと並んでいる本がそこだけ抜け落ちている。冊数にして二十冊分ほどだろうか。


「本当にここでしたの?」


 なにせ、五歳の頃の記憶でしょ。

 

「ああ。間違いない」


 自信満々だな。そんなに自分の記憶力を信頼しているのか。


「あの日の記憶は鮮明に覚えているからな……」


 そう語るレオの顔が曇る。

 一体、何があったのだろうか。


「あの日、俺は父上が新たな妃を迎えられると聞いたのだ。それを聞いて、母上を、俺を産んだ母上の事など父上が忘れられたかと思ってな……。それと同時に俺の事なども誰からも忘れられてしまうのかと思ってしまった。いや、それ以上に俺が母上に会いたかったのかもしれん」


 うーん。五歳で父の再婚か。確かに思う所があるだろうな。


「たまたま数日前の魔術の講義で、魔術の成り立ちに関して呪術の話を聞いていてな。俺は思ったんだ……」


 まさか……。


「呪術で母上を生き返らせられるじゃないかとな」


 母親恋しさか。陛下ちちおやの再婚を聞いたことが切っ掛けで、さらに気持ちが大きくなってしまったのだろうな。まだ、五歳の幼さなら仕方ない。


「禁書の棚を探せば何かあるかと、さっきと同じ方法でここに忍び込み、実際にここで、呪術の本を見つけた」


「それで、どうされましたの?」


 まさか、禁断の術に手を染めたとかないよね。


「逃げた」


「逃げた?」


 どういう事?


「確かに呪術の本を見た。だが……」


 レオの表情が暗くなる。 


「その内容に怖くなってしまったのだ。呪いや死、破壊といった言葉が並び、人の命だけじゃなく、世の理すらも書き換えてしまうような呪術に恐怖しか感じなかった」

 

 まあ、五歳の子供からしたら普通そうなるよね。そこに並ぶワードに狂喜乱舞してたら、魔界の王になってるわよね。


「その呪術の本から逃げるように、ここから出た。今でも鮮明に覚えているよ」


 相当怖かったのだろう、その時の事を思い出しているレオの顔が青い。

 でも、その内容、どんなものだったのだろう。幼かったとはいえ、レオが逃げ出すくらいだ。相当、おどろおどろしい内容だったのだろう。

 しかし、その呪術の本がすっかり無くなっている。場所が移された事も考え、念の為、他の書架も探してみるが、呪術に関する本がまったく見当たらない。


「おかしいな。禁書の本はここから持ち出す事を禁じられているのにな」


 レオが首を傾げている。

 これは、誰かが勝手に持ちだしたのか。そう考えるのが一番妥当に思える。

 では、一体誰が? 

 ここに立ち入れるのは限られた人間だけのはずだ。

 私はまだ会った事もない人物が頭をよぎる。

 まさか、未だその正体を掴めていない黒幕か?

 背筋にぞくりと冷たい物が走る。

 黒幕とは、そんな力を持つ者なのか。例え本人がそうでなくても、この王宮図書館に入れる者が仲間内にいるのは確かだ。


「レオ様。禁書の棚には申請をすれば入れるので?」


「ああ。でも、だからと言って持ち出すのは不可能だ。禁書の棚、この部屋に入る場合、確実に他の者が立ち会うからな」


 うーん。ならば、どうやって呪術の本を持ち去ったのだろうか。

 もしかして、私たちと一緒のようにあの抜け道を通ったのだろうか。でも、あれにはなかなか気づかないと思うけどな。でも、可能性はゼロじゃないよね。


「もしかして、あの抜け道を使ったのでは?」


「それも無い。この王宮図書館、常に衛兵が巡回しているからな。絶対に気付かれる」


 王宮の警備体制を自慢するかのようにレオが胸を張る。


「え? じゃあ、今のこの状況も見つかるんじゃないのですか?」


 それ、先に言いなさいよ! こんなとこでそんなうっかりしないでよ!


