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戦うお嬢様!  作者: 和音
110/184

110 それぞれの領分

 しばらくお互い見つめ合ったまま微動だにしない。

 このジローザという男からは、ただ者ではない空気がひしひしと伝わってくる。


「で、欲しい物ってのは何だ?」


 先に口を開いたのは、ジローザの方だった。ただし、その鋭い目線は私を捉えたままだ。


「私、珍しいものに目がないの。中でも、武器の類は特にね」


 しっかりと、ジローザの視線を受け止めながら答える。


「珍しい物を欲しがる奴は多くいるが、女で武器ってのは初めてだな……」


 私を見続ける目が少し大きくなる。


「趣味や好みは、人それぞれよ」


「まあ、確かにそうかもな」


 頭の毛の代わりか、ジローザが白い顎鬚を撫でながら頷く。


「で、金はあるのか? 欲しいモンがあるのは分かったが、こっちにしたら、金があるかないかは重要だからな」


 椅子の背もたれにもたれかかり、ようやく探る様なジローザの目から解放される。


「今、手持ちは持っていないわ。でも……」


 私は腰に差した鉄扇を半分ほど取り出す。


「あなたも多くの物を見てきたと思うけど、これはどう?」


 さほど興味無さそうに私の鉄扇を見るジローザだったが、しばらくすると眉間に皺を寄せ、険しい顔つきとなる。


「お、おい。こいつは、まさか……」


 身を乗り出し、鉄扇を凝視する。

 気づいたみたいね。でも、良かったわ。もし気づかなかったら、ジローザの目が節穴だって事になるもんね。


「そうよ。天空石で作られた物よ」


「やはり天空石か。いや、話でしか聞いた事ねえが、こりゃあ、驚いた」


 もう一度鉄扇に目をやり、まじまじと眺めている。


「そんな代物持っているって事は、金の心配は要らねえみたいだな。で、何が欲しい?」


 再び背もたれにもたれ、尋ねてくる。

 納得してくれたみたいで良かったけど、実際、お金どうしようかしら。ま、それはその時考えればいいか。


「今欲しいのは、剣よ。しかも王家の宝となるような剣……」


 もし、王宮で消えた宝剣が売りに出されるとしたら、表には出せないような物を扱うで扱っているはずだ。


「王家の宝か……。残念だが、アンタのお眼鏡にかなう様なモンはねえな……」


 ジローザはゆっくりと首を横に振る。

 無いのか。残念だが、仕方ない。エルカディアには、他にもこういった店があるそうだから、他所にあるのかもしれない。


「……そう、ならしょうがないわね。諦めるわ」


「待ちな」


 長居は無用とばかりに立ち去ろうとする私をジローザが引き留める。


「ついさっきだがよ、アンタと同じ物を求めてここに来たヤツがいてよ」


「何ですって」


 私以外に宝剣を探している? 一体、誰なの? まさか師範? いや、それは、有り得ないと思う。あの師範がこんな場所を知っているとは考えられない。


「まだ、どっかその辺に潜んでいるかもしれんな」


 そう言いながら、周囲を見回すジローザ。


「なあ、いるんだろ? 出てこいよ、デドル」


 デドル? デドルってうちのデドル?


「ちっ……」


 どこからとなく姿を現わしたのは、やはりデドルである。小さく舌打ちして、ジローザを睨んでいる。

 何で、こんな所にいるの?


「こいつだよ、王家の宝を聞いてきたのはよ」


 驚きで目を見開く私に、ニヤニヤとしながらジローザが告げる


「こいつとは、昔からの知り合いでな。何の因果か知らねぇが、気が合ってな。お互い、立場がまったく違うのによ。俺もこいつも日陰の身だが、俺は、自由気ままな渡世の身。こいつは、主の為とやらに尽くす飼い犬だ」


 肩を揺らして、ジローザが笑い声を立てる。


「ちょっと、犬ってどういう事よ!」


 思わず叫び声を上げてジローザに飛びかかりそうになる私をアシリカとソージュが慌てて止める。

 確かに、ここは黙ってないとダメなのは分かるけど、デドルを犬呼ばわりしたのよ。デドルが犬なら、こいつは、ハゲゴリラじゃないのよ。鉄扇で、傷を増やしてやろうか。

 そんな私にジローザは動じる様子もなく、笑ってこちらを眺めている。


「ふん。その犬に何度も助けられたのはどこのどいつだ?」


 デドルも笑い返す。


「そんな昔の事は忘れちまったよ。俺の記憶では、その分、何度も仕事を手伝わされた気がするけどな」


 怖い雰囲気は変わらないが、ジローザがデドルに気を許しているのが分かる。


「で、話は少し変わるがよ……」


 ジローザがデドルの方から私に向き直る。


「この小娘……」


 娘っ子と私が呼ばれた瞬間、デドルから殺気が零れだす。ジローザは、そんなデドルをちらりと見るが、すぐに私に視線を戻す。


「……も、どうやらお前と同じモンを欲しがっているみてえでな。もし見つかったらの話だがよ。どっちを優先すべきか……。いや、昔からの馴染みのデドルでもいいんだけどよ、この天空石の鉄扇を持つ客も捨てがたいしよ……」


