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戦うお嬢様!  作者: 和音
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11 誕生日

 資金調達計画がとん挫した翌月。私は十三歳を迎えた。

 屋敷では、お祝いのパーティーが開かれた。

 パーティーと言っても、身内とわずかの招待客のみである。貴族の令嬢がいわゆる社交界デビューするのは、十四歳。それまでは、誕生日などの祝い事は身内中心のお茶会を大掛かりにした様なものである。

 とはいえ、屋敷総出での準備したものである。会場となっている広間には、これでもかという位の飾りつけと、色とりどりの料理が並んでいた。

 招待客は私の友人では無く、お父様の友人や繋がりのある貴族の子弟ばかりである。これは、同年代の貴族子弟と顔見知りにさせておこう、雰囲気に慣れさせようという、親世代の意図もあるらしい。要するに、デビュタントへの下準備ってとこみたいね。


「お誕生日おめでとうございます。今日はお招き頂き、光栄でございます」


「ありがとうございます。来て頂けて、嬉しく思いますわ」


 先程から、これの繰り返しである。お父様、お母様と並び、招待客からの挨拶を受けている。公爵家に取り入りたいが為余所行きの営業スマイルを見せる者、我儘な私の噂の真偽を窺うように見る者まではいい。しかし、怯えが感じられる者もいた。

 うーん、悪い噂はまだ、健在なんですね。

 私はお母様が選んだ可愛らしいピンクのドレスに包まれて笑顔を振りまく。ちなみに、鉄扇を持つ事は、アシリカに止められた。

 いい加減、疲れたな。何度も同じ台詞に飽きてきたよ。


「お初にお目に掛かります。フッガー伯爵家のシルビアと申します。本日は、おめでとうございます」


 うーん。私と同年代の子ばかりを呼んでいるらしいが、この子、何かすごい色っぽいね。美人ってだけじゃなく、独特の雰囲気を持っている。胸を強調するドレスが、余計に色気を醸し出しているな。

 べ、別に、悔しいとか思ってないもん。まだ強調できるもの無いけど、私の成長はこれからだからね。たぶん……。


「ありがとうございます。来て頂けて、嬉しく思いますわ」


 負けた感……じゃなくて、自分の成長を思い描きつつ、笑顔を返す。


「私、この様な場に招待されたのが、初めてでして……。少し緊張しています」


 庇護欲をそそる顔で、まばたきを繰り返す。


「そんなかしこまった場でもありませんわ。楽しんでらして」


「ありがとうございます」


 シルビアは一礼すると私に、男なら息を飲んでしまう様な妖艶な笑みを浮かべる。この子、無自覚なのかしら? だとしたら、先が恐ろしいわね。

 こうして一通り、来られた方の挨拶を受け、やっと一息つける。


「お嬢様、お飲み物、デス」


 ソージュに紅茶を差し出された。それを飲みつつ、私は広間を見渡す。

 ゲームには、私やヒロイン、王太子の他にも、登場人物がいた。主に、攻略対象者である。皆、それなりの身分だったので、招待されてるかとも思ったが、それらしき人物はいない様だ。ま、いても関係ないけどね。嫌でもそのうち会う事になるだろうしさ。


「お嬢様、王太子殿下よりのプレゼントが届きましてございます」


 ガイノスが、綺麗な箱を恭しく抱えて持ってきた。

 パーティー会場が、一瞬、どよめく。


「ご婚約の噂、本当でしたのね」


「サンバルト家はますます安泰ですね」


 そんな声がちらほら聞こえてくる。


「まぁ! 王太子殿下から!」


 私の代わりに、お母様が嬉しそうな声を上げた。

 あんまり、期待しない方がいいよ。あの王太子の事だ。自分で選んだとは思えない。もし、自分で選んでいたら、箱の大きさから考えて籠手とか短剣とかだろう。


「リア、開けて頂戴な」


 お母様が急かしてきた。


「はい……」


 仕方ない。開けるか。もし、この場で、武具の類が出てきても知らないよ。

 箱を開け、中から出てきたのは、ネックレス。しかも、随分と可愛らしいデザインである。


「まあ、可愛らしい」


 また、私の代わりにお母様の顔が満面の笑みとなる。

 いや、たぶんこれ、自分で選んでないと思う。王太后様あたりが気を使って選ばれた様な気がする。

 お母様に促され、届いたばかりのネックレスを身に付けた。

 それに、何故か、おおっ、と皆から声を上がる。

 何だ、これ。私は見せもんじゃねえぞ。だが、皆に嬉しそうに微笑む私は、すっかり令嬢が板についたもんだと、自分を褒めてやる。

 私からしたら、茶番の様なイベントも終わり、皆、歓談へと戻っていく。私は今日の主役なので、次から次へと声を掛けられる。その都度、愛想笑いと、適当に話を合わせる作業を繰り返す。ちなみにこれは、ガイノスから口を酸っぱくして言われていた事でもある。また説教されるのは、ごめんだから、頑張るわ。

