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戦うお嬢様!  作者: 和音
113/184

113 穢れた剣

 馬車に揺られながら、レオの事を考える。彼を殿下と呼んだのは、何年ぶりになるのだろうか。

 ふと、自分の事をレオと呼べと言っていた時の様子を思い出す。今と比べると私もレオも幼かったな。その時に懐かしいレオの顔を思い浮かべた後、私に殿下と呼ばれショックを受ける顔と重なる。

 少し、ほんの少しだが、心が痛む……ような気がする。

 うん、よく分からない。

 でも……。ちょっと、頭に血が昇り過ぎたかもしれない。もう少し彼の立場や考えを聞いて、話し合えば良かったかな?

 だが、一度口にした事はどうしようもない。それに、私の信念とは合わない。でも、何だかもやもやとした感情が残っている。図書館で突然レオが怒りだして、立ち去った時と同じように、心の奥底にさざ波が起こっていた。


「お嬢様、間もなく着きやす」


 デドルが御者台から告げる。

 学院の抜け道へと向かう途中で、帰ってきたデドルとばったり出会ったのだ。ギブズの所にフレーデルが向かったと知らせにきてくれていたのだ。


「分かったわ」


 私は気合を入れ直す。

 今は集中しなくちゃ。レオの事は一旦、置いておこう。

 鉄扇をぎゅっと握りしめ、前を真っすぐ見据える。

 馬車が止まり、デドルが目で示す先にあるのが、ギブズの邸宅だろう。ジローザの所と違い、広さもあり貴族の屋敷には及ばないもののそれなりに贅を尽くした邸宅である。


「まずは、様子見ね。こっそり忍び込むわ」


 二人が一緒にいるのも確認したいしね。


「へい。では、こちらから」


 馬車から降りた私は、アシリカとソージュを引き連れデドルの先導でギブズの邸宅に忍び込む。

 思ったほど警備は厳重ではない。誰とも鉢合わせする事なく、庭にある木々の影に私たちは身を潜める。

 庭には池まであって、なかなかいい暮らししている様子が伺える。

 そこから見える一室。椅子に腰掛ける二人の男の姿が見える。その内の一人は騎士団の制服に身を包んでいる。

 あの二人がフレーデルとギブズに間違いない。楽しそうに酒を酌み交わしている。やはり祝杯か。どうやら、今回私の勘は冴えわたっているみたいね。


「うまくいきましたな。これでフレーデル殿は、剣術師範役。ご子息は王太子殿下の一番の従者となられますな」


 小太りの男。下品な笑みを浮かべている。こいつがギブズか。


「まだ先を目指す。俺は爵位を目指す」


 上機嫌で、フレーデルが酒を口元に運んでいる。体格は良く、口髭を生やして威厳を醸し出そうとしているようだが、私には身に纏っている騎士団の制服が穢れて見える。


「お貴族様にですか! そりゃ、楽しみだ」


 大げさに驚いたギブズが、空になったフレーデルの器に酒を注ぐ。


「その為にも金が必要だ。今のご時世、出世も爵位を得るにも金が必要だ。宝剣の贋作はどんどん作れ。本物は、こうして酒にツマミにするがな」


 二人のいるその奥側。一本に剣が飾られている。大小の宝石が埋め込まれ、見事なまでの装飾である。

 フォルクに渡したものは偽物だったのか。


「それはもちろん。がっぽり稼ぐつもりですがね。ですが、貴族になった途端、手の平を返さないでくだせえよ」


