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戦うお嬢様!  作者: 和音
109/184

109 表と裏

 レオとクレイブが師弟となったその日の翌日である。

 デドルが夜遅くに帰ってきた。宝剣の無くなった宴での様子を調べてもらっていたが、やはり酒の席。しかも上機嫌の国王陛下のお陰で段取りが随分と狂い、ある意味、混乱した宴だったようだ。そんな訳で、誰も宝剣が無くなった事に気付いた者がいなかったそうだ。

 どんな宴だったのだろうか……。参加している人はともかく、周りの準備していた人たちは大変だったろうな。

 私に剣術を教えてくれている人たちが、相次いで不運に見舞われている気がする。一人は自業自得だけど。

 宝剣の行方に頭を悩ます私だったが、もう一つ、目の前にも問題がある。


「で、昨日の三人は、借金取りだった、と」


「そうじゃの」


 クレイブの借金問題である。自業自得の方だ。

 昨日見かけた彼を取り囲んでいたのは、借金取り。どうやら、利息も含め、借金の支払いが遅れているようだ。


「ワシの剣まで差し押さえられているというのに……」


 剣を差し押さえられたって、剣聖以前に剣に携わる者として最低だな。


「まったく、どうしようもない剣聖様ね……」


 呆れの溜息が出てしまう。


「最初は勝っておったんじゃ。なのにのう……」


 どうやら、街で見知らぬ男に賭場に誘われたらしい。初めは調子良く勝っていたのが、一週間後には借金まみれ。ある日を境に突然負け続けたそうだ。


「どっかで、聞いた話よね……」


 脳裏に、賭場で騙されたモーランさんの顔がちらつく。


「まさか、クレイブさんもうまく騙されたんじゃ……」


 アシリカも怪訝な顔つきとなっている。


「欲深いからデス」


 うん、ソージュの言う通り。結局はそこよね。

 あの三人の借金取り、やはりどこかやましい所があったから、私たちが来た時逃げるように立ち去ったのかもしれないな。

 身から出た錆の借金とはいえ、このまま放っておくのも忍びない。何だかんだ言っても、私の師匠だしね。魔術を破る秘技を教わった恩もある。


「クレイブ。明日、私を賭場に案内してちょうだい」


 それに、何も分からない人を賭場に誘い込んで欲につけ込み、騙す様にして借金を背負わせるというやり方も見過ごせない。

 クレイブ以外にも同じように騙された人がいるのは間違いないだろう。

 まあ、欲に負けて借金を重ねたって部分は本人にも責任があると思うけどさ。


「おっ。嬢ちゃんも一勝負かの」


 にやりとクレイブが笑みを浮かべる。

 ……まったく懲りてないわね。


「何を勘違いしているのよ。少し怪しいかもと思うから見に行くのよ」


 そう言いつつも、この前の大勝した時の事がちらりと頭によぎる私だった。




 いかにも胡散臭そうな小屋である。

 翌日の休日を利用してやってきたのは、クレイブが通っていたという賭場だ。


「じゃあ、入りましょうか」


 ギシギシと軋む扉を開けて、中へと入っていく。

 薄暗い室内だ。賭場って、薄暗くするのが普通なのかしらね。


「おっ。じじいじゃねえか。やっと、借金を返す気に……、え?」


 中にいた一人の中年男が入ってきたクレイブの姿を見つけてにやりと笑うが、その言葉が途中で止まる。

 私を見て、だ。


「お、お前はっ!」


 髭を生やして強面の男の顔が恐怖に染まっていく。

 何でこの男、怯えているのかしら? まさか、やっぱり私の顔って悪役顔なのかしら。見られただけでこんなに怯えられるのは久々だけど、やはり傷つくな。


「あの、お嬢様……」


 久々の反応にショックを受ける私の横からアシリカが口を挟む。


「この方、以前お嬢様が成敗された者かと……」