「た、確かに言われてもみれば……」


 今更慌てても遅いわよ。


「誰かいるのか!」


 レオの言葉が終わると同時に扉が開く。

 そこには、怖い顔した衛兵さんたち。

 うん。やはり遅かったか……。


「まずいっ」


 慌てて逃げようとするが、どこにも逃げ道は無い。

  

「動くな!」


「リ、リアどうする?」


 どうするって言われても……。まさか、ここで暴れる訳にもいかないしさ。それこそ、私たちが悪人になっちゃうよ。

 迷っているうちに、私もレオも衛兵たちに両脇を掴まれる。

 ありゃりゃ。捕まっちゃった。どうなるのよお。


「は、離せっ! 無礼だぞ!」


 レオ、無駄よ。この人たち、絶対私たちの顔なんて知らないはずだもの。それに服装も平民のものだしさ。


「ハチッ! 抵抗はやめなさい。ここは、大人しくしていましょう」


 仕方ない。取り調べを受ける事になるだろうが、そこで身分を明かすしかない。

 ああ。これは、まずい。アシリカ、ソージュの説教だけじゃすまないな。お父様とお母様からの大目玉を覚悟する。あとガイノスもだろうな。

 私の一喝に大人しくなるレオとそのまま連行されていく。

 この国の王太子とその婚約者である公爵家令嬢。あまりにも情けない姿だね。

 そのまま、王宮図書館から連れ出される。

 どこに行くのかな。この辺りは人目が無いからマシだけど、知っている顔には会いたくないな。


「待て!」


 連れていかれる私たちを呼び止める声がする。

 振り返った先には、王弟デール様。

 会っちゃったよ、知っている顔に。


「王弟のデールだ。お前たち、どうしたのだ?」


 デール様と知った衛兵たちは、その場に慌てて跪く。


「はっ。王宮図書館に侵入しておりました怪しい者を捕えました。詰所で尋問をしする為に連行中であります」


 私たちも、衛兵に無理やり跪かされる。

 デール様は私とレオの顔を見て、大きくため息を吐く。


「その者たちは私が招待した者だ。少し目を離した隙に迷子になってしまってね。探していたのだ。そうか。王宮図書館に迷い込んでいたのか」


 おお。これは思いがけない助け船。


「デール様! 申し訳ございません」


 私も話に合わせて頭を下げる。


「い、いや、しかし……」


 衛兵の一人が逡巡している。


「申し訳ない。我が客人が迷惑をかけた」


 デール様が頭を下げる。


「い、いえ。滅相もございません」


 デール様に頭を下げられた衛兵たちは慌てて、自分たちも頭を深く下げる。


「では、その者たちを返してくれるかな。それと、この事は他言無用だよ。ほら、陛下に僕が叱られてしまうからね」


 そうウインクするデール様はかっこよかった。




 そこは、部屋というよりまるでアトリエのようだった。

 画材が所狭しに並び、キャンパスを乗せたイーゼルが置かれている。壁一面に絵が飾られている。

 王宮内の一画にあるデール様の館である。


「まったく……。驚いたよ」


 絵に囲まれたテーブルにお茶を出されているが、項垂れている私とレオは手を付けない。


「これはいくら僕でも注意しない訳にはいかない事だよ」


 おっしゃる通りです。反省しかありません。


「申し訳ございません……」


「済まなかった……」


 ここは素直に謝るしかない。レオと共に謝罪の言葉を口にする。


「僕も経験した事だから分かる部分もある。学院に通うようになって、王宮と比べたら自由になる。それで、少し羽目を外したくなる気持ちも理解出来るけど、勝手に学院を抜け出して王宮に忍び込むなんてやり過ぎだよ」


「はい……」


「ああ……」


 重ね重ね申し訳ないです。


「それに、従者や侍女にも黙って出てきたとは……。彼らや彼女たちも今頃どんなに心配している事か。それは決してしてはならない事だと分かっているね?」


 もう何も言えないね。まさに正論。デール様はまったく正しい。


「まあ、今回は、兄上にも母上にも黙っておくけど、もうこんな事二度としてはいけないよ。約束だからね」


 最後は、いつもの優しい笑みで、私たちを見つめる。


「はい。約束致します」


 もう二度と王宮には忍び込みません。


「分かった」


 レオも懲りたとばかりに頷いている。


「それにしても、一体、何をしていたんだい?」


 私とレオにお茶を勧めながらデール様が尋ねてくる。

 もっともな疑問だよね。でも、そこだけは正直に言えないよね。まさか、呪術に関して調べていましたなんてさ。


「いえ。私が悪いのです。レオ様に幼少の頃の思い出話を伺った時、王宮の図書館の事を教えて頂きました。それで、その図書館にどうしても行きたいとお願いしたのです。レオ様の思い出の場所をどうしても見てみたくて……」