 冗談めかして、だが半分本気といった様子でがギブズがフレーデルを伺うように見ている。


「何を言っている。貴族になってからも出世に金が必要だろう? ガイザーも殿下の側近として、手伝ってもらわねばならん。その為には、金が足りんくらいだ」


 つまり、出世の為に悪事を働き続けるという事よね。本当に最低な奴らだ。


「それを聞いて安心ですな。それに、今後も期待出来ます。ガイザーさんもいい仕事をしてくれましたよ。どさくさに紛れて、宝剣を手に入れてくれたのですから」


 宝剣を盗んだのは、ガイザーだったのか。そうか。レオの従者として、王宮へは出入り自由だ。王宮の中を歩いていても怪しまれることはない。


「優秀な倅だ。まあ、俺も警備の配置に気を使ったがな」


 親子で何をしでかしているんだ? どちらかが止めようとしなかったのか? 碌でもない親子だ。悪事を働くという余計な所が似たのね。

 もうこれ以上、隠れている必要もない。

 証拠になる宝剣もあるし、もうそろそろ私の出番だね。師範とフォルクの受けた濡れ衣、晴らしてみせる。


「聞いて呆れますわね。悪事に精を出す親子だこと」


 木の影からフレーデルとギブズの前に姿を見せる。私の後ろにアシリカたちが続く。


「な、何だ、お前は!?」


 突然現れた私に驚く二人。立ち上がった拍子に酒が零れる。


「私? そうですね。馬鹿親子を懲らしめに来た者とでも申しましょうか」


「何だ、それは?」


 警戒しながらも、口元はうっすらと笑っている。


「さて、それより。王家の宝を盗んだ挙句、それを自らのちっぽけな野望の為に人を陥れる事につかうなんて、言語道断ですわね」


 私の言葉にフレーデルとギブズから余裕の笑みが消え、眉間に皺が寄る。


「貴様、盗み聞きしていたのか?」


 剣に手を掛け、フレーデルが睨み付けてくる。


「それがどうかしまして?」


 鉄扇を口元に当て、くすりと笑う。


「どこのどいつか知らんが、ここで始末してやる」


 剣をすっと鞘から抜くフレーデル。


「おいっ! 不審者だっ!」


 ギブズも叫ぶ。その声に応えて、五人ほどが、ドカドカと駆けつけてくる。


「本来であれば、世の中に平穏を守るべき立場であるのに、悪事に手を染める。主の為に尽くすべき所を災いを巻き起こす。あなたたち、愚かにも程がありますわ」


 鉄扇をフレーデルに向ける。


「悪役より悪いなんて許せませんわ。お覚悟、よろしくて?」


 凍てつく視線をフレーデルに送る。


「お仕置きしてあげなさい!」


「はいっ!」


「ハイ!」


「へい」


 私の声と同時にギブズの手下たちも剣を抜き、襲い掛かってくる。

 それにアシリカが炎の壁を作り出す。


「ぐわっ!」


 先頭を突っ切ってきていた男が炎に巻かれる。さらに二番目にいた男も掛けてきた勢いを押さえられず、同じく炎の中へと突っ込んでいる。

 熱さにのたうち回りながら、池へと飛び込んでいる。

 そんな二人に気を取られていた残りの三人はソージュの掌底と蹴りの餌食になっていく。


「お嬢様。回収しやしたぜ」


 いつの間にか部屋へと上がり込み、宝剣を持ってきたデドルが側に帰ってきた。


「ご苦労様」


 綺麗な宝剣ね。王家の宝となるのも頷けるわね。でも、実用には向いていなさそうだわ。持ち手の宝石が邪魔にならないかしらね。

 