 以前に成敗? 男の顔をマジマジと見る。近づく私に、その男がさらに顔を青褪めさせている。


「あっ! もしかして、モーランさんを騙した賭場の?」


 うっすらとだが、見た記憶のある顔だな。あの時は、首謀者だったルディックさんのライバル子弟に注目していたからな。


「何じゃい、知り合いか?」


 クレイブが賭場の中年男と私の顔を交互に見ている。


「知り合いってほどじゃないけどさ……」


 世間て狭いわね。


「アンタ、まだこんな事している訳?」


 私の冷たい視線に、男は体を震え上がらせる。


「い、いえ。滅相もない!」


 男は飛び下がり、土下座する。


「じゃあ、ここで何してるって言うのよ?」


 それに、あの時あの場にいた者は騎士団にすべて捕らえられてはずだ。


「い、いえ、その実は……」


 男は項垂れて、ポツポツと話し出す。

 騎士団に捕えられ、不正に賭場を開いた罪で牢に入れられていたが、一年程で、刑を終えたそうだ。まあ、誰かを殺めた訳でもないから、それくらいの刑で済んだのだろう。

 問題は、その後だ。牢から出てきたのはいいが、やる事が無い。働こうにも、一度罪人となったものに世間は冷たい。どこも雇ってくれるような場所も見つからず、かと言って食べていく為には金が必要である。

 結局は、昔取った杵柄という事ではないが、街のごろつきを集めて再び賭場を開くに至ったらしい。


「最初のカモ……、いや客が、まさかアンタの知り合いとは……」


 ついてないとばかりに男が首を横に振る。


「聞けば、少々気の毒じゃのう……」


 最初のカモ……、いえ、クレイブが不憫そうに男を見ている。

 あのね、あなたは、同情出来る立場じゃないと思うけど。でも、まあ、言わんとしている事は理解出来るな。

 牢に入り罪を償ったとはいえ、やはり前科のある人間は、どうしても周りから疎まれる。もちろん、自分自身で招いた結果だけどさ。

 しかし、そのせいでまた悪事に手を染めるのも考え物だよね。思わぬ形で、社会の歪を見た気がするな。

 このまま、放っておいてもまた悪い事しそうだよね。


「ねえ、あなた、名前は? それと、他にも仲間がいるのでしょ。何人くらいいるの?」


 絵に描いたような悪人顔の男に尋ねる。


「ガンドンだ。他に仲間は、四人いる。そいつらも俺と似た様なモンだ」


 自分はどうなるんだという不安そうな顔だが、やはり悪人面は変わらないね。

 きっと、この見た目でいろいろ苦労をした事もあったのだろうな。

 うう。何かガンドンに同情してきたな。きっと、この見た目で苦労もしたんだろうな。私と一緒だ。先入観だけで、怯えられたら性格も歪んでしまうよね。


「ガンドン……。あなたも一緒なのね……」


「は?」


 きょとんとなる顔もやっぱり怖い。

 うんうん。何も言わなくてもいい。気持ち、分かるよ。

 この見るからに怖そうな悪人面を利用できる商売でもないかしらね。ここまでくると、この顔も立派な才能だよ。自信を持っていいと思う。

 悪人面……、怖い顔……。


「そうだ! ガンドン、あなた運送業をやりなさい。しかも、遠距離専門のね」 


「は? 運送業?」


 声が裏返るガンドンである。

 遠距離の輸送には、いろいろとリスクも伴うはずだ。中でも、盗賊などに襲われる可能性。いくら、治安の良いこの国でも、絶対に安全という訳ではない。この顔はそんな危険からの抑止力になるかもしれない。


「そう、運送業よ」


 手始めにパドルスにでも、相談してみようかしらね。彼とはいい商売仲間コンビになりそうだし。あっ、うまくいけば、イートンの織物を仕入れて売ろう。エルカディアでは、あまり出回っていないから、売れるかもしれない。イザベルに頼めば、卸してもらえそうだしさ。もしかしたら、それなりに儲かるかも。