 いい加減フラストレーションがマックスに近づいてきた時、人が来るのが途切れた瞬間を狙って、テラスへと逃げ出す様に出た。


「お嬢様が今日の主役です。あまり、会場を離れられるのはいけません」


 ずっと私の後ろに控えているアシリカが、注意してきた。


「ちょっとだけだから。だって、疲れてさ」


 誕生日パーティーというより、私にしたら罰ゲームだよ。


「仕方ありませんね。少しだけですよ」


「うん、分かってるわよ」


 答えた私の目に、テラスのベンチに座る人が見えた。

 あれは、お色気娘だ。確か、シルビアだっけ。一人で何してるのかな? なんかぼーっとして、庭を眺めてる。

 下手に近づくと、胸部のコンプレックスが刺激されてしまう。ここは、そっとしておこう。うん、そうそれがいい。


「あら」


 ありゃ。素早く移動しようとしたが、気づかれてしまった。


「ナタリア様」


 すっと、彼女は立ち上がると、私の傍に来た。


「素敵なお庭ですこと」


 ああ、庭を見ていたのか。まぁ、ここの庭は素敵ね。よく手入れされてるし、いつ見てもきれいだわ。特に私の作った花畑とか。


「やはり、公爵家ともなると、すごいですわね。特にあの木、素晴らしいですわ」


 木? 何の変哲もない普通の木ばかりだと思うんだけど。


「え、ええ。そうですわね」


 とりあえず、話を合わせて、相槌を打つ。


「まぁ。ナタリア様も木がお好きで? あの木、枝ぶりが美しいですわ。見てるだけで、心が安らぎます」


 えっと、ごめん。よく分からない。そもそも、どの木の事を指しているかも分からない。

 その後も、シルビアは木への愛情と情熱を聞かせてくれた。でも、私、そこまで木の事を考えた事無いです。


「あっ。申し訳ございません。私ったら、つい……」


 シルビアが申し訳なさそうに照れを浮かべながら、謝る。


「あの木も素敵ですが、ナタリア様も素敵ですわ。特にその、ネックレス。可愛らしくて、よくお似合いですわ。今日の為にあつらえられましたの?」


 え? これ、王太子からのプレゼントってさっき皆の前で付けたじゃない。てか、もしかして、私に挨拶してから、ずっとここで木を眺めてたのかしら?

 不思議系お色気娘ね。


「あの、シルビア様。ここには、いつからいらしゃったの?」


「ナタリア様に挨拶させて頂いてからですけど……」


 やっぱりか。それにしても、不思議そうに首を傾げる姿も色っぽいね。


「お嬢様。そろそろ戻られませんと……」


 若干、アシリカも引いてるな。


「そうね。では、シルビア様。一旦失礼しますわ。ごゆっくり、楽しんでくださいませ」


「ありがとうございます。では、お言葉に甘えさせて頂きますわ」


 そう言って、シルビアは再びベンチに腰掛け、木をうっとりとした表情で眺め出した。

 楽しむって、そっち?

 それにしても、貴族の令嬢って、変わり者が多いのかしら? それが、私がパーティーを経験して、思った事だった。




 パーティーを終えた夜。

 ようやくのんびりと過ごす事が出来ていた。本当に疲れた。

 部屋には、お父様をはじめとした家族からの誕生日プレゼント、届けられたプレゼントやパーティーに招待された人からのプレゼントが山の様に並んでいる。

 すごい数ね。まだ、全部見てないけど、どれも高そうな物ばかり。ちなみに、どうしても気になったので見たのだが、シルビアからのプレゼントは、木をモチーフにしたグラスだった。


「お嬢様、今日はお疲れでしょう」


 アシリカがお茶を出してくれる。甘い香りが漂う。


「それと、これ……」


 アシリカとソージュが、包み紙を差し出す。


「何?」


 それを受け取り、私は聞き返した。


「私たち二人からのプレゼントです。大したものではありませんが……」


 アシリカとソージュが少し照れている気がする。


「ありがとうっ! ね、開けていい?」

 