「貴様、いつの間に? 返せっ!」


 ギブズが叫ぶ。

 いや、返せって、元々アンタの物じゃないでしょ。

 一方のフレーデルは怒りで顔を真っ赤にしている。


「許さん、貴様ら、許さんぞっ!」


 庭に飛び降りてきて、剣を構える。

 そういえば、剣の使い手だったわね。


「相手は私がしましょう」


 鉄扇を構えて、私は一歩前に進み出る。


「女とて容赦はせん。切り刻んでやる!」


「出来るものなら、やってごらんなさい」


 挑発されたと思ったのか、さらに怒りを込めてこちらに向かってくる。

 フレーデルは、素早く剣を振り下ろすのを、鉄扇で受け止める。


「軽いわ。あなたの穢れた剣は、軽い」


「貴様っ!」


 フレーデルは、もう一度大きく振りかぶる。

 大きく振りかぶった分、フレーデルの腹はがら空きだ。やっぱり、感情的になるとダメね。隙が出来てるわよ。

 私は腰を落とすと、フレーデルの横を走り抜ける。走りざまに、鉄扇をフレーデルの腹に打ち付ける。


「ぐっ」


 うめき声を漏らし、ふらつくフレーデルにもう一撃加える。耐えきれず両手を着いた所に、顔面へと鉄扇をお見舞いする。


「ぐはっ」


 フレーデルの体を支える両手も力を失い、苦痛に染まった顔が地面に落ちる。


「あなたに剣術師範の座は務まらないわ。私にすら勝てないのだからね」


 見下ろす私は冷たく言い放つ。


「お、お前ら……、こんな事して許されると思っているのか」


 ギブズはそう言いつつも、足を震わせている。もちろん声も震えている。

 カッコ悪いったらありゃしないわね。ジローザと同業の割には、随分と肝っ玉が小さいのね。


「そ、そうだぞ。俺は騎士団の副団長だ。貴様ら、俺をこんな目に合わせて、逃げ切れるとおもうなよ」


 ありゃ? もう話せるまで回復したの? 一応、鍛えてはいるのね。まだ体は動かないみたいだけど。


「私は逃げも隠れもしませんわ。だって、そんな必要ないですもの」


 手にしていた鉄扇をすっと開く。現れたのは、扇面に描かれた白ユリの紋章。


「これを見ても、まだ私が逃げるとでも思ってらっしゃる?」


「し、白ユリだと!」


 フレーデルが信じられないといった顔で短く叫ぶ。

 一方のギブズの方は、言葉も出ずにへなへなとその場に腰を抜かして座り込む。


「あなたたちの悪事はしかと見届けましたわ。騎士団のリックスさんが!」


 あれ? そう言えば、リックスさんまだ来てないな。いや、それ以前に呼んでない。踏み込む時は来るようには言ったが、今日踏み込むとは伝えてない。


「……忘れてた」


 いやあ、レオの事があって、すっかり忘れてたよ。


「ごめん、デドル。リックスさん呼んできて」


 デドルが苦笑しながら、頷いて塀へとひょい飛び乗る。

 その時だった。

 

「こうなったら、ヤケだっ!」


 じっとしていたはずのフレーデルが上半身を起こすと、剣を横薙ぎに払ってきた。

 狙いは私だ。

 気の抜けてしまった私は即座に反応出来ない。


「お嬢様っ!」


 突然の出来事にアシリカとソージュも短く叫ぶだけで体が付いてこないようだ。

 デドルももう塀の上だ。短剣を取り出して投げの態勢に入っているが、間に合いそうにない。


「っ!」


 覚悟を決めて、目を閉じる。


「リアーッ!」


 私の名を呼ぶ声と共に轟音が響く。

 目を開けると、剣を持つフレーデルの腕が火球に吹き飛ばされている。


「え? な、何?」


 目の前で仰向けに倒れ込み、失くした腕を苦痛に歪んだ顔で見ているフレーデルを見て呟く。


「リアッ! 大丈夫かっ!」


 状況が掴めない私の肩を掴んだのは、レオだった。


「嘘? 何で、ここに?」 

 