 ふふふふ。お金の匂いがしてきたな。


「お嬢様」


 おっと、顔がにやけていたか。アシリカが怖い顔で睨んでいるよ。アシリカも才能ありそうだけど、口に出したらとんでもない目に遭いそうだからやめておこう。


「ま、詳しい事は後日ね。そうね、とりあえずは道場にでも移ってもらおうかしらね。いいわね、ガンドン」


 こんないかにもな小屋より、道場の方が健全だ。


「え? そりゃ真っ当な仕事に就けるなら俺たちもありがてえけどよ……」


 状況がよく分からないといった表情で、ガンドンが頷く。


「嬢ちゃん。じゃが、そんな事したら、ワシの借金が……」


 ああ、ブレストにバレるのがマズイのか。仕方ないな。


「ガンドン。この人の借金はチャラでいいわよね。その代わり、仕事が軌道に乗るまで衣食住は保証するからさ」


「ああ、そりゃ、いいけどよ……」


 よし、こっちは解決かな。


「それとワシの剣……。あれが無いと帰りにくい」


 借金のカタに取られた剣か。まあ、そうかもしれないわね。剣聖が剣を持っていないのも寂しいしね。

 ガンドンに頼んで、クレイブの剣を持ってきてもらう。


「でも、こんな剣どうするつもりだったの? 売れるの?」


 クレイブの剣はどこにでもある普通の剣。大した金額になるとは思えない。それに、騙して取り上げたような物を真っ当な店で買い取ってくれるとも思えない。


「ん? ああ、売れるさ。それこそ、盗品からいわくありげな怪しい品まで、買ってくれるような場所があるからな」


 そう悪事を語るのが、本当によく似合うガンドンである。


「何でも、買ってくれる?」


 もう一つの問題を抱える私には、聞き捨てならない言葉である。


「ねえ、もしさ、王家の宝となるような剣でも売るとかできるの?」


 王家の宝と聞いて、ガンドンが顔を強張らせる。


「お、王家の宝だと? まあ、買い取ってもらえるだろうけどよ」


 強張らせた顔が青褪めていく。


「ねえ、その場所知っているわよね。教えなさい」


 私は、ガンドンに詰め寄る。


「し、知ってるけどよ……」


 顔に似合わない情けない声になるガンドン。


「そもそもアンタ、何者だよ? 前も訳が分からんうちにやられて、気付いた後に俺を捕まえた騎士には、アンタの存在を口外するなと何度も念押しされたし、次は王家の宝なんて、ヤバいモンに手を出すなんてよ……。俺はこの先、どうなるんだよお」