 どうも、楽しんでいるようなジローザである。


「そういや、天空石といえば、入ってくるとすればミズールからか。あそこは、どこの貴族の領地だったか……」


 もしかして、私の素性がバレた? 可能性は高いね。この感じだと、デドルの事も詳しいみたいだ。当然、サンバルト家に仕えている事も知っているだろう。そして、突然やってきた私と同じ物を探している。それによく考えれば、天空石の鉄扇なんて、お金があるだけで手に入るものじゃないしね。鉄扇を見せるアイデアは、逆効果になったのかもしれない。


「ねえ、ジローザ。アンタさぁ……」


「なあ、デドル……」


 ジローザが私の声を遮る。


「お前の主に伝えておいてくれ。目的は知らんが、王家の宝剣、同業にも当たって調べといてやる」


 え? どういう事?


「分かった」


 デドルが頷く。


「ねえ、どうして……」


「俺は、誰の下にもつかねえ。でもよ、デドル。お前の主には、少し興味が湧いちまったなぁ。なかなか面白そうじゃねえか」


 またもや、私の言葉を遮って、ジローザが楽しそうにこちらを見ている。


「だろ?」


 そう言うデドルも私を見て同じ様に楽しそうに笑っていた。


 


「ちょっと、デドル! びっくりしたわよ!」


 帰りの馬車の中である。行きのソージュに変わって、御者台に座るデドルの横に座り、頬を膨らませている。


「いやいや、すみませんで。ですが、あっしも驚きやしたよ。まさか、あそこでお嬢様にお会いするとは」


 王宮での宴を調べていたデドルも、私と同じ様に盗まれた可能性を考え、旧知の仲であったジローザの元へ宝剣が売りに出されていないか尋ねに来ていたらしい。帰ろうとした時に、私の姿を見かけ、影から様子を伺っていたそうだ。


「ねえ、あのジローザって信用できるの?」


「まあ、信用するかしないかは、お嬢様次第でやすが……。ですが、約束は守る男ですな」


 デドルがそう言うなら、信用出来るかな。昔からの知り合いみたいだしさ。


「それに、奴はあれでも、情にも篤く義理堅い男です。見た目からは想像できやせんがね」


 そうなんだ。デドルが人を褒めるのも珍しいな。過去に二人の間でどんな事があったのかしらね。


「おや? あの馬車、殿下の……」


 秘密の抜け道を通り抜け、寮の前まで帰ってきた時デドルが前方に止まっている馬車を見つける。

 確かに、レオの馬車だ。


「ナタリア様!」


 私の馬車が帰ってきたのを見つけたのは、レオの従者。フォルクではなく、学院に連れてきているもう一人の従者であるマルラスだ。フォルクはどちらかというと武に長けているが、このマルラスは知の面で選ばれたといった人物である。もちろん、レオの従者だけあって、剣も申し分ない腕前だけどね。


「どうしましたの?」


 止まった馬車の御者台がら下りるてくる事には、何も言わずにマルラスが跪く。


「その、また殿下が料理を……。しかも、新作だそうで……」


 気まずそうな顔でマルラスが私に告げる。

 ああ、また作ったのか。新作の味見に呼ばれたのか。

 不在の私を探していたそうだが、まったく見つからず仕方なく寮の前で待っていたらしい。


「……分かりました。このまま、私の馬車で伺いますわ」


 仕方ない。この前、クレイブが世話になったことだし。新作とやらの味見をしてやろうかしらね。それに、ちょうど夕飯時。お腹も減ってきたしね。

 そのまま、レオの寮へと向かう。

 馬車にデドルを残し、アシリカとソージュを引き連れてマルラスの案内でレオの部屋へと向かう。

 レオの部屋の前まで来た時だった。


「あれは……、ガイザ―?」


 マルラスが呟く。

 部屋の前にフォルクがいる。そして、もう一人。どっかで見た事がある気もするけど、誰だったかな。


「ナタリア様」


 私に気付いたフォルクが頭を下げる。彼の隣にいるガイザ―と呼ばれた人も私に恭しく礼を取る。


「ガイザー、何故ここにいるのだ? 王宮からの使いか?」


 王宮からの使い。格好からして、学院に付いてこなかったレオの従者かしらね。それなら、どこかで見かけた顔であるのも納得だね。きっと、王宮に遊びに行った時に見かけたのかもしれない。