 助けてくれたのは、レオだったのか。でも、何でレオがここに? 訳が分からない。

 先程の諍いの件もあり、どんな顔をすればいいのだろうか。


「貴様、誰に向かって剣を向けたのか分かっておるのかっ!」


 私の無事を確認したレオはフレーデルを怒鳴りつける。

 だが、フレーデルはすでに意識を失っているようだ。その光景にギブズもそのまま仰向けに倒れ込む。

 その二人の様子を見て、もう一度レオが私を見る。


「これは、どういう事だ!? 一体、何があった!?」


 レオが私の両肩を掴み、詰め寄ってくる。

 まずい。非常にまずい。レオに見られちゃったよ。何故、ここにいるか分からないけど、私のやっている事を見られた事実は動かない。


「その……」


 レオから目を逸らす。


「答えろ、リア。一歩間違えれば、命を落としていたのだぞ」


 もう駄目だ。こうなったら、開き直ろう。


「世直しですわ」


 目を逸らしたまま答える。


「よ、世直し? 何だ、それは?」


「ですから、世直しは世直しです。世の中の悪を懲らしめ、理不尽に苦しめられている者たちを救っているのです」


「は?」


 さっきまでの怒気に溢れるレオに顔が、引きつる。


「……すまん。言っている事がよく分からん」


「権力や富を持つ者の虐げられている弱き者は世に多くいます。それらの民を助けているのです」


「リアが?」


「はい。私がです」


「今日が初めてか?」


「いいえ。十三歳からですわ」


 もう質問は終わりかしら? 何か黙り込んでしまったけど。


「あの……?」


 呆然と私を見ているけど、どうしようかしらね。

 しばらく私を見ていたレオが肩から手を離して、アシリカの方を向く。


「侍女であるお前たちは反対しなかったのか?」


 声に抑揚が無いけど、大丈夫かな。


「はい。我ら主に従うまでにございます。なぜなら、お嬢様は決して間違っておられないからにございます。我らもお嬢様に助けられた身ににございますれば」


 アシリカとソージュは顔を見合わせ、頷き合う。


「理解が追いつかない……」


 レオは頭を振り、再び私を見る。


「助けて頂いたのは、感謝致します。ですが、この事を口外される事は、どうかご勘弁を」


 これだけは言っておかないといけない。私は頭を下げる。


「言える訳なかろう。いや、言ったとしたら、信じる者などおらん。俺がおかしくなったと思われてしまうだけだ」


 うーん、まあそうかもね。公爵家の令嬢が大立ち回りなんて、誰も信じないかもね。例え、レオの言葉でもね。


「今後もこのような真似を続けるつもりか?」


「もちろんですわ」


 私が決めた道だからね。

 レオは、即答する私に大きなため息と共に大きく首を振る。


「分かった。この事、誰にも言わん」


「ありがとうございます。さすがですわ。分かって頂けると信じてました」


 一時はどうなるかもと思ったが、これで一安心だ。


「だが、条件がある」


 条件?


「俺もその世直しとやらに参加する!」


 えー! それは嫌だ。お断りだ。


「何だ、その嫌そうな目は!」


 鋭い視線に戻るレオである。


「そりゃそうですわ」


 だってさ、すでにポジションは埋まってるよ。お供はアシリカとソージュ。忍びポジションにもデドルがいるし、いざとなったらトルスもいる。それに、予想外なシルビアもお色気担当でしょ。最初に比べたら信じれられないくらいの陣容よ。

 それにさ、レオがいたら、負けちゃうじゃない。私の立場がさ。王太子と公爵家の令嬢では、どっちが上か火を見るよりも明らかだもの。私が目立たなくなってしまう。


「……王太子であるご自分のお立場をお忘れですか? このような事させる訳には……」


「この状況でそれを言うか? お前にだけは、立場うんぬんを言われたくない」


 ごもっとも。レオ、鋭いね。

 うーん。どうしようか。

 あっ! 一個ポジションが余ってる。うっかりポジションだ。

 うん。いいかもしれない。これは使えるかも。


「ならば、こちらからも条件があります」


「何でも申せ」


 大きく頷くレオ。


「どうしても参加されると言うのであれば、うっかりポジションでお願いしますわ」


「何だ、そのうっかりポジションとは?」


 レオは首を傾げる。


「そうですわね。ドジばっかりするけど、食の知識は人一倍。もちろん、食欲もですわ。それでよければ。あっ、世直しの時は王太子の身分はお忘れください。そうでわね。私の下僕って事で」


 この条件、飲めるか? 屈辱ともいえる条件だよ。


「なっ。……それはあまりにも、酷くないか? この俺が下僕だと?」


 顔を引きつらせてのレオの抗議である。


「ならば、止められますか?」


 きっと、今私の顔は悪い顔なんだろうな。


「くっ。分かった。その条件で構わん。リアの言う通りにしよう」


 悔しそうにしながらも。、条件を飲むようだ。


「リア? お嬢様よ」


 首を傾げながら、レオの言葉を訂正する。


「わ、分かった……、りました。お嬢様」


 言葉とは反対にふてぶてしいな。


「そうよ。それと、名前も付けなきゃね。お名前がそのままだとまずいですものね」


 レオって名前のままでは、アシリカたちも呼びにくいだろうしね。


「今後はハチよ。世直し中は、ハチと名乗ってくださいね。アシリカとソージュもハチと呼ぶのよ。分かったわね」


「え? 私たちもですか?」


 驚いているけど当たり前でしょ。あなたたちが殿下と呼んでいたら、名前を付けた意味が無いじゃないの。


「……意味は分からんが、何故か馬鹿にされているように感じるのは気のせいだろうか」


 レオが呟いている。

 気のせいじゃないかもしれないよ。結構、勘がいいのね。


「気のせいよ、ハチ!」


 そう笑う私は、ここに来る前にレオと激しく言い争った事も忘れていた。


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