 しおらしく、女の子らしい言い訳を口にする。


「なるほど。恋する乙女だね」


 ニヤニヤしだすデール様である。

 うう。屈辱的だが、この場は仕方ない。


「レオも幸せ者だなぁ。こんな可愛らしい事言われたら男として自慢できるな」


 レオが赤くなっているな。きっと、同じように屈辱を感じているのかしらね。


「これは、兄上に初孫が出来るのもそんな遠い先の話ではないなぁ」


 大きくデール様が笑い声を立てる。


「叔父上!」


「ははっ。照れるな照れるな」


 楽しそうなデール様にそっぽを向いてレオが真っ赤になっている。

 何か、気恥ずかしい空気だね。何か、話を逸らさないと。


「デ、デール様。ここにある絵は全てデール様が描かれましたの?」


 ここは、一番デール様が食いつきそうな話題で。


「おっ。ナタリア嬢は絵に興味があるのかい?」


「ええ。まあ。描く方はまったく才能がありませんが見るのは好きですわ」


 嘘です。見る方もまったくです。

 でも、改めて見るとすごいよね。どの絵も、素人目の私が見ても素晴らしいと思う。


「どれも、綺麗で素敵だと思いますわ。中でも、これが一番好きです」


 一枚の風景画。小川が描かれている。川面に光が反射している様子が実に綺麗だ。周囲の花畑も繊細に写し出されている。


「おっ。それは僕もお気に入りの一枚なんだ。どこかの王子様と違ってナタリア嬢は見る目があるね」


 嬉しそうに声の弾むデール様だ。

 それに、ふてくされた顔をするレオである。 


「でも、風景画が多いのですのね」


 ここにある絵だけだろうか。田園であったり、山河であったり、どれも風景画ばかりである。それ以外には花瓶や果物などの静物画が少しある程度である。


「ははっ。殿下は人物画が苦手なだけですよ」


 デール様の従者のディックさんだ。


「こ、こらっ。ディック。駄目じゃないか。せっかくナタリア嬢が褒めてくれているのに」


 慌てるデール様である。


「それは失礼しました。王太子殿下、ナタリア様。焼き菓子にございます」


 ディックさんは、白々しくデール様に一礼してからテーブルの上に籠を置く。


「そう言えば、叔父上が人を描いているのを見た事がないな」


 出された焼き菓子に早速手を伸ばしながらレオがデール様を見る。


「実は、昔から苦手でね。どうもうまく描けなくてさ。自分でもどうしてだか分からないのだけどもね」


 デール様は苦笑しながら、頭を掻く。


「それより、殿下。そろそろ、王太子殿下とナタリア様を学院にお返ししませんと」


「そうか。それもそうだね。あまり遅くなると騒ぎが大きくなるな」


 う。そうだよね。現実に引き戻された気分だよ。


「じゃあ、僕が送ろう。ディック、馬車の準備をお願いするよ」


「かしこまりました」


 ディックさんが相変わらず優雅に礼をする。


「さ、行くよ」


「は、はい。お手数をお掛けします」


 あ。デドルは何してるのかな。今更どうしようもないけどさ。彼の事だからこの状況に気付いてどっかで見ていそうだけども。笑いを堪えながらね。


「あ、それとね、二人とも覚悟しておくようにね。兄上や母上、それにナタリア嬢のご実家にはしらせないけども、事実を知ったら怒る人はいると思うよ」


 デール様の言葉。

 私の脳裏にアシリカとソージュの顔が浮かぶ。

 うん。確実に怒られるな。簡単に予想出来る。

 学院に戻った私はその予想が外れていた、といより、予想以上だった事に気付くのに時間は掛からなかった。


王弟デールの従者の名前変更しました。

他の人物の名前と被ってしまっていました。

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