 だから、運送業をするんだってば。もう忘れたのかしらね。

 またもや恐怖に染まった顔で、涙まで流しているよ。


「ほら、これで私が何者か分かるでしょ。だから、答えなさい!」


 鉄扇を開き、白ユリの紋章を見せる。


「し、白……ユリ……! まさか……」


 今まで一番の驚愕の顔になり、ガンドンは口をパクパクさせる。

 もしかしたら、何か宝剣の事が分かるかもしれない。

 一向に解決の見通しが立たない師範の件で、僅かだが手がかりに近づける気がした。




 平民街の中でも、比較的大きな家が立ち並ぶエリアである。

 その中で、他の家と比べても特に変わった様子が無い一軒の家。周囲を塀に囲まれ、小さいが庭もあるような二階建ての白い建物である。

 ガンドンに案内され、やってきたここが、表では扱えないような代物を扱う店らしい。


「本当にここなの?」


 思わずそう尋ねてしまうくらい怪しさが無い。


「ああ、ここだ……、いや、です」


 私の素性を知ったガンドンが慌てて口調を変える。


「いい? 私は、お金持ちの商人の娘よ。趣味は武器類の収集。分かった?」


 布を頭から被り、さらに目だけを残して顔に巻き付ける。これで、私の顔は見えない。念の為に顔を隠しておく。同じくアシリカとソージュも頭から布を被り、顔を隠している。


「分かってる……ます」


 慣れないのなら普通に話してもいいと思うが、毎回アシリカの一睨みがあるからガンドンもやりづらいのだろうな。


「でもよ、揉め事は起こさないでくれよ……ください。相手は、俺みたいな小物じゃねえ……ですから」


 不安げな面持ちで、ガンドンが告げる。

 表があれば、裏もある。それは、このエルカディアでも変わらない。表の支配者が王や貴族ならば、この闇の取引をする店の主人は裏の実力者と言ったところらしい。いくつかあるエルカディアの非合法な組織のトップだそうだ。


「別に喧嘩しに来たわけじゃないから大丈夫よ。それにさ、もし揉めたとしても、平気よ」


 私の最後の言葉にさらに不安そうになるガンドンである。

 でも、心配ないのは間違いない。引き続き王宮の宴の事を調べているデドルはいないが、アシリカとソージュに加え、クレイブまでいるのだ。危険があったとしても、不安になる要素が見当たらない。


「ほら、行くわよ」


 ガンドンの背中を押して、進むように促す。

 そんな悪人面で怖がられても、説得力無いわよ。

 気乗りしなさそうなガンドンを先頭にして、中へと入っていく。


「ガンドンじゃないか。何か、売りにきたのか?」


 入ってすぐの所。眼鏡をかけた優男が門を入ってすぐの玄関の扉に背を預けながら、私たちの姿を見て、声を掛けてくる。ガンドンと違って、怖い感じではない。むしろ、インテリっぽく見えるな。


「いや。今日は、客を連れてきたんだ」


 ガンドンが、後ろにいる私を指差す。


「これは、また随分とお若いお客さんだな。しかも、女性か」


 どこで知り合ったんだとばかりに、優男がガンドンに視線を向ける。


「ちょっとした知り合いの娘さんだ」


「そうか。で、売りに来たのか? それとも何かお求めの品でも?」


 ガンドンが連れてきたとはいえ、用心深く私を探るような目で見てくる。


「ええ。ちょっと欲しい物があってね。ここならお金さえあれば、何でも手に入るって聞いたから来てみたの」


 相手から目を逸らさずに答える。


「……そうかい。ま、何でも手に入るってのは、少々大袈裟かもしれんが、ここに来ればありとあらゆる物があるのは間違いない。そして、それを手に入れられる。金さえ、あればな」


 少し待ってろと言い残し、優男は建物の中へと消えていく。だが、すぐに戻ってきて、中へ入るように手招きされる。


「じゃ、入らせてもらうぞ」


 ガンドンはそう言うと、扉を開けて中へと進む。私たちもその後に付いていく。

 しかし、見れば見る程、普通の家だ。綺麗に掃除されてはいるが、豪華でも無ければ、貧相な雰囲気も無い。


「ここだ」


 廊下の突き当り、一番奥の部屋の前でガンドンが立ち止まる。


「入らせて頂きますぜ」


 ガンドンが扉を開ける。

 中に、椅子に腰かける初老の男がいる。頭髪がまったく無い頭が輝いている。だが、その輝いた頭に一本の筋が見える。そこだけは、輝きを失い、黒くくすんでいる。斬りつけられた傷跡だ。


「おう、ガンドンか。久しぶりだな」


 まさにドスに効いた声とはこの事だろう。重く低い声だ。その声に似あう鋭い目が、刺す様に私を見ている。


「ジローザさん、お久しぶりで」


 いくら悪人面のガンドンも、このジローザと呼ばれる人に比べたら可愛いもんだな。それくらいの迫力が伝わってくる。


「その娘がお客さんか」


 その目、客を見る目ではないよね。


「ええ。是非とも、欲しい物があるの」


 負けていられないとばかりに、悪役令嬢らしさを全開にして、頷く私だった。


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