「ああ、少し用があってね」


 ガイザ―が一度視線をフォルクに向けてから答える。


「フォルクの父君の事でね……」


 ガイザ―の言葉に、フォルクは拳を握りしめ唇をぎゅっと噛みしめている。

 この様子じゃ、師範の件を知ったみたいね。でも、何故今、わざわざ師範の事を知らせにきたのかしら? しかも、レオの従者がさ。デドルからは、師範の件に関して大きな動きはないと聞いていたけど。


「まあ、詳しくはフォルクに聞いてくれ。殿下にも報告したし、俺の用件は終わった。悪いが、失礼させてもらう。これでも、忙しくてね」

 

 そうマルラスに告げると、もう一度私に頭を下げて、ガイザ―は立ち去っていった。

 何があったんだ、という表情でマルラスがフォルクを見る。


「……ナ、ナタリア様、このような場所でお待たせさせてしまい申し訳ございません。どうぞ、中へ」


 扉を開けたフォルクが、深く頭を下げる。その表情は、伺えない。


「……ええ」


 小さく頷き、部屋の中へと入る。


「リア。待っていたぞ。この前、我が師より教えられた技術を惜しみなく使って、出来た新作だ!」


 出迎えるレオだが、いつもと変りない。師範の件を聞いているはずなのにな。

 テーブルの並ぶ料理を一つひとつ説明していくレオ。


「早く座れ」


 私を急かすように椅子に座らせ、期待の籠った目で食事を勧めてくる。


「はい。では、いただきますわ」


 手前に置かれているスープから口をつける。

 うん。確かに美味しい。この前食べた時よりも、味わいが深いように思える。


「どうだ?」


「はい。美味しいです」


 素直な感想を述べる。その感想に満足そうに無言でレオが頷く。

 だが、私は、壁際に立つフォルクの様子が気になる。一見、いつもと変わりは無さそうだが、心中は穏やかでないだろう。それを気にする様子もなく、一口食べる毎に感想を求めてくるレオにも疑問を覚えてくる。

 自ら世話になった師範が謹慎の憂き目に遭い、その立場も危うい。そして、常に側にいる従者のフォルクはその息子。何も思わないのだろうか。

 そんな事を考えているうちに、レオに作られた料理は、最後のデザートまで終えていた。


「レオ様。この前も美味しかったですが、今日は一段と良かったです。随分と研究されましたのね」


 これは、本心である。実際美味しかった。前回と比べても、数段腕が上達したのが実感出来る。


「そうか」


 今にも零れそうになる笑みを必死で抑えているのが分かるレオの顔だ。この様子なら、自分でも自信があったのだろうな。

 しかし、である。ずっと見られながら、しかも感想をその都度求められたのとフォルクの事が気になってしまい疲れる夕食だったな。

 でも、これで一段落。少し師範の話題を出してもいいかもしれない。


「ところで……」


 レオに食事の礼を言った後、私はフォルクを見る。


「先ほど少し耳にしましたが、師範がどうかされましたか?」


 私が宝剣の紛失と師範の謹慎を知っているのも変な話だ。まずは、そこから話を始める。


「そ、それは……」


「ああ。謹慎だそうだ。詳しくは知らんが、何か不始末をしでかしたそうだ」


 口ごもるフォルクの代わりにレオが答える。


「謹慎?」


 フォルクの隣に立っていたマルラスも思わずといった感じで声を上げる。


「まあ! あの師範が? ですが、不始末とは……。決して間違った事をされるような方ではないはずですわ」


 私も少々わざとらしいくらいに驚いてみせる。


「だから、詳しくは知らん」


 さっきまでの上機嫌が嘘のように、レオの顔から表情が消える。素っ気なく短い返事を返してきた。


「ナタリア様。父の事を案じて頂けるのは、ありがたい事でございますが、私も殿下も父の事はまだはっきりと分かっておりません」


 フォルクが頭を下げる。


「ですが、師範のお立場の事を考えると……」


「ご心配をお掛けして申し訳ございません。ですが、今はどうかご容赦を」


 さらに深く頭を下げるフォルク。

 取り付く島もない。


「リア……」


 そんなフォルクをじっと見ていたレオが口を開く。その顔からは、感情が感じられない。


「フォルクは、俺の従者。父親のビゼルは、剣術師範。それぞれがそれぞれの役目に就いているのだ。ならば、己の領分だけを考えておればよいのだ」


 それは分かるけどさ。ちょっと、冷たい気もする。最近のレオを見ていて、もうちょっと、血の通った熱いところもあると思っていたのにさ。

 フォルクは頭を下げ続けたままだ。彼もレオと同じ考えなのだろか。あんなにも師範の事を尊敬していたのに。

 それ以上、何も言えない私だった。


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