 中身はハンカチ。ガーベラの花が刺繍されている。


「綺麗な刺繍ね。大事に使うわ」


 これは、嬉しい。他のプレゼントより私にとっては、価値がある。


「実はね、私も二人に渡すものがあるんだ」


 えっ、と驚きの顔になるアシリカとソージュ。


「これ……」


 私は机の引き出しから、小箱を取り出し、二人に渡す。

 押し花である。私が育てた花を使っている。


「アシリカも来月十五になるんでしょ。で、ソージュは十一歳。ちょっと早いけど私からの誕生日プレゼントね」


 そう、アシリカは来月誕生日、ソージュは自分の誕生日を知らなかったので、私とアシリカの誕生日の間って事に決めたのだ。


「お嬢様が、自らお作りに?」


「もちろん」


 得意げに頷くが、そんない難しいものではない。


「ありがとうございます。大切にします」


「ありがとう、デス。嬉しい、デス」


 いやいや、そんな涙目になる程喜ばれたら、逆に気を使っちゃうわよ。


「そ、それとね、二人に話があります」


 そう。私は誕生日の日、アシリカとソージュの二人に世直し計画を打ち明ける事を決意していた。私の夢である世直し計画を進めるには、二人の強力が必要だ。

 ちょっと、緊張するわね。なにせ、今まで秘めていた野望を伝えるのだから。


「何でしょうか?」


 私の緊張の面持ちを察して、アシリカが姿勢を正す。横で、ソージュもそれに倣う。私はソファーに腰を下ろし、二人を見上げた。


「アシリカには話したでしょ。私に叶えたい夢があるって」


 あれは、まだアシリカに出会って間もないころだ。懐かしい。


「おしゃってましたね」


 アシリカも懐かしそうに、目を細めた。


「ソージュは初耳よね。私にはね、どうしてもやりたい事があるの」


 ソージュは黙って頷く。


「その為には、二人の力も必要なの」


「今更、その様にわざわざ言われなくとも、私たちは、お嬢様のお力になります」


「私も」


 うーん。世直し計画の中身を知っても同じ事を言ってくれるかしらね。


「私の叶えたい夢。それは、権力や暴力に怯え、理不尽に虐げられている人たちを一人でも多く救いたいの」


 そう、かのご隠居や、白馬に跨る上様のように。


「ご立派なお考えです。しかし、どうやってですか? まさか、政治を志されるとでも? ですが、お嬢様といえど、女の身では……」


 この世界の政治は男がするもの。アシリカが言いたい事は分かる。


「いいえ。上がいくら善政を敷いても不届きな者はいなくならないわ。だから、私は、権力を振りかざし、横暴を尽くし、人々を苦しめる輩をこの手で成敗する」


 私は立ち上がり、ゆっくりと部屋の中を歩く。


「せ、成敗?」


「お嬢サマが悪い奴、やっつける、デスカ?」


 すぐには、理解が追い付かないみたいで、アシリカだけでなく、ソージュも口をぽかんと開け、あっけにとられている。

 

「ええ、そうよ。それが、私の夢」


 私はおもむろに、鏡台に置かれている鉄扇を手に取り広げる。


「どう? 手伝ってくれるかしら?」


 振り向いて、未だに固まっている二人に問いかけた。

 私の問いかけをきっかけにして、部屋は沈黙に包まれていた。

 その沈黙を破ったのは、アシリカの大きなため息だった。


「お嬢様は、本当に不思議な方ですね」


 えーと、それは褒められてるのか?


「お嬢様のご身分でしたら、気にせずともいい事を気にされるなんて。公爵家のご令嬢とは思えない発想です」


 まぁ、そりゃそうか。私は転生前の記憶があるからだが、普通は、蝶よ花よで育てられ、一般庶民の事など気に掛けないよね。


「でも、お嬢サマらしい、デス」


 ソージュの納得顔。


「ふふふ。そうね。確かに」


 アシリカが笑う。


「お嬢様のお考えはご立派ですが、なされようとされている事はとても危険な事です。それは、お分かりですか?」


 アシリカは普段通りの様子に戻り、尋ねてきた。


「もちろん。その為にも、剣術の稽古してるでしょ。それにあなた達もいる」


 にっこりと頷き返す。

 

「お嬢様。この間、私はお嬢様に何があってもお仕えすると決めました」


 ああ、パドルス親子の一件か。


「ですから、お嬢様が、何を言われようと、なされようと共におります。そして、全力でお守り致します」


「私も、アシリカと同じ、デス」


「ホント? いいの?」


 こうもあっさり了承してくれるとは思わなかった。もっと、危険だ、令嬢らしくないと反対されるかと思ってたよ。


「お嬢様の事です。私が反対しても、諦めないでしょう?」


 確かに、否定できない。でも、どこかで、アシリカやソージュなら、賛成してくれるという思いもあった。


「それはどうかな?」


 私は、にやりと令嬢らしからぬ笑みを浮かべる。

 そんな私にまたもや、アシリカがため息を吐いていた。


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